ケーキとサンデー

「ねえ、なんでブン太は俺のこと「君」づけで呼ぶのさ」

と、何故か幸村君は舌足らずに訊いてくるので、俺は頭を回転させてみた。どうしてそうなったのか、過去を掘り出す作業をしています。

「んー……」

「ねぇ、ねぇなんで」

今日の幸村君は聞きたがりだ。

俺がガムシロップとミルクを大量に持ってきたら、なんでそんなに甘くするの? って尋ねてくる。

俺、根っからの甘党だもん。知ってるだろ? 今更訊くなんて、変なの。

「なんでかなあ? 一年の頃からそう呼んでて癖になってるからじゃん?」

「他のやつは呼び捨てじゃないか。俺だけ君づけなの、気になる」

「ううーん……」

幸村、精市、せいちゃん、ゆっきー、部長。どれもしっくりこないよなあ。

「なんでだろうなあ。俺にとって幸村君は「幸村君」なんだよ」

「なんでさ?」

「分かんないかなあ? どーゆーあんだーすたん?」

「わかりません!」

脳の記憶を担当している俺の海馬に問いかけてみました。

――僕にとってみれば君は高嶺の花だったよ

 遠い存在、憧れだ――

今でこそこうして二人でご飯を食べたり、他愛のない会話をする仲で君と肩を並べているけれど

コートの中の君は何者も寄せ付けない強い光を纏って、誰も敵わない力を発する。

初めて君を見たあの時から、ずっとこの目にこの脳内に刻み込まれたその光は、俺の目を細めさせるんだ。

「俺きっとおじいちゃんになっても、幸村君のこと幸村君って呼んでると思う」

「なんだよ、それ」

幸村君は諦めたように、だけどどこかおかしそうに笑ってくれたので、俺は『つまりそういうことなんだよ』と付け足した。

だって、そう決まってるんだ。

朝がきて夜が明けるみたいに。太陽が眩しいのは、世界中で当たり前のことだってくらいに同じだから。

俺はすっかりぬるくなってしまったトロピカルアイスティーにガムシロップとミルクを入れた。

それ、美味しいの? と幸村君は訊く。

ンマイよ。答えて俺はストローを差し出した。

幸村君は無言で一口飲むと、「ブン太が好きそうな味だなあ」と言ってオレにグラスを返してくれた。

甘かったんだろう。すぐに口直しに幸村君は自分のストレートティーを飲んでいたから、俺はあははと笑ったんだ。

五十年後くらい経っても、こうしてのんびりお茶が飲めたらいいな。

なあ、幸村くん。

おわり