花を咲かせるひと


 生まれつきの波紋使いのジョナサンは、幼少から無意識の内にその力を利用していた。
 たとえば、父親の体調が悪くなると、「手当」だと言って背中をさすった。すると、父親の体温は上がりみるみるうちに回復していった。
 老いた執事が腰を悪くしたと言えば、父親にするのと同じようにジョナサンはその手の平で腰を撫でた。
 執事は、初めこそ「まるで息子に看病されているようです」と嬉しそうに言っていた。だが、だんだんと悪い場所が良くなっていくのを実感し、ジョナサンの不思議な力を恐れた。

「ぼっちゃまは、神の使いか何かかもしれない」
 執事は、幼いジョナサンが無邪気に使いこなす力が、世間に知られるのを心配した。


「いいかい、ジョジョ。ジョジョのこの手には魔法がかかってる。この魔法は誰かを助ける力にもなるし、自分を滅ぼす呪いにもなるかもしれない」
「とうさん…でも、ぼくは」
「ああ、ジョジョ……おまえはちっとも悪くはない。むしろ天使のような子だ。だからこそ、私は怖いんだよ……、お願いだから、言うことを聞いておくれ」
「はい、とうさん」
「良い子だね、ジョジョ。誰かの前で、この力を使ってはいけないよ。……一番いいことは、君がこの力そのものを忘れてしまうことだ……いいね、ジョジョ」
「はい……、とうさん……」


 小さな子どもは、よかれと思ってその力を使っていた。
 みんなが喜んでくれると思っていた。
 みんなの為になると思っていた。
 何より、父親に褒めてもらいたかった。
 それなのに、全ては真逆の結果となった。
 父は悲しみ、力を恐れ、皆は不安そうに自分を見ていた。まるで得体の知れない生き物を見る目だった。
 笑ってくれるのだと疑わなかった。みんなが幸せになれると信じていたのだった。
 ジョナサンは、人に力を使うことを封印した。
 それでも時々、庭にある元気のない木に手をかざしてゆっくりと深呼吸をし、体内で力を練った。
 ほんの僅かに、手の平から力を放出すると、木がほんのりと温まる。
 そして、木の緑の葉が生き生きとした色に変わっていくのだった。
 少年は一月に一度、確かめるように行った。
 青年は一年に一度、忘れないために続けていた。
 誰にも知られてはいけない。誰にも見られてもいけない。自分だけの秘密で自分だけが持っている、不思議な力。忘れる勇気はジョナサンには無かった。
 いつか、この力は誰かの希望になるのだろうと、どこか確信めいたものがある。それだけは譲れなかったのだった。


 そしてジョナサンは何事もなく平和に過ごし、父や祖父も通っていたヒュー・ハドソンへと進学した。
 大学では寮生活を望んだ。父親は、最後まで反対していたが、数年だけでも親元を離れて暮らしてみたかった。

 十九の春だった。
 寮生活にも慣れた頃、ジョナサンは一年に一度の儀式を思い出した。
 花が咲く季節になると、自然とその力について頭がいっぱいになる。
 本当は、そんな力なんて自分には無くて、ただの夢だったかもしれない。幻を見ていたのかもしれない。そんな風に思う日もあった。
 ジョナサンは、校内の人気のない場所を探した。
 大きな本校舎の影になっている、暗くて陽のあたらなそうな場所には、木々がひっそりと植えられている。
「やあ」
ジョナサンはその木の中でもやせ細った一本に声をかけた。
「元気かい?」
 木は答えるはずもない。ただ、風に飛ばされないようにと根をしっかりと地面にはるので精一杯といった所だ。
「君だって、きっと綺麗な花が咲くんだろうね」
 ジョナサンは木の枝と握手をするように手を取った。
 息を吐ききり、そして口を大きく開けて空気を吸い込んだ。
 そして意識を高め、ジョナサンは手の平に集中させていく。
 この感覚は、本当に奇妙だった。体の奥で生まれた新たな力が呼吸によって、らせん状に渦を巻く。そして、渦はやがて波紋となって広がり、次第に大きくなっていく。力が最大限になる瞬間、ジョナサンは目を開き息を止めた。
 そして、木に対して力を一気に送り込む。
 外気に触れた時、閃光が弾け飛ぶ。
「……ああ……、ほら」
 木は音もなく静かに成長していった。瑞々しく育った枝木には若い芽がつき、すぐに膨らみ、花が咲く。触れていた枝から、力が広がっていき、木はやがて満開となった。
 白い花がジョナサンの頭上に、目一杯咲き乱れた。
 甘い香りを放ちながら、花は喜ぶように花びらを揺らした。ジョナサンに語りかけるように、そっと抱きしめるように、葉や枝がジョナサンの肩に触れた。
「綺麗だね」
 満足げにジョナサンは木に声をかけた。


