7:168:10080:604800〜One week marriage〜 サンプル

1, Kiss the Boy …05
2, Once upon a Dream …33




1 Kiss the Boy


――DAY 0

「誰が花婿だ!!」
 王宮にある広間に海馬瀬人の怒号が響いたのは、それはそれは穏やかな真っ昼間のことであった。
 隣立つアテムは唖然としていた。
「ですが言い伝えによれば、――その者は蒼き衣を纏いて、金色の地へ降り立ち、王を手に入れる者なり……――と」
 女官はパピルスに書かれた、この時代よりも遙か昔の童話に近しい物語を二人に聞かせている。
 物語に描かれている人々の絵は、どことなくアテムと瀬人に似ているようだ。
「まったく馬鹿げている! オレはその手の伝承、昔話等は一切信用しないと決めている!」
「……ちがうのか?」
 隣で黙って女官と瀬人の言い合いを聞いていた王――アテムは大きな瞳を見開いて顔を上げた。
「オレを手に入れようとは、思っていなかったのか? 海馬」
「……なっ」
 心許ない手が、自然と瀬人のコートを掴んでいる。おそらくアテム本人はたいした意図を持っていない。
「い、言い伝えの通りなどと……! まるでオレがその馬鹿げた予言に従っているようなものだろうが!」
「言い伝えを否定したいからなのか?」
 女官は破顔しつつ、若い彼らを見守っている。
 周囲に控える侍女たちも目は笑っているが、耳は会話にしっかりと集中している。
「この際、言い伝えは関係ない。お前の考え、答えを知りたい。どうなんだ、海馬」
「どうとは……、貴様は何を言いたい」
「どういうつもりでここまで来たのだと、訊いている」
 アテムは瀬人のコートから手を放し、真っ直ぐに彼を捕えた。視線は寸分の隙をも与えず、互いの呼吸すら支配する。
 この時ばかりは、瀬人はアテムの王である魂を認めざるを得なくなる。気迫は他の人間と一段も二段も違っている。
 彼が生まれながらにして高貴な身分であるという現実を、まざまざと知らされてしまう。
「オレは……」
 単純明快な答えしか無かったはずだった。
 もう一度、奴と闘いたい。
 彼に再会するまでは、闘いの場に身を置き続けることこそが自身の宿命であるのだと、瀬人は己の運命を定めていた。
 しかし、再びアテムと対峙した瞬間に理解したのだった。
 闘うことではない。この男と共に在ることが、自分が追い求めた命題だったのだ。
 周りの人々が瀬人の次の発言を聞き逃すまいとしている。
 アテムも押し黙って瀬人の言葉を待つ。
「こ……」
「こ?」
「こんな状況下で言えるかぁッ!!」
 再び、広間に瀬人の絶叫が響き渡った。女官や侍女たちは唖然としてしまう。
 怒りのためか、恥の所為か、耳をやや赤らめた瀬人はアテムの腕を引くと、王宮の奥の間へ連れて行ってしまった。
 瀬人がもしも告白を成功させたなら、広間には花が舞い、その場で盛大な宴が始まるところだった。
 侍女らが後ろ手に準備していた大量の花びらは、どうやら無駄になってしまったようだった。
「瀬人様も、いい加減ファラオに想いをお伝えになればよろしいのに」
「せっかくこのような小道具まで用意したのですけどね」
 女官が手にしている、いかにもな書物はわざわざ後から作らせたものだった。
 多くの神々の伝説や、古くからの言い伝えは数多くあれど、ここまであの二人に似た話はあるわけがない。
 お互いに惹かれ合っている事実は、周りの人間のほうがよほど分かっていると、王に仕える者たちは口々に言い合っていた。
 ここは冥界、霊界。すべての願いが叶う場所。穏やかで、あたたかな、争いのない暮らしが続く国。
 生命が燃えていたかつての日々の中、王が民の為に戦い続けた歴史を彼らは知ってしまった。
 ならば、この高次の世界でこそ王は自分自身のために幸せになるべきなのだと、人々は彼のために祈る。
 そしてその幸せを共有できる相手が、たったひとりあの男であるのだと民は皆認めているのだ。


