毎晩、ぼくの寝室にサキュバスの義弟がやってくるんだが
義弟は、肌は驚くほど白くて瞳は青く、髪は金色をしている。人当たりがよく、礼儀正しく、清らかな印象を誰もが持っていた。そして外見のイメージ通りに彼は信心深く、日曜の礼拝は欠かさなかったし、首にはロザリオが常に下げられていた。
誰が言い始めたのか知らないが、彼は彼の知らぬ所で「天使様」などと囁かれていた。
実際、絵画でよく目にする大天使は、彼のように柔らかな金色の髪をして、白い衣に劣らぬ肌色をし、瞳はグリーンかブルーだった。その時、彼らの周囲には白人しかおらず、世の中には肌や瞳の色がもっと多様であるという現実を知らぬままだった。
祈りを捧げる彼の横顔を、ジョナサンはたまにこっそりと覗いては、その人離れした美しさに見とれていた。
義弟は生まれ年は定かではなかったけれど、おそらくはジョナサンと同じくらいであった。
彼らは、双子のように育てられた。
身長や体格だけでなく、勉強やスポーツも彼らは競うように切磋琢磨し合って成長していった。
年月が進む内に、それぞれの個性が伸びていく。それにより、得意なことと苦手なことが分かれていった。見た目も中身も正反対であるはずの二人は、意識しあうために、何故か同じものを選ぶようになり、同じ趣向になっていった。実際、初めての恋の相手だって同じだった。町一番の、器量よしの娘だった。彼女が選んだのは異国の少年であって、二人は同時に失恋することとなった。この時ばかりは、お互い慰め合ったものだった。
そうして、彼らは少年から青年へと美しく逞しく、真っ直ぐに年を重ねた。
少年の頃に、悪戯が好きでやんちゃばかりしていたジョナサンは、落ち着きのある紳士へと変わっていった。
反対に、少年時代に真面目で清廉であったディオは、少々派手な男性になってしまっていた。
毎週、家族で足を運んでいた教会には、月に一度、父親が帰宅した際に揃って出かける程度になっていた。
それでもジョナサンは、まだディオの首にロザリオがかけられているのを見かけたことがある。
古いものなのだろうか。あまり高価そうではない。
もしかしたら、母親の形見なのだろうか。今となっては、尋ねる機会もなかった。
いつもシャツの下に隠すようにつけられている。襟の隙間から見える銀の鎖が証明だった。
十八歳と半年が過ぎた。その頃からディオは夜出歩くようになった。
「……とうさんが知ったら、きっと君を叱るから」
「フフ、そこは兄弟のよしみだ。黙っててくれよなァ、ジョジョ」
何故かディオはジョナサンの部屋を通って、その窓から抜け出ていく。玄関や裏口は、使用人たちに気づかれる恐れがあったし、まだ彼らを子どもと見なしている執事は夜遊びには反対だった。
それにジョースター卿の方針としても、酒や賭博にはいい顔は出来なかったし、女性関係は特に厳しかったのだ。
「朝食前には戻ってるんだから、まだまだおれは良い子だろう?」
そう言いながら、ディオはジョナサンの部屋のベランダに出る。そして事前に取り付けられていた梯子を使って、外へと出る。
ジョナサンは、追いかける気にもなれなかったし、無理に邸に縛り付けておく権限も持っていなかった。
「全く……、一体どこに行ってるんだか……。危ない事してないといいけどな」
窓辺に肘をつきながら、シルクハットの先が見えなくなるまでジョナサンは夜に消えていく彼の後ろ姿を眺めていた。
純粋な心配だけではない。面倒事に巻き込まれるのは勘弁してほしいからだ。
十代の後半にさしかかる頃から、ディオは押さえ込んでいた「本性」と言うべき性格が出るようになっていた。
気が短く、口が悪く、すぐに暴力に走る。ジョナサンが思うに、その「本性」のスイッチは飲酒だと予想している。
彼の本当の父もアルコール依存症で、酒びたりの毎日だったそうだ。
実の父親がそうだから、子どもである彼も同じ道を辿るとは限らないが、可能性は大いにある。
ジョナサンは、ため息が漏れた。
不安だった。
「ん……」
夜中、明かりを消さないままに横になってしまったらしい。
ジョナサンは眩しさに目を瞬かせた。
しかし起き上がって明かりを消しに行くのは億劫だった。布団を頭まで被り、再び眠りにつこうと寝返りを打った。
すると、下半身に違和感を覚えた。寝間着の裾が腹まで上がっている。
いくら厚手の布団をかけていても、何となく風通しがよくなった気がしてジョナサンは寒気に震えた。
身を竦めて、まくれ上がった寝間着を下げようとした。
