メトロポリス 1

仁科カヅキと対決した日、シュワルツローズへ帰ったアレクサンダーの内心は荒んでいた。
「……ッ! 逃げやがって……クソ……次は絶対にブチのめす……ッ!」
他の生徒など眼には入ってこない。周囲の人間が彼に怯えた視線を送ろうとも、今のアレクサンダーには関係のないことだ。
「大和君!」
馴れ馴れしく名を呼ぶ声がアレクサンダーの背後からかかった。聞き覚えはあった。
「や」
明るい笑顔を向ける少年は、先ほどの高架下のバトルで出会った人間のひとりだった。
「……エーデルローズの人間がうろちょろするんじゃねえよ」
「ハハハ! まあ、まあ、それはそれ、これはこれデショ!」
カケルは胡散臭い笑い声を上げて、アレクサンダーの前へ臆すること無く立った。
「さっきのバトル、凄かったねえ」
「てめえ、んな下らねえこと言いに来たのかよ」
アレクサンダーの怒りは治まっていない。何が油を注ぐ要因になるかは分からない。言動ひとつにも気を遣わなければならなかった。しかし、カケルは呑気そうに話し出す。
「おかげでいいデータが集まったよ」
カケルは胸ポケットから、あのバトルで使用されていたカヅキのプリズムウォッチを取り出した。数字が次々と表示される。アレクサンダーは、あのバトルの後、ウオッチを踏み潰していた。
「大和君は、粉々にしてくれちゃったからねえ。さっき工場に持って行って貰ったから、データ出すまで時間かかっちゃいそうだよー」
「知るか」
粉々になったアレクサンダーのウォッチは、カケルが全て回収していた。中のICカードさえ元に戻せれば、データは復元可能だ。工場には最高の技術者が幾人もいる。彼らの手を借りれば、容易いことだろう。
「まあ、そんな話は置いておいて。……あのさ、強くなりたくない?」
「……はあ?」
カケルは営業用のスマイルでアレクサンダーの前に立ちはだかっていた。営業とは、プリズムスタァやアイドルとしてのものではない。会社役員としての、顔だ。
「一個人としては、勿論エーデルローズの味方なんだけどね。でもウチ(十王院)としては、会社のひとつの事業を盛り立てるためにも、必要なことでねえ」
「何、ごちゃごちゃ言ってんだ。とっとと失せろ!」
カケルは悩ましげに頬に手を当てて、自らの立場を憂う語りを始めた。アレクサンダーは疾うに苛立ちの頂点を超えてしまっていた。
「おっと、質問には答えてよ。どうなんだい?」
「俺は、俺の力で、アイツを倒す。てめえの指図なんかうけねえよ!」
アレクサンダーはカケルをどかすように肩を押したが、意外にもカケルはその場に踏ん張った。
「指示なんか出さないよ。大和くんが強くなれるよう『お手伝い』するだけさ」
「フン、怪しい薬でも打つっていうのか? その手の話なら、よく聞くぜ」
プリズムショーはスポーツだ。筋肉量を増やすため、記録や技を出すために違法薬を使用する人間はいる。アレクサンダーは、そんなやつらを心底軽蔑している。
「まっさか!十王院財閥は、健全な企業だよ。そんなもの扱ってるわけないよ!……とりあえず見てみない? 話はそれからにしようか」
カケルは自信満々だった。そして、揺るぎない瞳をしていた。何か期待しているような嬉々とした表情を浮かべてアレクサンダーを誘う。
信用したわけでも、興味があるわけでもなかった。だが、アレクサンダーはあまりにもカケルが堂々としているので、そこを不審に思ったのだった。
確かめる意味はあると踏んだ。ひとまずアレクサンダーは、カケルの向かう場所へと進んだ。

