月海夜 4

 手首を締め付ける鎖を鳴らして、ディオは身を捩り胸から詰まった息を吐き出した。
「ハ……ッ、グ、……」
 鎖の輪が音を立ててひとつ外れた。石床に転がった銀の輪は、鈍く光を放つ。
 吸血鬼の怪力を以てすれば、鎖はすぐにでもバラバラに砕け散るだろう。その時ディオはどうするのか、怒りに任せてジョナサンを殺すのだろうか。
 それとも、甚振られた仕返しでもするだろうか。そうされても良いと思う後暗い弱気な自身と、未だに湧き上がる欲望に満ちる精悍な自身がどちらも均等にジョナサンの胸奥に存在している。
 愛情と憎悪が同じ大きさでディオに向けられていた。
 いとしい、と思えば、にくい、と同時に思う。
 優しくしたいと肌にふれても、触れた瞬間に爪を立ててやりたくなる。
 ジョナサンは自分でも分からなかった。いや、自分自身だからこそ分からなかった。ディオを思うと、抱きしめたくなるのに、その指や腕は彼を痛めつけるために動いていた。
 そして痛めつける為にしている行為にディオが喘げば、ジョナサンは腹が立ってしまう。ディオが喜べば、泣かせたくなり。ディオが泣けば、その頭を胸に抱き慰めたくなる。
 傷付けながら、愛してやりたい。右手で彼の顔を殴るのに、左手でその頬を撫でる。相反した感情に、ジョナサンは混乱した。
 なまあたたかい舌がディオの涙の筋を通っていく。頬から耳の穴へ舌が這うと、ディオはうめき声を上げながら腰を浮かせる。秘所は溶けきって床に水たまりを作れそうになっている。下腹部は衰えることを知らずに硬く勃ち上がって、そこを隠している布切れは先端の染みのせいでぴったりと張り付いていた。
 耳殻を齧り、耳の輪郭を舌先でなぞる。
「フ、ッ……うん……ぅ」
 ふっくらとした耳朶を唇だけでやわやわと挟んで揉み、舌は耳の裏へ回った。汗をかいた肌が一層香る所に顔を近づけて、ジョナサンはディオの匂いを堪能した。
 涙に人間の味が残っていたように、汗ばんだ肌の匂いは、懐かしいディオ自身の香りだった。人であった彼を忘れないでいよう、とジョナサンは何度もその匂いを嗅いだ。鼻を首筋やうなじに押し当てて、時に汗を舐めとりながら、口や鼻からディオの記憶を体に染み込ませていった。
 髪に手を差し入れると、さらに強い香りがジョナサンの鼻腔をついた。ジョナサンの知らない花の香りと男の皮脂が混じった匂いだった。それぞれが主張しすぎず、うまく混じり合って、独特なディオだけの香りとなっている。女らしくはないが、男らしくもない。どちらの性でもない妙な妖しさと色気がある。
 同性の体臭を好き好んで嗅ぎたいとは思わない。ジョナサンは自分の匂いですら、いいものではないと自覚している。男の体臭は誰であっても、ジョナサンにとって臭い筈だった。
 ディオのは違った。汗臭さと言うならば、確かに汗のにおいだ。だが、ジョナサンにとっては良い匂いだと感じる。スポーツで流す汗とも、緊張で垂れる汗とも違う。淫戯によって肉体が応じた汗は、不思議と人の本能に呼びかけるものだ。
 やがてはこれも薄れていくのだろう。それを悔しがり、人であることを捨てた彼を恨みがましく思った。
 ――人じゃあない、もう、この手にいる……ディオは。何故、分かってやれなかったんだ。どうして止められなかったんだ。ぼくが一番そばにいたくせに。ぼくが、ディオを理解していれば、こんなことにならなかった。
 もっと早く、こうしていれば良かった。何もかも狂ってしまったおかげで、彼を抱いているなんて皮肉だとジョナサンは、少しだけ笑った。その笑みはディオからは決して見ることは出来ない。
 本当に許せないのは自分自身だった。
 ディオを恨み、憎み、罰したいと願ったが、相反するジョナサンの半身の心は、何より己が悪いのだと指をさす。
