月海夜 22

「あ……ああ、んッ……!」
 じわりと視界がぼやけた。ディオは体内部の感覚と鏡に映る結合部を見て、ジョナサンが入ってくるのを知る。熱塊が媚肉をかきわけて食い込んでくる。内臓が焼かれるように、熱い。疾うに慣れたと思っていたのに、存在はいつもより大きく膨らんでいる。痛みはない。ただただ熱く、息苦しかった。
「初めてじゃあないんだ。分かるだろう、ディオ?」
 意図せず、ディオは息を詰まらせていた。下腹部には力が加えられており、ジョナサンは奥歯を噛む。
 抑えつけられた欲は果てられずに、ひたすら追い詰められている。自身の終極を求めるよりも、ディオは腹の中に居るジョナサンに意識を向ける。肉体が暴かれているのに、情らしきものがディオの心に湧く。
 手酷く扱われているとしても、そうされればされる程、ディオはジョナサンを強く身に刻む。総身いっぱいに、思考も精神すらもジョナサン一色に染まる。むしろ、そうなることを望んでいる、とディオは朦朧する頭の中にひとつの結論を浮かべた。
「ハアー……、アッ、ああ」
 深く吸い込んだ息を胸から吐き出すと、ジョナサンはディオの腰をゆっくり下ろしていく。侵略されゆく己の身体をディオは惚けながら見つめている。男同士が重なる艶麗な姿が鏡に映っている。
 侵されているのか、貪っているのか。どちらでもあるのか。
 互いの全てが混じり合っていく。肌が触れ合い、一体となる。魂も結びつく瞬間だった。世界で一人しかいない自分の半身がこの肉体に入り、やがてひとつと成っていく。
 いつから、ディオはジョナサンを自分の伴侶として認めていただろうか。あれほどに見下し、軽蔑し、ジョナサンを人生の踏み台のひとつとしか見ていなかったのに。
 もう決して離れては生きていけないだろう。それでもディオ自身はその真実から目を逸らしている。
 ぎっちりと納まったジョナサンの肉が、ディオの肌に密着している。ずるずると抜けられていくと、ディオはまるで自分の指を動かしているくらい自然な感覚に陥った。腹奥で感じる脈動が鼓動と重なって体内で響いている。
「ふっ、んく、……うっ」
 ジョナサンは利き手で器用にディオの欲をこすり上げている。小指と薬指で根元をきつめに押さえ、親指の腹で上辺を撫でる。長い人差し指と中指は、皮をずり下げて雁首をこねくり回していた。
「は、あっ! あっう!」
 腹に突き刺さっている屹立は、ゆったりとした動きであったが、奥を狙ってずぶりずぶりと打ち込まれていた。前を擦る手は一向にディオへの攻撃を緩めることなく、ディオは苦しみに喘いで涙と涎を落とす。
「ああ、ディオ……ディオッ!」
 ジョナサンは後ろから抱き寄せ、更に深く繋がろうとした。ぐっと腰が引かれ、ディオは床に手をついた。腕は上半身を支えようとしたが、肘から崩れてディオはその場に倒れこんでしまった。もう力が入らない。
「ふ、っぐ、あ、ああっ、ん……ジョジョ、うぐ、も、もう……はな、せっぇ」
 ディオは弱弱しく拳を握り、失いそうになる気を何とか留めた。感じすぎているのか、苦痛でしかないのか、判断がつかない。出したくも無いのに、声だけは高く洩れている。
 突然ジョナサンはディオを持ち上げて、窓際の壁に立たせた。膝が震えっぱなしのディオは熱杭を外されれば、立ってもいられない。間近には太陽の光が眩しく部屋を明るくしている。ディオは恐れ、思わずジョナサンを振り返った。
「ジョ、ジョッ! 離せッ……! ぐ、あ、くう……ッ!」
 ぐるりと体を反転させディオの片足を担ぐと、ジョナサンは自身を押し込んでいく。壁と自分の体でディオを逃げられないように囲うと、ジョナサンは冷たく言う。
「君を……殺したい」
 ディオの喉がひゅうと鳴って、暫くしないうちに顔は蒼ざめていった。本気でジョナサンはディオを殺そうとしている。言葉に虚勢も嘘も感じられなかった。
「あ……ッ! ぐ! うあ、ああああああッ!!!」
 全身に炎が注ぎ込まれる。熱杭で穿たれた秘所はどろどろに溶かされて、燃やし尽くされてしまう。ジョナサンは波紋の呼吸をし、その力をディオへ流し込んでいるのだった。
「うあ、あ! うぎっ、あぐああああッ!」
「ディオ……ッ! くそぉ……! ディオォ!」