シュワルツローズのビル内には、様々な施設があり、建物の中で人生を終えられるのでないかと囁かれるほどに充実している。
カケルが向かった一室は、なんてことのないただのレッスンルームだった。リンクが備えられているプリズムショー練習用のフロアだ。
「まさか、ここでレッスンをしろなんて言うんじゃないだろうな?」
がらんどうとした白い部屋に立たされたアレクサンダーは、カケルを睨んで言った。未だにカケルは含みを持った笑みをしている。
「お楽しみはこれからだって。さあ、いいよ!」
カケルは扉に向かって声をかけた。アレクサンダー達が入ってきたドアの反対側にあるもうひとつの出入り口が開く。
「……な……」
扉を開けた人物にアレクサンダーは、目を剥いた。
明るいグリーンの頭髪、浅黒い肌色、そして見覚えのありすぎる刺すような視線。バイオレットカラーの目をした青年が立っている。
「仁科……カヅキ……ッ!?」
アレクサンダーの呼びかけに、カヅキらしき人物は無反応だった。
「ああ、良かった! 似てないって言われたらどうしようかと思ってたんだー」
カケルは胸を撫で下ろして、カヅキらしき人物の側へ行く。そして、アレクサンダーに向かって、二人は揃って並んだ。
「プロトタイプ J‐001KNO型、カヅキ先輩の言わば大和アレクサンダーヴァージョンでーす!」
「……はあ゛!?」
そう紹介されたカヅキのようで、カヅキではない青年は、無表情のままでアレクサンダーを見上げていた。
髪、肌、目の色は、全てアレクサンダーと同じだった。しかし姿形は、あの仁科カヅキそのものであり、体の大きさや顔の造形は、本人としか思えなかった。
「ど、どういういことだ……お前ら、俺をからかってんじゃねえぞ!」
アレクサンダーはカケルの襟首を掴んだ。
「わっ、暴力反対! からかってないし、冗談でもない! ほら、よく見てみなって、これは、アンドロイドなの!」
「……アンドロイド、だって?」
隣に立つ、カヅキはぼんやりとした目でアレクサンダーとカケルを目に映している。もし、これが本物の仁科カヅキだったとしたら、真っ先にアレクサンダーを止めるだろう。しかし、今目の前にいるカヅキらしき人間はそんな素振りを見せなかった。
「おい、……仁科カヅキ」
アレクサンダーは、カケルから手を放して、カヅキに声をかけた。まず先に目が動き、それから首が傾いた。瞬きひとつもせずにカヅキはアレクサンダーを見ている。
「名前は『仁科カヅキ』でインプットしてるからね、そりゃ呼べば振り向くよ」
カケルは乱れたシャツを直しながら、カヅキの隣に戻った。
「うーん……そうだなあ……触ってみる?」
「……は?」
「ほら、人工皮膚だから、ちょっと人間とは違う感触なんじゃない?」
カケルは全く遠慮のない触り方でカヅキの頬を、ふにふにと撫でた。指の弾み具合からして、柔らかそうな触感がしている。
「ほらほら、大和クンも!」
カケルは強引にアレクサンダーの手を取り、カヅキの頬に触れさせた。指の腹がふわりとした頬に軽く沈む。その柔さにアレクサンダーは驚いて思わず手を引っ込めた。
「体温機能もついてるんだ。人間みたいだろ?」
同意せざるを得なかった。どこか、人工的なのか分からぬほどに、その肌の感触はリアルだった。
「こいつが仁科カヅキじゃねえってことは分かった……それで一体なんだって言うんだ」
「ふっふっふっ、それを聞いてくれるのを待ってました! このJ‐001KNO型はただのよく出来たお人形さんなだけじゃあないんだよー! 最大にして最高の機能! それは、大和アレクサンダー君専用のバトル練習機!」
「俺専用?」
「そう! このJ‐001KNO型には今までのカヅキ先輩のプリズムショーデータが全部入っている。プリズムジャンプもだ。それに、さっきのバトルのデータも更新されてる。つまり、このJ‐001KNO型は、カヅキ先輩そのもの! と言ってもいいくらいだ」
カヅキ型の手には、プリズムウォッチが付けられていた。カケルはカヅキ型の手を取り、腕に巻かれているウォッチに何かデータを打ち込んだ。その作業はあまりにも早く、アレクサンダーには遊んでいるようにしか見えなかった。
「つまり、このJ‐001KNO型なら、365日24時間、いつでも大和くんはカヅキ先輩とバトルすることが可能ってわけ」
「こんな人形相手に、バトルをしろっていうのか? 下らねえ……ッ! 格下でも本物の人間を相手にしたほうがマシだろ!」
「十王院財閥の科学力をナメてもらっちゃあ、困るなあ」
カケルは、カヅキ型に指示を出した。すると、ほとんど動きの見せなかったカヅキ型が自らの手でウォッチのボタンを押した。すると、服装がバトルスーツへと変わった。
「せっかくだから、テストプレイも兼ねて実践してみたらいいんじゃない? はい、これ」
カケルは、新しいウォッチをアレクサンダーに渡した。
「今度は壊さないでね〜」
軽い口調で忠告し、カケルは一歩引く。


リンクの前で向かい合って立ち、アレクサンダーはウォッチのボタンを押した。すぐさま、制服がバトルスーツにチェンジし、室内には音楽が流れ始める。
あの時と同じ曲だ。アレクサンダーの眉間に皺が寄った。
「二度同じ真似はしねえ」
アレクサンダーは、カヅキ型にそう吐き捨てた。

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