 ディオ・ブランドーは、ほぼすべての教科の成績がトップで、所属している部活動でも注目の選手として活躍していた。最上級生になる頃には、間違いなく学校を代表とする生徒になるだろうと自負していたし、勿論他者も認めていた。
 そんなディオにとって、学内の人物はみな同じ顔に見えていた。どの人間もつまらなくて、下らない。優れた自分にとって、有益になる人間が居ないと思っていた。
 部活の仲間もそうだった。彼は、部活動以外の付き合いはほとんどせず、チームプレイが重要視されるラグビーでも、いつだって個人主義のスタイルを貫いていた。それでも彼の功績によって、チームは順調に勝ちを掴んでいったので、誰も文句がつけられなかった。主将でさえも口出しが出来ないくらいだった。
 そんな性格と行動をしているのにも関わらず、ディオを嫌うものはいなかった。憎まれることはあっても、それは憧れの裏返しのようなもので、ディオは良い意味でも悪い意味でも愛されていた。

 けれど、ディオは誰にも関心がなかった。興味も持てなかった。

 彼もまた、校内で人気のない場所を求めていた。
 堅苦しい寮生活の中で、孤独に浸れる場所を探すのは、彼にとって日常だった。彼がどんなに冷たい態度をとろうが、彼に群がってくる輩は絶えない。無視をしようが、罵倒しようが、それでもディオを慕う人間は大勢いたし、彼の麗しい顔を眺められればそれで満足だという頭のおかしな連中も、腐るほどいたのだ。いくら何でもそれではディオも疲れてしまう。
 最近は、気に入りのスポットがあった。
 本校舎の裏にある、古びたベンチだった。
 おそらく、不要になったものだろう。塗料は剥がれ、風雨にさらされ続けた為に今にも崩れそうなほどに痛んでいた。
 それでも構わなかった。静寂が恋しかったのだ。
 今日もまた、その場所へとディオは足を運ぶ。何かと「付き合い」をすすめてくる上級生や、異様に慕ってくる下級生、自分たちの仲間に引き入れたい同級生を振り切り、ディオは足早に校庭を進む。
 しかし、久々の晴天の元、外には学生が多かった。
 邪魔な生徒達の間を縫い、ディオは何か良からぬ予感を抱えながら、校舎裏にたどり着いた。
 そしてディオは目撃した。
 木に語りかける、妖精のような大男。
いや、ただの人間だ。名前は知らない。ただ見たことがあるような気はする。髪は癖のある黒髪。背はかなり高いようだ。
「何だ、気違いか?」
ディオは口が悪かった。差別的表現も、平気で口に出来るタイプだった。
「…………ぼくは、……けど……」
 ディオは堂々とその様子を眺めていた。隠れる必要は無いからだ。それに、大男は木に夢中でディオの存在に気づいていない。
「……君は……だ」
 何か囁くように話し、それから男は木に抱きついてキスをしていた。
「……はあ?」
 思わずディオは顔を顰めて、まさに意味が分からんというため息を漏らした。
 すると、男――ジョナサン――は、すぐにディオのいる方向に体ごと向けて、しっかと目を見開いて硬直していた。
「君は……ディオ・ブランドー……ッ!」