 ジョナサンはディオの首を持って、頭を壁際に叩きつけた。ほんの数センチ先には陽の光がある。ほんの少し、傾けてやるだけで終わる。光に曝された吸血鬼の体は、灰となり朽ちるだけだ。
 やれ、と頭は命じる。やめろ、と心は引き止める。
 愛してるから、殺したい。殺したいほど、愛してる。愛すれば愛するほど、憎しみも弥増していく。
 ディオの首からは手を離せなかったが、ジョナサンには日の光へ動かす勇気は出なかった。「動かさない」ことが勇気だったのかもしれない。
「くうあ……ッ! い、う……ッ! あぅ、死ぬぅぅ……ッ!」
 髪を振り乱し、ディオは泣き叫んだ。光に当たった髪は焼けて粉々になっていく。豊かな金髪は、ばらばらに落ちていった。ジョナサンの目の前にディオが吸血鬼である証が現実となって表れていた。
「ぐ……ッ、ディオ……! 君を……ぼくは……ああ……ッ!」
 首を持っていた手はいつの間にか肩を抱き寄せ、そして背中に回っていた。やがて両腕でディオの身を力いっぱい抱きしめていた。
 殺してやる、と言った傍から、ジョナサンは正反対の行動をしている。そんな自分に混乱していた。しかし、言動にも思考にも偽りはないのだった。殺意も、恋慕も等しくディオにある。
「ひッ、あ、ああ! くあ、ああ! 死ぬ……ッ! ああッ死ぬぅううう!!!!」
 僅かに顔や背中に光が射している。ディオはジョナサンに抱きつき、せがむ様にもがいた。きつく身を寄せ合った瞬間、互いの熱源は破裂した。ジョナサンはディオを抱いたままで床に膝をつき、脱力していく。温かく濡れた腹に気づいたジョナサンは、ディオも果てたことを知った。

 ディオは死んだように、倒れ込んだまま動かなかった。何もする気にならないらしく、全く反応がない。ジョナサンも疲労しきっていた。朝日はとっくに昇りきっているのだから仕様がない。随分と長い時間をかけてしまった。
 体の疲れは、休めばとれる。肉体は時間が癒してくれる。ただ、関係の修復は時間が過ぎれば難しくなるものだった。ジョナサンには始めの言葉が見つからなかった。
 横になるディオの隣に座り込んで、ジョナサンは窓の外を眺める。木々と山々の間に鳥たちが見えた。
 白い鳥が、空高く遠くへ去っていく。
 鳥の影がやがて小さな粒になり、点となる。そして影も形も消えるまで、ただジョナサンはぼんやりと空を見上げるだけだった。
 光がジョナサンの顔にかかり、眩しさに目を細める。太陽は暖かく、ジョナサンを照らしてくれる。
 ディオは影に身を潜めて、沈黙している。
 見事に長く伸びていたディオの金髪は灰となり床に散らばり、風に吹かれて何処かへいってしまった。背中を覆うほどの長さであったディオの髪は、今は不恰好にばらついていた。
 灰となった髪は、陽の下には二度と立てはしない証拠であった。ディオの肩や背には火傷の痕が見える。ただの傷とは違って、太陽に焼かれた跡は痛ましく残っている。これは治さないのではなく、治せないのだ。
 重い体を立たせ、ジョナサンはカーテンを閉めて光を絶った。寝転んでいるディオを起こし、寝台へ運んでやる。意識はあるらしいディオは薄く目を開けてジョナサンを確かめる。
 どんな表情をすれば良いのかジョナサンには正しい答えが見つからず、唇を噛み締めてディオの視線に耐えた。責められているような、訴えられているような気にさせられた。
 たったの数秒間が苦痛だった。ディオはまだ黙っている。ジョナサンも口が開けなかった。
 寝台に腰かけて、ジョナサンはディオの髪に触れた。毛先に指を通すと、はらはらと灰の粉がシーツの上に落ちた。
「髪……切ろうか」
 やっとのことで声が出せた。ディオはジョナサンの方を向かずに静かに頷いていた。
 引き出しにあった鋏で、ジョナサンは焼き切れてしまった部分を整えた。鋏の刃が擦れる小気味いい音がしている。
 傷んでしまった所を切ると、バランスをとるために全体を切ってしまわなければいけない。ディオはされるがままになって、ジョナサンに任せていた。
 殺す、殺してやる、と先ほどまで言い合っていたのに、何故こんな風に静かに過ごせるのだろう。ジョナサンは鋏を手にしながら奇妙な思いに浸っていた。ディオは恐ろしくないのだろうか。ジョナサンは自分の感情すら理解できないので、相手のことなら尚更分からないだろうと半ば諦めた。
