真夏の光線
熱砂の日差しは、彼の黒い衣服を焼く。それでも男は汗を一筋も垂らさずに、立ち尽くしている。
「おのれぇ……、このまま勝ち逃げなど許さんぞ!」
「いいぜ、かかってきな! ……と言いたい所だが」
血走った目が少年の姿を捕えて離さない。男の瞳の中の少年は、唇を僅かに尖らせて続けた。
「一時休戦だ、海馬」
首回りを覆う布地に指を入れて、アテムは胸元に風を通した。
決闘を行うなら、広い場所がいいと互いが望んだのだった。しかし、昼の長いこの時間軸では、陽光は弱まることなく大地を照らし続けている。
「いくら命が消えることがない世界とは言え、身体が在る限り、疲労はするんだぜ」
「フン、脆弱だな」
アテムがデュエルディスクをオフにすると、海馬は吐き捨てるように言った。
「海馬、おまえも休んだ方がいいぜ」
大股で近づいてくるアテムに海馬は視線を逸らさなかったが、そこから一歩も動かなかった。
やがて、すぐにふたりの距離は縮まった。
「その重装備の下……」
少年特有の骨ばった指が、海馬の胸元を指す。あとほんの少しで触れられそうな程だ。
「ふれるな!」
海馬は大きく身を振り、声を荒立てた。アテムは指していた指を口元へと運んで、零れる笑みを隠した。
「フフ、ついてきな」
外套を翻し、アテムは王宮へと進む。暫くその背を眺めていた海馬も、砂を踏みしめて歩き出した。
王に仕える人々は皆、口を閉ざしている。招かれざる客の姿に、奇異の視線を送るものもいる。
注目をあびることに慣れきっている海馬でも、流石に居心地の悪さを覚えた。
この国の王であるアテムはさして気にする素振りも見せず、奥の間へと進む。
水のせせらぐ音がかすかに聞こえてくる。
王の後には侍女らしき女性たちが続いて付き添っている。
「おまえたちはいい。下がっていろ」
侍女たちは、王に命じられれば、大人しく従った。海馬は、彼女たちが去った後を目で追った。花弁がいくつも散っている。王の行く先には、必ず花が置かれているのだ。
「海馬、こっちだ」
アテムは侍女たちに気を取られていた海馬の腕を引き、更に宮殿の奥へ進む。
握られた手がやけに熱かった。海馬の意識は少しばかり朧げになっていた。普段の海馬なら、掴まれた手を振りほどくはずだった。
長い廊下の後、外へ繋がる庭園のような場所へ出た。そこは絵画の世界が目の前に映し出されていた。楽園、というに相応しい場所であった。
石造りの屋根の下には、色とりどりの草花が並び、小さな川のようなものが流れている。石畳の階段が左右に広がり、風の通り道が出来ている。あたりには鳥の鳴き声がしている。
「ああ、風が気持ちいいな」
アテムは外套を石床に落として、靴を脱ぐと、すぐに水に浸かった。
水面を蹴る、ぱしゃり、ぱしゃりという軽やかな音が涼しげに海馬の耳にも届いた。
日陰になっている階段は、休むのに丁度いい場所だ。海馬はその場に座り込んだ。
アテムは流れる水を足で受け止めて、顔に風を浴びた。耳飾りが揺れて、しゃらん、と不思議な音色をたてる。
清らかな水を手に掬い、顔を洗う。長い前髪が濡れて、アテムの額に張り付いた。
一際深くなっている所まで進むと、アテムの腿までが水に浸かった。服が濡れるのも気にせず、彼は水辺で遊んでいる。
海馬は思わず目を細めていた。太陽の所為だけではなかった。水面が光を受けて、輝いている。あまりの眩しさに目を閉じてしまっていた。海馬は、深く呼吸を繰り返した。
「眠いのか?」
耳から遠くない場所で、アテムの囁くように尋ねる声がした。海馬は目を開けてから、思わず腰を浮かしてしまった。
白い衣が濡れて、その下の褐色の素肌が薄らと透けて見えていた。
「貴様……ッ! どういう了見だ!」
アテムの肩を押し、自らの視界から除外しようとするものの、構わずに側へ寄ってくる。
「ああ、服か? 暑いからな、このまま水浴びしたんだ。海馬も汗を流せよ」
アテムは遠慮のない手つきで、海馬の身についている装備や、コートをはぎ取っていく。それらは石階段に落とされると、庭園に硬質な音を響かせた。
「精密機械なんだ、乱暴に扱うな」
インターフェイスヘッドセットや、デュエルディスクを外して、海馬は床に置いた。
ある程度の装備が外されると、アテムは濡れた手指を海馬の服の上に這わせた。