 ディオはその場に仁王立ちをしていた。自分の名が知れていることくらい分かっている。他人が自分の名前を呼ぶのは慣れていたので、何の疑問も持たなかった。
「ここで何をしている」
 ディオは不快感を表したままの目つきでジョナサンに問い質した。
「ぼくは……その、ええと」
「いや、その前に、……おまえ、人間か?」
 ディオはジョナサンのことを知らなかった。ここの学生かどうかすらよりも、果たして”人”であるかどうかの方が重要だった。
「ぼくのこと……もしかして覚えてないのかい」
 ジョナサンはほっとしたような、落ち込むような気分で尋ねてみた。
「会ったことあったか?」
 ディオは腕を組みながら尋ねた。未だ皺のよった眉間をきつくさせたままだった。
「ほとんど毎日、顔を合わせてる……はずなんだけど」
「ルームメイト……ではないし」
 ディオにもルームメイトはいる。四人部屋なので、ルームメイトというい人間は三人いるはずだ。しかしこんな背の大きな黒髪は居なかったはずだ。ディオは脳内のリストにチェックマークをつけた。
「ジョナサン・ジョースター。クラスメイトで、同じラグビー部だよ」
「そう……だったか?」
 遠慮がちにジョナサンが告げると、ディオはチェックリストを頭の中に浮かべる。クラスメイトは多すぎるし、部活のメンバーも記憶は朧気だった。
 クラスには黒髪は何人もいるし、ラグビー部は背の高い体の大きな男ばかりだ。
 クラスメイトの黒髪を浮かべつつ、ラグビー部の黒髪を数えてみる。
 すると、何となくディオの中でジョナサンという人物が一致した。
 ディオは目を細めながら、ジョナサンに近づいていった。
「グリーン混じりのブルーアイか」
 ディオは脳内のリストにジョナサンという項目を作り、特徴に書き込んでいった。
「生憎、人の顔を覚えられない質でね」
 まじまじとディオはジョナサンの顔を見つめた。
「『人嫌いの孤高の天才』って、みんな君のことそう呼んでるよ」
「へえ……そりゃあ有り難い。何一つ間違っちゃいないよ。孤高! まさにこのディオに相応しい。天才! その通りだね。……ただ人嫌いってのは、違うな」
 ディオはジョナサンの目の前に立った。誰かと顔を見合わせて話すのはいつぶりだろうか。しかも自分よりも背が高いらしい。首が上を向く。
「このディオが興味を持てるような人間がここには居ないだけのことよ」
 ジョナサンは、初めてあのディオと話しているのだと意識すると、何故だか緊張してくるのだった。
 ただの同じ年の男じゃあないか。それなのに、こんな風に変に汗をかくなんて、おかしい。ジョナサンは近づきすぎているディオから離れようと一歩後ろに下がった。
「そうかい。それじゃあ、ぼくのことだって知らなくて当然だったよね……じゃあ、ぼくはこれで」
 どうしてこんなにも動悸がするのか、ジョナサンには理由が今分かった。
 報われなかった初恋の相手が、目の前にいるディオと同じ金髪で碧眼だったからだ。
 そして何より、美形だ。今の今まで遠くからしか眺めたことのなかった相手だった。部活動の中でも、こんなに近くによったことはない。本物の美人というものは性別問わず、人を惑わす魅力があるものだ。その所為でジョナサンは妙にぎくしゃくとした。