 ――ディオの痛みを、苦しみを、悩みを、ぼくが知っていなければならなかった。彼をもっと分かってやればよかった。きちんと向き合っていれば良かった。何にも見ていなかった。ぼくは、何にも知らなかった……。


「は……ッ、う、……はなせ、離せぇ、……ッ」
「嫌だ。」
 全身を押し付けて、ジョナサンはディオに体重をかける。お互いの硬くなった下腹部が擦れ合い、ディオはたまらず小さく下半身を揺する。その淫らな動きをジョナサンが感じると、ぐっと足を床につけて、身動きがとれぬように石床にディオの身を固定する。
 首筋に顔を埋めたまま、ジョナサンはきつくディオの身を抱いていた。心音が胸に響いている。脈々と血が流れる、生命のリズムが確かにあった。
「はぁ……ああ、くぅ……ッ!」
 耳元でディオは耐え切れずに、荒い息を吐きながら喘いでいる。もどかしさと切なさで、ディオはかぶりを左右に振った。
 とっくにジョナサンの限界は迎えていた。初めに入れた時からいつ果ててもおかしくない程に、興奮し昂ぶっていたのだ。しかしこの行為は欲望の赴くままに快楽に身を委ねるような性交ではなかった。ディオを思うと、ジョナサンは射精感を堪えることが出来る。自身が達するためではないと厳しく制した。
「ジョ、ジョジョぉ……、」
 涙声でディオは名を呼んだ。牙が刺さった下唇の傷は癒えてもディオは噛み締めるので、血が滲み続けて紅となっている。
「はやく……もう、……」
 言葉にならない感情に、ディオは鼻を鳴らして泣いている。ジョナサンは少しだけ顔を上げてその表情を見たが、欲を解き放つ要因にはならなかった。
 悲しみと切なさの合間にある美しい泣き顔は、ジョナサンの欲しいものでは無い。ディオにはまだ余裕があると思った。もう駄目だ、限界だと口に出せる内はまだ終わりの底にたどり着いていない。
 人の言葉が発せられなくなり、内に秘めた獣がディオの理性を破壊するまで、ジョナサンは乱してやりたかった。
 頭の中も体の奥もすべて欲にまみれてどろどろに溶けて、世界にたった二人しかいないのだと錯覚してしまうほどに……。
「あぅ、ジョ、ジョ……中、もう、イヤだ……うう……ッ」
 足を開いて、ディオはジョナサンの腰を両足で挟んでしがみついた。秘穴はとろとろと粘度の増した愛液をこぼして、杭を待ち望んでいる。抜き去られてから長い時間放っておかれたソコは、また元の形に戻りきゅっと口を閉じていた。
 男を知った秘穴を中途半端に熱せられて、疼いて仕様がないのだろう。洩れ出す愛液を見れば、ジョナサンにもディオの苦しさがどれほどのものか分かる。だったら尚更、まだ入れるわけにはいかない。
 苦しみが続けば、ディオはジョナサンに今以上に縋り、泣き、お願いをする。
 その顔が見たい。ジョナサンは胸が高鳴った。彼の変貌する姿を、今以上に情けない姿を手に入れられたら、彼を許してしまうかもしれない。
 ――ぼくは、許したい……、ディオを、受け入れたい。
 心の声の正直な言葉にジョナサンは、はっとして息を飲んだ。何故そう思ったのか、自分が一番戸惑った。許すものかと、彼を罰したいと、この手に抱いているのに、一体どうして真逆のことを考えるのか。
 愛しさと憎しみが、混ざる。愛とはもっと綺麗で真っ直ぐな感情だったろう。この気持ちはなんなのだ。
 暗くて重い。胸を占める闇の部分は、自分が自分じゃなくなる悪意のかたまりだ。それは嫌いなのではないか……憎しみなんじゃあないのか。
 分からない。
「ディオ……」
 背に手を回し、殊更強く抱きしめた。ディオは自由にならない腕のかわりに、顔をジョナサンの肩にすり寄せた。
 ジョナサンの欲棒は硬度を更に増していた。
 愛しさか、憎しみか、……欲情しているのか、復讐なのか。
 苦しめたい、服従させたい、痛めつけたい。
 なのに、ジョナサンは肩に乗ったディオの額に愛しさを覚える。
 求めて欲しい、……体中で、本能で、自分を欲しがってもらいたい。
 ――君にはぼくしか、いないんだ!
