何回殺しても死なない男　３

　あまりの寒さにディオは全身をぶるぶると震えさせながら、自分の部屋へ入りました。
　暖炉に火をつけて暖まろうと思い、ディオはポケットの中のマッチを取り出しました。
　かじかむ指の所為か、うまく火がつけられません。
「う……、クソッ！　このッ！」
　苛立ってディオは、悪態をつきました。たくさん煙を吸ったからか、胸がむかむかします。
「かしてごらんよ。」
　耳に馴染みのある声が背のうしろにありました。
　ディオは、一瞬で手の震えが止まりました。そして、持っていたマッチはディオの手の中から滑り落ちて、床に転がりました。
　どこからか、真っ黒な手が伸びてきて、そのマッチを拾い上げます。
　シュッと、マッチ棒をする音がし、ディオの顔の横に、火がつけられた棒が差し出されました。
「ほら、火が欲しかったんだろう？」
　棒の先の小さな火が、ゆらゆらと燃えていました。
「はやくしないと消えてしまうよ。」
　ディオの顔のすぐ近くにマッチ棒はありました。ディオは目玉をきょろきょろさせて、その棒を持っている手を見ました。
　指は真っ黒で煤だらけでありました。
「ああ、熱いよ。」
　みるみるうちに、マッチ棒は燃えて、火は持っている指のあたりまできてしまいました。
「……ディオ、火はすごく熱いんだよ、熱くて熱くて……熱い、熱いよ……」
「ひっ。」
　黒い手はやがて、火がつき、燃え盛っていきました。
　その手はディオの顔の目の前にきます。
　咄嗟にディオは、黒い手を振りはらいました。
「やめろ！　ば、ばけもの！！」
　黒い手は、ディオにはたかれて、手の炭が粉々になっていきました。
「近寄るな！　……ッ、この化物！！」
　黒いジョナサンの形をした影はゆらりゆらりと、ディオの目の前で燃え続けていました。
「君は人殺しだ！　殺人者だ！」
　炎が形をかえて、人の腕となり、指となり、人差し指がディオの顔を指し示しました。
「何度も君は、ぼくを殺した！」
「し、死んでいないくせに……っ！！」
「いいや、ぼくは死んだんだ、何度も何度も死んだんだ！　川に突き落とされたときも！　毒を盛られたときも！　首を絞められたときも！　そして、君にナイフで刺されて燃やされたときも！」
「うそだ！　……おまえは生きていた……、平気そうに笑っていたじゃあないかっ！　今だって、今だって……！」
「これが……生きていると言えるのかい……？」
　ディオは、気がつきました。いえ、見てみないふりをしていただけだったことに、今直視したのでした。
　川に突き落としたあとのジョナサンは、どんなに元気であっても、ずっと唇の色が青かったことに。
　毒を飲ませたあとのジョナサンは、それからずっと咳をして、声を枯らせていたことに。
　首を絞めたあとのジョナサンの首の皮膚には、痣があり、そして、ジョナサンが通る場所には必ず泥が落ちていたことに。
　そして、今、肉体が何も残っていないジョナサンは、炭と煤に炎を宿しているだけでありました。
「ぼくは君に、四度も殺されたんだ。殺されるたびに、ぼくは死んだ。君はぼくを殺したんだよ。」
「じゃあ、じゃあ……おまえは一体、なんだって……何なんだ！！」
「約束して、ディオ。誰も殺さないと、」
「何を、言って……ジョジョ……？」
「それがぼくの願いだよ。」
　炎は、光の中に消えていきました。
　ディオの涙はあふれて、やがてそれは、部屋中に満ちて、ディオは涙の波にのまれていきました。



「おい、ディオ！　寝腐ってないで、とっとと稼いでこいよ！」
　酒瓶が割れる音で、ディオは起きました。部屋の中は、食べ物の腐ったいやな臭いで充満しておりました。
　何の夢であっただろう、と涙をぬぐうと、ディオは一言も話さずに家を出て行きました。
　空は灰色をして、今にも泣き出しそうでした。帽子を深くかぶり、ディオは行きつけのパブへと足を運び、いつものように賭けチェスをして日銭を稼ぎました。
　その日は、頭の悪そうないい客がいたので、いつもより多く稼ぐことが出来ました。
　これで、すこしは父親の機嫌がよくなるだろうと、ディオは思いました。
　けれど、そののちに、何故自分は、父親が死ぬのを待っているのだろうと、疑問に思ったのでありました。
　普段より早めに家に帰りますと、父親は大いびきをかいて、眠っておりました。
　この顔に、濡れたタオルを置いても良いし、割れた酒瓶の破片で、喉を掻っ切ってやるのも、ディオの自由でありましたが、冷静にディオは父親を軽蔑すると、父の枕の下に手を入れました。
　たまにする自慢話であったのは、自分は、ジョースターという貴族の金持ちの命を救ってやった、ということでありました。その証なのだと言って、父親は貴族からの手紙を枕の下にしまっておりました。
「ジョージ・ジョースター……」
　ディオはその手紙の住所を見て、手持ちのお金を数えました。
　自分が使えるこの金だけで、ここに書かれている所へ行けるだろうか、とディオは考えました。
　しかし迷っている時間はありません。
　ディオはその手紙とわずかなお金だけを持ち出して、自らの呪いから解き放たれるように、上を向いて家を出たのでありました。



　そうして、ディオ・ブランドーは、ジョースター卿にわけを話し、家族として迎え入れられることになりました。
　慈悲深いジョースター卿は、ディオ少年の生い立ちに同情し、実の息子と変わりない愛情を注ぎました。
　そして、彼は大変な努力をし、養父であるジョースター卿の期待にこたえ、何事にも精一杯取り組み、立派な大人になったのでした。
　血のつながりこそありませんでしたが、ジョースターのひとり息子であるジョナサンとは、兄弟以上に仲睦まじく、ジョナサンが家長になったあとも、共に邸で暮らし、平和に穏やかに生きていったのでありました。


終