 黙々と手を動かし、髪は切り揃えられていった。伸びていた部分は殆ど切るしかなく、揃えると首が隠れるほどの長さになった。
「ディオ、出来たよ」
 声をかけると、ディオは振り向いた。その姿は、初めて出会ったときを思い出させた。
 ――大人びた冷たい顔つき、結ばれた唇、長い襟足。
 何もかもが懐かしかった。
 けれど、もうあの頃には戻れないのだ。
「随分、切ったんだな」
 ディオは掠れた声で呟く。首筋を撫で、長さを確かめている。
「ああ……焼けて、しまったからね」
 ジョナサンは窓辺の下を見ていた。焼け落ちていた髪は跡形もなく消えている。
 もしも、あのままディオを太陽の光の下に曝してしまっていたら。
 髪のように、骨も残さずに何もかも消えてしまったのだろう。想像すると、寒気がした。
 ジョナサンの心は不安定に揺れていた。気が付いた時には、頬は濡れ、嗚咽していた。
 こんなみっともない泣き面を見せるわけにはいかなかったが、遅かった。
 ディオはジョナサンの零れる涙を指で掬っていた。
「……ディオ……?」
 ジョナサンが顔を上げると、ぬくもりに包まれた。柔らかな感触が、唇に重なっている。慰めの口付けだった。
 涙の理由を作っているのは、ディオであるのに、そんなジョナサンに同情するのもディオなのだった。おかしな関係だとジョナサンは思いながら目を閉じる。
 互いを痛め付け合い、出来た傷を舐め合っている。幸福への道は未だ暗く、明かりは見えてこない。足元は泥が絡みつき、星も月も雲に隠れている。
 理解し合い、分かり合い、思い合えるようになるだろうか。それを本当にジョナサンは望んでいるんだろうか。
 最早何のためにここにいるのか自信を無くし、理由さえ曖昧になってきていた。


 頭から水を浴びジョナサンは頬や鼻先が赤くなる程、顔を何度も洗った。
 昼過ぎには、町へ降りた。さほど多くはないが、人々の声が聞こえるだけでほっとする。世話になっているパブにジョナサンは顔を出し、遅い昼食をとった。
「なんだか疲れてるみたいね」
 顔見知りの女給が皿を渡してジョナサンの目を指差した。あまりじっくり見て欲しいものではなかったので、ジョナサンは俯いてしまう。
「まあ、ちょっと」
 控えめに返事をすると、お喋りな彼女は詮索するようにジョナサンに聞いてくる。
「ジョースターさんみたいな人がそんな顔するなんて、余程のことよねえ。何があったか当ててみましょうか?」
 深く追求されたくない。ジョナサンは無言で苦笑いするしかなかった。
「おい、ヘレン。いい加減にしないか」
 カウンターの奥にいた店主はヘレンと呼ばれる女給を諌めた。
「あら、いいじゃない。お話するのも、相談に乗るのもお仕事でしょ」
 流行りの化粧をしているが彼女はまだ若い娘なのだろう。ジョナサンが気になって仕方ない、という風だった。
「まあ、男の人がそんな顔してるなんて、答えはひとつ、よね?」
 ヘレンは身をぴたりとジョナサンに寄せて、耳打ちする。
「あの館にいる恋人のことね?」
 肯定するよりも早く、ヘレンはジョナサンの目の色を見ただけで「当たったでしょ」とウインクをしてみせた。
 店主に再び叱られたヘレンは、渋々ジョナサンから離れた。カウンターに戻った彼女は、店主の小言に生返事をして、食器を片付けていた。
「……恋人か……、そんな甘い関係なんかじゃあ」
 無い。と胸の中で言い切った。
 なら、ジョナサンとディオは一体なんだったのだろう。
 これからジョナサンはディオに何を求めていくのだろうか。
 グラスに入っていた水を飲み干し、ジョナサンは席を立った。
 いつだって答えは一人では見つけられない。流れるままに導き出されていく。
 腫れた目元を拭い、ジョナサンは店の外へ出て行く。
 店の入り口で、この町には不似合いなチェッカー盤柄のトップハットの紳士と、顔に大傷が刻まれている青年と入れ違い、彼らはジョナサンを見て声を揃えた。
「ジョジョ!」
「ジョースターさん!」
 聞き覚えのある声にジョナサンが顔を上げると、そこには二人の男がこちらを見て立っていた。
「え……? ツェペリさんにスピードワゴン!」
 久しぶりに会う仲間の明るい声に、ジョナサンは自然と笑顔になった。二人は驚き、そしてすぐに顔を綻ばせた。

top text off-line blog playroom