その後の二人のやりとり

 後日、ディオは部活の際の走り込みを増やし、元々駿足の持ち主であった彼は自身のプレイスタイルを確立させた。
 食事の量こそ変わらなかったが、消費するカロリーが増えたおかげで、見る間に身体は引き締まり、余分な肉は落とされていった。
 つまり異様な膨らみであった「おっぱい」も、はみ出る尻の肉も無くなってしまったのだ。
 ディオはそら見たことか! と自慢げにラガーシャツを脱いで、裸体をジョナサンの前に晒して笑っていた。ジョナサンはしばらくぶりに見せつけられたディオの素肌を上から下へと、視線をくまなく送った。
 確かに、体はすらりとして、以前よりスマートになっている。上半身はかなり絞ったのだろう、ジョナサンから見れば痩せ過ぎなくらいだ。女性たちが羨みそうな腰周りは、男には無いウエストのくびれがあった。
 しかし、替わりに鍛えられた下半身が目立つようになっていた。
 ハーフパンツとソックスの合間にある傷だらけの膝や、筋肉量が増えて太くなった腿は、ぱつんぱつんになってウェアに包まれていた。
 針でつけば、肉が弾けてしまいそうに張っている。ジョナサンを含め、筋肉だるまのラグビー部の連中とは異なった肉質なのだろう。
 一言、ジョナサンが頭に浮かべたのは「美味しそう」と言う、おおよそ青年男子に向けられるものではない賛辞だった。
 ジョナサンはその腿の間に、手を突っ込んでみたくなった。
「ひッ!」
 好奇心の芽生えと行動は、ほぼ同時だった。
 差し入れられた手に驚き、ディオは身を竦めた。声が高い、とジョナサンは少しだけ辺りに気を配った。ここは校内だ。神聖な場にはあまりにも似合わないあでやかな声だった。
「感度は変わらないね。」
「な、なに……っ、う」
 内腿に指がばらばらに動き、這う。
 反射的にディオは腿を閉めてしまった。肉に挟まれたジョナサンの指や手が、ディオの体温を味わう。
 膝を曲げて、ディオはジョナサンの肩に手を置き自らの身体を支えた。ジョナサンの座っているベンチが重みで、ぎいと音をたてる。
「だって、あれからずっとぼくに触らせてくれないから、……我慢できなくて」
「……くっ……う」
 あれからひと月だ。30日ばかり。あの日から数えて、737時間ぶりくらいだろうか。
 あんな夜を過ごしておきながら、ずっと御預けをくらっていたジョナサンの目の前で霰もなく肌を見せつけるディオは悪質である、とジョナサンは訴えたい。だから別に、足の隙間ぐらいに手を突っ込んでみてもいいじゃあないかと思うのだ。
「ぼ、ぼくは……もう……」
「もう?」
「痩せただろ!」
「ええッ?」
「女の代わりにしてたんだろうが!!」
 この胸と尻とで、とディオは続けた。数秒、ジョナサンは呆気に取られてから、からからと笑った。
「ハハハハッ! 参った……参ったよ」
「何を笑うか、このッ!」
 未だにディオの足に挟まっているジョナサンの手を抓り上げてから、引っこ抜いた。ディオは憤慨している。ジョナサンは涙が滲む片目を拭いつつ息を整えた。
「するわけないだろう?」
「きさま、何を今更!」
「いや、言ったかもしれない、……うん、言った、言ったよ。それに、」
 ジョナサンは眼前の腰を抱き寄せた。バランスを崩したディオはベンチに膝をつき、そのままジョナサンの足の上に座り込む形になってしまった。
「ディオのおっぱいもお尻もすごく素敵だったのは事実だけど、」
 強めに腕を背に回し、ジョナサンはディオの胸に頬を寄せた。興奮させてしまったから、随分と鼓動は早いようだ。
「痩せたからとか、太っているとか、女の子のかわりとか、そうじゃあないんだけどなァ。」
「じゃあ何だって言うんだ、……離せッ。」
「ああ……、そうか、うん……いや離さない。」
「おまえ、何ひとりで納得してる。いいから、離せ!」
「断る、久しぶりなんだ、もう少しこうさせておくれよ。」
 脈拍はそのスピードを加速させる。胸にあてる耳からも、心臓はどくどくと鳴っているのが伝わった。胸の皮膚が、鼓動の激しさで揺れていた。
「んっ」
「あ。」
 くに、とジョナサンは耳に硬くなりかけている乳首があたるのが分かった。いくら痩せようとも、鍛えようともそこだけは変えられない。
 通常時のそこは、若干人と比べて大きめなくらいで、気にするのはジョナサンくらいだ。問題なのは、興奮して勃起させると大袈裟にぷくっと膨らんで赤く充血してしまうのだ。見ている方が目を逸らしてしまいたくなる程、痛々しくて、いかがわしい。
「見るな!」
 ジョナサンの目をディオは手で覆った。手の平は汗ばんでいた。この手の向こう側にあるディオの表情をジョナサンは想像する。いつものように怒った目つき、眉はつり上がって眉間に少し皺が寄っていて、唇は噛み締めて少しだけ前歯が見えるのだろう。
「嫌だな。見たいよ、ディオのお……っんぐ」
