マザーファッカー サンプル

一章 子供部屋 
二章 行方不明
三章 猛毒進行 
四章 生贄屋敷 
五章 擬似母子 
六章 大人幼児 
七章 想界脱出 








 この邸の三階には、長い間使われていない部屋がある。
 その部屋の噂を知っているかい?







一章 子供部屋



「ああ、あの部屋? ただの空き部屋だよ」
 ジョナサンは新聞に目を通しながら言った。ジョースター家の当主は、今朝の新聞を読みながらモーニングティーを飲むのが日課だ。メイドがきちんとアイロンをかけた新聞紙には、皺ひとつ見当たらない。折り目は直角だ。
「へえ、“ただ”の空き部屋か。それは気になるなあ」
「……めぼしいものなんて何にもないよ」

 ジョナサンとディオはたった二人きりの家族になってしまった。ジョースター卿――ここで言う卿とは先代の当主、ジョージ・ジョースターのことを示す――は三年前に亡くなった。病死だった。ジョナサンとディオの二人が大学卒業間近のことであった。
 結局、在学中にジョナサンは爵位と父の仕事を継いだ。とはいっても、ジョースター卿の闘病生活は長い間続いていたので、主な業務は他の部下がうまく回していた。なので、ジョナサンは肩書きだけ継いだようなものだった。それでも、彼以外にその立場は務まらないのだから仕方が無かった。
 はじめ、ジョナサンは働く意欲が殆ど無かった。貿易商は、ジョナサンが目指していた学者とは方向性が違いすぎた。むしろディオのほうが商才はある。ジョナサンは次男である彼に任せてしまいたいくらいだったのだ。
「ぼくはね、君が労働者階級生まれだからってそう思ってるわけじゃあないよ。……それに人の上に立つのは苦手なんだ。そういう仕事はぼくよりディオのほうがよっぽど上手く出来ると思うんだけどな」
「向いている、いないの問題ではないとおまえは分かっているはずだ。連中がほしいのは、ジョースターの正統な後継者という身分だ。おまえが長男なんだから、しっかりやれよ。おれはお呼びじゃあないんだ」
 ジョナサンがこの家を継ぐのは、最初から分かりきっていた。だからディオは法学部に進み、法廷弁護士となった。だが、先代の当主が亡くなって三年も経つのに、ディオはこの邸から出られなかった。
 いくつかの理由がある。
 まず第一に、領地の管理をする人間が必要だった。
 ジョナサンは仕事の関係上、家をあけることが多く、ひとりでは所領や財産の管理まで手が回らなかった。父が世話になっている代理人(スチュワード)も、もう年をとってしまっていた。仕方なくディオは代理人の助言を借り、諸々の家の仕事をすることとなった。
 そうなると、ディオが外で働くという時間はなくなってしまう。弁護士という資格は実に役に立ったが、当初の計画とは道が外れてしまった。それでもディオは苦ではなかったので、ひとまずはこの生活をよしとしていた。
 第二に、いつまでたってもジョナサンが結婚しないという問題であった。
 この件については執事も使用人たちも、ディオでさえも謎に思っている。
 結婚をして、子供をつくる。そうして次世代へ爵位と資産を継承させていくのも、長男の成すべき役目ではないのか。独り身のジョナサンをジョースター邸に残していくわけにもいかず――ディオは今際の際のジョージに「どうかジョナサンを支えてやってくれ」と遺言を託されてしまった。故にジョナサンを放って一人で都会に出て行くのは後味が悪すぎる。――つい三年も現状を維持してしまった。
 はじめの一年は、ディオは文字通りジョナサンを支えてやったものだ。何せ見てられないほどに落ち込んでいたし、目を離せば食事も睡眠もまともにとらない有様だった。
 使用人どもはうろたえるばかりで、そんなジョナサンに忠告ができるのはディオくらいしか居なかったのだから、致し方ない。
 二年も経てば父のいない生活にも慣れ、三年経った今のジョナサンはすっかり元気になったいた。
 しかし三年の月日はは若い人間には長すぎた。ディオはこの日常に飽きてきたのだった。三年付き添ってやった。もういい加減いいだろう。充分すぎるほど尽くしてやった。そろそろここから解放されたってジョージは文句も言わんだろう。逆にこの現状を草葉の陰から哀れんでくれているかもしれない。
 所領の件は、代々のジョースター卿がしてきたように新しい代理人を立て、その人に任せればいい。そして、ジョナサンはさっさと結婚でもして、新たな家庭を築き、幸せに暮らせばいい。それで万事最良だ。
 ここ数年、邸に出入りはしていないようだが、ジョナサンには学生時代からの婚約者がいるはずだ。
 そのレディをいつまで待たせるつもりなのか。ディオがフィアンセの立場だったらとっくに婚約は破棄しているだろう。よほどあれは辛抱強いのか、ジョナサン以外に嫁げる当てがないのかのどちらかだろう。
 女の事情はどうだっていいが、婚姻を結ぶ気があるのならさっさとしてほしいものだ。
 こんなちまちまとした家庭内の問題なんかよりも、ディオは来たるべき新世紀や新しい国に興味がある。もちろん自国に誇りはある。だが古い伝統や文化よりも新鮮で刺激溢れる新進的社会に憧れ、その代表格とも言われるアメリカに希望を抱いていた。しかしそれはまだ夢の段階で、誰にも伝えてはいなかった。無論、ジョナサンもディオの野望を知る由もない。

