太陽のスープ

「抱け」
ジョナサン・ジョースターの義弟であるディオ・ジョースターは、義兄の丸太のような逞しく発達した太ももに跨りながらそう命じた。
深夜零時を回ろうとしている。真夜中と呼ばれる時分。だけど、気が狂ってしまえるほど夜はまだ深くない筈だ。
「え、ええと……?」
ジョナサンは手にしていた携帯端末越しにディオの据わった眼を覗いた。
ひどく酔った様子もないのに、頬がいくらか赤いようだ。ジョナサンのシャツを掴んでいる手は、平常時より熱く感じる気がした。それでもジョナサンの体温より大分低いのだが。
何故ディオがこんな結論に辿り着いてしまったのか……それは数時間前に遡る。


十代の半ばあたりから、ディオの女遊びはエスカレートしていった。十代のはじめ頃からどうにも「女性」を軽んじている兆候は見られていたが、彼にとって女性とは暇つぶしの道具にすぎなかったらしい。
ジョナサンが真面目に一途にひとりの女性を思えば、その間にディオは十人でも二十人でも関係してしまう。ディオはもてるのだ。それ故に長続きしない。
彼はルックスとスタイルは、モデルや俳優顔負けのものを持っていて、黙っていれば男女問わずお声がかかる。セックスだって下手じゃない。
むしろ殆どの人間が彼の虜になってしまうのだ。だからと言ってディオも相手に同様の感情が持てるかと言えば、勿論NOだ。
飽きっぽかった。夢中になれた経験なんて一度もなかった。なってみたかったから、色んな人間と付き合い、寝てみたのだ。
だが、年上でも同じ年でも年下でも、美人でもグラマーでも美女でも、平均並みでも(不細工は視界に入れるのも耐えられないので元から選択肢に入っていない)、何ら違いを感じられなかった。
そもそもディオは自分が一番美しいと認めているので、知人に「とびきりの美人」を紹介してもらっても、「まあまあ……か?」という評価しか下さなかった。
彼女たちがディオに恋するように、追いかけるように、ディオ自身もそれくらいの感情を経験してみたかった。
年上の知り合いは「ディオ君、まだ若いから」と、ガキ扱いするので、それ以上の話をするのはやめた。
「おれほどの男は確かになかなかいるものじゃあない……つまりおれ相応の女も、居ないということか?」
あのディオが悩んでいる、となれば界隈の連中は色めきたった。好機とばかりにディオは誘いまくられ、口説かれまくった。老いも若きも、女も男も関係なく。一人で静かに飲みたかったのに、いつの間にかディオの周りには人群れが出来上がってしまったのだった。
しかも、中には悩んでいるディオを笑いにきたという奴らまでいるのだから、この店の客はふざけたものばかりだ。
「だからね、ディオ、アタシと付き合ってみればいいのよお」
知人のひとりであるドラァグクイーンの彼……いや彼女が長いつけ睫がさわるほどの近さで話しかける。いつも通りの濃い香水が鼻につく。
「お断りだね。おれは男には興味ないって言ってる」
「んふっ、じゃああたしはどうかしら。ほらっ」
今度は反対側に座っていたニューハーフの彼女がディオの手を取り、自らの胸に押し付けてくる。
「あんたねえ! そのシリコン入れからディオの手ぇどけなさいよ!」
「てめえは黙ってな、この×××野郎!」
ディオを挟んでふたりは毎晩恒例の酷い罵り合いを始めるのでディオはため息をついた。この店を選んだのは間違いだったのか……。賑やかに飲むには楽しいが、何かを考えるには向いていない。
「ふたりとも、よしなさいって。そんなだから、ディオ君に嫌われるのよ」
「あらっ、マスター。じゃあ、マスターならディオに好かれてるっていうのお?」
「さあねえ、どうかしら」
マスターと呼ばれる女口調の店主は、見た目はただのしがない四十代男性だ。しかし口を開けば、女よりも色気のある話し方をする。ディオは彼の作るカクテルが好きだった。でなければ、こんな騒がしい店は来ない。
「ディオ君にしては、そんな顔してるの本当珍しいじゃない? もしかして真剣な恋でも見つかった?」
マスターはサービスとして、しゃれた盛り付けをしたチーズとナッツの皿をディオの手元に差し出した。ナッツをひとつぶ口に運びながら、ディオは頬杖をついた。
