月海夜 8

 歯がぶつかり合うのも気にせず、ジョナサンは腔内を貪った。
 牙は唇の端を切り、ディオは無意識にジョナサンの血を舐める。たったの一滴でも、焦がれる相手の血であれば総身は悦びで震えた。
 このまま柔らかい肉に歯をたてて、太い血管を噛み千切り、新鮮な生き血を啜りたい。湧き出る底なしの飢えにディオは目の前が眩んだ。
 若い娘の健康な肉体が一番の栄養だと吸血鬼の本能で悟っていても、眼前の筋肉質な大男の身体が美味そうに見えていた。精気が溢れ、生命の力の漲る体は、何よりの馳走と思えた。
「はぁ、う……」
 爪の先が、ジョナサンの頬を引っ掻き、肉に食い込む。唇の熱の冷めやらぬうちに、また重なりあい、求め合う。急かす指が肌に爪を立てられれば、ジョナサンは応えて深い口付けを続けた。
 屍生人ではないディオは、自ら進んで人肉を食そうとは思わない。読んで字の如く、『吸血鬼』――バンパイアは人間の血を糧とするので、肉や臓物を取り入れたりしない。
 ディオは、ジョナサンの生命力のエネルギーを奪えれば、それで満足だった。最上の餌、極上の獲物。若いジョナサンの今の身体は、人の短い生涯で最盛を誇る時期のすばらしい肉体であった。
 身を以て感じたその精気の力強さに、ディオは直ぐ様命を絶つのが惜しくなってしまったのだった。
 戦って感じた自身を追い詰めるまでのジョナサンの実力は、好敵手と認めざるを得ないものがあった。こんな男にはそう簡単には出会えないだろう。自身を追い詰めるまでの『人間』などは、二人として存在していてほしくないものだ。
 たったの一滴、その一瞬のエクスタシーは、何物にも変え難い。知ってしまえば最後、ディオはジョナサンを殺められなくなった。
 それに自分はいつでも奴を殺せると思えば、この一興に酔いしれてもよかろうとディオはジョナサンの腕に包まれるのだった。
「ジョジョ、これ、はやく……」
 膝頭で下腹部をさすり、ディオはジョナサンの肩口にこめかみを押し付ける。猫が飼い主に額をこすりつけて、自らの匂いをつける仕草によく似ていた。体をくねらせて、ジョナサンを見つめる瞳はやはり黒目は縦に伸びる猫の金眼だ。ディオはジョナサンにとって大きな猫みたいに思えた。
 昨晩の疼きが再び蘇ってくる。秘穴は男を意識して、じんわりと熱を高める。薄手の革のズボンに手をかけ、ディオは服を脱ぎ始めた。
「ン、んんッ」
「ディオ……、」
 下半身だけが一糸まとわぬ姿になった。その間も接吻は続いている。時間ならいくらでもあると言うのに、何故かひとときも離れられない。肌が、唇が、触れ合っていないと心細くなる。ディオも同じ気持ちであるのかもしれない、と思い込めばジョナサンの胸は否応なしに弾んでしまうのだった。
 露わになった腰から、臀部へ手のひらは肌の滑らかさを知る。くびれた腰から、太腿へと描く曲線は見事だった。逞しさの中にある、妖しい色香はディオの独特な肉体から醸し出されている。
 ジョナサンは腿の付け根に触れ、下から盛り上がった肉を持ち上げた。丸い尻の肉が手の上に乗り、勢いをつけて揺らすと、ディオは熱い息を洩らした。
「ふっ、うん……くッ」
 唇を離して、甘い吐息をジョナサンの顔に吹き付ける。またも花の芳香が漂った。吸血鬼はバラも食すと聞くが、ディオもそうなのだろうか。ジョナサンは吐き出された息を吸い込む。甘い花の香りが胸の中に広がった。
 ディオの腰に腕を回し、体を持ち上げて場所を入れ替える。ジョナサンが寝台に横臥し、ディオは自身の上にうつ伏せに寝かせた。
 膨らんだ性器がジョナサンの腹に当たっている。ディオは切なげに舌を舐めずり、ジョナサンの股座を摩った。
「どうして、ここに欲しいの?」
「く、うっ、ん……っ」
 触れた秘穴はすでにたっぷりと愛液を垂らして濡れそぼっていた。指が離れると、熱い汁の糸がひいた。
「ひっ、んっ、あ、あっ」
 人差し指で焦らしながら、浅い部分を責める。ゆるまった穴は指を容易に受け入れて、柔らかく包み込む。肉襞はぬるりと侵入を歓迎し、ジョナサンの指を銜え込んだ。
 足は自然と開かれ、高く上げた尻が揺れる。ディオはジョナサンの耳元で、切なく泣き喘いだ。
 人差し指の太さに穴が馴染んだ頃、中指が入り込む。二本の指で穴を開かせて、広げさせるとジョナサンは指の先に更にぬめりを感じた。
「んっうっ、ううっ、もう、いい、もういいっジョジョ、ジョジョ、はやく、……ッ!」
 額をジョナサンの胸元に擦りつけて、かぶりを振り、ディオはシーツをかたく握り締めた。
 ディオの唇や秘所に触れてから、ジョナサンは一層体が熱くなっていくのを実感していた。興奮している。いいや、興奮『させられて』いる、そのほうが正しいとジョナサンは思う。自身の感情とは違ったものだった。
 ――そうだ、これは媚薬だ。
 言葉や、吐息、体から分泌される体液、ディオから生まれてくるそれらに体は反応している。魔力めいた不可解な、到底人間の科学では解明出来ない魔物の力が働いているのだろう。
 なら、この体の熱も、愛おしいと勘違いしてしまう感情も、ただ操られているに過ぎないのか。頭の芯が冷えていく。思いとは何なのだろう。誰よりもジョナサン自身が一番分からなかった。混乱している。ディオを抱く自分の違和感、腕の中で喘ぐディオの瞳、昨日まで殺そうとしていた相手……、どうしてだ。何故なんだ。ありのままの現状にジョナサンは奥歯を噛み締める。
「してくれ、……もう、……っ」
 ジョナサンは赤面した。羞恥でも、性の昂ぶりでもない。ディオへの怒りで、血が顔中に集まっていく。
 ――彼はぼくを愛してなんかいない。ぼくも彼を愛しているはずもない。分かりきっていたことだ。何を期待している!?