「おまえがそうやって庇うような言い方をする時は、何かあるってことだな」
 ディオは淡々とした日々の中でも、ジョナサンをちくちくと虐めることには未だに楽しさを感じる。予想的中、ジョナサンは広げた新聞でさりげなく顔を隠している。十代の頃と比べれば、ある程度ジョナサンも紳士らしい対応が出来るようになった。それでも、ディオからすればまだまだ彼は未熟だった。
「何もないったら。別に見られて困るようなものも無いさ」
「ほう、つまりおまえが使っていた部屋だった、ということか」
 ジョナサンはディオを見た。テーブルの向こう側でディオは眉を上げ下げさせて、したり顔だった。
「……そうだよ。だから何だい」
「いいや。別に」
 ディオはマスカットを一粒とって、口に入れた。朝の果物は金と言う。ディオはフルーツだけを盛った皿から、様々な果実を味わった。
「何か企んでるのかい?」
 読み終わっていない新聞をテーブルに置くと、ジョナサンは珍しく皮肉っぽく言った。
「いいや、別に?」
 ディオは目も合わさずに先ほどと同じフレーズを繰り返した。今度はたっぷり語句を引き延ばして言った。
「おい、こんなのんびりしていていいのか? 今日は重要な会議があるだとか、ないだとか」
 ディオはわざとらしい口調で言い、ジョナサンを追い出そうとする。実際、ディオの言うとおりに会議があるのでジョナサンは無視できない。飲みかけの紅茶のカップをソーサーに置いた。
「そうだね。そろそろ出るよ……じゃあ」
 立ち上がると、使用人は主人のために扉を開いて待ち構えた。ジョナサンは食堂を出て行こうとする。ディオはまだこの優雅な朝食を楽しませてもらう。
「……ディオ!」
 扉の前で振り返ったジョナサンが、何かを言いたげにしてディオを見つめる。名前を呼ばれたのでディオは首だけで振り返った。
「あ、……あー、いや、何でもない」
「いってらっしゃいませ。だ、ん、な、さ、ま」
 ディオは片手を振ってみせた。選んだ言葉はまるでメイドの見送りのように敬っていたが、ジェスチャーはさっさと行けと表していた。
 ジョナサンとディオはたった二人きりの家族だ。そして二人だけの兄弟だ。その関係はごく普通の家族であり、兄弟であり、友人であった。非常に仲睦まじい……とはお世辞には言い難い距離間だったが、立場上互いがいなければ生活は困難を要したことだろう。利害が一致しているからこそ、三年間友好的に家族契約を続行していられていた。
 しかしこの穏やかな日々と豊かな暮らしを、猶予している時間も残り少ないだろう。ディオだけが勝手にそう決めかけている。
 よき家族、よき兄弟、よき友人。ジョナサンのよきパートナーとしてだけだなんて、そんな風に生きるのは勿体ないとディオは自負している。もっと大々的に活躍できる場があるはずだ。このディオなら、もっと、もっと素晴らしい世界を手にできる。可能性だなんて曖昧な見込みではない。確実な確信! ディオは自惚れやすい性格だ。――しかしそう思える実力が伴っているから、よりその性分を助長させてしまっている。――
「こんな田舎村でのんびりと生活しているだなんて、老人じゃああるまいし。おれの性にはつくづく合わんのだと実感したよ、ジョジョ」
 ディオは食堂の正面にある窓にむけて呟いた。外には馬車が見えていた。ジョナサンが乗っているブルームだった。