足先の布団が、ふっと風に扇がれたように音もなく浮かび上がった。暖炉の消えた室内の空気は冷たい。ジョナサンは恐る恐る目を開けてみた。
何か、黒い影が足元で動いていた。
誰だ、と心の中で叫んだ。口に出して言うつもりだったのだが、うまく声が出せなかった。
恐怖に身が縮まりそうだった。
誰なんだ……。使用人だったらいい。けれど、何のつもりで居るのだろうか……。
物取りや、ましてや殺人狂だったら……。どうすべきかとジョナサンは思考を巡らせた。枕元には、何も置かれていない。ベッドサイトの棚まで腕を伸ばせば燭台がある。それなら武器になるだろう。ただ、気づかれずに動けるかどうかが問題だった。
ひやりとした感触が太股を這った。
「ひ……ひゃっ」
思わず悲鳴じみた声を上げてしまった。
ジョナサンは口元に手をあてがった。起きていることを悟られてはいけない。薄目を開けて足元を窺った。
「…………」
影はのそのそと起き上がって、ジョナサンを見下ろした。日焼けとは違うような、褐色じみた肌だ。このあたりでは滅多に見かけない肌色だった。蝋燭の明かりの下だから目にはそう映るのだろうかと、ジョナサンは明かりの下にある自分の肌を見比べた。日焼けをした白人とは明らかに違っている。
さら、と静かに絹糸のような髪がジョナサンの腹に散らばった。
五本の指がそろりとジョナサンの鍛え抜かれた腹筋の上をなぞった。ぞわぞわと足元から何かが這い上がってくるような気配にジョナサンは堪えた。
寒気で固まっていたはずの体が、相手の指に触れられていく内に熱を帯びてきた。炙られているようで、じりじりと痛みを覚える。
「……ッく」
影は体重をかけずに移動していく。ジョナサンは暑さを我慢出来ず、かけられていた布団を蹴り飛ばした。裸身が影の前に露わになった。
腹の上で笑うような声が聞こえた。ジョナサンは、瞼の上に手を乗せ、視線を隠した。向こうからは自分が目を開けているかどうかは分からないはずだ。
「ふふ……ふふっ」
ジョナサンが開いた両足の間に座り込んで、影――褐色の肌の人物は笑っていた。指先が徒に腹の上をまさぐり、意味を持って腰のあたりを撫でた。
「はあ……ッ」
ジョナサンは狭い視界の中でその人物の顔を見た。
石榴に似た鮮やかな赤い瞳、亜麻色のような色素の薄い褐色肌……、健康そうな体つきにブロンド。
似ている……。ジョナサンは確信めいたものを胸に抱いていた。
自分の義弟、ディオにとても似ていた。
しかし目の前にいる彼の姿形は、ディオとは全く違う。それに、赤い目の人間など、この世には存在していいはずがない。
「……ッあ」
ジョナサンは、これは悪魔だと思った。夢を食らう魔のものだ。今は十九世紀末だ。こんなおとぎ話や童話に出てくる幻想に出逢うとは思いもしなかった。
けれどジョナサンはすぐに考えを打ち消した。そんなものはいない。いるはずがないのだ。実際、誰も見たことがないから、作り話として語られているのだ。
なら、ここにいるのは本物のディオなのだろうか。悪ふざけをしているのか。変装でもして、ジョナサンを驚かせようとしているのだろうか……。しばらく思案している間、ジョナサンは呼吸すらも緊張しながら行っていた。
本物のディオなら……そろそろ種明かしといった頃合いだろうか。なら騙されたふりをし続けて、静観していようとジョナサンは決めた。
「ん……ふ」
口元に笑みを描きながら、ディオらしき悪魔はあろうことかジョナサンの股座に顔を埋めた。
流石にジョナサンもこれには驚愕した。冗談にも程がある。止めなければ、と起き上がろうとした。
ちゅっ、とやらしげな水音に腰がぬけた。
嘘だろう。そんな、まさか。思わず、神よ……と頭を抱えた。
「ン……んっ」
しゃぶっている。ディオの柔らかい唇が、ジョナサンの男性器を咥えている。それも、とても丁寧に、優しく、愛おしげに。
勿論、ジョナサンはこのような行為をされたことはない。女性にして貰ったことがない。ましてや男相手に、されるとは、それこそ夢にも見ていない。
――それともこれは夢で実はぼくの願望だった……なんて事は無いよな。
ジョナサンは衝撃のあまり視界に閃光が走る幻覚が見える。
人の口の中がこんなにも心地いいものだったなんて、ディオ相手に知るはめになるなんて。ぐちゃぐちゃと混乱した脳でかろうじてまともな意識をたぐり寄せてみたものの、快楽に弱い男はただその身を預けるだけとなった。
「はあ……っ、はあ……ッ」
奥歯を噛みしめて、何とか理性を手放さないようにジョナサンは我慢していた。
