ミュウ‐ミュウ

「……で、どうなんだ」
「誰が考えたんだ? この質問……」
遊戯は今、海馬コーポレーションの会議室に呼び出されていた。
「さあな」
KCが新たに決闘者専門誌を創刊することになり、その記念すべき第一号の目玉として初代決闘王である「武藤遊戯」の特集が組まれることになった。
企画のひとつとして、遊戯に関する質問をKC公式サイトから募った所、全国、全世界の決闘者たちから、実に様々な質問が届いた。
大方は、デュエルに関することであり、デッキ構築や戦略、今までの決闘の思い出など、遊戯も答えるのが楽しい内容ばかりであった。
だが、中には目を疑うような、とんでもない問いかけもいくつかあった。
それが、これだ。
『武藤さんの大ファンの14歳です! (中略) デュエルは勿論ですが、ファッションにも憧れています!お洋服のこだわりはあるんでしょうか?あといつもどこでお買い物してるんですか?』
『どんなアンダーウェアをつけてるんですか?』
『愛用のパンツのブランドは?』
『今日の下着どんなの?』

「なんでこんなこと答えなきゃいけないんだ」
遊戯は思わず対面している海馬を睨んだ。別に海馬がこの質問をしているわけではない。
「知るか。オレは、多くの決闘者たちが喜ぶような雑誌を作る手伝いをしているだけだからな。仕方あるまい。だがこの手の質問は多いぞ」
「多い?」
「KCの検閲を通ったものだけをお前に渡している。来たメールそのままなら、もっと下品な表現が使われているからな」
「それ本当にオレのファンなのか……?」
遊戯は、自身のファッションのこだわりは強いほうだ。買い物は専ら個性派ファッションの発信地、原宿が中心だ。あの街では、遊戯のような目立つ髪型や服装をしていても、馴染んでしまうから、おかしな話だ。
「服に関しては、他のインタビューでも答えたことがあるが……流石に下着は無いな」
「フン、そのような洋服を身に纏っていながら、今更貴様に羞恥心などあるのか?」
海馬は鼻でせせら笑って言った。いちいち人を小馬鹿にして物を言う態度は、改めた方がいいと遊戯は常日頃から思っている。
「オレはこの格好を恥ずかしいなんて思ってないぜ。好きだから着てるんだ。それと下着の話は別だろう」
遊戯は手にしていた資料をローテーブルに放って、足を組んだ。海馬は膝に置いたノートパソコンに向かっている。
「答えたくないなら、オレは一向に構わん。時間が押している。次の質問にいくぞ」
「……答えないとは言ってないだろう?」
腕を組んだ遊戯は、何故か不機嫌そうに呟いた。海馬の態度が気に食わないのだ。軽く受け流す仕事としての対応に、遊戯は、さも自分の回答が想定内だと決めつけられていたのが癪に障った。
「いいぜ。今日の下着ぐらい、教えてやる!」
遊戯は足を組み直し、海馬にふんぞり返って告げてやった。横柄な物言いに、海馬は視線をやった。
「ほう……?」
淡々と作業をこなしていた指が止まり、海馬の関心が向く。
舐めるような目つきが、遊戯の足先から、腰回りに絡まった。
「なら、オレが当ててやろうか」
意外な返答だった。海馬はパソコンを閉じるとテーブルに置き、立ち上がった。そして、遊戯の座っているソファーへと座る。膝と膝が密着するほどに近い場所に腰をかけ、片方の手が遊戯の太ももの上に乗った。
「は……? な、……おい……ッこら」
革製のパンツは遊戯の細い脚が収まっている。身体のラインがくっきりと出る服装を好んでいる。その服は伸び縮みしない素材で出来ているので、少しでも太ったり痩せたりすれば、途端に似合わなくなるだろう。
座った時に足の付け根に出来るボトムの皺に、海馬は指を添えた。
本来あると思われる下着と服との境界線が見つからない。
指が何度も往復して、わずかな違いを探そうとするのだが、どこにも無かった。
「妙だな……」
「ちょっ……くすぐったいぜ、海馬!」
遊戯は肘で海馬の腕を退けて、身じろぎをした。腰を浮かせて、相手から逃れると、触られていた場所を自分の手で隠した。
「まさか……貴様、何もつけ」
「違うぜ!!」
驚愕している海馬に、被せるようにして遊戯は否定の意を放った。
普通の一般男子高校生なら、どんな下着を好むだろうか。ボクサー型がやはり多いだろうか。もし遊戯もそれらのタイプを選ぶなら、これだけ足のラインが出るボトムなら、下着の線が分かってもおかしくはない筈だった。海馬はそれを当ててやろうとしていた。
しかし、無かったのだ。故に、海馬は遊戯が何も身に着けていないと早合点していた。
「……その、こういうやつ、だぜ」
遊戯は指でTの字を空中に書いた。
しばらく思案していた海馬だったが、ようやく答えが結びつき、思わず遊戯の尻を観察した。
「オレが着てるこういうボンテージってのは、服に下着が響かないものを選ぶのがオシャレでもあるんだぜ。せっかくファッションを決めてるのに、下着のラインが出てたら格好悪いからな!」
「お、男としてのプライドは無いのか、貴様は!」
「オシャレは我慢だってピーコが言ってたぜ!」
「我慢してるのか!!」
二人の間に、ファッション評論家のあの人の顔が浮かんでは消えていった。