 ディオは午前中のうちに仕事を済ませてしまう。メイドたちが邸中を掃除し終える頃には、ディオの仕事も大概終わっている。
 ジョナサンは、ジョースター卿と同じく仕事型人間になってしまった。ひとつの物事にしか集中出来ない不器用な男は、そうなるしかない。それは父であるジョージよりもさらに顕著に現れた。ジョナサンは貴族的生活を放棄せざるを得なかった。議会や舞踏会のために使われる時間は、全て仕事に注ぎ込まねばならなかった。
 まさか社交に関してまでディオに丸投げするとは、執事も呆れていた。人付き合いというものはとても面倒ではあるが、ディオは世渡りが得意なほうだ。
 こと、人の心理を操るのは好きだ。自分の手のひらの上で思うままに人間が話し、行動し、自分へ利をもたらす。全てが完璧に揃うと、ディオはこの世を支配した気分になれた。
 子供の頃から、他人が望んでいるものを察するのが得意だった。
 それは少年、青年、大人へとなるにつれて、より巧妙で上質なテクニックへと進化していった。故にディオは次男でありながらも社交界では人気があった。爵位のない、しかも庶民生まれというディオが階級主義社会の最たる社交界において価値を見いだされるのはその麗しい容貌だけ……ではなかったのだった。
 同情の念を持ってディオを見るとすると、彼は人の心を読み解くことで非難や差別、偏見から逃れようと涙ぐましい努力をしてきたのだろう、という穿った考えになる。
 しかし、別にそんなことはない。ただの天性の才能だった。生まれつきだ。努力し会得したとは本人は微塵も思ってはいない。寧ろ、そういった余計な勘繰りこそがディオの怒りを誘うものだった。
 これほどに他者の心情を読み取るのに長けていても、ディオにはたった一人うまく操れない人間がいる。
 それは、やはりジョナサンだった。ジョナサンの心理は、単純かつ明快で実にわかりやすい。それなのに、ディオの思うように上手くいかない。しかも、冷静沈着であるはずの自分がそんなジョナサンにペースを乱されることも多々ある。
 出会ってから十年以上経っても、それは変わらなかった。ディオが進歩しているように、ジョナサンも成長を遂げている。ディオが前進すればジョナサンもまた一歩進む。突き放そうとしても、ジョナサンは予想以上にめきめきと力をつけていくのだった。むしろディオが叩けば叩くほど、より強くなる。だからディオが高みに行けばいくほど、ジョナサンも同様かそれ以上大きくなるのだった。


「弱みか」
 午後、ディオは敷地内を散歩していた。
 草木はよく手入れが行き届いていて、晴れた日には目にも眩しいブライトグリーンが一面に広がる。園丁が雑草を刈るのが遠くに見えた。
 邸の前にあるオークの木の下には、手作りのベンチが置かれている。休憩をしたり、読書をしたりするには一番の席だ。
 ディオもその場所が好きだった。腰掛けると、大きな邸も小さく見える。
「カーテンは閉められているな」
 ディオは三階のあの部屋を見た。視力が良いので、カーテンが開いているかどうかこの位置からでも確認ができる。
「開かずの間……、呪われた部屋、拷問部屋……? いや、拷問といえば地下と決まっているか」
 いくつか挙げてみたが、どれもしっくりこない答えばかりだった。残念ながら、ジョースター邸には拷問部屋も仕置き部屋、ましてや地下牢なんてロマンティックなものは何一つとしてなかった。邸宅の探索は、ディオが少年の頃にとっくに済ましていたのだった。
 思えばそうだった。邸中、色々見てまわったはずだった。はじめにここへやってきた時に、ジョースター卿はひとつひとつの部屋を丁寧に案内してくれた。そして、ディオはディオで独自に家捜しも行っていた。踏み入れていない場所など、無かったはずだ。
 なのに、どうして今になってあの部屋に気づいたのだろうか……。
「外から見えているにも関わらず、だ……。変だな」
 そうなるとますます興味がわいた。ミステリーは嫌いではない。不思議を謎のままにしておくのは勿体ないものだ。
 ジョナサンは何かを隠そうとしている。このディオにそんな小細工は無駄だ。
「平静を装っていたって、内心はどきりとしただろう。あの様子じゃあなあ……ふふふ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべたディオは、楽しげに笑った。やはり何より面白いのは、ジョナサンをからかうことだ。いじめることだ。
 二十歳過ぎてもディオは子供じみた低俗な悪趣味を続けていて、その被害対象はジョナサンだけに絞られていた。

