月海夜 16

「んッ……、ふっ、ん、……」
 角度を変えて口づけながら、ディオはジョナサンの上着を脱がせ、下のシャツをたくし上げた。
 ネクタイを解き、ボタンを外して、肩からシャツを落とす。露になったジョナサンの広い胸に手をあてて、肌身を直に触れ、ディオはぬくもりを実感した。
 ゆったりとした裾の長いディオの服は、滑らかな感触の白い布で出来ており、ジョナサンが軽く胸のあたりを引くと、するりとはだけた。
 抱き合えば、しこった乳首がジョナサンのかたい胸板にあたる。
「ん……、んふ……っ」
 くねるディオの背筋を引き寄せて、ジョナサンは素肌を密着させて、かたくなりつつある乳首を押し潰してやった。抱きしめる腕の力は緩めずに、ジョナサンは片手で腰のあたりにまとわりついているディオの白い服を脱がそうとして引く。
 白い服以外には何一つ身につけておらず、布を剥ぎ取ると半起ちのペニスがジョナサンの腹にぶつかった。
 ディオは唇を離さないで、ジョナサンの下腹部に指を伸ばした。
 濡れた膨らみを撫でて、軽く揉んでやると、変化は面白いくらいにディオの手に取れる。赤子をあやす手つきで、ディオはジョナサン自身の色濃い頭部分を、指の腹で可愛がって撫でてやった。
「ディ……オッ、」
「ふふ、かわいいヤツめ。」
 過敏な状態の弱点をつかれて、思わずジョナサンはディオの髪を引っ張って、キスを中断させた。涙目になってしまったジョナサンを見て、ディオはにまりと笑った。
 伸びた金髪を耳にかけながら、ディオは腰を持ち上げて、尻の下に敷いていた自分の服を取り払った。童話の人魚のように長い足をベッドの上で横に流して、ディオは裸身をジョナサンに見せ付けた。シーツのしわの模様が、海の波に見える。
 出会った頃の少年特有の瑞々しい肌とも、学生時代のラグビーで鍛えた逞しい肉体とも違う。
 吸血鬼の身体は、肌は血管を透けさせる程白く、肉は全ての生き物を惑わせるためにあり、官能的に計算された美しさが完成している。
 健康的ではない魅力だからこそ、こんなにも夜が似合う。淫らな香りがする。かつて、これほどまでに誰かに性的興奮を覚えただろうか。
 幾度も見て、触れて、ディオの全てを自分のものにしても、今宵もジョナサンは初恋の相手を初めて抱く童貞の少年以上に、血が沸き立つのを感じていた。
「ジョジョ、おまえは素直なヤツだよ……、身体も、心もな……」
 夢中になってディオの裸体を視姦しているうちに、いつの間にかジョナサンは完全に勃起していた。
 あまりの自分自身の単純な反応に、急にジョナサンは恥じ入って赤面した。ディオは口元に手をやって、顔を下に向けて腹を震わせていた。均整のとれた腹筋が、上下した。
「わ、笑わなくたっていいじゃあないか!」
「くくく、いや……ふふっ」
 楽しげに笑うディオの顔は、皮肉っぽく意地悪そうな嘲笑とも、人を小馬鹿にして見下している冷笑とも違って、愉快そうな初めて見る表情だった。
 吸血鬼となってからは、余程自分の力に自信があるようで、いつも妖艶な微笑みをジョナサンに向けていた。
 以前は、どこか無理をしているわざとらしい作り笑いばかりをしていたのだと、その笑顔を見てジョナサンは確信した。
 ディオにだって、素直に笑える心があるのだ。この状況は、ジョナサンにとって決して喜ばしいものではなかったが、笑ってくれるなら自分の恥じなど別にどうでもよいか、と思えたのだった。
「そんなにおれの身体が好きか、ジョジョ?」
 長い脚を高く持ち上げて、ディオは引き締まって綺麗なラインを描いているふくらはぎから、太ももの付け根までを自分の指でなぞってみせた。
「見ているだけで、満足してしまうくらいに?」
 足の指をぴんと伸ばして、ディオはジョナサンの眼前に素足を差し出した。手の指とは違い、足の爪は短く切り揃えられている。爪の先は桃色をしていた。
 踵を手に取り、ジョナサンは舌を出してディオの足の親指を舐める。
「ん……、ふっ、」
 指がひくひくと震えて、感じているのをジョナサンに教えてくれる。親指と人差し指の間を舌先で舐め、中指、薬指、小指と順々にキスを落としていく。
「はあ……、あっ」
