月海夜 17
黙って抱擁を受け止めていたディオが、ジョナサンの耳の裏を舐めた。「……んっ、……ディオ?」
不満がある場合、ディオはジョナサンの耳を攻撃することが多かった。初めて会ったときもそうだった。容赦なく耳たぶを引っ張られたものだ。
自分自身が苦手なところだから、おそらくディオは耳を狙うのだろう。
前歯の先で、耳殻を齧られる。
「いたっ」
しかし、これは愛噛であって、傷つけようとはしていない。音を立てて口付けて、ディオは熱くなった舌でジョナサンを誘う。
「いつまでこうしてるんだ……夜が明けてしまう」
「ん、……抱き合っているだけっていうのも、気持ちよくないかなあ。」
すっかり気持ちが穏やかになっていたジョナサンの興奮は、落ち着いていた。
一度出していたから、ジョナサンとしては焦る必要がない。
「しないなら帰れ」
「帰ったら困るんじゃあないのかい?」
「やらないおまえに用は無い!」
「なにを怒って……。」
ディオの沸点は、ジョナサンには理解できないものがあった。急にかっとなって怒ったかと思うと、こちらが相応に立ち向かえば泣き出してしまったりして、ディオはいくつになってもヒステリーの少女のような扱いにくい性格だった。(少年より、少女のほうがしっくりくるのは、ジョナサンにとって、理解不能な生き物という喩えであり、性格が女々しいというわけではない。女性的な部分があるという点では間違いは無い。)
吸血鬼になったからといって、石仮面は全てを変えてくれる魔法でも呪文でもなかった。
根本は同じだ。どんなに魔物ぶっても、妖しく不気味な雰囲気を纏っても、中身はジョナサンが一番よく知っている、ディオそのものであるのだ。
上辺だけ取り繕っても、そんなものの化けの皮は剥がれてしまうものだ。
「くそっ、……やっぱりおまえ、やりかたを変えただけじゃあないかッ!」
触れている箇所に硬さがなかったので、ジョナサンは、ディオの「その気」を感じていなかった。
だが、その気がないのは雄の部分だけで、ディオの「雌」の部分は、ジョナサンをずっと欲しがっていたのだった。
「何が……やさしくしたいだ! 腕を放せっ!」
両肩を振って、ジョナサンの輪から抜け出ると、粟立った肌をディオは自分の手で慰めるように抱きしめて、身を縮めこませた。
吐息は湿り気を帯びていた。
もしも三日間、一滴も水が飲めず、食事を一口も出来ずにいたら、何でもいいから飲み物や食べ物を口にしたいと思うだろう。そして腹いっぱいに満たされたいと思うはずだ。
ディオは娘達の血を口にして、一度ジョナサンの精を取り入れている。完全に乾いているわけではない。
しかし体は、自覚している以上に求めている。ディオの真新しい牙は疼く。
「おれの、いいようにしたいんだろ……ッ」
萎えても質量感のあるジョナサンの肉茎を、ディオは遠慮なく掴んで頭を持ち上げる。
「ディオ!? うわ……っ、うっ」
涎れを垂らし、ディオは先端から棒の真ん中あたりまでを一度口に入れて濡らす。
存分にぬめらせると、ディオは自分の手にも唾を落として、ジョナサンのものを扱いた。ぐじゅぐじゅと淫らな水音を立てられ、肉棒はたくましく蘇った。
「おまえはそこでじっとしていろ!」
鎮座していたジョナサンの胸を勢いよく押して寝転ばせる。
口を挟む間もなく押し倒されたジョナサンは、ディオが自分の腰を跨ぐのを唖然として見ていた。
完全に怒らせてしまった。余計なことを口にすれば、火に油を注いでしまう結果が見えている。余計と言うより、この場合は何を言っても、ディオの逆鱗に触れるのだろう。
尻の谷間から、半透明の見覚えのある糸が垂れ落ちる。
――ああ、そうか。前と後ろは、もう関係ないんだ……。
前は男性としての、後ろはディオにとって女性としての器官になっている。
ジョナサンは、一人納得した。
普通、男なら性的に興奮すれば、勃起する。子どもも大人も男なら誰だってそうだ。性的とつかない例もあるけれど。
でも、ディオはそうじゃあないとジョナサンはこの目で見てきていた。ディオ自身が体の変化を知っているのかは、分からない。
吸血鬼の体は不思議な自由がある。本人さえ望めば、性別など関係なくなってしまうもの……なのかもしれない。
「ふ、ぐ……っ!」
「ディオ、痛むならもっと、ゆっくり……ッ!」
下ろされる腰を支えようとしたジョナサンの片手を、ディオは平手で打って退けた。
「おまえは……ッ、く、動くんじゃあない……ッ! はっ、……う」
入り口は、ほぐされていないので余計に狭く感じる。いくら傷ついても平気だと言われたって、そんな苦しそうな声や顔をされると、ジョナサンだって痛かった。
「んんんんう、ううッ! んんッ!」
牙がディオの下唇を切り、鮮血が顎に一筋流れた。傷口はまたたきの間に治ったが、血のあとは乾いて残っていた。
がくんと、ディオの力が抜けて、尻の肉がジョナサンの股にあたった。強引な形ではあったが、ようやく全て収まった。