 三時も回ると、使用人たちもティータイムをとる。キッチンは夕食の準備で忙しく、厨房を担当する以外のものたちはお茶の時間になり、使用人棟で座って出来る作業をしている時分だ。
 邸内には最低限の召使いしか居らず、主人らが呼ばなければ誰もやってこない。そのジョースター邸の習慣も、十年前と変わらない。
 少年だった頃のディオもこの時間を狙って、邸を家捜し……もとい探検を行っていた。ジョナサンの懐中時計をかっぱらったのも、こんな昼下がりだったと思い出す。
 三階は元々あまり使用されていない。ディオやジョナサンの部屋は二階にあり、ジョースター卿の寝室も二階だった。生活に必要な部屋は一階と二階で完結していた。
 本来なら、もっと家族が多く住んでいるはずなのだろう。ジョースター家の先祖とやらも、まさか男二人だけが暮らす未来があるとは思いもせずにこの邸を建てたのだろう。――しかも、正統な血筋の人間は一人しかいないなんて。ジョースターの血統は絶滅の危機にある。――残念ながら、それがジョースター家の現状だ。
 名士の邸には客間が沢山ある。今ではジョースター邸に泊まりに来る客人は減ってしまったが、広間は百人単位を集めてパーティを行える贅沢な造りだ。夜な夜な、華やかな会が開かれていたに違いない。先代の、そのまた前の代の事だったかもしれない。
「埃は……ないな。きれいに片付けられている」
 誰も使っていなくても、メイドたちは掃除を怠らない。三階への階段の手すりも、廊下もよく磨かれている。
「さて、どうしたものか……」
 着いた先、ディオはずらりと並んだ扉を眺めて腰に手をあてた。三階はただの客室が等間隔に並んで配置されているだけだ。
 手近なところから順々に見ていったが、飾られている絵画や壷、家具が違うだけで、どの部屋もレイアウトほぼ同じ。造りも同じ、味気ないものだった。
 ひとつ変わったところといえば、オリエンタルテイストの部屋があったことだ。シノワズリの流行がこの邸にも影響を与えていたのだろう。または東洋の客人の為にと作らせたのかもしれない。チャイニーズのきらびやかな壁紙は、ディオには見覚えがある気がした。
 ほとんどの客間を見終わってから、ディオはいつの日かの記憶が戻ってきていた。あの時もこうしてひとつひとつ客室をのぞき回ったのだ。
「通りで覚えがあるはずだ。十年前と全く変わってないからな。でも……」
では何故、あの部屋を知らないのか。長い間暮らしてきて、その間、一度たりとも気に掛けなかったのに、今になって妙に興味が沸いたのも不思議だった。
 ディオは最後の客間の扉を閉じると、一番奥の部屋を目指した。
「あのときは……」
 ディオは、自分の靴音がやけに聞こえると思った。絨毯張りの廊下が終わっている。むき出しの木板の床にかわっていた。
「おれは……この部屋を見ようとして」
 ドアノブに手をかけたのだ。
 だが、扉は開かれる前に無理矢理にその手は叩き落とされた。
 誰に? ――ジョナサンに。
「あいつはおれの邪魔をしたんだ……」
 少年だった頃のジョナサンは、ダニーを引き連れてディオの行く手を阻んだのだった。
『何してるの、ディオ』
『おまえこそ何してるんだ』
『ぼくはディオがこの部屋に入ろうとしてるから、見に来ただけだよ』
『そうかい、じゃあ遠慮なく』
『だめ』
 再びドアノブに手をかけたディオの手首はきつく握られた。ジョナサンは低い声で言った。ダニーはうなり声をあげている。飼い主の怒りにあてられたのだろう。そんな二人の態度がディオは非常に気に食わなかった。
『だめだ。ここはぼくの……』
 ぼくの――……
 その先のジョナサンの言葉が思い出せない。
「いや、大した内容じゃあなかったはずだ」
 記憶がないということは、つまりは覚えておく価値がないと判断したからだ。ディオは今度こそ扉を開いた。
 部屋の中は、よく見えなかった。カーテンは閉じられていて、照明などついていない。長年使われていないことを部屋が物語った。
 室内に進むと、不思議な匂いを嗅ぎ取った。微かに漂ってくる、甘いような、鼻につく匂いだった。どこかで似た匂いをかいだ気がした。
 しばらく部屋の中で佇んでいても、落ち着かなかった。
 確かに、ここは自分の住居の一部である。それなのに、まるで他人の暮らす住まいにやってきたかのような違和感があった。使用している香水、服の匂い、洗剤、体臭、食べ物、家具、それらが入り混じって部屋に染みついた匂いは、他の人間の生活臭、といった所だ。
 匂いには色がついているかのように見え、ふわりとディオの体にまとわりついてくる。それが不快でディオは手で空気をかき分けるような仕草をした。
 まずは部屋の全体を確かめなくてはならない。
 ディオは窓辺に向かって歩き出した。
 長いこと閉じられたきりの窓は、かたく閉ざされ鍵も錆び付いてしまっている。カーテンを開いても、汚れた硝子はあまり室内を照らしてはくれない。ただでさえ曇り日だ。部屋は薄暗いままだった。
 力尽くで鍵を外すと、窓枠はギイギイと鳴った。開け放たれた窓からは、新鮮な空気が風に乗ってやってくる。ディオは外に向かって呼吸をした。重苦しい空気もこれで一掃されるだろう。
 この甘ったるい匂いが苦手だった。胸が悪くなりそうな妙な匂いだ。
 ある程度、部屋が風に吹かれるとディオは室内を見回した。
 壁の片側には月の絵、もう片側には太陽の絵。そして天井いっぱいには星散が描かれている。床には人形が何体か転がっていて、部屋の真ん中には小さな寝台がある。レースや刺繍が施されているシーツやカーテン。本棚には埃をかぶった古い絵本が並んでいる。
 突然、からん、と軽やかな音がして、ディオはその方へ目をやった。足下には、赤ん坊が手で持って遊ぶような鈴が落ちていた。
「……何だ、ここは……」
 見慣れないものばかりが並ぶ部屋は、ディオにはどこか不気味に映った。
「子供部屋か……」
 ただの子供部屋だ。そうディオは自分に言い聞かせてみたのだが、やけに寒気がした。気温は決して低くないのに、背筋が冷たくなる。
 何かよからぬ予感がしている。部屋の奥から視線を感じた。
「人の気配? まさかな……」
 自嘲気味に笑ってみせた。風がひゅうと鳴って、子供部屋を駆けぬけていく。かさかさと、いう乾いた音をたてて玩具の花飾りが静かに回転した。赤ん坊の為のおもちゃが、部屋中のあちこちにあった。
「薄気味悪い……」
 ディオは窓を閉めると、カーテンも元に戻して部屋を出て行った。
 ここがジョースター邸の一部だというのを忘れそうになる。
 邸内はどこもが清潔で、きちんと管理されている。この十九世紀末、時代は刻一刻と変化し、進展していく。
 次々と便利なものが生まれ、物も人も文化も新しくなる。馬車から自動車に、蝋燭からガス灯へ、パイプから煙草に、……そうして移り変わっていくものだ。
 ディオが感じた不愉快さは、この部屋がすっかり時を止めてしまっていることが原因だった。
 子供部屋は昔のままを保ち続けている。物も、家具も、……そして空気までも閉じ込められ、時代に取り残されていた。
 その空気だけはディオが時を進めたので、子供部屋の温度はやっと一八九二年に追いついていた。
「あいつがおれに見られて困りそうなものなんて……無いか」
 よく確認もしていないくせにディオは独りでに言った。部屋は雑多に物が散らばっていたが、どれもがらくたばかりだった。赤ん坊、幼児が使うような玩具の類いや、子供のための家具。ジョナサンの言った通り、めぼしいものなど無かった。
「何かしら弱味の尻尾があるような気がしたんだがな」