 支えていた腕が力尽きて、ディオはその場に寝転び、ジョナサンの愛撫に更に意識を集中させていく。
 足の指がジョナサンの唾液で濡れ、涎れが垂れていく。そのまま舌は足裏を舐めまわした。口戯にはいつもの激しさはなく、時折唾液を啜る音がしているだけだった。踵まで舐め終わると、ジョナサンは無言でくるぶし、足首、ふくらはぎと、唇を移動させていった。
「んうぅ、はぁっ……、あっ」
「どこを触ってもイイ声を出すね、ディオ」
 脚を体側に折り曲げさせて、太ももの裏にジョナサンは吸い付いた。
 白く、そばかすもしみも無い皮膚には、簡単にジョナサンの印が浮き上がった。赤い染みはディオの真っ白な体によく似合ったので、ジョナサンは柔らかい腿の肉を吸い、唇の形をした痣をいくつも作ってやった。
「ふ、う、……んっ、んっ」
 両脚を開かせて、どちらの腿にも口付けていく。股の間にあるディオの分身は、もどかしそうにして身を硬くしていた。先端の穴は今にも涙を溢れさせてしまいそうに、可愛らしく悶えている。尻の谷間は閉じていたが、ディオの反応からすれば、奥の窄まりも既に潤い始めているのだろう。
 ディオは片手でシーツを掴んで、もう片方の手は胸のあたりをまさぐっていた。
 雄自身には触れようとせずに、ぐっと堪えているのが目つきから読み取れる。緩い快感で己を焦らして、体の熱をじっくり高めているようだった。
「ディオの胸の……これ、ぼくがこのひと月、毎日吸って、沢山弄ってあげたから」
 意識なく、ディオは突起をこねくっていた。言われてから、ジョナサンの視線に気づいて、ディオは膨らんだ赤い実を自覚した。
「こんなに大きく育って。自分で触っても、気持ちいい?」
 筋肉と程よい加減の脂肪が、ディオの胸を盛り上がらせている。その胸の丘をそっと両手で寄せてやり、ジョナサンはぷっくりとしたディオの乳首をまじまじと見た。
「あ……ッ、くそ……っ」
 たったひと月前まで、ディオの乳首は小さく、普段は肌に埋まっているものだった。
 所が、その変わった形に目をつけたジョナサンは、嫌がるディオをよそに、抱くたびにしつこく愛して可愛がった。気まぐれに優しくしたり、言うことを聞かなければ齧ってやったりして、隠れていた乳首を毎日無理やり起こしてやり、露出させた。
 一日、二日では、埋まった形は治らなかったが、一週間、二週間経つ毎に、次第に膨らみは成長し、色味も増し、そしてひと月経った現在、胸の実は吸い出さなくても自力で勃起するまでとなっていた。
 初めて寝た時に胸で強引に快感を極められたのが、いい記憶では無かったディオは乳首の愛撫を好きになれなかった。
 だが、悦びを刷り込まれた体は、心地よさを求めて指を自然と胸に這わせてしまっていた。
「埋まっていたままでも、それはそれで良かったけど」
「ヒッ、んっ!」
 ジョナサンは、両方の手で同時にふたつの乳首を抓った。ディオは顔をシーツにこすり付けて、痛みと快さを逃がそうと体をくねらせる。
「ぼくが君の体を変えたと思うと……、何だか嬉しいな」
「あうっ! ……んっ」
 親指でぐにりと、両乳首を胸板に押しつぶして、爪先で乳輪を強めに掻いてやった。
 指を離すと、弄られて血色の良くなった乳首は実を丸くして一回り大きくなっていた。
「は、……あっ」
「物足りなさそうな顔……」
 薄らと開いた唇の縁をジョナサンは人差し指の先で辿る。
「……そんな、顔ッ」
 手を払い退けて、ディオは自らの顔を隠した。生え際はしっとりと汗で濡れて、息は否応なしにあがる。
「嘘。もっと弄って、触ってって、顔してる……、前は凄く嫌がっていたのに」
 ジョナサンはディオの体に覆い被さり、横顔の頬に口付ける。ディオは目を閉じて、重ね続けられるキスを静かに受けていた。
「フン、おまえが、したいんだろっ……」
「うん、したいよ……、だって」
 こりこりに起ち上がっている乳首を、ジョナサンは指で弾いた。
「あうっ! ……やっ、あッ!」
「ディオがこんなにイイ顔して、凄くイイ声を出してくれるから、もっとしたくなるよ……、どんな顔してるか君にも見せてあげたいな」
 情事らしくない軽い触れ合いのキスをディオの額に落として、ジョナサンはディオの髪を手で梳いた。少しだけ濡れた髪は冷たく感じられた。