しばし、海馬は悩んだ。確かに遊戯は答えてはくれたが、これを公式の回答として世に出していいものだろうか、と。
ただでさえ、このファッションが思わぬ誤解を生みやすいものだと(特に海外では)海馬は知っているが、遊戯は分かっていない。
とりあえず、自身の資料には、空欄のままにしておいた。ただし、脳内の遊戯個人情報としては、海馬はきちんと刻み込んでおいた。



「服の話は、もういいだろ」
遊戯はソファーに深く座り直して、かっちりと腕を組んだ。
「それより、他の……」
すぐ隣に座っていると、身長差があるからか、かなり見下ろす形になる。
海馬は、ある違和感に気付いていた。
「何だよ、海馬」
「怪我でもしているのか、遊戯」
「え」
上着は脱いでハンガーにかけられている。今現在、遊戯が上に着ているのは、ノースリーブのシャツだけだ。それもやはり黒で、胸板やウエストが服の上からでも分かるような肌に密着したサイズだった。
隙間があるとしたら襟周りぐらいだ。
「服の下に、絆創膏が見えた」
海馬が指摘すると、遊戯は急に胸元をおさえて、瞬時に顔を赤くさせた。
異様な変化に海馬は訝しがった。
「何だ……どうした?」
「いや、その……ああ、ちょっと、な。怪我と言えば怪我か……」
珍しく歯切れの悪い言い方をして、遊戯は語気を弱めた。海馬は反対を向いている遊戯の膝を強引に自分の方へ戻した。
「そうか、なら見せてみろ」
「なっ……!?」
「何を驚いている。手当をしてやると言っているんだ。別にやましいことはせんぞ」
シャツの裾を捲ろうとすると、遊戯は腕の力を強めて思い切り拒絶する。
「いい、別に平気だぜ。もう治りかけてるんだ!」
「……? うちの新開発の薬を使ってやる。そんな市販の絆創膏なんぞ、使わんでもすぐ治る」
あまりにも抵抗するので、海馬はむきになって、ソファーの上に遊戯を押し倒してしまった。
「だ……ッ、うわっ、いいっ、いらない……ッ!」
力任せに遊戯の身を押さえ付け、脱がしにくいシャツを胸元まで捲り上げた。
「……ん?」
「……くっ」
頬から目元までを赤くさせた遊戯が顔を逸らしていた。海馬の目前には、日焼けとは縁遠い生白い肌がある。
白い肌とは対極のふたつある筈の色味がなく、それらを隠すように肌色の絆創膏が貼られている。
「なんだ、これは……貴様、怪我では無いのか……?」
「だからっ、いらないって言っているだろ、離しやがれ!」
遊戯は海馬の下で暴れた。無理やりに押さえられた腕を抜いて、シャツを元に戻そうとした。
「あっ!」
「赤くなっている」
「ば……っ、やめろ! 剥がすな!」
海馬は、遊戯の拳など物ともせず、長い指先を器用に使い、ぺりぺりと絆創膏の端を剥がし始めた。
「うぐ……っ」
繊細な肌は、ひどく敏感で遊戯は身を硬くさせてしまった。
ひりつくような痒みがその箇所にやってくる。
「安物はダメだな。肌を荒れさせる……」
ぴりり、と剥がされていく。粘着力が強い絆創膏は、遊戯の産毛を攫っていく。その痛みと痒みで腰がひくつく。
「うう……」
乳輪が見えた。赤く染まったそこは、しっかりと存在を主張していて、ガーゼに守られていた。
海馬は優しい手つきで残りの絆創膏を剥がす。遊戯は目の前で真剣に取り組む海馬の目を、怯えながら見つめていた。
「イッ……!」
痛い、と言いそうになり、遊戯は口を噤む。海馬は一気に絆創膏を剥がしていた。
「血は出ていないようだが」
「くっ、じろじろ見るんじゃないぜ……」
息が上がってしまった。露出した乳首を片手で隠して、遊戯は半身を起す。
「もう片方も取ってやろう」
「いい! 自分で……やるから!」
「そうか?」
こうなってしまった以上は仕方なかった。遊戯は渋々ともう片方の胸に貼ってある絆創膏を剥がした。服の中で簡単に剥がれてしまわないようにと、しっかり貼り付けてきたのが仇になった。
「ン……ッ」
過敏な器官は、欲しくもない感覚を与えてくるものだった。
横を向いて、自らの胸の絆創膏を剥がしている遊戯を、海馬は黙りこくって眺めている。こんな時に話しかけて貰っても困るが、だからと言って無言で見つめられても不愉快なものだ。
「うう……」
ぷくりとした乳頭部分が出ると、遊戯は手で覆った。女性のように、その部分を隠してしまう。男なら出しても恥ずかしいものではない筈だった。
だが、海馬に見られるのは、どうしても許せなかった。
「痛むのか? それとも」