 ディオは勘が良い。人の心情を察することに長けているということは、直感力もあるということだ。
 だから今回も外れてはいない。ただ、勘のよさが必ずしもディオにとって良い利益をもたらすとは限らない。ジョナサンが相手でなければ、また違っていたのだろうが。
 ジョナサンに関してだけは、ディオはどちらかというと「不運」な方だ。
 それがジョナサンにとって幸になるか、不幸になるかは……運命共同体としては、難しい所だった。


 ジョナサンの帰宅は夕食には間に合うようにされている。ジョナサン自身も、部下に気を遣われていることくらい分かる。たった数年で、ジョージのような振る舞いや働きが出来るわけもない。周りの視線の先は、ジョナサンの背後の七光りに向けられている。これでも努力をしているつもりなのだが、ジョナサンはまだまだ父の偉大さを痛感するばかりだった。
「ただいま」
「お帰りなさいませ、旦那さま」
 出迎えたフットマンに帽子とコートを渡すと、まずは書斎に行った。帰宅後はまず自分あての手紙などに目を通す。
 プライベート以外の手紙は、先にディオに回されるようになっていて、既に完璧な返事が書かれてある便箋が机の上に並んでいる。いつも通り、ディオらしい毒舌たっぷりのメモも添えられている。たとえば、親戚のミセス○○からの寄付の申し出があったとするなら、走り書きで“白豚○○のいつものチャリティワーク病”などと書いてあったりするわけだ。
 疲労して帰宅したジョナサンにはそれがちょっとおかしくて、日々の楽しみのひとつでもあった。まるで交換日記だ。内容は、恋愛の甘酸っぱさの欠片も無いのだが。
「……ああ、ここのところは読みたい本も積まれていく一方だなあ」
 考古学を専攻していたジョナサンは、その道に進むつもりでいた。学者として、さらに研究を続けるつもりだった矢先のことだったから、まだ夢を諦め切れていない。
 学生時代のジョナサンは、古代に恋をしていた。今も、あの頃よりか情熱は薄れてしまったが、好きなものは好きだ。
 気になるタイトルはいくつも発表されていく。古い時代を知るための、新しい情報に追いつけないなんて、何だか矛盾していておかしかった。
 息抜きに、と購入してから放置されている本を一冊手にとってみた。
『マヤ・アステカ〜太陽の文明〜』
 有名な学者が執筆した本だ。ジョナサンはページをめくる。部屋の静寂が心地良い。
 沈黙。本との対話は、まさに至福の時だった。ジョナサンは椅子の背もたれに体を預けるようにして座り直した。
 思考と肉体が、数千年前まで飛んでいきそうだ。
「……旦那さま」
「旦那さまぁ〜」
「う……ッ! わぁッ!!」
 ハウスキーパーの恨めしい声と、ディオの不機嫌な声がユニゾンする。語尾を長くさせているのがディオだ。
「何度もお呼びしているというのに……」
「このばあやは、おまえが来なければディナーは始められんと頑ななんだ」
 珍しい組み合わせの二人がジョナサンの前に並んでいた。ディオとハウスキーパー(ばあや)は似たような表情をして、ジョナサンを見据えている。
「先代からずっとそうしてきたのですから、当たり前です。今はジョジョお坊ちゃまが旦那さまですから」
「そのお坊ちゃまって呼ぶの、やめてくれよ」
「わたくしにとっては、お坊ちゃまはお坊ちゃまです」
 他の召使いの手前では、ジョナサンを旦那さまと呼ぶが、ばあやにとってジョナサンはいつまでも孫のようなものだ。ジョナサンを幼い頃から見守り続けてくれている数少ない人物のひとりだ。
「おい。夕飯の時間はとっくに過ぎてるんだ。さっさとダイニングに来い」
「ディオさまもそのお言葉使いはお止めなさいと、いつも言ってるではありませんか。仮にも旦那さまなのですよ」
「フン、仮だろ」
「仮でも、その場しのぎでも、旦那さまは旦那さまですからね」
「あのねえ……」
 ジョナサンを置いて、ばあやとディオはダイニングルームへと向かっていく。何故か二人してジョナサンを主とは認めていないような口ぶりだった。
 どちらもあの悪ガキ時代のジョナサンを知っているから、あのような態度になる。いきなりかしこまられても、困るには困るだろうが、仮の旦那さまだなんてあんまりではないか。
「ぼくを呼びにきたんじゃあないのかい」
 仲間はずれにされたような気になって、ジョナサンは二人のあとを追った。
 主人たちが食事を済ませてくれなければ、使用人らも食事にありつけない。ディオも、ジョナサンが来なければ食事が始められない。
 ディオも含め、彼らの本音は『とっとと飯を食え』、ということだ。
 ジョナサンひとりの行動によって、何人、何十人もの人間が影響を受けてしまう。そういう立場なのだと、きちんと自覚してほしいものだ。