「海馬!」
 瀬人は一言も発さずに、奥の間へと進んでいく。身長と足の長さが異なるが故に、瀬人の早足にアテムはついていけない。ほとんど走っている。
「おい、海馬!」
 後ろから名を呼びかけても無視をし続けられ、アテムは腹が立った。
「腕が痛い!」
 訴えると、瀬人は即座に振り向いて足を止めた。そして、掴んでいた腕を放したのだった。
「……悪い」
「ったく、馬鹿力だぜ」
 二の腕の飾りより少し下の部分には、くっきりと指の痕がついていた。アテムは自らの手で痣になりかけている痕を撫でた。
「お前、どこ向かってるんだ」
「あいつらがいない場所だ」
「もう、ここなら居ないぜ」
 王宮は不思議な空間であった。人々の気配が一切なくなる時がある。今、目の前にいる一人の男でさえ、目に入れて触れていなければ、実感が遠のくような気がしてしまう程だ。
「オレの考えを、知りたいと言ったな」
「ああ」
「口に出して言わなければ、貴様には伝わらんというのか」
「いいや……」
 アテムは腕を摩っていた手を下ろして、首を上げた。近づけば近づくほど、顔を上げなければ目が合わない。
 瀬人は首を傾けた。こちらをじっと見上げる瞳の力強さに圧倒される。
「本当は、オレは分かってるぜ……海馬の気持ちは」
 瀬人は奥歯を噛みしめた。あらゆる言語の同じ意味を持つ言葉が脳内を占めている。
 だが、どれも喉から先に出て行こうとしない。瀬人が唇を噛んで、飲み込んでしまうからだ。
「ただ、お前の口から聞いておきたいと思った。オレのワガママなんだ」
 アテムの目元が緩むと、その輪郭がぼやけ虚ろになった。
 消えてしまいそうな儚さに、瀬人は思うよりも早く行動していた。
「……っあ」
「我儘だと…… 」
 抱擁と言うにはあまりにも稚拙であった。片腕で引き寄せた相手の身を胸の中に置き、留めている。
「そんなことを……貴様は望んでいるというのか!」
「海馬が怒るのは分かりきってたぜ。だからオレのワガママだって」
「違う!」
「……え?」
 肩を握られた手に力が込められた。胸板に顔を押し付けられアテムは身動きがとれなくなっている。アテムからは瀬人の表情が見えなかった。
「オレは怒ってなどいない!」
「怒鳴っているだろ」
「これは元からだ! そんなことぐらいで、貴様は我儘だと言っているのか!」
 ますます腕の力が強くなっていた。これを怒りとは呼ばずに何と言えばいいのかアテムには分からなくなる。
 瀬人がどんな顔をしてどんな目をして話しているのか見なければ、感情は読めない。
「……馬鹿め」
「か……海馬?」
 空いていた片手が力なくアテムの腕を持った。
 両腕で抱きしめる勇気はなく、不恰好なままでアテムは瀬人の身に包まれていた。
「それぐらいの望みを、どうして我儘だと言う……貴様にはいくらでも言ってやる。飽きる程、言ってやる!」
 あたりに花の芳香が漂った。
 アテムは瀬人の胸越しに廊下の奥を見遣ると、侍女らが用意していた花を散らしていた。
 大気の神シュウの意志を持った一陣の風は、彼らを祝福するように花弁を踊らせ、そして一面に鮮やかな景色を創り出したのだった。