 そして顔中に口付けられていく。ディオはいつもと違ったジョナサンの様子をおかしいと思った。
「変だ、おまえ……。」
 起き上がり、ジョナサンの胸を押して身をどかす。違和感に調子が狂いそうになって、ディオは足を畳んで座った。
「変? ぼくが?」
 繰り返して問い、ジョナサンの手は宙をかいた。行き場のない手を、自分の方に持っていくと、惚けたふりをして頭を掻いた。
「時間が無いんじゃあないのか、いつもはもっと、こう、……」
 キスをして、抱き合って、会話もそこそこに触れ合って、ディオを強請らせる。
 短い夜の時を一秒も無駄にしないような交わりには、焦燥すら感じられていた。ディオは、ジョナサンはいつも急くような、野性的な行いばかりしていると言いたかった。
 ジョナサンにとって、この行為を楽しむ余裕は無かった筈なのだ。
 それなのに、今夜のジョナサンは時間を気にせずに、ゆったりとディオを抱こうとしている。
「夜明け前には帰るんだろう? そんなちんたらしてたら」
「もしかして、ぼくのこと気にしてくれるの? 嬉しいな……」
 シーツの上でこぶしを作っているディオの手をとり、ジョナサンは親愛溢れる口付けを手の甲に施す。
「いいんだ、今日は……。今夜は、のんびりしようよ。」
「分からないな……、んっ……、ジョジョ、おまえ……」
 ディオの問いかけを塞ぐ様にジョナサンは甘い口付けを与えた。唇のあわせを割ろうとすると、ディオは首を振って拒んだ。
「たまにはね……いつもは、君だって急かすだろう? 早くって、……今日はまだ言ってないけど。」
 ディオは納得がいかず、ジョナサンの唇を避けた。困ったようにジョナサンは眉を下げて、穏やかに笑んで、許しを請う。言葉でなく、顔や首や、体の至る所に、リップ音を立てて、体を癒して謝った。
「んっ、ふっ、……、あ、あ、うっ、変……っ、ジョジョ……、」
「変? 変な気持ちってこと?」
 快感を、「変になる」と幼い物言いをしたのかとジョナサンは思い込んで、ずっと放って置いたディオの欲の塊に手を伸ばした。
「ん゛っ、変ッ……変だ、……」
「うん……、大丈夫、ちっとも変じゃあないよ……」
 剥き出しの敏感肌を擦って、一度欲を吐き出させてやろうとジョナサンは本格的に指を動かした。
「あっ、う、ちが、ちがう、ジョ、ジョ……ッ!」
「違わないよ、ディオ……」
 にちにちゅ、と粘った音が手から響いていた。
 過敏なディオの肉は、優しく触れられるだけでも、滴りを洩らしてしまう。そして素早く扱かれると、ディオはうまく話せなくなって、唸るしかなくなった。
「ん゛う、ううっ!」
「我慢しないで、ディオ?」
 殊更優しくジョナサンは、ディオに触れる。慈しむ手や唇、話し方、接する態度に、ディオは不安げに瞳を揺らした。
「……ディオ?」
 顔を覗き込んで、ジョナサンは手を止めた。ディオは腹に力を込めて、出来るだけ感じまいと、堪えていた。
「どうしたの?」
「どうも……こうも……っ、おまえは……ッ!」
 胸板をぐいぐい押して、ジョナサンを起こそうとしている。ディオの望んでいることの意が汲み取れず、ジョナサンは仕方なく起き上がって正面に座りなおした。
「気色の悪い……っ、なんだ、そのやり方は……っ!」
 頬は紅潮しているのに、ディオの形相は不快そのものだった。眉も目も吊り上げていて、いかにも怒っている様子だった。
「ええと、……やり方って、気持ちよくなかった……?」
 ジョナサンは、女に対して特に経験豊富と言うことは無いし、男だってディオ一人としか寝たことがない。
 お世辞にも技巧が優れているとは言えないと自負はしていた。
 それでも、ディオを満足させられていたのだと、このひと月の相手の姿からは読んでいた。しかし何か間違ってしまったのかと、ジョナサンは困惑した。
「何故……、縛らない?」
「え?」
「どうして、痛くしないんだ……、おまえは、そうするのが、……いいんだろう?」
「あ……ああ、そうだけど……。」
 自分の腕を抱きしめて、ディオは苦々しく言う。
 一呼吸おいてから、ジョナサンは小鼻を掻きつつ口を開いた。
「優しくしたいんだ、すごく。」
