嗜虐性虐待症候群

海馬の足は痺れて、疾うに感覚がない。もう随分と長い間、同じ姿勢のままだ。
僅かにでも身じろぎをしようとするものなら、容赦なく王の叱責が飛ぶ。
許しはまだ出ない。
「全く……、何の為にこうして罰を与えてやっていると思っているんだ?」
海馬の王は、目の前の椅子に深く腰掛けている。足を組み直しながら、うんざりとため息をつく。
「……ッ」
海馬は奥歯を噛みしめた。ここで口答えをしたら、罰が長引くだけだと分かりきっている。
「きさまの為に、このオレが直々に相手をしてやっているんだ。感謝こそすれ、睨み付けられる筋合いはないんだがな」
組んだ足の浮いた踵が苛立ちを表すようにして、ゆらゆらと海馬の目の前で左右に振れられる。
「口を利くな、とは命じていない。これじゃあ、オレの独り言みたいじゃないか」
「……っく」
「どうした、海馬?」
汗が背中から流れていく。海馬は俯いた。アテムは柔らかな声色で尋ねる。わざとらしい甘い声が海馬の腹に響いた。
「それにしても、普段見られないきさまのつむじが、おかしくて仕方ないな。こうして人に頭を垂れる真似もしたことがないんだろう?」
上背のある海馬にとって、大概の人間は見下ろすばかりだった。アテムもその一人だ。その相手に、上から話しかけられているのが不自然だった。
「いい恰好だぜ。悪くない。顔を上げな、海馬」
アテムは片足を上げ、靴を脱いだ。素足になった指先で、海馬の顎をつつく。
「やめろ……ッ」
屈辱的な行いに海馬は頭を横に振り、つま先から逃げた。
「やめろ……? 『やめてください』、だろ。そう教えてやったはずだ」
アテムは再び、足で海馬の頬を叩いた。汗ばんだ肌は、しっとりと熱い。
「や、……やめて、下さい……(ファラオ)
「クク……。素直だな。このオレに逆らえるわけがないよな」
愉しげにアテムは低く笑い、組んだ足を戻した。海馬の気が緩んだ瞬間を見逃さなかった。
「体勢はそのままで、顔をオレの方へ下げろ」
まるで愛玩動物に餌をやるかのように、海馬を床に這わせ、眼前にアテムは自らの足を置いた。
「欲しいんだろう……? さっきからずっとオレの足ばかり見ていたな」
海馬の喉が鳴った。無様な姿勢を強いられ、尊厳も奪われている。それなのに海馬の内には、今まで感じた事のない昂ぶりが溢れそうになっていた。
「褒美だ」
アテムは床から足を浮かせ、海馬の口元に運んだ。すべらかな甲に下唇があたる。
「手は使うなよ」
命じられたままに、海馬はアテムの足にかぶりついた。飢えた犬のように、与えられた肉を貪る勢いで、少年の足を海馬はひたすらに味わう。
「ん……ッふ」
肉をそのまま食らい尽くしたいと思ったが、その欲望より勝ったのは、完全な肌にひとつも傷をつけたくない、という美意識だった。
「あ……っ」
清めてやるように、足の指の間から爪先まで一本一本を口に含んだ。じゅる、ちゅる、という水音が海馬の耳に届く。美味いものを食べていると感じているのだろう。唾液の分泌量が多い。
「う……っく」
長い前髪の隙間から海馬は、アテムの表情を窺った。紅潮した顔で耐えている。片手は口元を覆い、声を殺す。
舌先を伸ばし、海馬は小指のあたりから踝まで上っていく。
「……ひっ」
足は、びくりと跳ね、縮こまるように指が握られた。
「……アテム……」
呼びかけると、足の指から力が抜けて行った。海馬は顔を上げ、唇を離した。
「はあ……っ、はあ……」
肘掛にすがりつくようにして、座る王の姿に余裕は見られない。今にも椅子からずり落ちそうになっている。唇を戦慄かせ、憎らしげに海馬をねめつけている。
「……脱げ」
アテムは低く命じた。海馬が動こうとしないのを知り、もう一度、指で指して命じた。
「服を脱げ」
背を正し、海馬は上から脱いだ。上下ともに体に密着する素材で出来ているが着脱は容易い。脱いだ服は床に放った。
このままの体勢では、下は脱げない。ベルトに手をかけた時点で、海馬は問いかけの視線をアテムに送った。
「立つな。足は崩していい。座ったままで脱ぐんだ」
アテムは海馬の意思を感じ取り、続けて命じた。痺れる足に堪えながら、海馬はボトムも脱いだ。
「全て取り払え」
ボトムを床に置いた時に、アテムは海馬の下半身に残った下着を指した。海馬は、自身の下着に手をかけ、一気にずり下ろした。
「誰が……いいと、言った!」
「……ッう」
アテムは海馬の下腹部の変貌に、嬉々として怒った。また同じように正座する海馬の太ももに素足を乗せる。
「これでは罰にならない! きさまを喜ばせるためにしているんじゃないぜ」
「う……ッく」
露わになった肌を、アテムは好き勝手に蹴っていく。胸も腹も、多少の打撃にはびくともしない。
「いけないことをした時は……? 海馬、オレに言うことがあるよな」
足の付け根に踵を置き、挑発するようにアテムは振動を送る。その度に勃った切っ先が震えた。
「ご……」
弱みを取られ、海馬は膝の上で拳を握る。この生涯、先にも後にも言う筈のない言葉はなかなか出て来ない。
「………さ……い」
絞り出した声はか細く、普段の海馬からは信じられない儚いものだった。
「それはオレに謝ろうと思って言ったのか? 命じられて、渋々言っているとしか思えないな」
アテムの足は、海馬の両足の隙間に入り込み、守る手立てのない場所へと侵入してくる。
「ご、ごめんなさい……!」
海馬は、再び頭を垂れ、声を張り上げた。満足したのか、アテムは足を止め、海馬の身から退けた。
「そうだ。海馬、良い子だな。ちゃんと教えてやれば、その通りに出来るんじゃないか」
「……は……ッ」
温度の所為なのか、それとも内なる熱の所為なのか、海馬は上がった息を整えようと、吐き出した。
だが、余計に呼吸が荒くなり、目の前が霞みだしてきた。
「オレが躾けてやる。一から、全部な」
「……ア、テム……」
「フフ、苦しいか……? でもまだダメだぜ。海馬、もっと自分を解放しろ」
ようやく椅子から降りたアテムは、すがりつくような目をした海馬の頭を撫でてやった。
そして、海馬の額や、耳や頬に口づけていく。
「そうしたら、オレはおまえのものになってやる……」
許しの時は遠い。
けれど、それを二人が望んでいるとは限らないのだ。




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