おまえのどれいのままでいい後半

                 
第五章 灰姫の見る夢        
第六章 海亀の卵         
第七章 黒の城       
第八章 未来の夜


第五章 灰姫の見る夢


 十六、十七、十八と年を重ねる毎にジョナサンは落ち着きのある性格になっていった。それは、やんちゃだった少年時代を知る使用人達が、まるで別人だと恐れを抱くほどの静かなる男になってしまったからだ。
 大学の入学を九月にひかえ、一足先にジョナサンはロンドンの住まいを目指していた。
 今までと違うのは、父とは別々の行動がとれる。これが一番大きな変化だった。自由が得られたのだ。
「初めてだな。君が私の元を離れて暮らすのは。いつかこんな日が来るとは思っていたけれど、いざとなると寂しいものだな」
「父さん、大げさだな。一時的なものじゃあないか。シーズンになれば父さんだってロンドンへ来るんだし」
「君ももう十八だ。あれこれ細かく注意しなくても分かっているだろうし……、気をつけて行くんだぞ」
「はい、父さん」
 ジョナサンは父親の信頼を確実に得る為、三年間ひたすらに努力した。おまえなら大丈夫、おまえになら任せられる、おまえなら安心だ。父からそうして褒められるのは嬉しかったし、その信頼があれば自由を手に入れられるのも知った。
 ジョナサンは十五の時に宣言した通り、首位の成績をとり、自ら大学を選んだ。ロンドンのH・H大学は都会の中心にあり、タウンハウスからも近い。ジョナサンは初めからその大学に行くつもりだった。
 列車の景色が変わっていく。広い緑の田園地から、やがて雑多な街並みが見えてくる。人が増え、煙が舞う。

「坊ちゃん、ジョナサン坊ちゃん?」
 駅に着くと、出迎えの者の声がした。人ごみに紛れても、ジョナサンの頭はふたつ分ほど高く目立った。
「久しいな、ホーナー」
 タウンハウスで使用人頭を務めているホーナーは、しばらく見ないうちに老いたように見えた。
「おお、ジョジョ坊ちゃま。大きくなられましたなあ。こんなに立派になられて」
「もう十八さ。身長はもう要らないんだけど、どうやらまだ伸びているらしい」
「皆も坊ちゃんのお帰りを待っていますよ。馬車を待たせております。さあ、どうぞ」
 ジョナサンはホーナーを見下ろしていた。頭髪には白いものが混じり、顔の皺が深くなったようだ。自分が育てば、それだけ周りの時間も進むのだ。
 荷物を運び、馬車に積む。そして駅から、街の中心へ走る。都会は変化が多い。たかが一年と侮れない。
「坊ちゃまのお世話をするのは何年ぶりですかな。シーズンにはこちらへ来てくださっても、いつも慌ただしくお過ごしになられますから」
「ぼくもゆっくりしたかったんだけどね……。でもこれからは三年間、卒業までの間よろしく頼むよ」
「それはもう! ヨークシャーでの暮らしより、快適に過ごして頂きますとも」
 ホーナーは自信たっぷりに胸を張った。歓迎ぶりが分かる。
 三年、ジョナサンは一度もアンダーワンダーへは近づかなかった。中途半端に関われば、決心が鈍りそうになるからだ。一度決め込んだら、貫き通すまで耐えなくてはならなかった。それくらい楽にこなせなければ、今後起こりうる苦労を乗り越えられないと思うからだった。

「入学は九月でしたね。それまでの間はどうお過ごしになられるか、予定はありますか?」
 タウンハウスは、懐かしい匂いがした。ヨークシャーの邸とも違うのだが、ここも自分の家だ。
「準備もあるし、ゆっくりこっちで過ごすよ。ロンドンでの友人にも会うしね…
…」
「旦那さまは来月あたりにいらっしゃるようですね。しばらくは羽を伸ばせますね。けれど、派手なお遊びにはお気をつけ下さいませ」
 ホーナーは、若いジョナサンに夜遊びもほどほどにするよう忠告はしたが、禁ずることはなかった。長い寄宿学校での生活を労ってくれているのだろう。少しは多目に見てくれそうだ。
 自室に戻り、ジョナサンは着替えた。あまり気合いを入れて行くのも恥ずかしかったので、地味な色のラウンジスーツを選んだ。
「出かけてくるよ」
 玄関で帽子をフットマンから受け取り、声をかけると、ホーナーも見送りに来た。
「馬車をお出ししましょうか?」
「いや、いいよ。すぐ近くだから歩いて行く。帰りは遅くなるかもしれないから、ぼくのことは気にせず休んでいてくれ」
「お気を付けて行ってらっしゃいませ」
 使用人たちが礼をする。ジョナサンは手を振り、笑顔で出かけて行った。
「やれやれ、お茶も飲まずにもうお出かけか」
「ジョジョ坊ちゃん、随分と嬉しそうでしたね」
 ドア付近のフットマンが呑気に答えた。ホーナーは彼にため息まじりに合図する。
「分からんのか?」
「何がです?」
「あの足取り、ジョジョ坊ちゃまには良い相手がいるということだよ……」
「はあ……」
「あの様子では、大分心酔されているようだ」
「どこかの良家のお嬢さんだといいですけどね」
「そんな上手くいかないものさ」
 ホーナーは両手を天に煽いで、髭を撫でながら部屋へと戻っていった。


 早足で向かえば、園の森が見えてくる。ジョナサンは動悸がした。胸が弾む。息も上がった。
「ああ、ここは変わっていないや……」
 門が現れ、オルゴールの音楽がかすかに聞こえてくる。時が巻き戻されていくような感覚があった。あのときのままの自分がそこに居る。
 入り口にはピエロが玉乗りをして、子ども達を楽しませている。人々は明るい光に吸い込まれるように園内へ進む。
「戻ってきたんだ」
