月海夜 27
ジョナサンが湯浴みをしている間、ディオは迫り来る現実に身悶えていた。「愛……愛? あい、してる……?」
寝床に横になり、他人の詩を朗読するかのようなトーンで口ずさんでみる。ジョナサンはディオに対して、そう言ったのだ。蒼い瞳は真剣で誠実だった。
尊敬されるのも、崇拝されるのも慣れている。人々の羨望を集めて、己に従わせるのは得意だった。ただ、ジョナサンが向ける情はそれらとは全くの別物であり異質だった。思わずディオはシーツに額を押し付けて唸った。真っ直ぐなジョナサンの愛情表現は、ディオには理解し辛かったのだ。
都合よく美化されている母親の記憶は、ディオの脳裏に呪いの如くこびり付いている。先ほど、取り乱してつい思い出してしまったのを今になって悔やんだ。あれから何年の時が過ぎただろうか。年月を重ねる毎に、過ごしてきた日々は呪縛となり、やがては怨みへと変化していった。
どれだけ望んだって、もう二度と戻らない。泣き濡れて生きる弱さは、少年時代の最中に捨て去ったのだ。そうせざるを得なかったとは、ディオは断じて思わないし認めない。
誰かを思い慕うことを、ディオは人間の貧弱さだと軽蔑していた。恋などに身を溺れさせる嘗てのジョナサンの姿を心底馬鹿にしていたし、自分に心酔する群集も常に見下していた。
まだ間に合う。ここで突き放せば、ジョナサンは激昂し、今度こそ本来の関係になるのだろう。
静かにディオが決意を固めた時分、ふいに扉は叩かれたのだった。
濡れ髪から垂れた水がジョナサンの首筋や胸板にするりと流れた。ディオは思い切り目を逸らして、壁の模様に注視した。
不覚だった。これでは遅れをとってしまう。ディオは何とかして理性的になろうとしたが、名を呼ばれた途端に体中に歓喜の波が押し寄せてきた。
洗い立ての髪の香りや、ジョナサンの肌のぬくもりが近くにあるというだけで、全身の細胞が活性化していく。今すぐにでも、押し倒して貪り尽くしたいと牙が疼いた。
これまでとは比べ物にならない渇望が、ディオの脳内を侵食して、本能を突き動かそうとする。
巡る血脈は激しさを増し、息が鼻から洩れた。きっと無様な顔をしている。ディオは情けない抵抗をしてジョナサンの視覚を奪うしか無かった。
数分間の沈黙が過ぎた。荒くなりかける息を必死で抑えて、それでもディオはジョナサンの目元を隠し続けていた。
先に動いたのはジョナサンの方だった。シーツの上に大人しく置かれていた手が、ディオの腿に触れた。服の上から熱が感じられて、ディオはびくりと足を跳ねさせた。
手は自然な動きで太腿から膝へと移動し、ふくらはぎの裏を撫ぜていった。
「う……っ」
足首を掴まれると、踵と靴の間に中指を差し入れられ、少し指を曲げただけで靴は脱がされていった。絨毯の上に落ちた靴は、ほとりと静かな音を立てただけだった。
擽る仕草で足の裏を四本の指が伝い、一本一本足の指を丁寧に触れていく。指と指の間に手指が入れられる。親指の腹で足の爪を摩り、同じように他の指も念入りに弄くられた。
「は……っ、くぅ」
歯を食いしばっても、ディオは鼻に掛かった声が出してしまう。体内部がどろどろに溶かされる錯覚がした。腹の奥が特に痛がゆかった。
身体の芯がじんじんと高まっていく。耐えられなくなったディオは、足を持ち上げて寝台の上に逃げ込んだ。這い蹲ってシーツに爪を立てる。追って巨躯の影が、ディオの目の前を暗くさせた。
「ディオ」
耳の裏に直接声が注がれると、ディオの腰が浮いた。
「ひっ、やっ」
ディオの頬に冷たくなった水が落ちた。ジョナサンの濡れた髪が触っている。
敷布を引っ掻いている手に、ジョナサンの大きな手が乗った。これ以上逃げられないように、その場に縫い付けられる。
「う……っ、ぐ、」
口がうまく回らなくなったディオは、布を噛んで悔しさを堪え忍んだ。
無防備になったうなじをジョナサンは容赦なく舐ってゆく。滑らかな肌が露出して、襟足は左右に散った。
「焦らさないで……ね?」
伸し掛かったジョナサンはディオの背に額をつけ、幼子がおねだりをするみたいにねっとりとした蜜色の声をさせて言った。
「ん、くっ……」
脇に腕を入れ、ジョナサンはディオの身を持ち上げて抱き寄せた。ディオは膝に抱えられて、噛んでいたシーツも取り外されてしまった。