「ン……ッ!?」
 ジョナサンは性急にディオの肌を極めていった。舌が皮膚を這いずり、骨の形をなぞる。
「ア、……! ウッ!」
 じゃらと鎖が絡まる音が響いた。ディオの身が大きく跳ね、拒んで腕が動く。ディオは手首を持ち上げ、僅かに動かせる指先でジョナサンの髪を引く。
「そこは……ッ、いい……! やめろお……ッやめ、ぅ、あ」
 胸にかじりつくジョナサンの頭を引っ張って、ディオは身を逃がそうと背筋を突っ張った。思いとは逆に胸を突き出す形になり、ジョナサンはへこんだ乳首を吸った。
「あ、……ヒィッ!」
 突起は弄られていないとすぐに引っ込み埋まってしまう。軽く吸い出すくらいでは、ちゃんと勃ち上がらない。周りの皮膚を下げて、頭を出してやらないときれいな形にならなかった。
 器用に上唇と下唇で乳輪の柔い部分を挟み、前歯で丸い桃赤の尖りを剥き出していく。
「んく……ッ」
 上手に尖りの頭が出せたら、舌先を細かく動かして口の中で転がした。
「あッ、ウ」
 ディオの愛液のぬめりが肌をまだ潤ませている。唾液と愛液が絡まり、くちゅくちゅと水音が立つ。
「フッ……うう、ン……ッ、それ、やめろ……、やっ……よく、ないッ」
 感じないとディオは訴え、諦め悪くジョナサンの頭を離そうともがいている。決定的な刺激にならないのだ。
「時間が必要だ、もっと長い時間……」
 独りごちるジョナサンに、ディオは悪寒を感じた。それはつま先から一気に駆け上がり、頭の先までの肌が粟立たせた。総身が細かく震える。
 ――じゅるるるるるるるッッッ
「んぁああああぁああああああッ!?」
 ディオの肩を両手でしっかと掴んで床に押さえつけ、ジョナサンはくわえていた片方の乳首をこれまで以上に吸い上げた。
 胸の肉が吸引されて形を変えていく。
「あ、あ゛あ゛ッ! とれぇ、取れるう……ッ! はなせええええ゛ッ!!」
 腕を振り上げ、鎖をがちゃがちゃと鳴らしてディオは抵抗した。痛みと恐怖でパニックを起こしていても、下腹部の膨らみはビクリビクリと脈打ち、ジョナサンの腹を打った。
 次に歯を立てて、噛みながら更に吸った。膨れていく胸の肉を片手で揉みほぐしながら、もう片方の手であいている乳首に爪で引っ掻いてやった。
「イッ! うぐ、あ、ああ、やめぇ、ぇえああ゛ああぁぁぁッ!」
 ぬるつきが乗せられているから、爪による摩擦では傷がつかなかったが、敏感な器官に対して強すぎる刺激はその部分を真っ赤に染めた。
 小さく窪む乳の穴に人差し指を無理やりねじ込み、ぐにぐにと押し込む。中に硬くなった感触があった。
「はぐ……ッ、ああッ、ああぁああァッ!」
 乳輪を摘まみ上げると、しこった小さな乳豆が赤くなって出てきた。
 銜えた所と同じ位置にまで引っ張り上げ、摘んだ指の力を強めてねじる。
「ううああッ、ひッ……、あううあッ!」
 悲痛な叫びの中に、悦びの色が見える。内腿はひくひくとジョナサンの腰を包んで震え、涙と涎でディオの顔面はぐしゃぐしゃに濡れていった。
 腕は力をなくして、ディオは無様な泣き顔をジョナサンの前に晒した。もう余裕のあった王の風格なぞ今は微塵も無い。
 これで終わりだと、ジョナサンは爪で抉りながら小さな突起を潰して、銜えた乳首を深く噛んだ。
「――アッ!」
 一瞬、ディオの息が止まり、全身が強張った。膝がぴんと真っ直ぐ立ち上がって、ほんの短い時間硬直した後に弛緩していった。
「く、ふ……ああ……ッ」
 限界を越え、ディオは性器に触れられることなく、達した。上気した肌は湯気が出そうなほどに汗ばみ、血色よく白肌を鮮やかな桃色に変えていた。
 猫の瞳はすっかり溶けきって、ジョナサンをうつろに宿した。
「あ……あぅ……。」
 両の乳首は血の色に染まり、痛々しく膨らんでいる。手を離し、今度はただ慈しんで舌でやんわりと突起を舐め上げた。
 片手を下腹に持っていき、張り付いたままの布切れをはがすと、糸を引いた濃い粘液が萎えたディオのペニスにまとわりついていた。
 白蜜は、未だに先端の穴からとろりと流れる。ディオのうるみを指につけ、根元から絞り残滓を扱き出してやった。
「クッ、ン……、」
 ディオは大人しくジョナサンの手に身を任せた。残りの白濁は勢いもなく、穴から滲み出て吐精は終わった。
 射精をし終えても、ディオの昂ぶった熱は治まらない。
「ジョジョ……。」
 舌足らずな口調でディオは、ジョナサンを呼び、熱くなった息をこぼす。もじもじと足をすりあわせて、再び腿の間にあるジョナサンの腰を挟み込んだ。
「腕の、外そうか……。」
 ディオらしくもない目つきは、どこか不安気にジョナサンを見つめ続けている。巻き付いた手首の鎖を解き、擦れて痣になった場所にジョナサンは口をつけた。
「いくらすぐ傷が治ると言っても、痛みを感じないわけじゃあないんだろう?」
 痣はすぐに薄くなり、細かく刻まれていた傷は元のディオの美しい肌に治っていく。
「……ジョジョ……」
「痛かったんだろう……?」
 ごめん、とジョナサンは詫びた。
 傷つけたかった筈だった、痛がる顔も見たかった。
 けれど、傷口を見て、泣き顔を見て、ジョナサンは心を痛めた。
 矛盾していると自分が一番思っている。
 思い切り酷いことをしても、そのあとには優しくしたいだなんて。
 ――ぼくの愛情は壊れてしまったのだろうか……。
「ジョジョ……、ジョジョ、」
 解放された腕でディオはジョナサンを抱き締める。
 肌と肌がぴたりと合えば、ジョナサンはこみ上げるものがあった。
 唇のあわせから、ディオは甘やかな吐息をこぼして、あえぐようにジョナサンの名前を呼ぶ。

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