 華やかな世界は、世間の薄暗さとは別離し、完全な姿を保ち続けている。通りには少ない夏の日差しを受けて、花々が咲き誇っていた。
 景色が違ってみえた。三年前、そして五年前とは目線の高さが異なっている。見えるものも、見えないものも変わる。
「あの時は確か……」
 背を比べられる場所を探した。店の扉に頭がつかえたりはしなかった。今は背を屈めなければならない。ジョナサンの身長は百九十センチを優に超えていた。
「……彼も、同じくらいになっているかな。前は、ぼくとほとんど変わらないくらいの背丈だったっけ」
 ジョナサンは名前を口に出すのを躊躇した。ずっと声に出していない。呼べば、寂しさが募るばかりだと知っていたからだ。
「でもそんな大きかったら、ぼくみたいに変に目立って大変だろうな」
 背が高いだけならまだしも、ジョナサンはラグビーで鍛えた肉体の厚みが尋常ではなく、その巨体は百キロを超している。稀に人から好奇の目で見られるのも珍しくは無い。もう慣れたものだが、それでも目立つのは得意ではなかった。
「よお、兄ちゃん!」
 背中を叩かれ、馴れ馴れしく声がかかった。ついジョナサンは振り返ってしまった。
「すげえ体格だな。何かやってんのか?」
 装いは紳士然としているが、くだけた口調に顔に大きな傷がある。一目でスカリーだと判断出来る。
「部活でラグビーを」
「そりゃあいいや! ちょっとでいいんだ。手を貸してくれねえか?」
 その男は強引にジョナサンを引っ張って、青の騎士広場へ連れ立とうとする。
「ちょ……ちょっと、待って。ぼくは用事が」
「こんな所まで遊びに来て何言ってんだよ!」
「人を探してるんだ!」
 思わずジョナサンは振り払うような動作で男の腕をはがした。そのパワーを実感した男は余計にジョナサンの力を借りたがった。
「おおっ! これならおれ達のチームにも勝ち目がありそうだぜ! あんた、ここでの人探しならおれに任せろよ」
「……ええ?」
「アンダーワンダーで何か困ったことがあったなら、このSPWが力になるぜ」
「スピード、ワゴン……?」
「そうと決まれば、そら急いだ、急いだ!」
 スピードワゴンはジョナサンの背を押して走った。訳も分からずジョナサンは男の雰囲気に飲まれてしまい、もっと詳細を聞くべきだったと悔いた。


「さあ! さあ! 赤か白か! どちらのチームがより屈強な男たちなのか! これほど単純で明解な勝負方法があるかい!? 配当は平等! この勝負は見物だぜ!」
 スピードワゴンは自らの帽子を脱ぎ、その中へ賭け金を集めた。
 五人対五人の男共がにらみ合い、一本の縄をまたいでいる。ジョナサンは白のチームの最後尾に立たされていた。
「何だ、あいつは」
「見たことない面だ」
「しっかしでけえな」
「いや、見かけ倒しで、案外弱っちいかもしれねえぜ?」
 周囲を取り囲む観客達の注目はジョナサンだった。他の男たちと比べて、背も身もひと回りも二回りも大きいのだから仕方あるまい。
「てめえ、ロバート! 卑怯だぞ、そんな助っ人呼びやがって!」
 赤のチームのリーダーらしき男がスピードワゴンに掴みかかった。
「何だと!? そっちが先に人数を増やしやがったんだろうが! 卑怯もクソも
あるか!」
 応えてスピードワゴンが啖呵を切る。怒号を聞いた観客たちは場を盛り上げて、囃し立てた。
「……一体これは……」
 ジョナサンが呆気に取られていると、ひとつ前に立つ青年が笑いかけてきた。
「まあ、気にすんなよ。あれがあいつらの一種の……交流? みたいなもんだからさ。おれ達もさっさと終わらせて仕事に戻りてえんだけどな。もうちょっと付き合ってくれよな」
「あの、これって」
 人の良さそうな笑みを向ける茶髪の青年にジョナサンは尋ねる。
「綱引きだ。やったことあるだろ?」
「あるけど……」
「お、そろそろだな」
 スピードワゴンと赤のリーダーが身を離し、いよいよ始まりの合図が出される。
「一番最後のやつは、縄を体に巻き付けとけよ」
 茶髪の青年がアドバイスし、ジョナサンは言われた通りに腹に縄を巻いた。
 中央に立った男が、手を上げる。すると一斉に男達が縄を握った。ジョナサンも次いで縄を手にした。
「用意、始め!」
 号令と共に、縄が引かれる。ジョナサンは体ごとが持っていかれる気がした。身を低くして踏ん張らないとすぐに倒れてしまいそうだ。
「やっぱり白の大男は、全然出来ねえな!」
「赤! やっちまえ! 大したことねえぞ!」
 相手のチームは五人の息があっている。力をいれるタイミングも抜群だ。それに引き替え、ジョナサンのいる白のチームは、うまく力がひとつにならず、じわじわと引きずられていく。
「……っう……くそお」
 前方の四人が唸り声を上げた。ジョナサンは更に身を後ろに倒し、少しでも引かれないように足を地面にめり込ませるように力を入れた。
 すると、引かれる一方だった縄が動きを止めた。一番後ろにいるジョナサンが耐えると、縄は微動だにしなくなった。固くなってしまった縄を相手チームは必死に引いたが、それでもびくともしない。
 白のチームの四人が後ろで守ってくれているジョナサンを信じ、かけ声と共に、縄を引いていく。
「お……おおっ! いいぞ!」
 スピードワゴンは勝機を感じ、手を叩いた。
今度は赤のチームが守りに入る番だった。中央に位置している縄の印が次第に白のチームへ入っていく。
「こりゃいい勝負だ! 頑張れよー、白の兄ちゃん! もうちょっとだ!」
「赤! 根性みせろーっ!」
 赤のチームの最後尾の男は、ジョナサンに負けず劣らずの巨体を持っていたが、筋肉量では敵わないようだった。足元の土が踵で削られていく。耐えきれずに引っ張られている証だ。
