砂糖煙草
何の因果か、ジョナサンの恋人は吸血鬼で、しかも男だった。その点に関してはまだいい。
まだ許容できる。
吸血鬼の彼は、虚弱体質なくせに強欲だった。
彼のもうひとつの秘密を知る夜のことだ。
「あー……ッ」
透き通るような声を出して、ディオは足を震わせた。ジョナサンは時々、間違っているんじゃあないかと疑問に思いながら、彼を抱いている。
「いい? 好き? これ」
腹側を抉るようにして中指の先で奥を探れば、ディオはピローケースの端を噛みしめた。赤ん坊みたいにして、じたばたと手足を揺すってぐずる。
「我慢できない? そう、じゃあ……」
ジョナサンはディオを見下ろしながら、体の熱とは真逆に冷静さを保つ頭の中にギャップを感じている。
「楽になりなよ」
感覚が薄い器官である筈なのに、ディオはジョナサンの指も舌も正確に感じ取ってくれる。「人間とは違う」とディオは言ったが、目の前に横たわるものは、人と何ら変わりないのだった。多少、歯が鋭くて、爪が硬いくらいだ。
「は……ッ、く……、駄目……だっ」
「ベッドの上でそんなこと言っても無意味だって、教えたよね」
甘いやりとりであるはずの恋人同士の会話だった。しかし、ディオの目に焦りのような影がちらつく。汗が滴った。
「どうして……? ぼくには見せられない?」
ジョナサンは、ディオが達した瞬間を一度この目でじっくり眺めたかった。疲れるから、といつもディオは一晩に一回しか射精しない。――と彼が一方的に決めていて、ジョナサンは有り余る自身の体力との差を不満に思っていた。
恋人が感じ入る最高潮の瞬間を確かめたいと願うのは男として、ごく一般的な考えだろう。
「ちが……うっ」
話しながらも、指は侵入をし続けている。ぬろりとした肉壁の感触が指の腹にあり、ジョナサンは見たことのないディオの内部を想像する。
「は……っうぅ」
我慢しきれなくなっているくせに、やけに理性的に手が局部をかばうようにして覆った。
「あ……、ずるいよ」
「ふ……っ、ジョジョ……ッ! 本当に……頼む……ッ」
ジョナサンはディオの内側を責めながら、反対の手でかばう手ごと握りしめた。見せる涙に同情心はわかなかった。泣いてみせるのはディオの得意技だ。付き合いたての頃は、その泣き顔に負けて、ディオの言う通りしていた。ただ、数をこなせば、嘘かどうかくらいの見分けはつくようになった。
この場合は、本気で拒んでいて嫌がっているのだろうけれど、快楽によるものなのだとジョナサンは決めつけた。
「あ……ぐ……っ、う……ううっ、う」
規則的に手を上下させると、次第にディオの腕から力が抜けた。
「良い子だね」
ジョナサンはディオの頬にキスをし、そのまま抱き寄せながら間近で顔を見つめた。何か言いたげに唇が開いたり閉じたりしている。視線はきつく、揺らがなかった。
「どう……なっても、知らんぞ……ッ!」
「もっとかわいげのあることを言ってほしいな」
果てる間際、色気のない低い唸り声でディオは文句を言い放った。それから、ほどなくしてディオはあっけなく射精した。ジョナサンの手の中でびくびくと脈動している。人差し指と親指の間から、精液が漏れ出るのが見えた。
「ディオ」
吸血鬼でも、こんな時は肌が上気して赤くなる。ジョナサンと比べれば体温は低いが触れば温かいくらいだ。
「……ん」
「ディオ……君……」
組み敷いている筈の頭が徐々に縮んでいく。頭だけでは無い。肩幅が狭まり、足が小さくなり、手の中のぬくもりは幼さを増していく。
「う……っううっ、くそ、やっぱりこうなったか」
明らかに高くなった声質にそぐわない口調だった。
「ディオ……なのかい?」
「当たり前だッ! 何を言っている」
黄金色の強かった髪や瞳が更に透明度が増して、蜂蜜のような薄い色合いになっている。肌の色はさほど変わりがないが、体全体に弾力があり、ふっくらとして柔らかそうな肉質だ。
「嘘だろ……」
「嘘なものか。だから嫌だと言ったんだ」
見事に幼児に戻ってしまったディオが、不機嫌そうに頬を膨らましている。つるつるとした腹が丸く、ジョナサンは慌てて突っ込んだままの指を引き抜いた。
「くっ……うン」
「ああッ、ごめん。痛かったかい!?」
「痛くはないが……、ジョジョ?」
「あ……いや、あの……ええと、君がディオだってことに頭が追いつかなくて……」
幼子の眼前に裸体を曝しているのが気恥ずかしく、ジョナサンはその場に座り直してしまった。
「はー……全く、呪わしい体だ」
「何でそんな体に」
ジョナサンはすっかり萎えてしまった前を隠すようにして、ベッドのすみに追いやられていた布団を自分の体にかけた。