 たった二人きりの為に用意されたテーブルは、いつ見ても広すぎる。三人の頃も、ディオはテーブルの長さを馬鹿らしく思ったものだった。それでも、ジョースター卿の存在感は大きかったので、今ほど広くは感じなかった。
 ジョナサンも体格だけは先代を超えている。先代どころか、ジョナサンより大きい人間なんてそうそうお目にかかれるものではないだろう。それ程に、ジョナサンはでかい。ディオも普通よりかなり上背はある。街へ出れば、九割の人間をディオは見下ろせる。
 それでも、そんなディオよりもジョナサンはひと回りほどでかい。若干無理をすればだが、ジョナサンの後ろにディオが隠れられるくらいだ。
 そんな規格外サイズの二人であっても、広いと思うのだ。縮小してもよいかとジョナサンはたまに提案するが、伝統を重んじるばあやと執事によってその意見は却下されている。
 ジョナサンとディオの食事風景は、淡泊なものだ。交わされるのは、会話というより報告会のようなものだ。
 不仲だからではない。
 互いに、料理に対し真剣になっているからだった。
 日々の楽しみが数少ない彼らにとって、食事は一日の中で貴重な時間である。
 なので会話よりも、とにかく料理を堪能する。ということに徹底している。たとえメニューに目新しさがなくとも、ディナーは一日の最後を締めくくるための最高の儀式だ。ディナーによって、一日が良いものになるか悪いものになるかが左右されるといっても過言ではない。
 料理に合う酒、よく暖められた部屋、静謐な空間……、素晴らしい時間だ。しかし、男二人の食卓を見ると古株の執事とばあやは、さらに強く願わずにはいられない。
 ――ああ、一日でも早く旦那さまがご自身の御家庭をお持ちになってくれたらいいのに……。
 若い夫婦に、幼い兄妹。長男はしっかり者で父親似の見た目で、妹は邸内の天使で母親似の愛らしい容姿。主人の傍らには、大きな犬がいると尚よい。旦那さまは頼もしく。奥さまはお優しい。
 描くのは、理想ばかりだ。そう、せめてジョナサンが結婚さえしてくれれば。この際世継ぎのことは後回しでもいいから、とにかく一日でも早く身を固めてほしい。それが、このジョースター家にとってもディオにとっても最善策だ。
 そんな願いを一身に受けるジョナサンにとっての、理想や一番よいことは何だろう。やはり、彼だって『家庭』に対する執心は人一倍だ。
 何せ、不完全な家庭で子供時代を送ってきたからだ。

