誘う男

おれのジョジョはとっても可愛い。
しかし、世間に同意を求めると、他人は苦笑いを浮かべる。どうしてだ? あんなに可愛いじゃあないか。
ディオは編集済みのディスクをPCに入れた。動画は自動的に再生される。モニターに映し出された、少々荒い映像の中に男が一人現れる。丁度ジョナサンが部屋に戻ってきた所から、映像は始まった。
ジョナサンは鞄を床に置き、首を左右に振る。それから腕を伸ばし、腰をひねる。
「何だ? 疲れてるのか」
ディオは片耳にイヤホンを差し、僅かな服のかすれの音さえも聞き逃さないようにしている。両耳に差さないのは、外界の音を遮断してはならないからだ。
小気味のいい骨の音が鳴る。ジョナサンはしばらくストレッチをしていた。カメラの位置が悪いようで、顔がなかなか映らない。ディオは苛立って爪を噛んだ。
「……いつもならすぐベッドに腰をかけるくせに。今度移動させておくか」
ようやくジョナサンがその場から動き、靴下を脱いだ。ディオは思わず椅子に腰掛け直す。背が正しくなった。
薄手のシャツを脱ぐ様がカメラの前で行われる。よもや撮られているとは想像もつかないだろう、無防備な姿で服は落とされていく。鍛えられた肉体が惜しげも無く画面いっぱいに広げられた。
「フフ」
ディオの口元から笑みが零れた。マウスを持っていた手は自身の太股に乗り、そして徐々に下半身を目指して行く。
胸元から膝下あたりまでが映し出されている。ベルトに手をかけ、ジョナサンは普段通りに外していく。ズボンのボタンが取られ、チャックが下ろされる。下着の色が見えた。ボクサータイプのブラックだ。ディオが何度も目にしている、ジョナサンのいつもの下着だ。
脱いだ服をベッドに投げ、ジョナサンは下着も下ろした。
「…………ッ」
全裸になった男が、画面の中で右へ左へと動く。昨日の部屋着を探しているようだが見つからないらしく、画面の中では隠されているはずの男の象徴がぶらぶらと揺れている。
「相変わらず立派だなァ、ジョジョ」
ディオは、他人が目撃したら卒倒してしまう程の下心に満ちた笑みを浮かべて画面に見入っている。じんわりと下腹部が熱を帯びていくるのを感じながら、ディオはそっと自身に触れる。
部屋着を諦めたジョナサンはクローゼットにしまわれている下着を取りだして穿いた。大きめのゆったりとしたサイズのトランクスだ。一体いつから愛用しているのか、ディオですらその下着の起源を知らない。
気に入りの下着を身につけ、ジョナサンはいつもの定位置に座り、鞄を漁った。
膝を曲げて座ると、カメラの位置からは、完全に下半身の大事な部分がもろ見えになっている。
「やっぱりここでいいか」
ディオはカメラの位置を動かすのをやめた。
仕事の資料らしき書類を床に広げて、ペンを持ち出して、その格好のままで作業をしだす。机は部屋にあるのだが、その方が落ち着くらしくジョナサンは誰にも見せられないスタイルでしばらくペンを走らせていた。
勿論、その間下半身は露出しっぱなしだ。
ディオは緩んだ口元がそのままだ。
「子どもの頃から変わらないなあ、ジョジョ……可愛いヤツ」
少年の時分からジョナサンは机に向かうよりも床に腹ばいになって勉強するほうが捗った。行儀が悪いと父親に叱られもしたが、そのときはいつもディオが庇ってやった。
『ジョジョはこのほうが集中出来るんだよな?』
『うん。でも父さんにだらしないって怒られるから、ちゃんと机に向かうよ』
『気にするなよ、ジョジョ。おとうさんにはぼくから言っておくから。ジョジョは自由にすればいい』
『そうかな……』
『そうさ。ジョジョにはジョジョのいいやり方があるんだ。もっと自信を持てよ』
『うん! ありがとう、ディオ』
そのときのジョナサンのディオを信頼しきった、あの笑顔。思い出すだけでディオは恍惚とした。下半身をまさぐる手は益々熱くなる。
邸の中の誰よりも、血の繋がった父親よりも自分を信じて頼っているという無邪気さが全開になった笑顔を、このディオにだけ向けたのだ。
おれのジョジョはこんなにも可愛い。愛らしいのだ。自慢したくて仕様がなかった。出来ることならその笑顔も写真の中に収めておきたかった。少年の頃はまだそこまで愛情が進んではいなかったのだ。
「でも長い時間、床に座り込んでいたら、そろそろ……」
ジョナサンは片方に体重をかけるようにして体を傾ける。しばらくすると今度は反対方向に体を傾けた。巨体は百キロを疾うに超える。その身を支える負担が尻にかかる。
「ふふふ、辛いなら椅子に座るかベッドに移動すればいいものを……集中しているとそこまで気が回らんのだな」
ジョナサンはゆらゆらと体を揺する。いい加減、尻が痺れたのかその場に寝転んだ。足を壁に立てかけて、書類を掲げた。
「そんな持ち方していたら……」
ディオの予想通り、クリップで留められていた書類は、ジョナサンの指から外れて顔面目掛けて落ちていった。
「ククッ……ふふ、アハハ!」
起き上がって散らばった書類を拾い集める。ジョナサンは外では、真面目で落ち着いた性格だと言われている。所が、あんな間抜けな部分もあるのだ。それもまたディオの独占しているジョナサンの姿でもあった。
男がだらだらと部屋の中で過ごす様子が一時間以上に渡って収録されているディスクを見終わる頃には、ディオの自主トレーニングは今日も上々の出来でノルマが達成された。


「ディオ?」
扉がノックされる。ディオは「何だ」と返した。
「そろそろ夕食だって、降りて来なよ」
「ああ、今行く」
兄弟であるジョナサンの部屋は、向かいにある。広いジョースターの邸は、父と義理の兄弟、それから使用人が住んでいる。
「珍しいよね」
「……何が?」
「ディオが声を出して笑ってるなんてさ」
「部屋の外まで聞こえたのか?」
「いや、扉が半開きだったからじゃあないかな。コメディでも見てたの?」
「いいや、もっと面白いものさ」
「君が笑うってことは相当面白いんだろうね」
「興味あるかい?」
「そりゃあ、あるさ」
「じゃあ今度、おれの部屋で見せてやるよ」
「ええ、今度なのかい?」
「ん? ああ……今夜でいいのか?」
「そう来なくっちゃね! お酒でも持っていくよ」


夕食の後の約束をし、ジョナサンはどんな楽しいものが見られるのだろうと期待をしている。
ディオは今後の展開に、背筋を凍らせながらも確実に興奮している己の肉体に、薄く微笑んだ。

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