「勝負あり!」
 スピードワゴンが声を張った。赤のチームの男共はすでに前倒しになっていて、縄の印もすでに白の領域に入り込んでいる。
「てめえが審判かよ!」
 赤のリーダーがスピードワゴンに文句を言うが、すでに勝負はついていた。周囲の客も、終了の気配を感じている。
「縄の印を見な! これでも文句あんのか!?」
 ジョナサンは額にかいた汗を袖口で拭った。
「あんた、やるなあ」
 前にいた男たちが縄を下ろすと、ジョナサンの肩を叩いた。手のひらからは称えるような尊敬の念が感じられる。
「ロビーがあんたを連れてきた時はどこの貴族さらってきたのかと思って、そんな期待してなかったんだけどな」
 茶髪の青年がそう言うと他の男も同意して笑った。ジョナサンは照れくさく鼻の先を掻いた。
「よう! ご苦労さん! いやあ、本当助かったぜ!」
 気持ちよく勝利に酔ったスピードワゴンがこちらへ近付いてきて、儲けを渡す。ジョナサンにも金を渡そうとしてきたが、手のひらを顔の前へ出した。
「ぼくはお金はいいよ。それより」
「おっと! そうだったな」

 綱引きが終われば、観客も散り、男たちも仕事へ戻った。草原はいつもの和やかな広場になる。
「年は……おそらく十八あたり。髪は金色、瞳はアンバー……、ライオンとユニコーンに居た男ねえ……」
 スピードワゴンが復唱する。
「名前はディオだ」
 心当たりがありすぎて、スピードワゴンは黙ってしまった。しかし、同じ質問をスピードワゴンは何度も尋ねられていた。ディオを探す人は多い。何とかして繋がろうとするもの、間を取り持って欲しいと頼まれる。その度、ディオはトラブルに巻き込まれた。刃傷沙汰も日常的に行われていたほどだ。
 そんな事件が起きると、ボスの怒りに触れた。スピードワゴンは勿論、ディオ本人もきつく咎められた。
 やがてディオは表に出ることや、情報のやり取りが制限された。それでも大金を払ってでも、ディオの居所を掴みたがる連中は後を絶たない。
 スピードワゴンは、ジョナサンもその一人だと思っていた。
「そういや、あんたの名前をまだ聞いてなかったな。教えてくれるか?」
「ジョナサンだ」
 スピードワゴンは、ふと思い出した。ディオが唯一、心を許した人間がいるということ。その相手の名、時折ディオが口にする名前がある。
「あんたってもしかして、あだ名か何かあるのかい?」
「え……? 周りからはジョジョって呼ばれてるよ」
 忘れかけていたその名が、一致した。この男だったのかと、スピードワゴンは思わず立ち上がってしまった。
「あんたがジョジョか……ッ!」
「そうだけど……どうかしたのかい。そんな驚かせるようなこと言ったかな」
「そうか……あんたが……。なら話は早い。灰の姫に行きな」
 胸のポケットから手帳を取り出すと、スピードワゴンはペンを走らせ、メモ書きを破って渡した。
「だけどおれが教えたってことは、誰にも言うなよ。……誰にもだ」


『ジャスティス』
 ホテルの門にそう掲げられている。その姿には似つかわしくなく、薄暗く、霧がたちこめている。
 灰の姫は、全体が色彩をなくしている。あたりの建物は同じ作り、同じ色、同じ扉でどれも閉め切られている。
「本当にここにディオがいるのか?」
 人気のないエントランスに入り、ジョナサンは受付のベルを鳴らした。とても営業をしているようには見えない。窓も閉められていて、少し埃っぽい匂いがする。
「どなた?」
 固い床をつく杖の音と、後に続いて衣擦れの音がした。奥から老婆が歩いてくる。
「あの……ここは……」
「お泊りですか?」
「いえ、ぼくは人を探していて」
「ここは誰の夢でも見られる魔法の宿。おまえさんの望みくらい、簡単に叶えてやろう」
「……あの」
 老婆はおぼつかない手で宿帳をめくると、ペンを指した。名前を書けと指示している。
「おばあさん、ディオという人を知りませんか。ここにいると聞いたんです」
「ディオ……様?」
 老婆は首をかしげる。ジョナサンは返答を待った。首がふらふらと小刻みに震えている。そして左右に、こきり、ぽきりという音をたてながら曲げる。
「まずはここに名前を……お部屋にご案内致しましょう……」
 ジョナサンの言葉を無視して、老婆は接客を続ける。このままでは埒が明かない。ジョナサンは名前を記入し、老婆のしたいようにさせた。
 七十七番の鍵を渡され、ジョナサンはその番号の部屋に向かった。
 七十七番以外、ほかの部屋には番号の札がない。不思議に思ったが、このアンダーワンダーにおいて、不思議ではないことのほうが珍しい。
「でも望みが叶うって、どういうことだろう? ここへ来れば会えるってことな
んだろうか」
 部屋は未使用で、ベッドのシーツも、絨毯にも、ぴんと張って皺ひとつもない。全ての家具が、部屋の隅に置かれ、直角に位置し合っている。計算されつくした配置に不気味さを感じるほどだった。
「おかしいな……急に……眠気が」
 視界が霞み、ジョナサンはベッドに倒れこんだ。意識はすぐに手放され、深い眠りへと落ちた。
 闇の中にあの老婆映る。杖を回転させ、呪文を繰り返す。「おまえの望み、叶えてやろう」「おまえの望み」「叶えて」「夢を見ろ」「夢を見ろ」「目を開けたまま夢を見るのだ」「おまえの夢は叶う」

 体が沈んでいくようだった。海の底へ、もしくは空の上へ。重力を失った肉体が浮遊する。ジョナサンは体の感覚が失われていくのを知った。
 ――ぼくの夢……? 一番の望み……?