腹回りをがっちりとホールドされると、抵抗したくなったディオはジョナサンの腕を退ける仕草をした。
「ディオ、抱きたい、抱きしめたい……」
頬に唇を寄せて、ジョナサンは素直に自分の気持ちを表してくれる。睦言の返答を持ち合わせていないディオは、ひたすらに唸るしかなく、ジョナサンから顔を背けてばかりいる。
「いや? したくない?」
ディオの鼠蹊部を服の上からなぞり、ジョナサンは決定打にならない触れあいを続ける。
「そ……んな、わけ、な……っい」
途切れ途切れにしかディオは話せなくなっていた。無意味だと知りつつも、内股になって膝をすり合わせる。不自然な動きをするディオの様子をジョナサンは楽しげに見つめた。
「じゃあ、こっちを向いてよ、ディオ……」
片手がそっぽを向くディオの頬をつついた。むくれた唇に指がさわり、唇の合わせを開かせる。小さく開いた唇に、中指と親指が侵入し、舌を摘む。
「んっ、うっ」
やわやわと指先が繊細な動きをして揉むと、口の端から涎が溢れ出た。次に指は、ディオの歯をひとつひとつなぞっていった。前歯から牙と、順番に歯の根元を探る。やがて奥歯まで指が突っ込まれた。
「ん、ぐっ、ぅ」
咥内の柔肉を指先は愉しんだ。少々強引に抜き差しすると、柔肉はきゅうっと締め付けて指を舐めしゃぶった。
「んっ、んう、んぐ!」
ちゅぽっ、にゅぽ、と卑猥な音が立つ。ディオは口唇を窄めたり、時には甘噛んだりして応えていた。
緊張して強張っていたディオの身体はすっかりほぐれ、ようやく大人しくなった。腕を解き、横向けにして抱き直してやると、赤くした唇を光らせてディオはぼうっとジョナサンを見上げた。
「キス、してもいい?」
回数など覚えてないほど、口付けはしてきた。それでも、ジョナサンとディオにとって、このキスが今までしてきたものとは意味が違うのだと知っていた。
「…………いやだ」
鈍い腕を持ち上げて、ディオは自分の口元を隠した。またもや目線はどこかにいってしまい、ジョナサンはディオを支えている手が震えた。
「どうしても?」
「だめだ」
「一回だけ」
「し、しない」
せがむ度、ジョナサンはディオに顔を近づけてくる。そして、そうされる度にディオは首を曲げて避けていく。お互いに息を感じられる程に近づいているのに、ディオは断り続け、ジョナサンはその度押し止まった。
何故か、とジョナサンは問わなかった。覚悟が出来るまでいくらでも待つつもりだったのだ。
本気で嫌だと言うのなら、いくらでも逃げられるし、振りほどける筈だからだ。恋人同士のじゃれたやりとりを、ジョナサンは目一杯堪能すると決めていた。
ただ、ひとつだけ気に食わないのは、きちんと顔を合わせてくれないことだ。
足側にある手を外して、ディオの顎を指先で掴む。くい、とこちら側に向けジョナサンはディオの顔を覗き込んだ。
一瞬だけ、二人の目が合った。途端、ディオは目を伏せて顔を覆う。そして、耳から首までが朱に染まるのだった。暗がりの中でも分かるほど十分鮮やかに色づいていく。
これは時間がかかりそうだと、ジョナサンは息が洩れた。憂鬱でも心配でもない、幸福さの表れたため息だった。
横抱きにしていたディオの上半身を起こして、膝の上に座らせる。ジョナサンの顔の真横にディオの顔がくる。目と鼻の先、というより、既に鼻先はくっついている。
瞳を閉じてジョナサンはディオに擦り寄った。馴染み深いディオの肌の香りが感じられていた。落ち着かないのか、ディオは居心地が悪そうにもぞもぞと足や尻を動かしている。
「はぁ……っ、やめ」
つい口癖のように否定の言葉が出てしまう。ディオは目を開いて、また口元を手で隠した。
「やめ、『ろ』?」
意地悪げにジョナサンはディオに尋ねてくる。元々、ジョナサンは好きな相手に対して苛めたいという性質だった。
「……う」
「何? よく聞こえない」
「ち、……う……ッ」
抱いていた背を更に引き寄せて、ジョナサンはディオの耳を弄るように囁いた。
ぐっと自分の下唇を噛んだディオは、涙を滲ませた目で首を大きく振った。そして、ついに根負けしたディオはジョナサンに首に強く抱きついたのだった。
「ジョ、ジョ……ッ、この、馬鹿がぁ……ッ!」
殆ど八つ当たりでディオはジョナサンの首元に齧り付いて、肩口や背を引っ掻いていた。それでもジョナサンは笑顔でディオからの攻撃を受けていた。抱きしめて背や肩を優しく叩いてやると、不機嫌な声がまたもや上がった。