一見すると暑そうに見えるインナースーツも、最新の科学が駆使されており、常に最適な体温を保つようになっている。海馬が汗をかかなかったのは、そのおかげだ。
「脱がないのか?」
装置とコートを取り払った状態の海馬にアテムは訊いた。五本の指がばらばらに、そうっと海馬の腹をなぞる。
「脱いだほうが暑くなる」
肌に直接空気が触れれば、この地に適さない体は一気に体温を上昇させると海馬は分かりきっていた。
「こんな黒い服、ここじゃ誰も着てないぜ」
「最先端の科学衣料だ。いるわけないだろう」
「見てるだけで暑くなる」
「オレは暑くない」
「へえ……本当か?」
アテムは指先で海馬の腹の線をくすぐっている。かすかに感じる指の熱が、海馬には煩わしかった。じん、と下腹が痛んだ。
白い石畳は、アテムの座っている箇所だけ濃い染みを作っている。水たまりが出来ていた。
顔や肩は、すでに乾き始めているが、髪は毛先が束になって肌に張り付いたままだった。海馬は、何の気もなしに、頬についている髪の先を指で払ってやっていた。
「手が熱いぜ。我慢せずに脱いだらどうなんだ」
「手は、何も纏っていないから熱いだけだ」
「なら、ひとつ賭けようぜ」
アテムは頬に触れていた海馬の手にすり寄る。そして薄く目を開けてから、唇は笑んだ。
「海馬の身体が嘘をついているか、どうか。海馬は、暑くない、汗をかいていないと言っている。オレは、それが嘘だと言う。真実を確かめるゲームだぜ」
「何を賭けるというんだ」
「オレが勝ったら、貴様の身体を。海馬が勝ったら……オレに勝ったという証拠でもやろう」
「つまらん。何の意味がある」
「そうか? やってみたら、案外面白いかもしれないぜ……?」
海馬が放り出していた両足の間に、アテムは身を置き、座り込んだ。そして、迫るようにして身を屈める。
「勝負は、どちらが勝つか負けるか最後まで分からないから楽しいんだろ?」
海馬の隆起している喉仏が、上下した。
人を煽る態度は、相変わらずだと海馬はため息をついていた。
だが、目に宿っている色の意味が分からず、奥歯を噛むしかなかった。手足が重く、なかなか上手く動かせなくなっていた。それを見抜いているのか、アテムはにやりといやらしい笑みを浮かべて、海馬の様子を窺っている。
金細工の装飾品が、光を受けて反射する。胸元の飾りや、腕輪が海馬の視界を邪魔した。
海馬の張った腿に片手を置き、アテムは空いた片手で腹から胸のあたりを這いあがらせていく。ぞわりとした感覚が肌の上を滑る。
「……ッ、う」
胸板の間に二本の指が通り、くっきりと浮かんだ鎖骨に着く。骨と骨の間の窪みに、アテムは指の先を入れた。
「この一年の間で、随分と逞しくなったな、海馬」
爪の先で、首筋に浮いた血管をくりくりと弄る。海馬は頬がひくついた。
「貴様は……ッ、何を……して、いるッ」
「何って? どうしたら脱がせるのかと、探してるんだぜ」
「妙な、所を……触るな!」
アテムの手首を取り、海馬は床に叩きつけた。それだけで息が上がってしまっていた。体温が上昇している、と気づいたのは既に体の変化が始まってしまってからだった。
「ふうん……?」
すりむいた掌を舐めて、アテムはますます意味ありげに微笑みを作り出した。
この笑みが、海馬は苦手だ。奥の手を、手段を、嫌な何かを孕んでいる悪魔のものだ。
「上は後回しにして……こっちなら、オレにも分かるぜ」
金属同士が当たる独特な音がした。ベルトに手をかけたアテムは、会社のロゴが入ったバックルを外す。カランという音を立てて、石床に転がった。
二人の視線がかち合った。海馬はひどく焦燥感に駆られた表情をしていて、アテムは獲物を捕らえた捕食者の優越に浸っていた。
「……っく」
鼠蹊部にあたる部分に、アテムは手を置いている。
「フフ……」
すると、勿体ぶった手つきで、周囲を撫でまわし、アテムはゆっくりと身を折り曲げていった。
「……な」
何をする、と言いかけた海馬の口が、開いたままで塞がらなくなった。
股座に頭を埋めたアテムが、目線を送ってくる。
舌の先を尖らせて、下から上へと動かしていく。
行為を錯覚するような真似事をしてみせたのだった。