「待て」
 ディオは顔に似合っているとても通る美しい声で、ジョナサンを引き留めた。ジョナサンの進行方向を塞ぐ形で腕が木に触れる。
 ジョナサンの真後ろには、あの木が立っていた。ディオは、違和感をもった。木の表面がほのかに温かい。それに、昨日まで枯れ木同然だったはずの木が瑞々しい緑の葉をつけている上に、見事な花まで咲かせている。
「おまえは……何ものだ?」
 ジョナサンは先ほどまでとは違ったディオの目つきに息を呑んだ。
 前の質問は、純粋な問いかけであり、ディオにとっての「誰」かという質問だった。今のは違う意味を持っている。
 ディオは後ろの木を見て、ジョナサンの正体を明かそうとしているのだった。
「……言っただろう? ぼくは君のクラスメイトで、ラグビー部の仲間の」
「しらばっくれるつもりか? おれが訊いてるのは、そういうことじゃあない」
 ジョナサンは更に汗をかいた。どうしよう。どうしたらいいんだろう。
 もっとちゃんと父親の言うことをきいておけば良かった。誰かに知られることが怖いことだと、分かっていたのに。
 よりによって、彼に知られてしまうなんて。ごまかしや冗談が通るような相手ではないし、うまく嘘をつき通せるわけもない。
「奇術? まじない? それとも、マジックショー……そんなわけないよなあ、ジョジョ」
「ぼくのあだ名……どうして」
「覚えちゃいないのと、知らないのは、似ているようで違うんだ。おれの頭の中には膨大な量の情報が入ってる。普段、不必要な記憶は仕舞っておくだけだ。今、おれの中で君についての資料を引っ張り出してきた。全生徒の名前、ニックネーム、誰と仲がいいか、成績、部活動、お望みなら、どんな奴のプロフィールだってこの場で言ってみせよう……。なあ、ジョジョ。教えてくれよ、君が一体何もので、今君が何をしていたか!?」
「……ッ!? ディ……オ」
 ディオはもう片方の手を木に打ち付けるようにして、ジョナサンを囲い込んだ。ジョナサンは驚きのあまり身を竦めた。
「妙なことをしていたよなァ……こうやって……木を恋人のようにして抱きしめて……」
 ジョナサンは出来るだけ彼を刺激しないよう、大人しくしていた。ディオは、先ほどのジョナサンの動作を真似て、顔を近づけてくる。
「それからぶつぶつ囁いていた。この木に何を言っていた?」
「何も……ッ、独り言だよ」
「そうかい……? それから……」
 ディオは木ごとジョナサンをきつく抱きしめる。
「こんなことまで」
「う……ッ! うわあああっ」
 唇が近づいてきて、ジョナサンは思わず叫び声を発していた。それから、ディオの胸を押し飛ばしてしまっていた。ジョナサンは彼を転ばせてしまった。
「……痛いじゃあないか……」
「す、すまない……でも、君が……へ、変なことしようとしてたから……ッ」
 ジョナサンはほとんど混乱状態だった。涙が出そうになってしまって、自分の頬を叩いた。
「君のせいで手から血が出た」
 転んだ際に両手で地面を打ったディオは、皮がめくれて血が滲んだ手の平をジョナサンに見せつけた。地面に座り込んだままで訴えてくる。
「ごめん……悪かったよ……すまない。立てるかい?」
 ジョナサンは膝をついて、ディオの手を持った。手には、まだ波紋の力が残っていた。
「……んっ……何……ッ?」
 ジョナサンがディオの両手を持った時、光が放たれた。傷口はディオの目の前で元に皮膚に戻り、わずかに流れた血の跡だけが残った。
「あ……っ……あ」
 ジョナサンはすぐに手を放したが、ディオはそれを許さなかった。
「おい……何だこれは、傷が治ったぞ。おまえ、この木と、おれの手にも何をした?」
「何もしてない! 何も……何もしていない。ぼくは……ぼくは、何にもしていないったら……ッ!」
「何故そんなに頑なになる? おい、こっちを向け、ジョジョ」
 どうにかしてディオの手を外そうと暴れるうちに、ジョナサンは地面に倒れ込んでしまった。
 その身の上に覆い被さるようにして、ディオはわめくジョナサンを押さえ付けた。
「してない……ぼくは、何にも悪いことはしてないよ……」
 少年のような無垢な瞳をして、ジョナサンは涙を流し始めた。
「……良いことだって思ったから、みんなのためになると思ってただけなんだよ……ごめんなさい……ごめんなさい……ごめんなさい……怒らないで」
 秘密を誰かに見られたショックで、ジョナサンの頭の中にフラッシュバックが起きる。父は優しく諭してくれただけだった。それなのに、今のジョナサンの頭の中では、自分を叱りつけるように怒っている姿が浮かぶ。幼かった時分のジョナサンには、そのように責められている気になってしまっていたのだった。