「キスしてもいいかい」
そして先刻と同じ質問をすると、わずかな間のあとに本当に小さく「ああ」とディオは返事をした。
伏せられた睫を見て、ジョナサンはひとつの区切りを自分の中につけた。これが終わりで始まりだと、胸に印したのだった。
片手はディオの手を握りしめて、指を絡ませる。控えめに待つディオの唇に、ジョナサンはそっと自分の唇を重ねていった。
知っているようで、知らない熱。幾度も繰り返されているのに、初めてする口付け。
触れ合っていた唇はすぐに離れ、二人は顔を見合わせた。頬をばら色にして、照れくさく笑い合った。それから再び、唇は求め合い交わる。会話よりも、もっとお互いの熱を与え合いたかった。
上辺をなぞるように、唇の濡れた部分で撫で擦る。わざとらしく上がった荒い息を聞かせて、互いの興奮を高めていく。
「はう……あ、むっ」
ディオはジョナサンの頭を両手で抱き、離すまいと力を強めた。ジョナサンも負けじとディオの背と腰をかき抱く。
求め狂うディオの舌を自分の口の中に招き、好きに暴れさせる。ぬち、ぬちゅ、という水音が行為の激しさを教えていた。
膝立ちになりジョナサンの顔を上に向かせて、ディオは舌を素早く出し入れする。先ほどのお返しと言わんばかりに主導権を握り、うっとりとジョナサンの頬に爪を立てた。
「んふ、う……っ、ん……っ!」
自由に口の中で遊ぶディオを懲らしめるように、ジョナサンは軽く舌を齧ってやった。ひるんだ隙に、そのままディオの舌をちゅうちゅうと吸い、動きを封じた。
惑うディオの顔が容易にジョナサンの脳内に浮かぶ。口付けは、より一層深く長く続いた。
「はあ……はあ……、ジョジョォ……、少しは手加減、しろよなあ……」
涎まみれになった唇の周りを舌でぺろりと舐め上げながら、ディオは胸を上下させて文句を垂れた。
「手を抜いたりしたら、君に失礼だろう?」
ジョナサンはディオの腫れた下唇を、親指で触りながら首を傾げた。ふっと、ディオは鼻で笑った。
乱れた髪をかきあげて整えると、ディオはまたジョナサンの唇を奪った。待ちきれなくなった手が、ジョナサンのローブを脱がせていく。
胸の部分に腕を入れ、そこから肩へローブを開くと、簡単に布は落ちていった。上半身を肌蹴させて、ディオはジョナサンの熱っぽい肉体に掌を這わせていく。
「ん、んっ」
同時にジョナサンはディオの腰や臀部に手を置いて、ゆっくりと揉み始めていた。
ディオの腰はくねり、ぐっと持ち上がって曲線を描いた。言わずとも、もっとして欲しいと強請っている格好だった。
素肌になりジョナサンの胸部とディオの胸元が直接触れ合い、より互いを感じられるようになった。薄手の服装はディオの骨格や筋肉のラインを強調している。そして、昂奮した体は胸の突起をピンと尖らせていた。
膨らみは硬くなり、ジョナサンの胸の上でコリコリと転がる。ディオはジョナサンの肌で自慰するかのように、胸を上下左右に動かして摩擦させていた。
「んう、んっ、はあ……ン……」
唇が離れると熱を帯びた声が洩れ出した。ジョナサンは愛おしげにディオの頬に唇をつけて、キスを落とした。
少しばかり身を離し、暗がりの中でジョナサンはディオの胸を凝視した。うっすらと汗をかいているのか、服は湿って透けている。色濃くなり尖っている乳首の部分が特によく見て取れた。その下の胸筋、割れた腹筋の線もくっきりと浮かぶ。
どこを一番弄られたいか知っていて、ジョナサンはそれでも指先で腹の筋肉の線をなぞった。
「は、う……っ」
びくん、と腰が持ち上がった。ディオは後ろに手をつき、腰を突き出すようなポーズになる。
じわりじわりと指は線を辿っていき、胸のラインに到達する。親指を加えて二本の指で胸を持ち上げてやると、ディオは恨めしげにジョナサンを睨み付けた。
肌に張り付いている服を下に引っ張ると、その刺激すらもディオには快感になり、腹に力が込められた。
「んっ! あ……っ」
痛々しく立った乳首が、もっと主張するようにツンと膨らむ。今度は背の部分から服を引いてやった。
「あ、……っうっ」
すると、乳首を中心として汗が更に広がっていった。滲みは大きくなり、両乳首に不恰好な染みが出来てしまった。