それでもディオは、くちゃくちゃと音を立てて、下品に貪るように陰茎を撫でくり回した。
ディオの手なんて、ラグビーの試合でお互いを讃えるときに握ったきりだ。
感触なんて覚えてない。こんな風に繊細に動くものだったろうか。
敏感な器官を、ふんわりと握る。上辺を摩る手や指が、慈しむようだ。
手指よりも、もっと柔らかくてぬるぬるとさせている舌や唇の動きは、目には見えない分とてつもなくいやらしく動いているのが肌から伝わる。
そこだけが別の生き物のように意思を持って、自由自在に動いていく。
舌先がちろりちろりと皮の剥けた部分を弄り、隙間に入り込むようにしてスライドする。
「はあ……う」
時折、ディオは口の中をじゅくじゅくと言わせながら涎れを垂らしたり、ジョナサンの先端から噴出している汁を粘つかせては、粘膜の至る所を濡らしていった。
根元を片手で支え持ち、微妙な力加減で射精を操作される。
快感が高まってジョナサンが腰を浮かせると、おいたをする幼児を宥めるようにしてきゅっと指に力が入った。すると、精はせき止められてしまう。
――何がしたいんだ……ディオ。いいや、この男はディオなのか? それともこれは現実なのか? 夢なのか。ぼくは起きているのか……ああ、もう……
混濁する意識は、ジョナサンの理性を壊す。非現実的な卑猥音に耳を犯され、初めて味わう性感に身体がどんどん支配されていく。ディオの舌と指と、唇と手に負かされそうだ。
「はあ……ああ」
じゅるり、と飲み込む音がする。ジョナサンは視線を落とした。
より深くディオはジョナサンの性器を包みこむ。口をいっぱいにして、喉奥までくわえ込んでも、全ては収まりきらなかった。口の奥のほうを締めて、器用にディオは顔を上下に振った。
「ふ……うっ、うっ」
ちゅっ、じゅっ、と規則的に舌とジョナサンの粘膜部がすり合わさる音が響く。散らばったディオの髪の毛先が、ジョナサンのふとももや腹に当たった。くすぐったさと、快感によってジョナサンは腰を捩らせた。
「あ……、あー……ッ」
寝ているふりは疾うに出来なくなっていた。ジョナサンは自分の顔を両手で塞いで、だらしなく喘いだ。
せめて、この快楽に墜ちきった顔だけは隠したかった。眼も、口も緩まりきっている。惚けた表情になってしまっているに違いない。
「ん……ッ!」
仕上げと言わんばかりに、ディオはジョナサンの鈴口にキスをしたままで、両手で扱き上げた。
涎れと先走り汁にまみれ、ぬるついてすべりがいい。素早く、少し強めに刺激が与えられる。
「ううっ」
にちにちにち、と粘着音がする。細かく刻まれる音の速さで、ディオの手つきが想像できた。
「……ッぐ!」
「ん……ッ! ぷあ……ッ」
陰嚢が引き締まって、ジョナサンは軽く腰を突き上げた。唇で受け止めようとしていたディオの口内の中に亀頭部が押し進んだ。
「はぐ……うう……」
熱射が勢いよく飛び出し、それからも短く何度も吐精が続く。その度にジョナサンはびくびくと腰をはねさせた。
「ん……んぐ……ン……ゥ」
いきり起った先端がディオの口蓋にすりつけられる。ざらついた感触が、果てたばかりの陰茎には更に快感をもたらした。
勢いが強かった初めは、ディオの喉奥に直接注がれた。むせそうになるのを耐え、ディオは漏らさぬようにしてしっかりと唇を閉じる。
陰茎と唇の間に隙間を作らないようくわえこみ、後からくる精射を受け止めた。
「はあ……ン」
飲み込むと、じんと舌が痺れた。濃度が強い味わいは、焼けるような感覚がする。
舌に残るわずかなジョナサンの精液を指先に垂らして、挑発的な視線を送った。
ジョナサンの演技は見抜かれている。ディオはまた指を舐めて、未だに上向こうとする男性器を撫でてやった。
「……フフ、まだ満足してないのか? ン?」
くりくりと人差し指が先端の丸みのある部分を触る。
「でも、今夜はここまでだ。もう夜が明けちまうからな」
「あ……」
ディオは身を持ち上げ、ベッドから去った。
ジョナサンは、訊きたいことが沢山あった。本当にディオなのか、ディオだとしたら何故こんなことをしたのか、これは一体どういうことなのか……疑問しかなかった。
しかし、ディオの影は瞬きをする間に姿を消し、ジョナサンは部屋にひとり残された。
「ディオ……」
名を呼ぶと、不思議と動悸がした。何度も呼んだ家族の名前だった。
「君は……一体」
きちんと閉めたはずの窓は開け放たれており、夜の香りが寝室に運び込まれてくる。
付けっぱなしだった明かりは、いつの間にか消えていた。