「怒ってない」
 急に泣きじゃくり始めたジョナサンに、ディオはどう対応していいものか悩み、ひとまず手を離した。
「怒ってるよ……顔が怖い」
「元々こういう顔つきなんだ。慣れろ」
 涙を手の甲で拭いながら、ジョナサンはゆっくり起き上がった。ディオは人を慰める方法を知らなかった。何と言えばいいのか分からなかった。
「おれは訊いただけだろ。何も泣くことはないじゃあないか。これじゃあおれがおまえを虐めてるみたいだ」
「ごめん」
「謝るな。そういう所が虐めてるみたいだと言ってるんだ!」
「ご……いや、……うん」
 冷静さを取り戻すと、ジョナサンは顔が赤くなってきた。まともに会話すらしたことのなかった人物に、友人や家族にも滅多に見せない泣き顔を晒したのが甚く恥ずかしかった。
「おまえって忙しいな」
「……え? ぼく?」
「泣いたり赤くなったり、馬鹿ってみんなそうなのか」
「どうかな……泣いたり赤くなってるのは、君の所為だと思うけど」
 あまりにも簡単に罵倒されたので、ジョナサンはディオに対して遠慮するのはやめた。無神経すぎる。人に気を遣ったりしたことが無いのだろうかとジョナサンはディオを見て思った。
「だって、そうだろ。馬鹿はおれの顔を見て赤くなったり泣いたりするもんだ」
「……みんな君のこと好きなんだよ」
 校内でディオに憧れる人間は大勢いる。もしかしなくても、全生徒がそうかもしれない。
 生徒だけではない。教師や校内で働く職員、パンを売りにくる娘だってそうだろうし、街に出れば誰もが魅了されるだろう。
 ジョナサンはどうだろうか。
 同じクラスにいても、同じ部活であっても、彼をこんなにも意識したことは今まで無かった。
 別の世界の人間としか思えなくて、きっと関わりを持つことはないのだろうと決めつけていた。今までも、これからだってそうだろう。
「……ジョジョ、おまえもか?」
 ディオは真っ直ぐにジョナサンに尋ねてきた。
 相変わらず、何の感情も映し出さない目をしていて、唇も最低限の動きしか見せない。
「君を……ぼくが?」
「そうだ。おれの所為で赤くなったり泣いたりしてる。おまえは言っただろう、それは『おれのことを好きだから』と。なら、おまえもおれが好きなのか?」
「ち、違うよ! 君のこと好きなみんなは、こうやって話したり、何かあってそうなるわけじゃあないだろう? ぼくは君に変なことされたからこうなったわけで、君のことが好きだからじゃあないよ!」
 ディオはジョナサンの顔を瞬きもせずに、きょとんとして見つめたまま動かなかった。
「……おれは今、非常に傷付いている」
「へ、……えっ?」
「おまえに好きじゃあないと言われて、こんなにも不愉快になるとは思わなかった。おれはその事実に傷付いている。こんなこと生まれて初めてだ」
「へ、へえー……そうなんだ。それは、本当……びっくりしちゃっただろうね」
「ああ、顔には出て無いがな」
 ディオの言うとおり、表情の変化は乏しかった。ジョナサンの方が目を真ん丸くさせている程だった。
「そうか。おれのことが好きじゃあないから、キスを嫌がったんだな。……つまりこのディオよりも、あの木のほうがジョジョは好きということになる」
「……いや、待ってくれ、ディオ。君が何を言いたいのか、ぼくにはちっとも」
「だってそうだろう? ジョジョはあの木にキスしていたな。おれは向こうで見ていたんだ。今までおれのキスを拒んだ奴は居なかったぞ。女も、男もだ」
「それは、そうなのかもしれないけど、それがぼくに何の関係があって……いや、待ってくれ、ディオ。ぼくたちは一体何を問題にしてるんだい!?」
「そんなことはどうでもいい。おれは、おれを否定する奴が許せんのだ。おれを拒むな! 受け入れろ、ジョジョ!!」
「う、うわああああッ!?」
 再び、ジョナサンは押し倒され、ディオは半ば強引に唇を奪っていった。

 唇が塞がれる前、ほんの一瞬、視界の中にいるディオは目を伏せていた。長い睫の先の先まで、全部金色なのだなとジョナサンはそんな感想を抱いていた。
 強引なやり方をしていたのに、触れた唇は柔らかくて、キスはとても優しかった。
 ジョナサンは一度に様々な驚きを与えられて、もうどうやって抵抗していいのかすら思いつかなくなってしまい、ただただ大人しくディオのしたようにさせるしかなかった。



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