「見つからないから、悩んでる」
「あらま」
マスターはそれを聞くと愉快そうに笑った。ディオにいつか「まだ若いから」と子供扱いしたのはこのマスターだった。聞き上手で解決上手な彼には、いつも悩みを相談しにくる客がいる。ディオはそんなつもりはなくても、マスターの話術にかかり、ついつい話してしまうのだ。
「じゃあたまには遊ぶの止めたら? 恋が出来ないなら他に楽しいこと見つけなさいよ。勉強でもスポーツでも仕事でも。あなたまだ駆け出しの弁護士じゃなかった?」
「……優秀すぎるというのも、困りものなんだ」
「あらあ、厭味ったらしい。悩みがないのが悩み? 天才の憂鬱ね」
「昔からそうだ。大体何でも出来た。おれが少しでも努力をすれば、大概一番になれたもんだよ。ひとはその何倍も何十倍も、頑張ってたがな」
マスターはにこにことしてディオの話を聞いている。グラスの酒をちびちびと口に流しながら、ディオは昔話など始めてしまっていた。
「じゃあ、つまんないわね」
「……そんなことないさ」
「だって、張り合いないじゃない」
「……そういう相手はいた」
「誰よ」
マスターは注文を受けたドリンクを作りながら、すらすらと問いかけを続ける。ディオの頭の中にはある人物が浮かび上がっていた。
「……義理の兄だ」
「へえ、初耳。あなた、お兄さんいたの」
「血は繋がっていない。義兄といっても年は同じで……兄とは思ったことは無いが……、子供の時から反りが合わない」
「お兄さんもよく出来るひとだったのね?」
「いや、全く。子供の時は劣等生だった……それが、大人になるにつれておれに追いつくようになって」
「いいライバルになれたのねえ」
「あいつがおれの? まさか! ジャンルも違う……競い合ったことなんて無いさ」
「そういう口ぶりだったじゃない」
ディオが顔を上げると、マスターはボーイにドリンクを手渡していた。奥のカップル席に運ばれていく。若い女と三十代らしき男がいた。
「お兄さんとはこういうお店は来ないの?」
「あいつは真面目だから夜遊びはしない。今も多分、学術書でも片手に机にかじりついてるんじゃないか?」
「がり勉タイプってやつね。ディオとは正反対の?」
マスターは指先をたてて、ディオの肉体を示した。体格のことを指摘していると知ればディオは反論する。
「あいつは高校から大学までずっとラグビーをやってたんだ。ポジションはフォワード。身長は二メートル近い、体重も三桁。筋肉だるまだ、ちなみに眼鏡はかけてないからな」
「えっ? なに? ラグビーの話してるの?」
先ほどまで揉めていた二人が、ディオの元に帰ってきて興味津々といった様子で尋ねてくる。
「ええ。ディオのお兄さんがね、学生時代ラグビー部だったんですって」
「いいわねえ、見てみたいわ。ねえ、今度連れてきてよ」
「お前ら、男なら誰でもいいのか」
呆れてディオがふたりに言い捨てると、今度は二人は肩を並べて仲が良さそうに顔を見合わせるのだった。
「いやね、ディオ。勘違いしないでちょうだい。あたしたち、イイ男にしか言い寄らないのよ!」
「そ、あなたもイイ男なんだから、くらーい顔してないで、元気出して」
ニューハーフの彼がディオの頬を軽く摘まむと、唇を尖らせて軽くキスをしてきた。べったりとルージュの跡がつく。
「あらっ狡いわ! あんたがそっちならアタシはこっち貰うから」
するとドラァグクイーンの彼は、反対側のディオの頬に思い切り唇を押し付けた。
「うげっ」
「なんて声出すのよ、失礼ねえ」
ディオの白い頬についてしまった濃い口紅を拭きとってやりながらクイーンはからから笑った。豪快な笑い方に男が残っている。
彼、彼女たちは、ディオに本気ではない。本命の彼氏がいるから、こんな風にふざけあって若いディオをからかっているのだ。
「ディオ君。あなたはこういう店に出入りしてるのに、男には興味ないの?」
「珍獣動物園にでも来てる気分かな」
空になったグラスを指で弾き、ディオは腕時計を見た。二十二時半。夜遊びはこれからが本番だ。
「ふふ、言うわね。でもその物怖じしない所があなたらしいわ。……そうねえ。ひとつ、ディオ君にアドバイスするなら……」