「まことに、おめでたいことですわ!」
「王も習わしに従って頂きましょう」
 若い二人の誓いを見届けた仕え人たちは、宴の準備だと忙しなくしている。
 アテムは自分が即位した遠い日を必死に思い出そうとしているのだが、何とも記憶が曖昧であった。
「おい、習わしとは何だ。それにこの慌ただしさは何なんだ」
 あの幼い告白と抱擁を目撃されていただけではなく、いきなり祝福され、また大広間に連れ出されたかと思えば、瀬人はデュエルディスクを外され――半ば強制的にである――、酒を呑まされそうになっている。
「待て、今記憶を辿っている」
 こめかみに指を添えてアテムは唸っている。注がれた酒を疑問も持たずに口にしているのを見ると、瀬人は何故か対抗心を持ってしまう。
 瀬人はアルコールの類いを口にした経験は無い。肉体が対応し得るか、いささか不安である。
「いえ、ファラオ。貴方様の時には行っておりませんでしから、覚えがなくて当然ですわ」
 果実を盛った盆を手にした女官が、二人に差し出しながら答えた。
「そうなのか……? じゃあ、その習わしとは何だ?」
「まだ準備をしておりますから……その内に分かりますわ」
 女官は、若いふたりを微笑みながら生暖かい目で眺めつつ、その場を去って行った。
 準備にいそがしいとは、さっぱり意味が分からない。アテムと瀬人は珍しく顔を見合わせて互いに苦笑した。


 王宮は大きく三つに分けられる。正面、中央にある大きな宮殿が儀式を行う場で、玉座がある。瀬人が始めに足を踏み入れた場所だ。
 そしてその左右は宮廷と神官や従僕の住居とされている。
 さらに細かく区分もされているが、建物自体はこの三つから成り立っている。
 その宮殿の奥に密かに小さな離宮が存在していた。
 柱に隠されるようにしてひっそりとある、さほど広くはない居住は、王であるアテムですら立ち入ったことがない。
 ある儀式のためだけに使われる離宮の部屋は、今まさに侍女たちが準備を整えている最中であった。



 並べられた御馳走をほどほどに食し、適度に腹が満たされてくると、酔いも軽く回った。
 アテムは隣に座る瀬人の肩に凭れかかっていた。ふたりの目の前で説明を続ける老年の神官は、医学の知があり、王の幼い頃から怪我や病気を看てくれていた者だ。
 彼は腕利きの医師ではあるが、話が長いのが気にかかる性格だ。
「……というわけで、この後から離宮へと足をお運び頂くわけですから、ファラオも果実酒を呑み過ぎてはいけませんよ」
 途中から話などほとんど聞いていなかったアテムは、どうして酒を止められるのか訳が分からず眉根を寄せた。
 寄り掛かっている瀬人の腕がぶるぶると震えはじめているのが、身を通して伝わってきた。瀬人が持っている杯の酒の水面が揺れている。
「……何を、長々と話しているかと、人が真面目に聞いていれば……好き勝手に決めつけやがりおって……!」
「ん? 海馬……?」
「たわけたことを抜かすのも大概にしろ!!」
 本日、三度目の瀬人の噴火であった。
 怒りに任せて瀬人が勢いよく立ちあがったので、アテムはそのまま床に転がってしまった。
「貴様らの狂乱に付き合うほど、オレは暇ではない!」
「おお、瀬人様! ここは高次、貴方様の世界の理とは違うのです。我らの神々が行える営みはファラオにも可能であると、ゆめゆめお忘れなきよう」
 アテムは床に転がったままで老爺神官と瀬人が言い合っているのを、ぼんやりと耳にしていた。
 ――一体、海馬は何を怒っているんだ。爺は何の話をオレたちにしていたんだ……。まあいいか。今オレが聞いたところで、ちっとも頭に入ってこないからな……。

