ビリーバー

冷たくなった手がとても悲しくて、俺はそれに怯えた。意気地の無い自分は握り締めることが出来ずに、触れただけで指を引っ込めてしまう。

喉がやけに乾くし、体中に血が巡っていない気がする。

「生まれてなんてこなきゃ良かった」

幸村は呟く。何もかもに絶望している。腹の底から響いている声は低く、冷たい。

「苦しむ為だけに生きていたくなんて無い」

青白い腕に取り付けられた管が微かに震えている。透明な液体が不規則にぽたり、ぽたりと雫石になって落ちていく。

まばたきすら億劫なのか、幸村は瞳を閉じた。

「生まれてきた理由なんて誰にも無い」

偉そうなことは言えないと分かっていても、幸村の独り言を止めない訳にはいかなかった。俺はまるで幽霊と会話しているようだと不謹慎だが思ってしまう。白い、白すぎる、怖いくらい綺麗だ。

「でも生きていく理由はある。目的もある」

声は病室の狭い部屋によく通った。幸村の耳に入っているかは分からない。

「お前は生きている限り、生きていかなくちゃならない。生きていくにはやらなければならないことが山ほどある。生まれてきた人間は、それをやめることは出来ない。それが理由だ」

「そんなもの無い」

「ある。お前が死んだら、俺やお前の家族や友人や沢山の人が悲しむ」

大層な説教だと自分でも思った。何が解ると言うのか、何を知っているつもりなのか、本当の俺は幸村の手すらも握れずにいる臆病者のくせに。

「その人達の為に……」

言いかけて気付いてしまった、幸村の青白い顔が少しずつ確実に歪み始めていた。深くに感情を閉じ込めていく。そんな予感がしている。

また間違いを犯すものかと、俺は幸村の手をしっかりと両手に包んだ。

「違う……俺の為に、生きていてほしい」

噛み締めて、閉じられていた唇が僅かに開くと、色を取り戻していく。そこから柔らかな微笑みが、一瞬だけ生まれる。

その後すぐに眉が寄せられ、目をぎゅっと瞑り、俺に背を向けてしまった。

お互い、手には汗が滲んでいた。

幸村が嫌がらないのでそれを離すことは無かった。俺の高い体温が少しでも幸村に移ればいいと祈るように重ねていた。

願いが伝わったのかは、やはり分からない。

彼を、

しんじたい、しんじてる、しんじている。

彼を、そして自分自身を

信じようとしている。