帰りの電車の中でディオはマスターの意味深な発言を考えていた。
「女が男に夢中になれるのは、抱かれる快感は、抱くものの何倍、何十倍もあるからよ」
それは暗に、男に抱かれてみろ、と勧めている言葉だった。彼らは、女の格好をして、女の言葉を使い、女の化粧をしていても、抱く側か抱かれる側なのかは定かではないらしい。
あの店で言い寄ってくる彼女たちは、もしかしたらディオを抱こうとしているのかもしれない。そんな危機感を今まで持たずにいて、ディオはてっきり彼らが「女役」なのだと思い込んでいたのだ。
そうか、そういう意味でもあったのか。……そう思えばディオは少しだけ寒気がした。
このディオが抱くに値する女は、最低限の基準をクリアしたもののみだった。頭脳レベルはこの際どうだっていい。容姿と品があれば良かった。あとは余計な詮索をしないで、懐に入りこんでこないような都合のいい女ばかりを選んできてやったのだった。
そんな横暴さもディオだから許されてきた。いつ刺されてもおかしくないかもしれない。だが身を守る自信はある。それに、ディオの家(正確にはジョースター名義の家だ)には、ヒューハドソンの守護神だった男がいるのだ。これ以上の安心はないだろう。
男なんて、元より視野には居れてこなかった。世間が言う美少年とカテゴライズされる子どもを見ても、ディオは「自分が同じ年頃だった時のほうがよっぽど綺麗で可愛らしかった」と思ってしまう。
美青年と名高い彼らをみても、やはり「このディオの方が上に決まっている」としか思えない。
つまり、この世界には、ディオが抱けるような男なんていないのではないか……?
「いや、やつが言うには、オレが抱かれる側になれと言う事だったか」
しかしディオは肉体にも自信がある。たくましく育った体躯は、そこいらのひ弱な若者には真似できないだろう。腕も足も、腹も胸も、バランスのよい筋肉がついている。
なら、この自分を超えられる相手でなければならないだろう。そんな男なんてそうそう居るはずがない。
学生時代から仕事関係、ただの顔見知りから古い付き合いのものまで、名前と顔がディオの中で廻った。しかし、その連中の誰かひとりと、自分が? ベッドで? ディオは吐き気を覚える。
「……ん? いや……そういやいたか」
あまりに近すぎて当たり前になりすぎていたものが、たったひとりだけ、あらゆる条件をクリアしていた。
それがジョナサンだった。ディオの中では、それだけの理由だったのだ。取捨選択した結果である。

そして帰宅し、シャワーも浴びずディオは外着のままでジョナサンの部屋へノックもなしに突撃した。すっかりくつろぎの体勢になっていたジョナサンは眠たげな瞼をしてネットニュースを読んでいる最中だった。一日の終わりの、いつもの習慣。それから、しばらくソファでとろとろと微睡んでから、ベッドに入るのがジョナサンの夜の過ごし方だった。
耳を疑うディオの言葉に、まとわりついていたジョナサンの眠気は一気に吹っ飛んだ。だが同時にまともな思考すらも、どこかへやってしまった。
唖然として、ジョナサンは乗っかっているディオを見上げる。とんでもなく間抜けな顔を晒しながら口を半開きにしている。
「あの……ディオ……? どうやらぼく、眠すぎて頭がおかしくなっているみたいで、大変申し訳ないんだけど、もう一度はっきり分かるように言ってくれるかい?」
「抱け」
「あ……あ、ああー……」
ジョナサンは顔を隠していた情報端末を胸の上に落として、意味を成さない呟きを言い続けている。やっぱりおかしくなってる。もしかしてぼくはもう寝ているのかもしれない。耳がバカになっている……。
「おい、ジョジョ。聞いてるのか?」
「あ……うん。そうか……ハハハ。ぼく、何か恥ずかしいこと想像してたよ……ハハ」
するとジョナサンは腕を広げてみせてから、思い切りディオをハグした。ハグ、それは家族や友人にする親愛のしるしであった。
そして、ディオの背中を優しくとんとんと二回ほど叩く。ディオは腕の中にすっぽりと収まってしまい、やけに落ち着くジョナサンの胸に顔を押し付けていた。確かに、良い。ジョナサンの身体は見た目通りに立派で大きくて、そして見た目では分からない温かさと柔らかさがある。緊張を解いている筋肉はふっくらしている。いい。これはとてもいいものだ。
うっとりとしかけたディオが、はっと我に返り腕を振りほどいた。抜け出たあとになって、その腕が惜しいと思ったのは秘密にしておいた。
「ちっ、違う! そうじゃあないっ!!」
ディオはジョナサンとの距離を縮めながら、ぐっと股間を押し付けた。まだ反応はしていないが、とりあえず分かりやすく示してみたのだ。しかしジョナサンの股間も静まり返っている。当たり前だった。
「え? 何……? 違うの? ごめん……?」
訳も分からずにジョナサンはとりあえず謝罪した。ディオがジョナサンの行動を責めて謝らせるのは、兄弟になってからの癖だった。だが、理由も分かっていないのに謝罪されても不快なだけでディオはますます苛立つ。
「う……ぬ……ぐうう」
実はディオは心底困苦していた。ジョナサンの上に乗って抱けと宣言して、しばらくしてから気づいてしまったのだった。誘い方を知らない。
黙っていれば、女がほいほいと寄ってくる体質で、今までずっと切らした経験がない。だから自分からお願いしたり、誘ったりした経験もまた皆無だったのだ。
今までどうやって女どもは、自分を誘惑してきただろうか。その手管を思い出さねば、と脳を働かせる。だが、女が覆いかぶさってきて、それから場面は暗転し、事後の映像が蘇るだけだった。それもそうだ。あまり興味がなかったのだから覚えていなかったのだった。
「ディオ……どうしたの、平気? 何か、変な唸り声が出てるけど」
ジョナサンが女性関係や夜の交友において、大変鈍いことは知っている。もし相手がディオでなくて女性であったとしても、同じように対応していたかもしれない。
それに加えてディオは男な上、家族であるので、ジョナサンにとって「そういう対象」ではないのは火をみるより明かであった。
もっと直接的に言わなければならない……、きちんと口に出して、分かりやすい言葉ではっきりと、甘い空気はそれから作ればいい。