 ジョナサンは無の世界にいた。初めに想像したのは自らの肉体だった。まずは手が空間に出現し、次に腕、それから肩……体が出来上がると、次に自分の顔が作られた。目はある。しっかりと見えている。しかし、これでは自分の顔が確かめられない。身長大の鏡が突如、現れた。真っ裸の自分が映っている。顔はいつものジョナサンの作りをしている。笑ってみた。頬が上る。自分の顔だ。間違いない。
 裸のまま、闇の空間で胡坐をかいた。ジョナサンがイメージをすると、突然に、物体は現れる。確かに、自分の想像に従っている。
「ああ、そういうことなのか……」
 ジョナサンはひとりの人間を創造し始めた。
 自分の背丈よりも少し小さく、けれど体つきは逞しく、肌は白く、頭髪は金色、瞳は琥珀色、唇の色は濃く……、頬は染まりやすい。
 大人になったディオの顔が分からず、ジョナサンが作り出したのは少年の時から変わらない容姿のディオになった。髪は首元が少し隠れるほど伸びている。
「ぼくを呼んでくれるかい?」
 幻想のディオに声をかけた。ディオはジョナサンの手をとり、頬に寄せた。
「ジョジョ……」
 まだ高さのある声で呼ばれる。それでもジョナサンの胸には響いた。
「君はどこに居るのかな」
「そばにいるさ」
「違うよ。本当の君だ」
「ジョジョの近くにいる……」
 ディオはそっとジョナサンを抱きしめた。ぬくもりが温かい。肌が吸い付く。
「まぼろしでも会いたいと……何度も思ったけど、案外空しいものだな」
 ジョナサンはディオの身を離して、その場に座った。二人とも裸のままで、ジョナサンは気まずくなってきて、服を想像した。すると、一瞬で二人は服を身にまとった。ディオは隣に寄り添い、ジョナサンの手を握る。
「確かに、ぼくはディオとこうしたいと思ってる。多分、無意識のうちに想像しているんだろう。でも……こんなのは違うよ」
「違わないさ」
「その答えもぼくが考えているんだ」
「ジョジョ」
「良いんだ。君は……君はぼくのディオじゃあない……」
 ディオは悲しげに瞳を潤ませたが、ジョナサンが首を振ると幻想は消え去った。幻影は溶けて無くなった。
「ディオ……会いたいよ。本当の、本物の君が欲しい……」
 夢の中でジョナサンは次第に身を縮めていった。そして最後には胎児になり、その体を丸めて、命そのものに戻った。
「どうしたい……?」
 初めて想像ではない声がした。知らない男の声がする。
「君はどうしたいんだい?」
「……ぼくは、愛したい……」
「誰を?」
「ぼくの愛している人を」
「それは、誰なのか君は分かっているのかい……?」
「ああ」
「なら求めればいい」
「どうやって? 抱きしめも出来ないのに」
「言っただろう。ここはおまえの夢が叶う場所だと」

 水底で聞く声が鮮明になり、ジョナサンは覚醒した。息が止まっていたらしい。苦しさにむせ返った。
「なん……だ、今のは……何だったんだッ?」
 混乱する頭を覚まそうとして、ジョナサンは起き上がった。そして再び、息が止まる。
「……ッ!?」
 部屋には自分しか居なかったはずだ。まだこれは夢の続きなのだろうか。
 隣に、もうひとりが寝ている。見覚えのある髪色、舐めた背中の白い肌、赤に染まる頬。誰なんだ。これは誰だ。誰なんだ。
「……き、み……」
 ジョナサンは肩を揺すった。唇が動く。眠りから覚める直前の、惚けた吐息が漏れる。
「君は……」
「ジョ……ジョ」
 開いた瞳は、紛れも無くアンバーアイで、掠れた声が呼ぶのは自分の名だった。
「嘘だ。これもきっと、ぼくの想像だ」
 涙がこみ上げてきて、ジョナサンは口元を覆った。
「ジョジョ」
 もう一度名前が呼ばれる。低い落ち着いたトーンの声、知らないのによく知っている。
「会いたかった、か?」
 彼は、寝転んだままで腕を広げた。そのままジョナサンは彼の胸へ飛び込み、涙を流した。彼はジョナサンは泣き止むまで、ずっと頭を撫でてくれていた。

 ジョナサンの想像した姿とは違い、ディオの髪は短く切りそろえられていた。体躯は男らしくなっていたが、ジョナサンほどには大きくない。――勿論、ジョナサンが規格外なだけでディオは十分に人並み以上の体格をしている。彼の名誉のために、それだけは表さなくてはならない―― 少年時代に見た腹の傷は、同じ場所に残っている。しかし背中は相変わらず美しい。
「どうして止めたんだ?」
「え? 何を……」
「おれのこと、夢の中で考えてくれたんだろう……知っている」
「え……? ええ?」
 ディオはジョナサンが先ほどまで見ていた夢の内容を話した。まるでその場にいたかのように話すので、ジョナサンは同じ幻覚でも見ていたのかと思う。
「ここは幻想のホテル。ここで見た夢は夢になる。夢はひとの望みの形だ。ジョジョは、おれにどんな望みを抱いていたんだ?」