 自分の発言に顔を赤くさせて、ジョナサンはディオに向き直った。ディオは眉間の渓谷を深めて、腕を組んで無言でジョナサンに眼を飛ばした。
「嫌なら、しないよ!」
 ジョナサンは叱られている時の気分で背筋を正して、そう付け加えた。それでもディオの目の色は変わらなかったので、ジョナサンも言葉に詰まってしまった。
 俯くついでに、ジョナサンはディオの下半身を覗き見た。形を変えてしまったそこはやる気がなさそうだ。
「いつもみたいに、するのがいいのかな。」
 縛ったり、辱めたり、痛めつけるように肌を打つ。そのような激しい交わりが自分らしい抱き方なのかと、ジョナサンは疑問を持った。
 虐待的性交をディオが好み、望んでいるなら、そうすべきかもしれない。
 でもジョナサンの真意は好きな人を傷つけたいなんて思わない。思いたくない。
 怒りに任せて、衝動のままに抱いた攻撃的なやり方を、ジョナサンは自分自身の中に存在している嗜虐性を認められない。
 たとえ認めた所で、楽にはなれない。自分ではない誰かが、自らの肉体が操っている錯覚すらあった。
 ジョナサンがしたいと思う行為ではなかったのだ。暴走する本能を制御出来ないのは、人らしくない。ジョナサンの肉体の器にしている野蛮な生き物に、喘がされるディオに嫉妬すらあった。
 相手の体を征服しているのは、間違いなく自分の肉体であると分かっていても、苛立ちは治まらない。
「ぼくは優しくしたい。でも、君の良いようにもしたいんだ。」
 拒否の意を表す固く組まれた腕を、ジョナサンは気持ちと共にほぐすように触れる。肌に緊張が通り、ディオは小さく声を洩らす。
 解かれた手がシーツの上に落ちて、ジョナサンはディオの頬を手で包んだ。何かを伝えたそうに唇は動く。噛んだりして色づいた下唇を、ジョナサンは親指の腹で軽く押した。
「ディオ?」
 瞼を閉じたディオは、顎を上に向けた。
 前髪を撫で、長い髪を梳きながら後頭部に手を入れる。片方の手は、くの字形になったうなじを支えた。
 閉じた唇同士がくっつく。赤ん坊にしてやるような、ピュアな思いのキスだった。
 散々いやらしいことをしてきた互いの唇が、ふいに清らかで聖なるものに感じた。
 唐突に、純真な少年の精神がジョナサンに帰ってきた。性や欲や、情のなんたるかを知らない、愛だけを胸に持っていた時の気持ちが戻る。
 心臓は次第にどきどきと音を速くさせたので、ジョナサンはディオの顔が今すぐに見たくなった。唇を離して、ぼやけない程の近さで目を開けた。
 笑みはない。妖艶さも色香も、危うさもない。
 替わりに、幼さと恥じらいと、困惑があった。瞳の中の水分量が増している。
 少年から青年へと成長する短い春を、一番近くで過ごしてきたジョナサンだからこそ分かる。
 胸を焦がすまでの恋を、彼はきっと経験していないだろう。
 きっぱり断定は出来なかったけれど、ジョナサンにはそうとしか見えなかったし、この表情を演技とするにはあまりに繊細すぎた。
 年端も行かぬ少女の移り変わる心情が、ジョナサンの記憶にあった。恋をしている人の目を間近で見たことがあるから、覚えがあるのだった。
 体から重力が抜けていく。
 初心な反応をしている相手を力に任せて思い切り抱きしめたくなった。
 ひとつまみ残っていた冷静さで、ジョナサンは思いとどまり、腕をゆっくりディオの肩から首の後ろ、そして背中に回してから、抱き寄せた。
「おい……、苦しい、ジョジョ」
 胸に埋められた顔を動かして、ディオはジョナサンの二の腕に爪を立てる。
「うん、ごめんよ。」
 謝りながらも、ジョナサンはもっと身を強く抱いた。力は弱いけれど、抱きかかえた身を落とさないよう、離れないようにしっかりと腕で輪を作って、その中に閉じ込める。
 まったく、順序を間違えてしまった。肉体を繋げてしまったばかりに、気づけなかったのだ。
「ごめん……。」
 ジョナサンは、もう一度呟く。懺悔はこの状態に向けられたものなのか、いつかの行いに対してであるのか、ジョナサン自身にも分かりえなかった。


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