 わざとらしく胸板を「おっぱい」と言えば、ディオは辱められている気分になって、異様に腹を立てた。目だけでなく、口元も塞がれて、ジョナサンは大人しくするしかなかった。
 男らしくあることで、尊厳と誇りを守ろうとしているのに、女扱いの愚弄や、言葉での嬲りには、ディオは怒りを隠しきれない。荒い鼻息がジョナサンの頭頂部の髪を動かす。
 しかしジョナサンにはちっとも、そんな気が無い。しかし悪意がないからディオはその無意識の悪意を恐れるのだった。
「黙れ、……何がしたいんだおまえはッ」
 「お」の続きを止めたかっただけだったので、案外早くディオは手を外した。
「じゃあ、言ったら許してくれる?」
「内容によっては殺す」
「はは、そうか、……じゃあ、そうだな……」
 密着させていた肌を少し離して、覆われている手をジョナサンは撫でた。見るなとディオは言ったので、無理に手を剥がそうとはしなかった。
「ぼくともう一度賭けをしようよ。」
「……賭けだと?」
「そう」
「何を賭けるんだ。」
「勿論、自分自身さ。」
 カードゲームを始めたときと同じやりとりだった。ジョナサンはあのときのディオの言葉を真似た。
「でも今度は、肉体労働じゃあないよ。」
「……なんだ。」
 ディオの警戒心が高まっているのが、ジョナサンは体を通して理解できた。
「心だ。」
「こころ?」
「そう、負けた方が心をあげるんだ。ぼくの言いたいこと、分かるかい?」
「ふん、服従しろってことか? いい気になりやがって、勝負(ゲーム)でぼくに勝てるとでも思ってるのか、ジョジョ。」
「ちょっと、違うかなあ。服従……似ているかもしれないけどね。」
「さっきから、おまえのその含みのある言い方が気に食わないな、はっきり言えよ。」
 覆っていた手を移動させて、ディオはジョナサンの耳を引っ張った。ジョナサンの膝の上にすっかり腰を落ち着けたディオは、ふんぞり返って跨っている。
 彼に対して欲情の出来るジョナサンにとっては、非常に危うい体勢であったが、ここで気分を昂ぶらせてディオを逃がしてはならない。
「負けた方は、勝った方に、心をあげるんだ。」
「ふうん。それってつまり、言いなりに出来るってことかい、そりゃあ面白い。」
 ディオはジョナサンの耳たぶに爪を立てて、やわく刺す。にやにやと笑っていた。
「勝負の方法はさ……、ディオ……、」
 ジョナサンはディオの頭を下げさせて、黒子の並んだ耳に唇を近づけた。
 耳の穴に息を吹き込むようにジョナサンは小さく告げた。
 途端、ディオは青くなって、その後真っ赤になって、ジョナサンの頬を打ち膝の上で暴れた。
「ばっ、……馬鹿か、君はッ! 離せッ! 帰る! 離せったらッ!!」
「帰っても一緒の家じゃあないか。」
「そんな勝負するものか! ふざけやがって!」
「自信ないのかい? ぼくを倒す力が無いって言っているようなものだ。」
「……ッ! そんな趣味なんか無いって言ってるんだ! 気色悪い! 触るんじゃあないっ!」
「男として、ぼくを負かせてみればいいじゃあないか、そうしたら、ぼくはもう君の言いなりになるわけだし。悪い話じゃあないだろう? 君が勝負に負けたことなんて一度も無いんだから。」
「そんなもん、勝負になるか!」
「……だから、試してみようよ。」
「しない!」
 ベンチは二人分の重量で支えから不安定な音を立てっぱなしだ。ジョナサンの膝のぎりぎりのところに尻を置き、暴れる足はジョナサンの肩や腹を何度も攻撃してくる。
「やれやれだ……」
 しっかと、両手でディオの頬を挟んで持つ。赤い顔は、驚いて見開く目をしていた。
「そんなにいじわるされたいんだ?」
「ジョ……ッ! うっ」
 名前を呼ぶ口の形は小さく丸く開いていて、その隙間をジョナサンは唇で摘む。
 呼吸が強制的に止められて、ディオは行き場の失った拳はジョナサンのラガーシャツを掴むことにした。
「ディオ……、ねえ、しようよ。」
 赤い肌は、色と違わぬ温度だった。
 耐え切れずにディオは目をぎゅっと瞑って、ジョナサンの低い声から逃れるように首を振った。それでもやはり、ディオは、膝から降りようとしないのが、ジョナサンには不思議だった。
「い、一度だけ、だからな。……勘違いするなよ! これは、勝負(ゲーム)であって、ぼくはおまえなんかと、したいなんて思ってなんかいないからな!」
「ああ。」
 負けず嫌いな金色の目が、ジョナサンを射抜く。
 ディオはその負けん気の勢いで、今度は自分からジョナサンの唇を奪った。

 この賭けは、ジョナサンが勝っても負けても、いいように仕組まれている。イカサマだとディオは憤るかもしれない。
 勝負の行方はどちらにせよ、ジョナサンは今夜、ディオに告白しようと決めていた。
 ジョナサンはもうすっかりディオには敵わないからだ。
 恋のルールブックにはこう書かれている。

 “先に落ちたものが負け。”



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