海馬は思わず腰を引いていた。それを見逃さなかったアテムは、両手でしっかりと海馬の臀部を掴み、ぐっと自らへ寄せた。バランスを崩され、後ろ手で身を支えなければ、倒れ込んでしまいそうになり、海馬は石畳に手をついてしまった。
「ふ……」
小さな唇から覗く前歯に、海馬はどきりとした。歯と歯が合わさって、自身のボトムのジッパーを噛んだ。
ジ、ジジ……とゆっくり下ろされていく。既に互いに分かりきっている変化の所為で、下ろしづらくなっているのだった。
唇の上皮が、奥に潜む肉欲に触れてしまいそうで、海馬は動悸がした。
全て下ろしきると、鼻先でつつかれた。零れ出る、くすくす、という笑い声でさえも今の海馬には心地よい刺激になった。
ただ、ボトムを留めているひとつだけのボタンは、未だに放置されている。その小さなボタンひとつがあるだけで、とても窮屈だった。
いっそ、外してしまいたい、と手にかけてしまいそうになる。
しかし、そこで自分が手を出してしまえば、ゲームは終わるのだと海馬は悟っていた。
既に海馬の額には汗が玉となり、雫と化していた。
じわり、と滲んだ汗はインナースーツに吸い込まれていった。
「なあ」
しばらくぶりにアテムが口を開く。甘い問いかけだった。
「どうされたい……?」
ふっ、と吐息がかけられた。海馬は、腹に力を込めて堪えた。腹筋が服の上からでも動いているのがはっきりと見えた。
「それ、以上は……ッ」
振り絞るように声を出そうとすると、アテムは首を振った。
「オレはこっちに訊いてるんだぜ」
アテムは両手で、海馬の膨らみをまるで愛玩動物を撫でてやるかのような、柔らかな手つきで包み込んだ。
「……う、ぐ……ッ」
「フフ、良い子」
アテムは海馬のソコに布越しに口づけをして、愛撫を続ける。
びくり、びくりと反応を示してくれるのが面白いのか、アテムは海馬の下腹部に話しかけ続ける。
「海馬も、いつもこんな風にちゃんとオレの言うことに返事をしてくれたら、可愛げがあるのにな」
膨張を続けている欲の塊に向け、アテムは幼子にするような口調で話しかけている。
海馬は自分の顔が紅潮してしまっているのを悟っていた。片手で顔を隠しながら、指の隙間からアテムの姿を覗いた。
「なあ、海馬?」
そして、再び同じ問いかけをしてくる。
「どう、されたい……?」
今度こそ、海馬自身の目を見て尋ねていた。
「……ッ、は……ァ」
熱くなった息を胸から吐きだし、海馬は顔を覆っていた手を外す。
「……ろ」
「……ん?」
掠れた声がした。
「舐めろ」
一段と低い声色で海馬は短く告げた。
「このオレに命令するつもりか?」
「……フン、貴様がしたいんだろう……、欲にまみれた目をしている……」
海馬は片膝を立てて、アテムの身を起させた。薄い布地の下を押し上げている色づきがあった。
「オレの勝ちだぜ、海馬」
「……何?」
「貴様の顔も、手も、汗でぐっしょりになってるぜ」
石床についた手や、海馬が隠していた顔も、疾うに汗は流れ落ちて、染みを作り出していた。
額には、不恰好に乱れた前髪が張り付いていた。
「最初に言った通り、オレは貴様の身体を貰うぜ」
そう宣言すると、アテムは小さな口を広げて、下着のままの海馬の膨らみにかぶりついた。
「……ンッ……ふ」
アテムの涎れが海馬の下着を湿らせて、染みを広げていく。前触れなのか、アテムのものなのか分からないほどに、下着は濡れそぼった。
歯を立てないように唇で守りながら、アテムは顔を横向けにして食む。
到頭、限界になった海馬は自らの手でボタンを外しにかかった。ぷつん、と音を立ててボタンはついに弾かれた。
そのボタンに押し付けられていた先端部分が飛び出して、アテムの頬に打たれた。
「んう……ッ!」
反り返ったそのモノは、ぐに、とアテムの頬を突いた。
「ふ……クク……ッ」
片手で根本を支えると、アテムは喉奥で笑った。
「おい……何を笑っている」
海馬は侮辱されたのかと勘違いをして、苛立ちながら責めた。だが、アテムは「いや、違う」と一声かけてから、ツン、と海馬の性器を指で触れてやった。
「元気がいいな、と思ってな」
未だに笑い続けていながらも、愛おしげにアテムは海馬のエレクトした若勃起に頬を寄せた。
「あ、当たり前だ、オレを誰だと思っている……ッ!」
言い返すと、アテムはやはり笑った。笑わしてやろうと思って発言しているわけではないのだが、海馬が何を話しても、今のアテムは笑ってしまうだろう。
