月海夜 18
お互いの体に触れ合って、口付けては、顔を見る。存在を確かめるように名前を呼び合う。今までとは違った夜だった。時間の流れが止まった気さえしていた。
自分が何者であって、目の前の相手が誰であるのか、そんなこともどうでもよかった。
思考や肉体が、夜の闇に溶けて交じり合う。ひと夜、ひと時だけの幸福が、部屋の中には確かに存在していた。
「はあ、ああ! ジョジョォ……っ」
声に艶やかさが増す。時間をかけて熱を上げていった体には、今にもはちきれんばかりに快感を蓄えている。
――ぐちゅっ、ぶちゅっ!
尻を持ち上げて、ディオは大きく腰を動かす。結合部は、愛液と先走り液が入り乱れて、耳を塞ぎたくなるような、はしたない音を鳴らしている。
夢中になってディオが下半身を回すと、勢いよくジョナサンの勃起が穴から抜け出てしまった。
「あっ! うく……っ」
一瞬、驚いたディオが身を固まらせた。しかし、すぐに肉穴はジョナサンの肉棒を欲しがった。
「慌てなくても、ぼくは逃げないよ」
繋がりたい、というより、元に戻りたい、という気持ちでディオは急いて肉棒を自らの穴に入れていく。柔らかくなって広がる入り口は、難なく根元までくわえ込む。
「んんううっ……はあぁー……っ」
全て収まりきると、ディオはたまらないと顔を緩めて、詰まっている息を吐いた。
「ゆっくり動いてみてよ、……ディオ」
首を振ってディオは、また速めの抽送を始める。
尻の肉がジョナサンの腿にあたって、ぱんぱんと鳴る。
「なかっ、はやく……出せよ、ジョジョ……っ!」
自分の快感を極めるよりも、ディオはジョナサンの射精を促すかのように腰を突き動かしていた。
ディオはいつもジョナサンが達する直前に、喘ぎながらも自分の体内に出せと、望んでいた。
その言葉を毎晩と聞いてはいたが、ジョナサンは一度もディオの中で果てなかった。
特に深いわけもなく、ジョナサンなりのささやかな抵抗であった。
中に出さなくともディオは怒りもしないし、泣きもしないので、単なる口癖か何かくらいの意味しかないと、ジョナサンは思っていた。
「中に、出してほしいの?」
ジョナサンは、また同じ台詞をディオが繰り返すものだろうと考えていた。
頷いて、「中で出せ」と強要するものだろう、と。
「この……、ディオに……ぃっ、人間の雌ごときがっ、はあ、あっ、あっ……出来ること、がっ、……ち、地上に、いる生命すべてを凌駕した、そんざ、い、のぉっ……」
深くに入れ込んだ肉棒が上下するたび、奥にある快楽点を先端が擦り抜ける。
ディオの言葉は、その一点を突かれると途切れるのだった。
「不老不死にっ、体液自ざっい……この、回復力……うぅっ、このディオにっ、不可能など……ないっ!」
「それで?」
ディオのイイ所を分かっているジョナサンは自然に腰を引き寄せて、相手の動きにあわせて、自身でその部分を狙う。
「世界の、頂点に位置するおれが……この、ディオが……んっ、ゆっ、唯一……世界で尊敬するっ、んっ、うっ! 男と……っ、遺伝子をっ、掛け……えっ、合わせたら……どんな素晴らしい能力を持ったものが……あっう、生まれるか……見たくは、ないか……っ?」
「ディオ……、君は……、ああっ」
背筋から、頭のてっぺんに、微弱な電流がジョナサンに流れていった。
好きとか、愛してるの甘い告白よりも、もっと強烈だった。
何者にも屈しない、自尊心のかたまりを擬人化したようなあのディオが、自分を尊敬していると言ったのだ。
世界で、唯一……。
気が付いたときには、ジョナサンは、思惑通りにディオの腹奥に、呆気なく欲の全てを吐き出していた。
「ディオ……ッ! ディオ……ッ!」
「んうぅ、うっ」
ディオの腹の中では、ジョナサン自身が未だにびくりびくりと脈打っている。
脈動を感じるとディオの足も、自動的にひくついて震えた。一滴も洩らすまいと、孔はぎゅうぎゅうと締め付けて、萎えかけている肉棒を放さなかった。