「フン……理解は追いつかないが、貴様らの道理は分かった。なら、こちらにもそれなりの準備が必要になる。ここで用意できるものにも限度があるだろう。オレはオレで必要なものはある。一日だ。丸一日あればいい」
「もう離宮は整っておりますから、出来ればすぐにでもと言いたいところですが、瀬人様がそうおっしゃるのなら仕方ありません」
 ほんの数分前まで言い争っていた筈の老爺と瀬人は、既に和解したのか冷静に話し合っているのが、アテムの目に入った。
 僅かな時間、目を閉じていただけだと思っていたが、随分長い間眠ってしまったのかと錯覚した。
 しかし周囲の雰囲気から察するに、さほど時間は経過してはいないようだ。宴は続いている。
「おい、起きているか」
「ん?」
 デュエルディスクを身に着け、瀬人はバトルコートを着込んでいた。全ての電源を入れると、瀬人の身体の至る箇所に取り付けられた機械が青く発光し始める。
「一度、向こうへ行ってくる。すぐに戻るから、待っていろ」
「……すぐって」
「二十四時間以内、用件は大したものでは無い。移動に時間がかかるんだ」
 瀬人はアテムの身を起こしてやりながら伝えていた。酔ったアテムは半開きになった眼に瀬人を入れつつ、頷いている。
「別に、そんな急がなくたっていいぜ……」
「……いいわけないだろう」
「だって、お前、向こうでやる仕事とか、いっぱい……あるんだろ」
 呂律の回らない口調でアテムは瀬人を思いやった。
 普段のアテムなら、思っていてもなかなか口に出せない心配事が酔った勢いで口を衝いて出る。
「貴様がオレの仕事を気に病む必要はない。ここに居たって、オレの仕事は出来るんだ」
 アテムのいじらしい態度と言葉に、対する瀬人も比較的やさしい口調になった。
 しかし、そのように思われていた事実が、どこか辛く、どこか嬉しく感じた。同時に気を遣わせてしまっていると知ると、ますます離れ難くなった。
「二十時間で戻る。貴様は……たっぷり着飾ってオレの帰りを待っていろ」
 名残惜しげに手を握ってやると、アテムは数度瞬きをして不思議そうな表情を浮かべていた。
 瀬人は立ちあがり、宴を後にしていく。侍女たちが彼を見送っていた。
 アテムは支えを失って、またゆっくりとその場に寝そべっていた。視界では、男の青い光がだんだんと遠退いていく。
「着飾る……オレが? 何で……?」
 欠伸がひとつ出た。老爺と女官の話は、半分も聞いていなかった。傍らでは気に入りの侍女が微笑みながら酒の瓶を抱えている。
 アテムの気分はなかなか良かった。このまま、眠ってしまうのが良いと判断して、とろとろと瞼を閉じたのだった。