「……君に会いたかったんだよ」
「それだけか?」
 ディオはベッドに腰をかけ、膝を立てた。窓辺に立っているジョナサンに挑発的な視線を送る。ディオは、薄い布地で出来た異国の装いをしている。どうやって着るのかジョナサンには検討がつかない幾重にも織られた複雑な作りをしている。
 足が動くと薄布が肌蹴て、生身の肌が曝された。
「愛したいと、言ったじゃあないか」
「やっぱり、あの声は君だったのか」
 ジョナサンはディオが差し伸べた手を取った。そして、その手の甲へ唇を落とす。
「ずっと……ずっと、ずっとこうしたかった」
 手に頬を寄せて、ジョナサンはディオの腰に抱きついた。
「おいで、ジョジョ。おれも……君を……」
 ディオは肩にかかっている布を落とし、肌を露にした。視線がかち合い、唇が寄せられる。
「愛してやりたいんんだ」
 唇を触れ合わせながらディオはささめいた。ベッドへ乗り上げると、ジョナサンはディオを押し倒す形になった。腕の囲いにディオの顔がある。整った顔立ちは、青年らしくもあり、少年時代の面影もある。涼やかな目元は、長い睫に彩られている。
 何より、唇が特徴的だった。色づいた唇は、ふくよかで女性的な印象をうける。ジョナサンは指先で下唇をなぞった。
「口を開けろよ」
 ディオは腕を上げてジョナサンの両頬を包んだ。そして自らへと近付ける。
「あ……む……ン」
 開いた唇の間にディオは自身の舌を滑り込ませた。驚くジョナサンの舌を捕え、先端で誘い出す。歯の合間を撫ぜ、くちりという水音がたった。
「……ン……ふ」
「ディ……ッオ!」
 ジョナサンはディオの胸を押して、口付けを中断させた。涎れで互いの唇の皮が光る。
「ぼ……くは……、こんな、こんなことを……想像しては」
「怖いのか?」
「違う」
 ジョナサンの身の熱は上る一方だった。だが理性は行動を鈍らせる。経験がない。ジョナサンは確かに恐怖を抱いていた。
「汚らわしいか?」
「そんな……!」
 すぐ様否定した。ディオは男性で、ジョナサンも男だ。そんな前提は、疾うに理解しきっている。それでも、十二歳の時とは違う。戯れではないのだ。
「どうしたら、いいか……分からない」
「好きにしたらいいさ」
 正直に答えた。ディオは余裕たっぷりに返答し、ジョナサンはますます萎縮した。
「君は考えないのか?」
 ディオは上半身にまとわりついていた布を取り払っていく。ジョナサンは何故か目を背けた。見てはいけない気がした。
「夜、眠る前……体が飢える……自分を慰めるために、頭の中で繰り広げられる饗宴を」
 ベッドのすみに座るジョナサンの背にディオはひたりと自分の胸を当てて、抱く。ジョナサンの腿にディオの手が乗った。
「それこそ、悪い妄想だ……」
「ふふ……会わない内に君はやけに真面目なヤツになったんだな。でも、そういうの嫌いじゃあないぜ……」
 服の上からディオはジョナサンの腿を擦った。触れられると、筋肉がびくりと震える。
「おれは考えていたよ。……この数年、ずっと君のことを」
 ディオの手が少しずつ這い上がってくる。ジョナサンの熱がますます上昇してくる。悟られてはならないと思うが、いっそ知られてしまってもいいという考えもよぎった。
「どんなことを?」
「そりゃあ、勿論……」
 言いながらディオはジョナサンの耳を食んだ。そして耳殻に歯を立てる。そして伸ばされた舌から、耳の穴へ吐息が送り込まれた。
「ン……うぅ」
「ふふ、堪えなくたっていいんだぜ。もっと楽にしろよ」
 片手がジョナサンの胸元に回り、硬い筋肉を揉み解すように指がうごめく。
「ディオ……ぼくの質問に、答えてよ」
「ン……?」
 ジョナサンは勝手気ままに動いていたディオの手を取り、シーツの上に置いた。体を触られると意識が飛びそうになる。快感に弱い気がした。
「ぼくと、どんなことをしているのを、想像していたんだ?」
「言わせたいのか?」
「ああ、聞きたい」
「いやらしい」
 ディオはわざとらしく責め、ジョナサンに押さえつけられている手をもぞもぞと動かした。重なる指の間にジョナサンの指が挟まり、きゅっと握られる。
「じゃあ……そんなやらしいこと考えてたの? ぼくで……ぼくと?」
「ン……」
 振り返り、ジョナサンは体をベッドに乗り上げた。靴を脱ぎ落とし、ディオに迫った。
「ねえ、ディオ。教えてよ。ぼくはどんなことをした? 君の中で、ぼくは何をしたんだい……」
「口を……キスして……」
 言われるがままにジョナサンは動いた。唇を再び重ねると、今度はジョナサンから責めた。受け入れるディオの舌はとろけるように柔らかに包まれる。
 二度目の深い口付けに嫌悪感はなかった。それどころか、ジョナサンは興奮していた。いつから、自分は男に欲情するようになってしまったんだろう。寄宿学校で、男同士の恋愛の存在はあったがジョナサンの身の回りには居なかったし、自分自身もそのような感情は持たなかった。それが健全であると思っていた。