吐精が終わったのを知ると、ジョナサンは力の抜けきったディオの身をそのまま後ろに倒して寝かせようとした。
「あっ! あ!」
肌が離れると、ずるっとペニスが半分ほど抜ける。同時に、まだ白濁色のジョナサンの精液が隙間から零れていた。
「ひゃっ、う……で、出ちゃ……っ! ジョジョのっ」
絶頂感を全身に残したディオは呂律の回らない舌で、淫らな幼言葉で話した。
「出てきちゃ……っ、お尻から赤ちゃん汁もれちゃ、……ジョジョの、受精できな……いいっ!」
ひっ、ひっ、と喉から奇怪な呼吸音をさせて、泣き顔でジョナサンの腕を掴んだ。
「やっ、抜く、抜くなあ、出る、出るうっ!」
意識が普段のディオに戻ってきたのだと、口調の違いでジョナサンは知った。
快楽の深海に沈められると、ディオは人格が様変わりする。わざとなのかと思う程の幼い話し方に、甘えた語尾と、信じられない数々のいやらしい用語を口にする。
きっと正気のディオ自身にも信じられないだろうし、覚えも無いのだろう。
「じゃあ、今夜はこのままでいよう」
ほとんど抜けかかったペニスを半ば強引に押し戻して、ジョナサンは体を密着させた。
横向きになって、シーツの上に並んで寝る形になった。互いの足や腕が重なって、とても寝心地がいいとは言えない。
それでもディオは、ジョナサンに向かって満足気に笑んで頬にキスをしてくれる。
こんなことでいいのか。いや、こんなことが良かったのだ。ジョナサンは、ひと月あった自分の妙な頑固さを悔いた。
吸血鬼なら、人間の予想を超えた現象も起こり得るかもしれない。もしも、本当にジョナサンの精子が、男には有り得ない器官のどこかに辿り着いて、ディオの遺伝子と結びついたとしたら。
馬鹿げた想像でも、吸血鬼の経典に「不可能」が無ければ、それは馬鹿な夢ではないのだ。
恐ろしくもあり、ジョナサンの心にはどこか期待している気持ちもあった。
「素晴らしい……か。」
ディオは、一体どこまで先を見ているのだろう。
未来に、何を夢見るのだろうか。
機能が果たせそうもないカーテンは一応閉じられていたが、朝の光を遮断しきれない。
「……ああ、ごめん、起こしちゃった?」
ぬくもりの少ないベッドからディオは起き上がった。自分を抱きしめていた相手は、既に身支度を整えており、窓際の机に向かっている。何だかディオは腹が立った。
「太陽の光がベッドには直接あたらないようになってて良かったよ。目が覚めたら、起きる時間も過ぎてるし、とっくに日も昇ってるしね。」
「何、してる。」
起きぬけの声は出し辛そうだ。少し枯れた声色を、ジョナサンはセクシーだと密かに思った。
「ごめん、机にあった紙とペン、借りたよ。」
「何を書いてるんだ。」
書き途中だったのか、ジョナサンは椅子に腰を掛けなおして、再び机に向かってペンを走らせている。
「大学に手紙を書いてるんだ。」
ああ、そういえば、こいつは大学生だったとディオは覚醒しかけの頭で思い出す。
ついこの前まで、ディオも大学生であった。勉学とスポーツに明け暮れる健康的な太陽の下の日々を、ディオは忘れかけていた。
だからジョナサンは、いつも時間に追われていたはずだ。昼間の真っ当な学生の生活と、性に爛れた吸血鬼の糧となる夜の生活。正反対の二重の日常だった。
だが昨夜から、ジョナサンは時間を気にしなくなった。
「何故だ?」
ディオは短く質問した。手紙に対して、そして時間に対して。
「ああ、これは……、」
ジョナサンはディオの方へ向いてにっこり微笑む。
そして同じく短く答えたのだった。
「休学届けさ。」
ディオはジョナサンの決意など、その時は微塵も感じずにいて、昼食のメニューがあまり好きなものでは無かったときのような薄い反応で
「ああ、そう。」とだけ言うと、気だるい体を布団に包んで浅いまどろみについたのだった。
To be continued.