「(このディオの魅力を以ってすれば、こんな垢抜けない童貞男なんぞ、いちころだッ!)」

内心、ジョナサンが童貞であることをバカにしつつも、その事実にいつもいつだって安堵していたディオであったのだ。
彼が誰のものでもなく、彼は誰かをものにもせず、ただ日々を過ごしているのだと実感する度、優越感、安心感がディオのプライドを固くさせた。
そして、それが永遠に続くものなのだとも思い込んでいた。
誰かを愛することなど、ましてや愛し合うことなど、このディオが許すものか。
ディオは、ジョナサンに「たった一人の人」を与えはしなかった。そんな権利など、ディオが持つわけがないのに、ディオはジョナサンを所有しきった気になっていた。
歪んだ感情は、年月と共にディオの中で愛情らしいものに育ってしまった。それを恋だと自覚するよりも、先に肉体が成熟した。
しかし、ハイレベルの女性にモテるということは男性的魅力にあふれているということ。たくましさや、男らしさに優れている。たしかにディオの美貌は、性別を問わず称えられるものだったが、だからといってディオは「女性的」でも「中性的」でもない。
男らしくあるべきだ、男としての素晴らしさが誇りであったはずだった。だから今も、ディオはジョナサンに対して「男の象徴」を押し付けている。
しかし、互いに反応などない。どちらかといえば、不快さが勝るくらいだった。その気持ちに違いはないとディオは思った。
ジョナサンはきょとんとして、ディオを眺めていた。何も分からない、意図が掴めないといったところだろう。
「何かあったのかい?」
ほんの数秒の沈黙の中にディオの些細な戸惑いや迷いを読み取ったジョナサンは、そっと下から覗き込むようにして尋ねた。
本意こそ汲み取れはしなかったが、勘だけはいいジョナサンはディオが珍しく困っていることを悟った。
「な、何もないから……だろうが!」
「え……えーと……?」
ディオはジョナサンの胸倉をつかんで、にらみ付けた。一見すると怒っているようなのだが、どこか歯がゆそうな切ない表情だった。
「目を見れば分かる、なんて言うけどさ……君がどうしてこんなことしてるのか、ぼくには分からないよ」
「だ、だから」
「うーん……」
ディオはもう一度、ストレートに欲求を告げようとした。途端ジョナサンはディオの背を引き寄せると、子どもを落ち着かせるようにして抱きしめた。混乱を解きほぐそうとする手のひらが、心地よいリズムで打たれる。
「な……ッ」
「ぼくにはこんなことくらいしか出来ないけど」
ジョナサンに抱きとめられるのはこれが初めてではなかった。何度も「友愛」または「挨拶」のハグならしてきた。それに先ほども、ディオはジョナサンに抱きしめられていたのだ。
しかし今の状態は、それまでされてきた、してきた、長くても数秒間の「抱き合い」とは違っていた。
圧倒的な包容力があった。両腕に包まれると己の身が小さくすら感じる。
耳元で囁かれる声が、ひどく気分を落ち着かせてくれる。
ディオは今まで知らなかった「親」の愛を感じてしまう。知らないはずなのに、ジョナサンの態度からそれを遺伝子に刻み込まれた感情が思い起こされてしまう。
「う……くっ」
「君がいいっていうまで一晩中だってこうしていてあげるよ……」