――中盤 〜キスシーン一部抜粋〜



 ようやく心構えが出来たのだ。
 音にはせずに、唇だけでアテムは瀬人の名前を呼んだ。
 瀬人の指がもう一度アテムの頬を撫で耳の裏を通り、顎の下をくすぐる。
 片手が襟足を通り抜けて、首の後ろを支えた。
 やがて、待ち侘びた瞬間がふたりに訪れる。
「……ン」
 閉じきった互いの唇と唇が触れて、合わさった。湿った感触がする、とアテムは率直な感想を抱いた。濡れていたのは瀬人の唇だろう。飲んでいた水の水分に違いない。
 ほんの一、二秒で唇は離れた。
「な……に?」
 薄く開けたアテムの目線の先で、瀬人は困惑した顔をしていた。何か不都合でもあったのかとアテムは訊いた。
「目を閉じるのは、いかんな」
「ん……?」
 言っている意味が分からなくて、アテムはぼんやりとした返事をしてしまう。
「貴様の顔が見られない」
「それは……仕方がないだろ」
 唇同士が触れ合う近さでいくら目を開けていても、互いの表情は分からないだろう。
「オレ自身が貴様の唇を味わっているのだと、目視し視認しておきたい」
「じゃあ、目、開けてしてみればいいんじゃないか」
 瀬人の希望は、それとなくアテムにも分かる。アテムも、瀬人が口吻をしている姿を見てみたいと思っているからだ。
「もう一度するぞ」
「ん、……うん」
 アテムは顎を上げ、また瞼を閉じて待った。
 一度してしまえば、二度も三度も同じだ。
 緊張が気取られぬよう、スムーズに事を済ませられた瀬人は安堵していた。
 アテムが自分自身の感情で精いっぱいだったのと同じくして、瀬人も内心では緊張し激しく動悸していたのだ。
 はじめ、アテムへの想いを白状するつもりなんてなかった。
 しかし、相手の瞳を見つめていたら、言わずにはいられなくなってしまったのだった。
 後になって瀬人が自らの言動を振り返ると、あのような甘えた声をして、夢に見ていたなどと本人に伝えてしまったのは失態だったと思う。
 しかし、本心を真摯に告げたからこそ、アテムが飛び込んできてくれたのなら、結果としては上々なのではないか。
 たまには、胸奥を暴露してしまうのも悪い手ではないものだ。
 一度目は気が急いて、アテムの顔を観察する暇がなかった。
 静かにじっと待っている姿は実に健気で、非常に可愛らしい。
 すべらかな頬を指の腹で撫で、細いつくりの顎を持った。
 親指で下唇のきわを撫でると、その中にある白い歯が覗いた。小さな歯が並んでいる様子に、何故か瀬人の胸が騒いだ。
「海馬……?」
 閉じた瞼のままで、アテムは不思議がって名を呼ぶ。
「静かに」
 喋り出す前に唇をそっと押さえてやり、瀬人は目を開けたままで口吻を交わした。
「……ん、……ふっ」
 今度は思考が働く余裕があった。しかし目を開けていても、相手の顔までは確かめられない。瀬人はまた短いキスを終えて、すぐに顔を離す。
「ん……っ」
 離れる際に、ちゅっ、とリップ音が鳴った。音が鳴ると、アテムの指がひくついて身が縮こまった。
 キスをし終えた瞬間は、まだ惚けた顔をして目を閉じている。おそらく、その顔が口吻の最中と同じものだと瀬人は認めた。
「もう一度だ」
 宣言をして、瀬人は三度のキスを落とす。アテムは体を瀬人へ預けて、身を寄せてくる。すると、更にふたりの距離が近づく。
「ん、ん……」
 抱きしめながらする口吻は、いっそう心地が良いものだと知った。覚えたてのキスに夢中になりながら、ふたりは模索している。
 上衣をまさぐる瀬人の手が、アテムの肩甲骨や背骨を探る。布の上から触れるだけでは物足りなくなる。生身の肌を知りたくなる。本能で求めるようになっていく。
「ン……あ……」
 アテムも、瀬人の腕や胸板に置いている手が時々撫でる動きをしてみせて、たった一枚のインナーが煩わしく思うようになっていた。
「ん……っ!」
 今まで皮膚の上を擦れ合うだけだったものが、相手の唇の中へ進みだす。瀬人の舌が、ほんの少しだけアテムの唇を割って入ろうとしてきた。
「ふ……ッ、ンぅ!」
「……っく」
 驚きで顔を引いたアテムが、勢いで瀬人の肩を叩き打つ。
 強引に引き剥がされた瀬人は、飢えた獣の目つきでアテムを睨んでいる。半端に中断されると、高められた熱が身を焦がすのだ。
「な、何だよ……そんなの、知らない」
 触れていた自身の唇に、アテムは指を添えている。唇の表面は少し赤くなっている。
「オレも知らん」
「威張っていう事かよ」
「知らぬのなら、共に学んでいけばいいだろう?」
 寝台の端に座るアテムの腕を引っ張り、瀬人はそのままアテムを衾の上に横たえた。
「どうせオレもこの件に関してはビギナーだ」
「ここには教えてくれる者はいないぜ」
 仰向けになったアテムに覆いかぶさりながら、瀬人は続ける。
「貴様がいる。それだけでいい」
 瀬人は青い耳飾りを手にし、指先で耳殻をなぞった。
 アテムは目をきゅっと瞑り、ぶるりと体を震わせる。感じ入るアテムの表情を瀬人はひとつ記憶した。







