スロウファンタジー
「遊戯」振り返ってみて、遊戯は納得しかけた。そしてすぐに後悔をしたのだった。
「何だよ……海馬」
男は明らかに悪い顔色をしていて、足元がややふらついている。疲労困憊とはまさにこのような状態を示すのだろう。大概、こんな時の海馬の行動はイカれている。
「出せ」
「嫌だぜ」
「問答無用だ」
「ここは外なんだってこと、分かってて言ってるのか」
往来であった。ここは学校からの帰り道で、今は周囲に人はいないが、すぐそこの曲がり角を行けば同じように帰宅途中の学生がいるだろう。賑やかな話し声だってすぐそばに聞こえている。
「関係ない」
「オレにはある」
「いいから出せ。どうなっても知らんぞ」
「それはこっちの台詞だ。立場ってもんを弁えろよ。困るのは海馬だろう?」
主語が無くても通じ合っているのは、こんなやりとりが既に数回は繰り返されているからだ。
「ならば外でなければ、構わないと言うのだな?」
「勝手に解釈するのはやめろよ」
行間を読み取って、海馬は遊戯を捕えようとする。相変わらず、力づくで何でも押し通そうとするのが海馬の悪癖であった。そこが海馬の短所であり、稀に長所でもあった。
眼は血走り、僅かに息が荒い。興奮した獣というのは、下手に抵抗をすると余計に暴れるのが自然の法則だ。遊戯は諦め半分に腕を引いた。
「どこ行くんだ」
「黙ってついて来い」
二の腕の上部を持たれて、引っ張られるようにして歩かされた。海馬は来た道を戻っていく。そこには素朴な住宅街に不釣り合いな高級車が駐車していた。一目で海馬の所有物だと分かった。
後部座席の扉を開き、海馬は押しこむようにして遊戯を中に入れた。外から見るより内部は広い。シートはさぞ座り心地も良いのだろうな、と四つん這いになった手と膝の感触で確かめる。
続けて、海馬が乗り込み扉を閉めた。窓はスモークガラスで、外からは内部は見えないようになっている。だからといって、こんなことをして言い訳がない。昼間の通りの中にある車だ。誰が気づいてもおかしくない。
「うぐっ」
予想通り、海馬はすぐに遊戯の上に乗りかかってきた。容赦なく体重を預けられると、小柄な体格の遊戯の腕は震えた。座席の革が沈む。
「あのなぁ、海馬」
振り返ろうとする首を、片手が制止して前を向かされる。首元から指は降りていき、スムーズな動きでシャツの第二ボタンが外される。
「黙れ」
慣れた動きでボタンは外され、三つ、四つと進んでいき、簡単にシャツの前は肌蹴てしまった。指の腹が生肌の上をなぞっては、舐める動きで這っていく。
「海馬、重いぜ」
二人分の体重を支える腕と膝の関節が痛み出してきた。遊戯が告げると、海馬は手の動きを止めて、易々と体を反転させた。仰向けに寝かせられた遊戯は、自分を見下ろしている男の顔を眺めた。
睨み付けるほど憎くもないが、眉間に多少の皺は寄る。文句を言うまでも無いのだが、黙ったままなのも釈然としない。
「オレだけなんて、フェアじゃないぜ」
遊戯は手を伸ばすと、海馬の着ているトップスの胸のあたりを引っ張った。一体何の素材で出来ているのかは不明だが、よく伸びる生地らしい。
「お前も出せよ」
両手を広げ、遊戯は海馬の胸元を触った。海馬は不愉快そうに頬下の筋肉をひくつかせ、やや口角を下げて舌打ちした。
「こんなことをして貴様に何の得があると言うんだ」
「それはそっくりそのまま海馬に返すぜ」
渋々といった態度で海馬は体にフィットしている服の裾を上げていった。普段このようにして目の前で脱衣するのを、ほとんど見ることが無い。気が付けばいつの間にか脱いでいるからだ。そして脱がさせていて、何が何だか分からぬうちに行為は終えられいる。そして、海馬はすぐに着替えを済ましているのだった。