こいつはモテないから女性関係が無いんじゃあない。きっと今までだって、おれの知らぬところで誘惑されてきたはずだ。
これを、こいつはこんな風にして相手を抱きしめてしまったんだ。
今みたいな甘い(反吐が出そうな)台詞を言い、相手の娘を赤ん坊扱いして、優しく微笑んだんだ。
そうだ、誰に対してもこの男は「聖人」のように接してきたんだ。
こんな男の中に、雄の才能なんてあるのか……?
いや、このディオなら、きっと本能を引き出してやる。してみせる!

数秒の間にディオはそう答えを導き出して、勝手に納得した。ジョナサンは横たわり、胸の上にディオを乗せるようにしている。もうすっかり赤ん坊扱いだ。
「なんか、ディオだっこしてたら、ねむくなってきた……」
ジョナサンはディオの耳元でぼそぼそと言いながら、欠伸をした。背を打つリズムは次第に遅くなり、ジョナサンの大きい手はやがてディオの背をすべり落ちていった。
「おいっ! ジョジョッ……勝手に寝るんじゃあないッ! 起きろっ!」
耳朶を引っ張って、頬を叩いて、何とかして起こそうとしてみるものの、ジョナサンはとろんとした目つきのままだ。
「だってさ、ディオ、あったかいから……。ね、ディオも、……いいこだから、今日はおやすみ」
「な……っにを……!」
ジョナサンは躊躇いもなくディオの頬に口付けをして、それから頭を撫でて、もう一度優しく抱きしめたのだ。ディオが衝撃により硬直していると、ジョナサンは既に寝息をかきはじめている。
「こ、子供扱い……だと!? あろうか事か、このディオを……ッ!?」
先にジョナサンに親の愛情らしきものを感じ取っておいた自分を棚にあげながら、ディオは激昂していた。
「ば、馬鹿にしやがって!」
一発殴ってやらねば気が収まらないと奮起したものの、ジョナサンの腕はがっちりと締められていて、身動きが取れなくなっていた。
「おい、ジョジョ……本気で朝までこうしているつもりか。聞こえてるんだろ、ジョジョ」
胸元に置いてある手を使って、ディオは何とかしてジョナサンに訴えてはみたものの、彼はすっかり熟睡しきっていた。よくこんな状態で眠れるものだと感心してしまう。成人男性を腹に乗せていて、寝心地がいいとは思えないソファの上だというのに。
「な、何なんだ、こいつは……」
文句を言い放ってやりつつも、ディオは額をジョナサンの胸によせれば、不思議と安らいだ。もともとの居場所であったかのように、しっくりくる。
肌は既に知り尽くしているかのように、溶けこむ温度だ。熱いと感じるのに、触れていれば同じになっていく。
することが無いので仕方なく目を閉じると、すぐに睡魔はやってきて、ディオの意識を眠りの国へと攫っていった。

兄弟になったばかりの頃。ディオはジョナサンに対抗心ばかり燃やしていて、何でも勝ちたかった。自分のほうが偉くて凄いのだと示したかった。
友達も恋人も、そして父親にすらジョナサンを渡したくなかった。だから全てのひとがジョナサンよりもディオを好いて、興味を持って、注目するように立ちまわったのだ。
ジョナサンを見るのも、ジョナサンに興味があるのも、ジョナサンを知っているのも、全部独り占めしたかった。出会ったばかりの頃、少年のディオはそんな幼い独占欲を自覚なく持っていて、勘違いしていた。
年が流れていくうちに、その感情が持つ意味は、きっと憎しみだとディオは思った。
嫌いだからそうしているのだと、思い込むようになっていた。本当は、全くの正反対で、小さなころからずっと好きだったのだ。
本当はこんな風に仲良くしたかったのを、素直に言えずにいた。
子供の姿のジョナサンとディオが並んで眠る。そんな風になれたら良かったと、夢で想像する。
それは叶わなかったけれど、大人になった今、理想とは違う形で実現していた。
だからそれでいい。
次に目を覚ましたら、きっとディオもジョナサンも、お互いを思う相手の気持ちが前よりも分かるようになっているだろう。

「……これはおれのものだ」
ディオはジョナサンの首に腕を回して、寝言を囁く。体も心も、感情も思いも、ディオのものだと誇示するように両手は抱いている。



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