「それから?」
「あ……胸、触れよ」
「むね……?」
 女性のように膨らんではいない。揉むには難しいと思った。ジョナサンはディオの白い平らな胸に手を這わせ、覗き込むようにして顔を近づけた。
 あの頃と違うのは、痣や生傷がないことだ。すべらかな肌の上に、つんとした突起がふたつある。胸を撫でれば、硬く尖った先にあたる。
「ん……ふっ」
「ここ……? ここがいいのかい?」
 もう一度胸を撫で、ジョナサンは突起部を擦った。手のひらの下で転がる突起は充血して色味が増している。
「は……っあ」
「言ってくれなくっちゃあ分からないよ」
 あのディオが自分の手によって、身悶えている。顔を歪め、それでも恍惚として肌を紅潮させる。ジョナサンは目の前が眩んだ。触らなくても己自身が暴発しそうなのが分かる。
「はあ……あう」
 いつまでもディオが口を利かないのでジョナサンは意地悪くそこを避けて、胸をまさぐった。鍛えられた筋肉の上に薄く乗る脂肪が絶妙な加減で手に馴染む。
 張りのある肌は艶々として、指を弾き返す。
「ひっ……うぅん……んんっ」
 痺れを切らしたディオは自らの指で片胸の突起物を摘んだ。慣れた手つきでぐにぐにと潰すように愛撫する。
「駄目……ずるいよ。ぼくがするんだから。ディオはしちゃ駄目だ」
 手首を拘束すると、ディオはかぶりを振った。
「ディオから言ってほしいんだ。ね、お願いだよ……じゃなきゃ、いつまでも出来ないから」
「は……っ、あ……ち、乳首、して……ジョジョ」
「うん?」
 弱弱しくディオが答える。それでもジョナサンはディオの胸に置いた手を時折擦るばかりで肝心の場所は避けている。指を開いて、触れないように手がすべる。
「おれの乳首を、つねって、かんで……舐めて、ジョジョ……ッ」
「そんなこと考えてたの? いつから……?」
「ンッ、知らな……い……あっ!」
 尖った乳首をジョナサンは指先で弾いた。痛みよりも快感が勝り、ディオは背を浮かせる。もしかしたら、ディオは痛みが肉体の悦びに変わるのかもしれない。
「いつ?」
「ん……っひっ……あ、ああっ、前から……ずうっと前からぁ……あうっ」
 片側の乳首をジョナサンは抓って、引き上げた。胸の皮が異様に伸びる。胸は小高い山のように変形した。
「ずっと前って? いつ? ぼくと会ってから、それより前?」
「んっ、ジョジョ……と、ジョジョと、やらしいこと……してからぁ……うあぅっ、んんっ」
「それって、あの覗き小屋のことかい?」
 赤の女王を訪れた先で、連れて行かれた「レイディ・リー」という店での出来事だった。互いの恥部を見せ合って、性行為の真似事をした。
「そう……だ……っんんっ、ほら……見てみろよ、おれの胸を。分からないか……?」
「……赤いね。それに女のひとのみたいだ」
 乳輪はぷっくらと膨らみ、突起は丸く尖っている。自分や他の男性と比べたら大きい。
「あれから癖になって、この有様だ。おまえの所為だ、ジョジョ」
「な……っ」
「だから、ん……っ」
 ディオはジョナサンの頭を抱いて、胸を押し付けた。
「だから……?」
 肌色の境界線をジョナサンは舐めた。他の部分より肌が薄い気がした。舌にのる肌触りが違う。
「ここは……おまえのものだ」
「ここだけ?」
 唇だけでジョナサンは乳首を摘み、軽く吸った。ディオの両膝がジョナサンの胴体を挟む。
「ここも……ここも」
「うん」
 ディオはジョナサンに自らの体の様々な箇所を触れさせていく。腹も、性器も、腕も、足も、顔も。
「全部やる……だから代わりに」
「分かってる」
 ジョナサンは胸から顔を上げ、一度ディオの頬に口付けた。そして、目を合わせる。
「ぼくを君にあげる」
 唇が重なり、身を抱きしめ合った。これ以上ないほどに強く激しい力で、ジョナサンはディオを抱いていた。それでも足りなくて、何度も口付けをする。ディオも応えて、ジョナサンの首に腕を回した。

「ざりざりする……」
「え……?」
 ディオがジョナサンの顎先をよけて、シーツに顔を埋めた。
「髭が当たるんだよ」
「あれ……今朝、剃ってきたんだけど、痛い?」
「痛くない。痒い」
 ジョナサンは口元や顎下を触ってみた。剃り残しが肌を刺すようだ。
「ふうん……髭面も、意外と似合うんじゃあないか?」
 ディオもジョナサンの口元に指をあてる。どこか嬉しそうにディオは触っている。ざらついた感触を何度も指の腹で味わう。
「見てみたい?」
「また今度な。おまえの今の顔を見せてくれよ……、じっくりとな」
 寝台に横になるディオを見下ろす形でジョナサンは身を腕で支えている。しなやかな指がジョナサンの鼻先や頬、瞼を通る。
 戦う人の手とは思えないほどの、柔さがあった。短く切られた爪も綺麗だ。