つなぎ目が分からないようなトップスは、ベルトの境目に手をかけられると、すぐに肌が現れた。鍛えられている腹周りが露出し、細長い形の臍が遊戯の前にある。臍の周りにはよく見ると、産毛よりも濃い体毛が生えており、それは下腹へと続いている。白い肌をしているからか、体毛の色合いの違いがすぐに見分けられる。それに悪戯したくなる気持ちを抑え込み、遊戯は海馬の次の動きを見守った。
衣擦れの音が車内に響く。それは互いの扇情心を刺激し合うものだった。目的の箇所までもう少しだ。筋肉の発達によりやや突き出ている胸筋のラインが見え隠れする。
「へえ……」
遊戯は寝転びながら海馬のストリップショーに見入っていた。自分の耳にも届くくらいに心音が脈立ち、興奮を伝えている。下半身が疼いた。意識せずとも足を擦り合わせたくなる。
「いやらしい顔だな、遊戯」
「もったいぶらずに続けろよ」
遊戯の思惑に気が付いたのか、海馬は寸前で手を止めた。海馬は遊戯の顔の横に両手をつき、囲っている。ぴったりとしたトップスは、ずれることなく海馬の胸下で止まってしまっている。あともう少しで見えるのに、そのあと少しがもどかしい。
「先に貴様のを頂いてからだ」
開いた襟元に唇を落とすと、海馬はシャツを左右に割った。海馬の体を視姦して、興奮気味だった遊戯の身体は微熱を帯びていた。
平たい胸に、尖りが色づいて膨らんでいる。海馬の息がかかると、更に充血が増した。
「ん……っ」
じゅる、と涎れを含んだ水音を立てながら、海馬は遠慮なく遊戯の乳首を貪った。歯を唇の粘膜で守りながら噛み、吸い上げる。
「く……ぅっ」
もう片方の乳首は、中指を人差し指に挟まれて、きゅうきゅうと摘ままれていた。むず痒さがたまらなくて、遊戯は身を捩った。どこかに掴まりたいが、シートは革張りで爪を立てるしかない。
「傷むだろう」
かりかりとレザーを引っ掻いていると、海馬は自らの背に遊戯の手を誘導させた。抱きつくような形になってしまい、恥ずかしい体勢になる。止めたいけれど、海馬の背に掴まることで、身体の不安定感は解消された。
「あ……っ、う、こんな時まで、く、車の……っ心配……かよ」
喘ぎながらも遊戯は憎まれ口を叩いてやったつもりだったが、海馬は胸を舐めながら目線を上げる。
そして、乳首に舌を伸ばしつつ、否定した。
「車なんぞどうでもいい。貴様の爪が傷むと言ったんだ」
言われると、どんな顔を見せたものかと遊戯は悩み、口を噤んで首を傾けた。どうせ相手は自分の胸元に夢中になっていて、人の顔色などいちいち気に留めないだろう。だったら、赤面しようが汗をかこうが、構いはしないのだ。
「あ……ぁッ」
乳輪と肌の境界線に吸い付き、海馬は痕のようなものを残す。几帳面にも、両箇所の内側と外側につけていく。腫れたように膨らみが増して、色が強くなった。遊戯は掻き毟りたい衝動にかられ、首を振った。
「うう……っ、んん」
掻く代わりに、海馬の頭を抱き、更に胸元に押し付けるように寄せた。
「ん……」
急に抱かれた海馬は、始めは驚いたのだが、それが催促と知ってからは密かに笑み、更に意地悪く舐めまわした。限界まで硬くなった乳首をくにくにと転がしてやると、遊戯は身の下で足をばたつかせる。
靴を履いたままの爪先が開いたり閉じたりを繰り返している。目を開けると、宙にぽかんと浮いた自分の足が遊戯の前にあった。海馬の背が揺れると、遊戯の足もぷらぷらと上下に動いた。
「はあ……はあ……っ」
