劇団JOJO 3

「開幕宣言」


 外は雨が降っていた。
 インタビューが終わり、予定通りにディオは事務所に一旦帰ることにする。
 歩くのは億劫だったが、大した距離でもなく、タクシーを呼ぶかどうか迷ってた時だった。
「なに、傘持ってないの、ディオさん。」
「…………。」
 後ろから声が頭の上に降ってくる。
 ジョナサンは、人懐っこい笑顔で折りたたみ傘をカバンから取り出していた。
「お兄さんが入れてあげようか?」
「結構です。」
「あ、ちょ、今の言い方は嘘うそ、待って待って。」
 悪戯っぽい少しいやらしい笑顔が、ころっと変わって慌てふためく。
 ディオは笑ってしまいそうになる頬をぐっと堪えながら下を向いた。
 そしていきなり背負っていたリュックが一気に重たくなって、引っ張っているな、とディオは思う。
「重い!」
「だって、こうでもしないと君行っちゃうから。…ほら。」
 振り向けば、ジョナサンは何年使ってるんだと言いたくなるような傘を掲げてディオを見下ろしている。
「……あのさ、別にいらない。もうタクシー呼ぶから。」
「生意気なやつだな、君は。少しは歩けよ。」
 ジョナサンは力任せに手でリュックを押し、外へ出そうとしている。
「……雨降ってるし。」
「いいじゃあないか、恵みの雨。なんか言ってたろ、ニュースで水不足だって。」
「濡れるの嫌いなんだ。」
「事務所すぐそこだろ、行く場所同じなんだから、ほらほら。」
「う……うう。」
 渋々ディオは手にしていた携帯電話をジーンズのポケットに仕舞いこんだのだった。

 行き交う車が水しぶきを上げて走り去っていく。
 小雨になっていたと言っても、地面は歩きづらくて、服や荷物が濡れるのが嫌だとディオは思っている。
が、どうしてもこの少年に押し切られるとNOと言いづらい。
「はぁ、何が楽しくて男と相合傘なんかしてるんだ。」
「それこっちの台詞だ。」
「君が入れって言うからだろ!」
「そうだった、ハハハ。」
「あーもう、調子狂うな…。」
 人を振り回すタイプの人間がいるとしたら、丸い目に、大きい口、ころころと変わる表情、多分こういう顔をしている。
 ディオはジョナサンの顔を見て、またため息をついた。

「ディオ、最近学校行った?」
「ん……まあ。」
「行ってないなー?」
 図星だった。恐らく最後に行ったのは、春の終わり…、もう数ヶ月も前だった。
 いくら仕事とは言え、十四才の本業は学生である身。行っていないということを偉そうに言える身分ではない。
「関係ないだろ。」
「そんな可愛くない言い方すると、もう勉強教えてやらないよ。」
「…………。」
 見なくてもジョナサンが、皮肉っぽく笑っている顔をしているのだとディオは分かった。
 この少年は基本的に意地悪である。誰にでも、という訳ではないが、特にディオにはこうして小さなからかいをよく行っている。
「数学と科学が苦手なんだろ。このままじゃ卒業させて貰えないかも?」
「う、うう、…。」
「なんてな。卒業は出来るだろ、普通に考えて。」
 笑い飛ばしたあと、肩をパンと叩かれる。
 ディオはこのジョナサンの無神経っぽい物言いや仕草が、本当に嫌いだった。
 本当に、本当に嫌い『だった』のだ。

 ディオは唇を噛み締めた、どうしてそんなことをしたのか自分でも分からなかった。
 何か言葉を遮りたかったのか、それとも、自分は笑いそうなのかと疑問に思った。
「ディオってさ、なんかどんどん役柄に近くなってるよな。」
「ぼくは憑依型なんだってさ。口調とか性格もそうなっちゃうんだよ。」
「ふーん、すごいな……。」
 演じる役柄は、いつもそうだ。自分の中に生きている。声も、顔も、指先のひとつひとつでさえ、変わる。
 物語が幕を閉じれば、憑き物が落ちたように魂は消えるのに。
 きっとまだ、この物語は終わらないから、ずっと自分の中に居て、それで少しおかしいのかもしれない。ジョウチョ・フアンテイと言うやつだ。
「きみは…、あまり変わらないな。」
「あ、そう?」
「まぁ、だから選ばれたんだろ。」
「そう? へへへ。」
「演技する必要なさそうだからな。」
 大袈裟な動きでがくっと、ジョナサンが肩を落とす。
 わざとらしいとディオは鼻で笑った。
「あのね……、ぼくこれでも演じてるんですよ、ディオさん。」
「そのディオ”さん”ってやめろよ。」
「いやあ、先輩だもの、この業界のさ。」
「……皮肉っぽい……。」
 ディオは横目で、ジョナサンを見た。
 反対側の肩が随分濡れている。
 きっとこの傘が小さいからだと思ったあと、自分の両肩は濡れていないことに気づいてディオは複雑な心境になってしまった。
 眉を顰めて、シワを深くするディオに、またいつものようにジョナサンは軽口を叩いてくる。
「うわーブサイク!」この世で、ディオにそんなことを言えるのはこの少年だけなのだろう。

 いつもと変わらなかった。
 ディオはいつも通りにからかわれては、怒ったりする。
 ジョナサンはいつも通りにおちょくったり笑ったりしている。
 他愛のないやりとりだった。他意など無かった。
「あのさ、あの…」
「なに。」
 勘のいいディオは、すぐに察した。
 今、真面目なことを考えているのだと。直感だった。
 ジョナサンは、ずっと先を見据えている。
「まだ……こんなこと言うのは、ぼくは多分、不釣り合いだと思うんだけど。」
「なんだよ、まどろっこしい。」
 ディオは、幾分か離れてしまった背を悔しく思いつつ見上げた。
「いつか君と……、対等な立場で、また共演したい。」
「ぼくと、君が?」
「今は同じ場所にいても、全然力の差もある。対等じゃあない。」
「ふーん……。」
「だから、それが、ぼくの夢だ。」
 言って満足したのか、ジョナサンは少しだけ深呼吸をして、やっとディオの顔を見た。
 少年は、子犬のような眼で純粋な笑顔を向けていた。
 つられてディオは笑ったが、上手く笑顔になれていたのかどうか、何故か分からなかった。

 事務所のビルに着く頃、雨は上がりはじめていた。
 随分と長かった気もしたが、あっという間だった気もする。たかが10数分の距離なのだった。
「じゃ、ぼくはここで。」
「うん。」
「またね。」
「ああ。」
 エレベーターの前で別れると、ジョナサンはすたすたと長い廊下に消えていった。
 なんの感傷もない、あっさりしている。当たり前だった。全然普通、それが日常の別れだった。

「来れるものなら、追いついてみろよ…。」
 今はまだ頼りない背中に向けて、言葉の弾丸を打ち込む。
 そうだ、これは宣誓布告だ。




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