 子育てがほとんど使用人と乳母に任せられるのは、貴族にとってごく普通のことであり、ジョースター家もそうすべきだった。
 ただ変わり者であるジョースター一族は、子供を育てる点についても他の貴族とは違っていた。ジョージの親は、まるで下層級の庶民のように父親と母親が子供の世話を焼いた。乳をやるのも、母親の役目であった。それが彼らの喜びだったのだ。
 ジョースターの血統は短命だという言い伝えは古くからあり、ジョージの母は夫と子の宿命を恐れていた。それ故に家族間の絆は、世間からは異様だと思われるほどに深かった。他との交流や貴族の社交よりも一家で過ごす時間を優先し、子供を育てることも出来るだけ自分たちの手で行った。
 そういった両親に育てられたジョージも、その方針を引き継いだ。初めて生まれた子供は、親が自分をそう育ててくれたように、父親である自身と母親である妻とで面倒をみて可愛がって、愛してやろうと決めた。何故他の貴族たちは、召使いに任せきりになれるのか不思議でならなかった。
 こんなにも愛おしい存在を、どうして人の手に委ねられようか。
 ジョナサンは誕生してから、母親の腕の中に抱かれてばかりいただろう。父親がときに代わってやったりもしたが、それでも母は目の届く場所にいればジョナサンを抱いていた。そこはどこよりも安全で、幸福で、素敵な場所だった。
 真実、世界で一番安全だった。あの事故の日、ジョナサンの命は母親によって助けられたのだからだ。
 そんな一歳にも満たない赤ん坊の頃の記憶が、今のジョナサンに何の影響を及ぼしているのだろう。
 幸せで残酷な思い出が、本人が窺い知らぬ所で静かに心を蝕んでいく。


 ディナーが終わると、ジョナサンとディオはたまに食後のお茶をとる。
 話題は、各の仕事の話が中心だ。行事ごとや人の話もあるが、そこまで共通している話題ではないので、差ほど盛り上がらない。
 家族、というより何かもっと形式張った関係に見えた。契約の下にある薄っぺらい繋がり。互いに気づいていても、歩み寄る必要が無ければ、きっとこれからそうあり続けるだろう。……と、ジョナサンは一人思う。ディオの心は既にアメリカへ向かっているのだが、それにも勘付く余裕はなかった。
「今日はもう休むよ」
 先に席を立ったのはジョナサンだった。残りのウイスキーを飲み干すと、グラスをテーブルに置く。
「ああ、おやすみ」
 ディオは引き留める素振りもなく言った。夜はまだ浅い。ここが酒場で相手が恋人や友人であったなら、まだ付き合えと管を巻く所だ。だが、ディオにとってジョナサンは義兄という同居人に過ぎず、その上ここは自分たちの家である。
「おやすみ、ディオ」
 扉はとても優しく閉じられた。ディオは横目でその様子を見ていた。
「……さて、おれもそろそろ休むとするかな」
 グラスの底にある残酒をいつまでも揺らしていたディオが腰を上げる。明日にでもジョナサンに打ち明けようか。
「ここを出て行こうと思うんだ」
 予行練習のようにディオは口に出してみる。
「何でまた急に? どうして、ディオ」
 ディオは声色を変えて、ジョナサンが言いそうな台詞をあててみた。しっくりくる。あいつが言いそうなことだ。
「お互いいい年だ、いつまでもおれがここに居ちゃ君もやりづらいだろう? 執事やばあやだって君が身を固めてくれるのを希望しているしな」
「だけど、ディオ。君はそんなこと気を遣わなくたっていいんだよ。とうさんだって生きていたらそう言ったに違いないさ」
 ジョナサンのパートは妙に演技がかった。ディオは口元を緩めた。
「優しいんだな。でももう決めたんだよ。領地の管理の件については問題ないさ。引き継いでくれる人を見つけてきた。信用できる人間をね」
 言ってからディオは、考え込んだ。まだ代理のものを見つけてはいない。適当に見繕ってくればいいだろう。ディオには山ほど伝手はある。明日の昼間に見つけてくればいい。
「でも、でも……ディオ」
 ジョナサンなら引き留めるだろう。ディオが出て行くという事をたとえ歓迎していてもそう言うやつだ。何かと理由を探そうとするだろう。そこでディオは断言してやらなければならない。
「決めたんだ。おれ達はいつまでもお互いに甘えて生きてはいけないだろう。ずっとこのままでいられないんだ。なあ、喜んで祝福してくれよ、家族として」
「……分かったよ……」
 ここで握手。そして暗転。めでたしめでたし。エンドマーク。
 置かれているジョナサンのグラスに自分のグラスを合わせて鳴らす。ここ数年のディオは大概のジョナサンを予想できた。こうするだろう、こう言うだろう、長年の経験の賜物だった。
 以前こそ予想に反する出来事が起きたものだが、ディオは慎重になったし、ジョナサンも大人になった。もう間違うことはきっと無いだろう。ディオは自信を持った。
「それにあんなのは、一生に一度あるか無いかってことだ」
 思い出すと腹が立つので、あまり掘り起こさない記憶だった。二人が出会ったばかりの頃に大喧嘩をした事件があった。大人しくてディオに何をされてもやり返さないような弱気な少年だったジョナサンが変貌した。当時腕に自信のあったディオが、一瞬でも一方的に殴られ続けたという不名誉な出来事だ。
「ばかばかしい、何であの時のことを思い出すんだ。状況も違う……ふん、酔いが回ってるのか」
 グラスを投げ捨てるようにして乱雑にテーブルに放ると、ディオは喫煙(スモーキング)居間(パーラー)から自室へと戻って行った。