――終盤 〜スケベシーン一部抜粋〜




「はぁ……っ、あ」
 瀬人は唇を合わせながら、器用にアテムの衣服を解いていく。上衣の前を緩め、流れる動きで脱がせていく。腹帯を片手でほどき、下衣の上から太ももをさすった。
「あ、……やっ」
「クク……下着の上からも分かるぞ」
 鼠蹊部を折り曲げた指で辿っていく。中心には決して触れずに、縁取るようにして何度も往復する。
「いつからだ?」
「うるさ、い……」
 覚えていないほど、昂ぶりが続いている。決定打が欲しくなるのは、男としてはごく当たり前の欲であった。
「海馬だって、……あ」
 瀬人の来ている長衣は、裾を割れば容易く足が覗く。アテムは裾の隙間に手を入れて、瀬人の股座に触れた。
「く……」
「ほら、おんなじだぜ。オレのこと言えない。海馬だって、いつからこんな……硬くさせてるんだ?」
 薄い布地の下で、熱源は昂奮しきっている。アテムは握りこめようとはせず、手の甲でやさしく擦ってやった。
「いつから、か。クク、昨晩からだと言ったら?」
「え」
 ここまで張りつめた状態で、半日以上堪えきれるわけがない。通常なら出してしまいたくて仕方なくなるのが、男の性だ。
「半端に放置されても、断じてオレは自慰などしなかった。貴様がそばにいるのなら、する必要などないからな」
「……こんな……我慢できないだろ、普通」
 自分なら鎮めるために射精しておくだろう、とアテムは考える。
「無駄打ちも好かん。貴様に仕込む分を薄めてしまっては……王への冒涜になる」
 瀬人はアテムが手にしている部分に自分の手を重ねてやり、ぐっと押し付けた。硬さと大きさが伝わってくる。脈動も聞こえてきそうだ。
「何だよ、それ……」
 アテムは押し付けられた手を引っ込めて、肌に残った熱を感じていた。
 男の強くて激しい意志のある熱。自分を想う気持ちの表れなのだと知れば、瀬人がだんだん可愛くみえてくる。
「閑談は終わりだ。続きをするぞ」
 瀬人は長衣の袖を抜くと、帯を取り払った。敷布の上に長衣が落とされる。半裸となった男の肌を、アテムはまじまじと眺めた。
 均整のとれた肉体は、瀬人曰く完成していないらしい。
 日々の鍛錬を怠らず、さらに男を上げるつもりだ。
 守るため、耐えるため、生き抜くため。
 基礎的な土台として、肉体は魂を留めておく存在である。
 瀬人は冥界へ渡ってから、体と魂の見解を改めていた。
 それまでの瀬人は肉体を?魂の牢獄?と喩えた。闘いにおいて、精神を最も重要視していたからだ。
 しかし、体が存在しなければ魂は交わらないと悟り知った。瀬人は自身の限界を超えようとして、今なお未完成の体を作り続けている。
「オレも脱ぐ」
 アテムは下衣に手をかけたが、瀬人はその手を止めさせる。
「やめろ。オレの愉しみを横取りするな」
「な……、だって、海馬は自分で脱いだくせに」
「分からん奴だな」
 下裾に手を潜り込ませ、瀬人は少しずつ剥がしていく。
「貴様はオレの獲物だ。オレの手でやらせろ」
「……う、ぐ」
 退けられた手は胸に置かれて、アテムは瀬人のしたいように体を預けるしかなかった。
 勿体ぶった手つきに焦れて、アテムは何度も膝を立てたり伸ばしたりした。
 下衣がめくれあがり、隠れていた腿が瀬人の前に現れる。膝下と比べると傷は少なく、肉質は若さに相応しくむっちりとしている。
「成程……な」
 褐色肌に映える白い布地で出来た下着は、少年の膨らみを守っている。
 汗や体液の所為で、布地は下の肌を薄らと透けさせている。
「後ろはどうなっているんだ」
「も、……もういいだろ。脱がせるなら、早くしろよ!」
「駄目だ。ならん。後ろも見せろ」
 瀬人が下着を観察しているのは、流石にアテムにも察せられた。
 アテムが身に着けているのは珍しくもなんともない、ただの一枚布で出来た褌だ。
 敷布の上でアテムは転がされ、無理やりにうつ伏せにさせられた。
「成程」
 また同じ台詞を言い、瀬人はため息を吐いた。
 小ぶりの尻が白い布に覆われ、すっぽり包まれている。尻の谷間に出来た皺にすら、感動していた。


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