「ね、ディオ……。次は」
「次? どうしたい……?」
「どうすればいいのか訊いてるんだ」
 焦らすように指が顔をすべる。ディオはジョナサンのタイを外した。抜き取ったタイをベッド下へ落とし、ボタンを口で外していく。
 ジョナサンはその様子を見守るだけだった。
「汗をかいているな」
 首筋に鼻を入れ、ディオはジョナサンの匂いを嗅いだ。余計に汗が滲み出てくる。
「……変な顔だ」
 指摘されるとジョナサンは益々頬が赤くなった。酷い顔をしていただろうか。邪念が出ていなかっただろうか。
「ここで眠る時、いつもおれはジョジョの夢を見た。そこでどんなことをしていたか……」
「あ……ああっ」
 ディオはジョナサンの両足の間に膝を割り込ませて、折り曲げた足で下腹部を突いた。
「教えてやるから、大人しくしているんだな」
 ディオはシーツの上をすべり、ジョナサンの下半身へ移動した。まだ着衣のままのそこに口をつけ、熱のこもる息を吐く。
「あ……くっ」
 既に勃ち上っている箇所は、刺激により一層膨張した。服の上からでも形がくっきり浮かぶ程だった。
「だ……っだめだ……ッ!」
 ベルトが一気に外され、ボタンは引きちぎられるように取られた。ボトムを下ろされると上向いた性器が、ぴんと姿を出した。
「フフ、ここも立派な紳士になったようだな」
 ディオは指で輪を作り、その中に鈴口を入れる。そして、湿った息をかけながら、輪にした指を回す。
「は……ッうう」
 指が動けば、包皮もずれた。先端部は剥けきっている。余り皮を伸ばしたり、引き下ろしたりしてディオは玩具のようにジョナサンの男性器で遊ぶ。
「こんな風にまじまじと見る機会なんてないからなァ……へえ、ここに穴があいてる。漏れてきたぞ」
 滲み汁を人差し指で掬い、亀頭部に塗り広げた。割れ先に指をあてて、ディオは敏感な場所をつつく。
「んっ、んんっ」
「竿は硬いのに……ここは、ふふふ、ふふっ」
 先端部は肉身とは違って勃起をしても、多少は柔らかい。その硬さの違いをディオは楽しんで弄る。
「はぐ……うっ!」
 鼻を鈴口に押し付け、ディオは根元に唇を寄せた。そして舌を大きく出して、べろりと上までひと舐めした。
「ディ……ッ!」
 そしてまた同じように舌が動かされる。大胆に舐めとり、全体を濡らす。涎れがまとわりついてくると、ぺちゃ、ぴちゃと湿り気のある音を立て始めた。
「ん……ッく……」
 ジョナサンは思わずディオの髪を手にしていた。頭が上下に動かされる度にジョナサンは呻いた。
 しかし、決して口の中に銜え込んではくれなかった。表面を撫でるように舌が這うばかりでは、射精するにも快感量が足りない。
 それでも懸命に奉仕しているディオが、愛おしく思えて、更にジョナサンは下腹部の熱を高めた。
「……ん、顎が疲れた」
 言うとディオは顔を離して寝台に横臥した。半端に高められ、ジョナサンは腹が辛くなる。
「……さ、最後までしてくれないの……?」
「最後って何のことだ」
 ディオは知らぬ振りをしているようではなかった。本当に理解をしていない。同じ男であるのに、ジョナサンがどれほど苦しいのか分からない。
「抜いてくれないのかってことだよ……」
「したじゃあないか」
「これで終わり?」
「まだして欲しいのか?」
 ジョナサンはディオが、人間の性においてどのくらいの知識を持っているのか真面目に問い質したかった。
「だって、射精……してないし……」
「は?」
「だから、出してないから、終わりじゃあないってことだよ」
「出す……? 何を出すんだ。便所なら、部屋を出て……」
「違うよ! 知ってるだろ。ここから、その……男が気持ちよくなると、精液を出すこと」
 ジョナサンは不恰好ながら、自身の性器を指差して説明した。何とも情けないとは思ったが、言わなければどうにもならない。
「そんなもの出すか!」
 ディオは十二歳の時分と変わらぬ反応をしてみせた。あれから五年が経つ。ディオの体は、見た目では大人と遜色ない。むしろ、彼は立派に育っているくらいだ。
「そんな筈ない……君だって大人だ。本当に分からないのか、それともぼくをからかっているのか?」
「なに……うっ……ンぅ」
 下半身に未だ纏わせている布地をジョナサンは力ずくで脱がせていく。少々荒い行いをしたために、布は所々破けてしまった。
「……生えてる」
 産毛と見間違うほどの薄かった陰毛が、既に生え揃っている。濃い金色が男根の元で茂っている。
 ジョナサンは、自身の経験を思い出していた。毛が先だったか、精通が先だったか。確か、生え始めたと意識していくらもかからなかった気がする。昔の話だ。記憶が曖昧だった。
「自分で、したんだろ……ぼくのこと、考えて……ここを擦ったりしたんじゃあないのかい……?」