「あ……っ」
海馬は、人差し指で確かめるようにして肌の上を滑らせた。
「痒いんじゃないか?」
遊戯は首を振ったのだが、海馬は何故か完全に決めつけている。
油断しきっていた遊戯の腕から、服が簡単に脱がされてしまった。上半身を守るものはなくなり、ひとつの棚に向かって歩き出した海馬の背を茫然として見送った。
戻ってきた海馬の手には白い箱があった。テーブルの上に置き、海馬は中からひとつの容器を取り出した。
「この薬箱には大体が我が社製の物が入っているが、専門分野ではないから、これには敵わんな」
「……ムヒ!」
海馬が手にしていたのは、株式会社池田模範堂が販売しているかゆみ止め外用剤、ムヒであった。手のひらにおさまるサイズで、白い丸みを帯びたフォルムは、定番商品の液体型だ。
「これを塗ってやろう」
「……え……ッ、いや、いらないぜ! オレは痒いなんて一言も言ってない……」
「赤くなっているのがその証拠だ。貴様はオレに反発しているだけなんだろう」
「ちが……ッ、うわあ!」
逃げようとすると、海馬は遊戯の肩を押して、ソファーの上に転がした。
そして、片膝で片腕を止めた。海馬はやけに楽しげに笑みを浮かべている。
「クク……じっとしていろ、遊戯」
片手でキャップを外すと、床に落とした。そして、塗布面部を遊戯の肌にすりつける。
「……ッ」
思わず目を強く瞑ってしまった。ひやりとした感触が肌の上を通る。海馬は焦らすように、胸の真ん中に薬を塗りつけた。
「んぅ……」
メントール特有のすうっとした匂いと、冷たさがある。
「や……っ、いい、要らないと、言って……」
「すぐに良くなる……」
海馬は塗布面を遊戯の肌につけたまま、右に動かしていく。乳輪のきわに薬がついた。
「く……っ」
遊戯はひりひりとした痛みと疼きを、そこに覚えていた。
恐ろしさと期待で、胸が反った。
「フ……ッ」
海馬はやけに興奮をしていて、目を光らせている。ほんの少し指が角度を変えればいいだけだ。その瞬間を待ちわびる。互いに息を呑んだ。
「っ……ッう……ン……ッ!」
硬く尖った頂に、海馬は薬をつけた。
じん……とした感覚が、その一点に集まり、遊戯は鼻から息を漏らした。
「ふ……ッう……ン……ぅ」
その恍惚とした表情に海馬の目は奪われた。
決闘の時にも見せるような満ち足りた笑みとは、また違う。もうひとつの遊戯の顔。
――こいつは、こんな表情もするのか、と海馬は瞬きを忘れて見入った。
――もっと、見せろ。海馬は求めた。
柔らかなタッチで行っていた塗布を、海馬はその凶暴な衝動に駆られて、思い切り強く指に力を入れて押した。
「あ……くっ……う!!」
尖った先を押し潰すように、海馬は塗布面をグリグリと擦りつけてやった。
「どうだ、遊戯……? 答えろ、どうなんだ」
「ひ……ッくぅ……」
強く押された塗布面からは、液体がびしゃびしゃと漏れ、遊戯の乳首は薬にまみれ濡れた。
零れ落ちる液体が平らな胸から流れて、ソファーに垂れていった。
塗られた箇所から、冷たくなっていく感覚がするのに、乳首だけはじんじんと熱くなるばかりだった。
「はあ……あ、熱い……ッ」
「熱い、だと? おかしい。そんな成分は入っていないはずだが」
「う……ンん……ッ」
赤みは治まるどころか、更に増している。悪化しているようにしか見えない。
「どれ……」
薬をソファーに置き、海馬は中指と人差し指で、遊戯の乳首を摘まみ上げた。
「あっ……ッ!」
「確かに熱いな」
熱を持った敏感な部分を、海馬の冷たい指先が細やかに動いてくにくにと捏ね繰り回す。
「あ……ッ、あっ……ううっ」
遊戯は堪えきれないと言いたげに、かぶりを振り乱した。
痛い、痒い、熱い。いやだ、逃げたい。欲しい。もっと。
まともな思考を放り出して、遊戯は欲望の単語だけを浮かべる。
「かい……ッ、海馬……ッ、海馬……ァッ!」
叫びに近い嘆きで、名を呼び、遊戯は哀願する。
「……こっちも……して、くれよ……」
身体を傾けて、弄られていない方の乳首を差し出した。紅潮した頬には、汗の粒が流れた。
「ああ、たんと塗ってやる……。貴様が、もう嫌だと泣き叫ぶくらいにな……」
海馬は、膝で押さえつけていた遊戯の腕を外して、薬を拾い上げた。
そして、また遊戯の肌に、あの冷たさと熱さが落ちてくる。


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