「見ての通りだ。生命エネルギーが足りなくなると、これ以上の消耗を防ぐためにこの体になる。それだけのことよ」
「吸血鬼って、そういうものだったっけ」
「映画やコミック雑誌で面白おかしく描かれているヴァンパイアが、弱った時にコウモリに変身したりするのを見たことないか。それと大体同じだ」
短くて細い指がジョナサンの顔を指す。普段通りのディオの喋り方なのだが、姿形は幼く、小さな子どもが大人の真似をしているようで微笑ましくもあった。
「生命エネルギーって……これ?」
ジョナサンは濡れた手を見て、言った。まだ白濁している液体がジョナサンの指の間に粘り気のある糸を引く。
「ああ」
ディオは頷いた。
「……そうか、だから君、はじめからぼくに……」
「何か言ったか?」
「いいや、何でも。独り言さ」
ジョナサンはディオが初めて誘ってきた日のことを思い出した。あの性格に、あの思考の持ち主なら、人に「侵略」されるよりも、自分が責めたいと思うに違いないと決めつけていたから意外だった。それには筋の通った理由があったのだと知れた。ジョナサンは、内心納得した。
「はあ、もういい。こうなってしまったからにはどうしようもない。おまえだって萎えただろ。今日はもう」
ディオはやれやれと首をひねると、そのままベッドの上に横になった。小さな体には大きすぎるサイズの寝台は不釣り合いだった。
「元に戻るにはどうしたらいいんだい?」
「寝て体力を回復させるのさ」
「……一晩寝ればいいの?」
ジョナサンはディオの隣に、横を向いて、まるでこの子どもを寝かしつける父親みたいに寝転んだ。
「運がよければな。あまり効率はよくないが、一番楽な方法だ」
「悪ければ?」
「数日かかる場合もある」
短い腕を頭の後ろに組んで、枕代わりにしている。見た目だけはただの子どもにしか見えない。瞬きをする度に、ふさふさとした睫が大げさに揺れている。
「他に方法があるのかい?」
「エネルギーを摂取する」
「具体的に何をすればいいの?」
ディオの目元にかかる少し長い前髪を、ジョナサンは息を吹きかけて飛ばした。丸くて大きな瞳が、見開かれた。
「ジョジョ、おまえ……だって、さっき」
「君さえよければ」
「ジョークだろう?」
「ぼくの冗談が下手なのは、分かっていると思ったけど」
ディオは目線だけを動かしてジョナサンの顔と下半身を交互に見た。
「驚いたな。おまえ、ゲイな上に幼児趣味もあったのか」
ディオは不愉快そうに眉根をよせて、ジョナサンにかけられている布団を手繰った。
「心外だよ。君だからじゃあないか」
「よせ……ったら……あ」
抱きかかえてその小さな体を持ち上げると、予想よりもずっと軽くてジョナサンはどきりとしてしまった。
「かわいい」
「ん……やめろ」
「ディオ、かわいい」
「や」
身を起こし、自分の胸の上にディオを乗せ、額や頬に唇を触れさせていった。ふにりとした、子ども独特の柔らかさが気持ちよかった。
「嫌がらないんだ? ……かわいいって言われるの好きじゃあ無いのに」
閉ざされた唇を人差し指でなぞってやると、遠慮無く指先が囓られた。
「今は可愛いだろ」
「何だ、自覚してたんだね」
「……ん、おい……尻をなでるな」
「うーん……やっぱり、ちょっと無理があるかな」
体を支えるために腰元あたりにあった手を下にずらしていき、ジョナサンは丸みのある尻をひと撫でした。
「どうしようか」
「……う、やる気になれるのか?」
「ぼくは問題ないよ」
布団の下でジョナサンは片手を使って、自分自身のものを上向きにさせて、ディオの太股にすりつけてみた。その存在を知ったディオは若干迷ったように目を泳がせた。
「うう……っ」
「ディオさえよければね」
ジョナサンは、両手でディオの尻をわしづかみ、ふにふにとした肉感を味わった。摘まむと痛がるので、すべすべとした尻の表面に指を這わせた。
「ひっ……ひゃ……う」
「ぼくとしても、早く元に戻ってくれたほうがいいけどなァ」
「ふ……フフ、そうだろう。このディオの成熟した肉体が恋しい……だろうッ?」
「勿論」
過敏な体は、内腿や下腹、胸のどこをさすっても息を上げてくる。幼い肌が必死になって愛撫を受け取る姿は、ジョナサンの背徳心を煽るのだった。
「こんな、み、未完成な、ガキの体……なんてっ、本当は、ほ、ほんとは……あっ、興味……無いんだろう、ジョジョッ」
「そうだとも。君の言うとおりだよ、ディオ」
熱を高ぶらせてやると、ディオは簡単に身を開く。淫乱な性質だとジョナサンは軽蔑したくもなるのだが、自分にしか向けられないものだと知ってからは、ただの愛らしい性分なだけだった。
「なら……仕方あるまい……。おまえがそう言うなら、仕様がない……んッ」
「そうだね……頑張ろうね」