 ジョナサンはひくつく男幹を握ってやった。じわりと切っ先から愛汁が溢れ出した。
「ほら……見て、ディオ。これが前触れだ。ぬるぬるしてる。おしっことは全然違うだろう?」
「うく……して、ないっしてない!」
 枕に横顔を押し付けて、ディオはシーツを握って、逃げるように体をくねらせた。腰がうねる。ジョナサンは逃げ惑う尻を掴んだ。
「しない……しないんだ……うう……っ、だって、いつも……あっ、胸を触って、それで、ジョジョに……」
 ディオはそれから唇を噛んだ。涙で瞳が光る。ジョナサンはその先を知りたかった。
「ぼくに……想像のぼくと?」
「ん……ジョジョに、犯されるんだ……」
 ジョナサンの全身の血液が一気に逆流した。
 嘘だろう。
 あのディオが、ぼくに犯される夢を、ずっと想像していただなんて。
「……ぼ、くが……君を……君の体を……?」
「だから……しない。おれは……こっちは、さわらない……」
 疾うにディオは男性としての機能を放棄していたと言うのだろうか。男としての悦びを知らず、胸や想像で快感を得て、慰めていただなんて。
「ふ、不健康だ……そんなの、ディオの、ここが……ディオのおち×ちんが可哀相だよ……」
 牡幹は血管を浮き立たせて、待ち望んでいる。身体は男の大人として、正常に働いているはずだ。なら、きちんと出さなければ体にだって悪いだろう。
「だから……っ要らないと言ってるだろう……おれは出ないんだ。そんなもの出さない!」
「出来るよ……ディオにだって。ちゃんとしてあげてないだけだ」
「いい……っんっ、あっ……いくら、ジョジョでも、触ったって、しごいたって、出ないぃぃッ!」
 ジョナサンは喚くディオを押さえ込み、やや力を込めてペニスを上下に扱いた。先走り液はいつまでもだらだらと流れ、いつ達してもおかしくない量だった。手やディオの腹を濡らした。
「あふ……っ、んんっんう゛うぅっ!」
 ディオはだらしなく両脚を広げ、内腿を震わせた。しかし、射精は起きない。これが何度か続いた。その度、ディオは悲鳴じみた喘ぎ声を出して暴れた。
「いい……っひあ……、や、ひりひりする……もう、いい……ジョジョぉ……手、やら……やらぁ……ッ!」
 腰が揺れるが、うまく立たせられず、ディオは身をぐったりさせながら訴えた。それでもジョナサンはディオの体を思って、ペニスから手を離さなかった。
「もう少し……もうちょっとなんだ。もうちょっとで、ほら、少し白っぽくなってきた……」
 とろみが白く濁りかけてくる。ジョナサンはまた手の動きを早めて、愛撫を再開させた。
「ひっん……ンっんんっもう……ひあ……っら、やら……嫌っ、だ! 出来な、いぃッ!」
 ディオの背が弓なりになり、それから動きを止めた。呼吸が一瞬止まり、寝台に倒れこむ。
「あ……っくう……んん゛ぅっ!」
 粘ついた濃い液はいくらでも出るのだが、肝心の射精は導けなかった。ジョナサンはディオが失神寸前になって、やっと手を放した。エレクトしたままの若勃ちは脈打ち、幾度と擦られた為に痛ましいほどに赤くなっていた。
「……変だ。変だよ……いくらなんでも。君はぼくとそんなに年も変わらないはずだ……」
「は……ぁ……ジョ、ジョ……」
「ごめん……。無理させた。君は、嫌がってたのに……」
 非を詫びてジョナサンは項垂れた。ディオは辛い体を起こして、ジョナサンの頬にキスしてやった。
「いい……もっと、しようぜ」
「でも……ぼく、自分で自分が怖くなったよ。夢中になって、自分の考えを押し付けて、全部力任せに、無理やり……」
「平気さ。そんな易々と壊れやしないんだから。それより……なあ、ジョジョ……」
 今も隆々と首を擡げているジョナサンの一部を、ディオは指先で撫でた。
「これで……」
「うん?」
 いつになくもじもじとしてディオがいじらしげな態度をしてみせる。人に責める時は攻撃的であるのに、して欲しいと強請るのは下手なようだ。
「おれの……」
「うん」
 ディオが言えるまでジョナサンは辛抱強く耐えた。意味なく指先が、触れたり離れたりを繰り返す。
「いいから……抱けよ……ッ」
 先に堪えきれなくなったのはディオだった。恥じらいを誤魔化すようにジョナサンの胸を叩いて、顔を横に向けた。
「抱くって、具体的にどうしたらいいのかな。正直に言うと、ぼくは誰かとこうした経験が無いんだ……」
「ふん、童貞め」
「ディオ、君は?」
 鼻でディオは笑うので、少しジョナサンはむっとして尋ねる。
「ここで、いくらでも」
 ジョナサンの表情が曇る。思わず拳を握りかけたが、すぐにディオは続けて付け足した。
「おれの中のおまえに……」
 ジョナサンは青くなったり赤くなったり忙しなかった。何となく二人は沈黙した。

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