べろべろと舐めまわされ尽くすと、海馬は乱れた髪のままで頭を上げた。やけに満足そうに汗をかいていて、頬は上気している。
「さあ、続きをしてみせようか」
身体を上げると、遊戯に跨ったままの海馬は、中途半端に上げられていた服に手をかけた。ぼやけた視界に、海馬の裸体が広がる。
両手をかけ、くっと脇の下までに裾が上がった。くっきりと浮かぶ谷間の線と、その両横に形のよい乳首が並ぶ。刺激を受け慣れていなそうな、円らなものだった。色合いは薄く、至って男性的なものだ。日常的に海馬に甚振られている遊戯のものとは全く違っている。それを、遊戯は何故か狡いと感じた。
「オレの身体が見たかったのだろう……どうだ?」
「自信がある、って顔してるな。確かに褒めてやりたくなるぜ」
指先で腹下から、肋骨へと辿っていく。胸が上下していて、呼吸のリズムを感じられた。
「かたい」
手のひら全体で肌の表面を知れば、しっかりとした感触がある。率直な感想を述べて、遊戯は視線を合わせる。
「ふ……」
海馬は溶けたような目つきをしていて、遊戯は不覚にも欲情した。反射的に唾を飲み込む。足を閉じようにも開かされた股の間には、海馬の身がある。
「貴様が触れたいのは、もっと……上だろう?」
薄い唇が艶めかしく動き、低い声が送り込まれると、遊戯は酔った。赤くなった頬はますます火を点されて、肌は痛む。
「ほら」
持たれた指が望んだ場所へと誘われていく。ふにりとした感触があった。いつも海馬がしてくるように遊戯も真似て、その円らな器官を弄ってみる。
「くく……」
おずおずと触れてくる遊戯の稚戯に、海馬は喉で嗤った。馬鹿にされていると悟った遊戯は、両手でふたつのものを摩り、摘まんだ。
「下手だな」
「……したことないんだから、仕方ないだろ。何も感じないのかよ」
指でつまんでみれば、芯のある硬さがあるのだが海馬は動じない。されるのと、するのとでは勝手が随分違うようだ。
「いいや、そんなことは無い。案外……悪くないな」
口の端を上げて、やらしげに笑みを作ってみせる。下手なのだときっぱり言う割には、不快そうな気配はない。むしろ、海馬はどことなく嬉しそうだ。
「貴様も口で愛撫してみせろ」
「……う……、うん」
気怠い半身を持ち上げて言われるがままに、遊戯は海馬の胸元にキスをしてみた。ちゅっと、リップ音が立つ。自分がしているのだと実感すると、鼓動が速まった。
肌に吸い付きながら、胸の皮膚を唇で撫でて、それから舌を少し出して、乳首の天辺に触れてみた。
味は無い。ただ、じんじんとした感覚が全身に広がった。
「はあ……っ」
「何をそんなに悦んでいるんだ。ん? なあ、遊戯ぃ」
「オレ……変、だ……。こんなの、こんな……こと……っ」
「触れたいのか、触れられたいのか。どちらか選べ」
海馬の胸にすがりつきながら、遊戯は首を振った。選べない。触れていたいし、触れられていたかった。
「オレもするから……っ、海馬もしろよ……ッ!」
「欲張りだな。だが、それでこそ貴様らしいと言えよう」
無意識に押さえ込んでいた遊戯の下半身を海馬は乱暴に剥いていく。じんわりと濡れそぼった性器の匂いが狭い車内にこもった。その恥ずかしい匂いで、海馬もまた発情してしまうのだった。
「時間は無い。あまり手をかけてやれないのが残念だな」
それでもいい、と答える代わりに遊戯は首を上げて催促した。薄く開けた唇に海馬の唇が重ねられ、口づけをしたままで、ふたりはお互いの服を脱がせ合った。
急く手が、時折ぶつかり合う。そして、汗にまみれた肌は互いに吸い付くようにして、交わったのだった。
終