 階段を上る途中、ディオは明かりを目にした。人気のない筈の三階に人影がある。
「見回りか……?」
 夜、フットマンが邸内を見回るのは珍しくない。物取りや怪しげな人間が入っていないか用心するのも仕事のひとつだ。ジョースター家には番犬もいない。注意深くなるのは当然だ。
 明かりを持つ手の位置が高い。光が怪しげに揺れ動く。
「ジョジョ……?」
 ふと、そう思った。
 今朝、話した軽口をディオは脳内で再生した。
「ははん。さては、あいつ心配になって確かめに行ったか」
 めぼしいものは無いと念を押していた。ざっと見た限りは、ディオにとって興味をひくものは見当たらなかった。だが、何か隠していることには違いない。
 ディオは足音を殺してそっと後を追った。
 二階の廊下には主たちの為に明かりが点けられているが、三階にはひとつもない。目印になるのはジョナサンの持つ明かりだけだった。ぼうっとした火の影が、不安定に揺らめく。足音は聞こえてこない。
 ――亡霊のようなやつ……。
 生気の感じられない動きと気配にディオはそう思った。果たして本当にジョナサンだろうか……疑惑すら浮かぶ。だが、あの背の高いシルエットはジョナサン以外の何者でもない。見間違えようがない。
 奥へ奥へと光が進んでいく。
「ほらな、やっぱりそうだ」
 一番奥にある部屋の前で明かりは止まった。そして、部屋の扉が開かれ、闇の中に光は吸い込まれていった。
 ジョナサンが子供部屋に入ってしまうと、廊下はすっかり暗がりになってしまった。ディオはしばらく物陰に身を潜めて室内の様子を窺った。子供部屋の扉に耳をあててみると、わずかに衣擦れの音がした。靴音も聞こえる。
 しばらくの間、部屋の中を歩き回る音がして、それから静かになった。立ち止まったのか、座り込んだのかは分からないが、動きはないようだった。
「……」
 囁くような、呟くような声がしている。独り言だろう。ディオはジョナサンの声に集中した。
「……かが、…………がう…………ぜだ…………」
 よく聞き取れない。しかし、ジョナサンの声に怒りが含まれているのは分かった。
 ――あの神経質そうな言い方は何だ……。まずいな。ここにいるのは良くない。
 ディオは扉から耳を離すと、手探りで廊下を進み始めた。暗さに目が慣れたとは言え、物の位置までは把握しきれていなかった。
 指先が壁に飾られていた絵画の額縁に触れた。かたん、と木枠が外れる音が邸内に響いた。
 しまった。ディオは息を呑んだ。
 途端、奥の子供部屋の扉は開かれた。小さな明かりが背後を照らされるのがディオの目にも届いた。
「誰だ……ッ!?」
 真剣な声音にディオは振り返るのを躊躇った。このまま走り去ってしまえば、正体はばれずに済むのではないのかと期待した。足が一歩進みだそうとする。
「……ディオ……?」
 名を呼ばれると首筋がびくりと反応した。逃げだそうとした足は、すっかり重くなってその場に根付いたかのようになる。ディオは振り返らないし、振り返れない。
「君なんだね」
 冷たい声がする。この気温の所為ではない。足下から背筋へと這い上がってくるようないた鉛管めいた声の色。ジョナサンは怒っているかもしれない。ディオは視線を床へ落とした。
「君が……」
 思ったよりも早くジョナサンはディオのそばへ来た。じっとりと汗ばんだ手がディオの肩を掴む。布越しにも関わらず、その湿り気が伝わる。
「君がしたんだな!」
「……は、ぁ……?」
 怒りのベクトルに見当がつかないディオは、疑問符で返す。
「おい……おれが何をしたって言うんだ。先に言っとくけどな、何も取っちゃいないし、触ってもないぜ」
 悪びれた態度など一切見せず、ディオはやっとのことでジョナサンへと向き直った。普段通りの顔をしておどけるように言い、重苦しい雰囲気を払拭しようとする。
「嘘だ……! 触っただろう! 君が窓を開けたんだろう!!」
「……は、……え?」
 だから、何だと言うのだ。ディオは掴まれた肩に食い込む指の力に顔をしかめた。
「君以外、誰がするんだ! あの部屋は、ぼくのものだ! 誰にも……誰一人として……!」
 ディオは、切り取られた場面が埋められていくのを感じた。
 少年の時分、ジョナサンは同じ事を言ったのだった。
『だめだ。ここはぼくのものだ』
 ジョナサンは執着している。家族や家庭に。それから、母親という偶像を病的なまでに崇拝している。




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