「かわいいぜ、海馬」
そう言うとアテムは、あむ、と口を開けて鈴口を食べた。ちゅっ、ちゅ、という水音を立てて、吸い付く。粘膜同士が擦れ合う、ぬるぬるとした感覚が両者に訪れる。
「はあ……、う……」
言葉にならない感動のようなものが海馬の胸を占めた。とても不思議な感覚だったのだ。
何の抵抗もなく男のものを頬張るアテムの姿に疑問を持つのだが、自分の中ではごく自然な行いだと受け入れてもいる。
「く……っ」
片手が、無意識のうちにアテムの前髪に触れ、丸い後頭部を支えた。
「ん……んふ」
ちゅる、と唇から涎れや体液を垂らしながら、アテムは口内の奥へと海馬を誘い込む。
頬の肉が、亀頭部に押されて歪んだ。ぐじゅ、ぐじゅ、と中で泡立っている音がする。
「はあ……ッ、ん……ッ」
一度口から出して、アテムは手で根本から擦り上げた。
離れがたいのか、唇の表面は先端部やシャフトを彷徨っている。
夢中になって肉芯を貪っているアテムを、どこか冷静な目線で海馬は見守っていた。
射精の時は近い。脳の一部が白くかき消されるような、海馬にとってはおぞましい瞬間がやってきてしまうのだ。
「はあ……ッ、く……ッ!」
限界が近づくほどに、歯を食いしばって耐えてしまう癖があった。
アテムはそんな海馬の辛そうな表情に気付いてしまった。
けれど、何も伝えずに、ぎゅっと腰を抱いて、喉奥まで海馬のものを飲み込んだ。
苦しさで涙が浮かんだ。えずきそうになるのを堪え、アテムはきゅっと唇を窄めた。
触れていた海馬の内腿が、ビクリと痙攣した。くる、と覚悟を決めた瞬間には、濁流が注ぎ込まれていた。
「く……ッ」
海馬は大きな手でアテムの頭を包み、ぐっと押さえ込んだ。
「ン……ンンー…ッ!」
アテムの瞳からは、ぼろりと大粒の涙が流れてしまった。鼻から息がふうふうと漏れて、目の前を曇らせる。
喉に直接打ち付けられるように、連続して精が噴出される。初めの勢いから、二度目、三度目も、零さぬようにアテムは唇と肉身に隙間が出来ぬようにしていた。
「は……ッ、ああ……」
海馬が低く呻く。終わった、という合図だった。頭を包む手の力も抜ける。
「ん……くぅ……」
ちゅ、ちゅる、とまだ硬さのある身を口から出しながら、アテムは手で唇を押さえた。
若さ故か、溜めこんでいたのかは定かではないが、アテムの口に収まりきらない量の精が出されていた。膨らんだ頬がその証だった。
「ん」
アテムは顔を上げて、海馬に頬を見せつけた。
そして、目の色や瞬きだけで気持ちを伝える。海馬は無言でアテムの様子を見つめていた。
「……っん」
どんなに唇を閉じていても、とじ目から白濁したとろみが零れてしまう。つう、と露が垂れて、アテムの顔を汚した。
早く飲み込もうとするのだが、海馬の精液は粘り気があり、喉をつかえてしまい、なかなか上手くいかなかった。
「ん……ふっ……ッ」
何度も喉を鳴らしながら懸命に全てを飲もうとしているアテムに、海馬は複雑な感情を抱いていた。
もういい、と手を差し伸べたくなる。無理強いをしてしまった罪悪感を持つ。
それとも、これは、征服欲、支配欲の充満なのだろうか。
自覚した途端に、下半身がうずくような熱さが点った。
「う……ッ、けほ……っ」
海馬がひとりでに盛り上がりかけた時、アテムは口内のほとんど全てを嚥下していた。最後に咳き込んでしまい、わずかな量が床に落ちてしまった。
「何故、こんな無茶をした」
汚れた顎や頬を拭ってやりながら、海馬は純粋な疑問を投げた。
「無茶なんかしてないぜ」
まだ口の中がねばつくのか、アテムは指を入れて、残った液体を口から垂らす。
人差し指から、下唇に銀糸が伸びる。
「オレの好きなようにしただけ……」
赤い舌を小さく出して、蠱惑的にアテムは海馬に笑いかける。
瞬間、海馬の背筋が粟立った。嫌悪感を持った時と同じような、ぞわりとする感覚。
だが、それらとは明確に違うのは、体内に渦巻く熱だった。痛みを伴う、苛立ちと怒りが混じる感情が、海馬の中に生まれている。
そして、新たな飢餓感が海馬の心を埋め尽くすようになる。
最先端の科学を以てしても、欲情の熱は消せない。
海馬は汗が染みだしてきたインナースーツを自ら破り捨て、アテムの肌を求めるのだった。
終