「は……ッ、はあ、……んっ、んっ……」
「ディオ……まだ、動かないで……、中、馴染むまで……ふっ、う……ッ」
「うるさい……! おれに指図する、なっ、あっ! あッ!」
ジョナサンが起き上がると、接合している二人の肉が擦れあって、ディオは目の前の巨躯にしがみついてしまった。
快感の波にのまれて、体がいうことを聞かなくなる前に、ディオにはしたいことがあった。ここで、またジョナサンに喘がされて自由を奪われてはならない。
座った形で向き合う。大概はジョナサンがディオに伸し掛かる形が多かった。だがディオも責めたがるので、どちらかが上位になる体位ばかりだった。
なので、このようにして二人で座っているとジョナサンは新鮮な気分になった。随分と顔が近い場所にある。
「んっ、うごくなっ! く、う……」
「動いてないよ。」
「う、嘘だ……っ、あ、中……っぁ」
膝を立てて、ディオはジョナサンの胸で悶えた。よしよしと、ジョナサンはディオの後ろ頭から、背中まで髪の毛と一緒に宥めるように撫でてやった。
「ん、ううっ、ううぅっ、中でぇ……っ、嫌だっ、」
腰と背中をくねらせて、ディオは沸き起こるむず痒さを逃そうと身を動かす。すると、杭になっているジョナサンの肉棒が、ディオのいいあたりに擦れてしまうのだった。
「ふあっ」
尻をもぞもぞ動かしては、ディオは一人でに感じてしまう。ジョナサンは、思わずにやりとしてしまった。
「なにを……、笑っていやがる……ッ、ん、ぅっ」
恐るべきディオの洞察力は、こんな時にでも発揮される。少年の頃から、ディオは人より察する力、勘がひどく冴えていた。それらに振り回され、悩まされてきたジョナサンは今も悟る。
身をぴったりとくっつけて抱き合っていて、完全にお互いの顔は見えない。しかし、ディオはジョナサンの「にやり」と同時に声をかけた。
「笑ってないよ。」
「声が笑ってる。」
「……いや、……ディオが、」
「はあ、あっ、あっ」
腰を引き寄せて、もっと奥深に沈めてやると、ディオは篭った吐息を胸から出して啼いた。
「ぼくの体で遊んでるから、なんか……いいなって思って。」
可愛いと言うのは何とはなしに憚られた。ジョナサンがディオに可愛いと言うのと、ディオがジョナサンに言うのとでは、言葉が同じでも、ニュアンスが違う。この立場の問題だろう。
ただでさえ、あまり機嫌がよくないディオに、無神経に褒めたとしても、また怒らせるだけのような気がしていた。
いつだって、自分の腕の中にいるときは、どんな顔も様子も、声も仕草も可愛いものだ。
他にどう形容していいのか、ジョナサンには思いつかない。いとしい、いとおしい、かわいらしい。抱いている時はそう思うものだ。
それ以外はどうだろう。
寂しいと素直に言えない、意地っ張りな所が、可愛かった。
心の中で、ジョナサンは何度も可愛い人、可愛いディオ、と言って、宝物のように大事にその身を包む。
「はあ、あっ、あっ、……んん、んんっ」
ジョナサンの肩に爪を食い込ませながら、快楽点をかすかにずらして、ディオは規則正しいリズムを打ち続ける。
少しでもジョナサンが動こうとするのをディオは許さなかった。ぬるま湯に浸かったような緩い快感が、ジョナサンの腰から腹にあった。
「ディオ……キスしたい。」
相手の胸の薄い皮膚に口をつけながらジョナサンは甘えて言う。ディオはのろのろとした動きで首を持ち上げた。
しっかりと抱き合った形になっていたので、何だかしばらくぶりに顔を見た気がした。
ディオの瞳は、うっとりと黒目を潤ませ、ジョナサンを猫の眼の中に映し出してくれる。
じっと目を見つめて、それからジョナサンは純な乙女のように彼からの口付けを待った。
動くな、と言われたのだから、ディオからしてくれと強請った風に催促する。
「ん……っ、ん」
肩から首に手を回して、ディオは自分の唇を押し当てる。湿った舌でジョナサンの口の開きを突付く。
鼻がぶつからないように顔の角度を変えて、ジョナサンはディオを歓迎した。
ディオの舌に応えてゆっくりと自らの舌を出し、相手の口の中や唇の輪郭を舐める。そこには血の味が残っていた。独特の鉄臭さはそんなに感じない。ジョナサンの舌先にざらりとした感触があり、ざらつきを舐めとるとディオの口元の血の跡は消えた。
「ディオ……っ、ん、顔が見たい。」
ディオの両頬をジョナサンは柔らかく手でおさえて、口付けをやめさせる。ぼうっとしたディオは言われるがままに舌を引っ込ませて、顔を離した。
「注文の多いやつ……」
とろんとした目は半分閉じている。下唇は互いの涎れで濡れていて、耳や頬は真っ赤だった。
この「恍惚」と表現するに相応しい表情が見られただけでも、ジョナサンは満ち足りた。
顔が見たいと言ったのは自分であるのに、ジョナサンは胸の中の愛しさがこみ上げてきて、自然と唇を近づける。
今度はもうディオは何も言わなかった。閉じかけていた瞼を伏せて、優しくジョナサンを受け入れたのだった。