 馬鹿だ。そうだ、こんな馬鹿馬鹿しいこと。
 この淫猥な魔物にぼくは惑わされているだけだ。負けてはならない。屈してはいけない。
 ジョナサンは渦巻く胸奥の思いを解き明かせない。新たに生まれる感情に振り回されては悩み、もがいていた。
「ここを、埋められるなら……」
「くゥ……ッ!」
 指が乱暴にめり込み、ディオは苦痛に顔を歪めた。しかし程なくして、緩んだ口元から色めいた溜息がこぼれていった。
「はぅ……ッ」
「何だって、いいんだ……! そうだろう……ッ?」
 感じ入るディオの様子に、ジョナサンの憎しみがふつふつと体の底から沸き立つ。そして明らかな憤りを面に出していた。
「『ぼく』じゃあなくたってッ!!」
 勢いよく起き上がり、ジョナサンは指をディオの秘穴に突っ込んだまま彼の体を反対側に押し倒した。寝台が衝撃によって大きく揺れ、みしみしと音をあげる。
 ジョナサンの近くには剣が寝そべっていた。指を抜き、濡れた手を伸ばし、剣の柄を握る。
 ジョナサンの息は荒くなっていく。形相は変わり果て、ジョナサンは頬をいびつに醜く上げて笑った。心の中の邪悪も、同じくして笑い声をあげている。
 手にとった剣の鞘を持ち、ジョナサンは玉の形をした柄頭をディオの秘部に押し当てた。
「ウッ!」
 冷たい感触に、ディオの総身は跳ねた。わずかに開いた入口は、すでに柄頭がめり込んでいた。
「ぐう、っ……なに、を……っ!?」
「欲しいって言ってだろ……太くてかたいモノが」
 愛液にまみれた秘所は、丸い柄頭を飲み込んでいく。足を開かせて、ジョナサンはディオの秘部を見つめて、じわじわと柄を埋めていった。
 とろけてゆるんだ秘穴は、驚く程すんなりと異物を迎え入れてしまった。
「うアッ!」
 球体の柄頭がすっぽりと嵌り、あれほど広がっていた秘口はくびれた剣の握りを締め付けて窄まっていく。研究者のような気持ちで、移り変わる様子をジョナサンはまじまじと観察していた。
 自身が挿入するとなると、このように間近で秘穴を見ることは出来ない。息がかかるくらいに近くで、ジョナサンは鼻をひくつかせた。
「うあ、くう、うううッ」
 ディオの性器からこぼれている半透明の液体は雄臭い匂いがし、秘穴は汗のような塩味のある臭いがしている。
「やめ、ろッ……ッう!」
 足を暴れさせて、ディオは腕を秘部へ伸ばした。抜き取ろうと動いた手をジョナサンは、掴み上げ両手の自由を奪った。
「なにを……しやがる! クソッ! こんなモノ、入れやがって!」
「抵抗するならまた縛らなくっちゃいけないね……」
 ディオの半身を足でベッドに押さえ付け、両腕を背に回してひとまとめにし、ジョナサンはディオの手首を自分のベルトで巻きつけて縛った。
「ジョジョ……、おまえ……っ」
 首だけで振り向き、ディオは光る牙を向く。
「まだ足りないだろう? 全部、奥まで入れてあげるからね」
 ディオの腰を持ち上げて尻を上向かせ、ジョナサンは柄の握りを更に秘所に沈めていった。
「アッ! くああ、ぁあっ!」
 冷たく硬い剣の柄がディオの体に侵入していく。穴の隙間からひとすじの愛液が滴り落ちていく。
 ――やっぱり、『何でも』いいんじゃあないか……。
 ジョナサンはこぼれる雫を暗く見据えていた。
 柄の握りの鍔との繋ぎ目には、大きな宝石が表と裏にひとつずつ飾られており、周りには模様が掘られている。敏感な秘穴には、飾りの凹凸は刺激になるだろうと、ジョナサンは思い、柄を回しながら入れてやった。
 大男のジョナサンの手に馴染む大きさの剣は、それなりの質量を感じるだろう。
「あア゛ゥうッ!」
 いくら慣れているディオであっても、叫び声は悲痛だった。
 ディオの肩に片手を置き、これ以上動かぬようジョナサンは押さえ込んだ。そして、手の中にある剣をひと思いに深く差し込んだ。
「グッ! くぅあうぅぅうっ!」
 握りは姿を消し、秘穴からは鍔から先が伸びている。尾がそこから生えているようで、ジョナサンは絵画の中の悪魔を思い出していた。
「あっ、うっ……んっ、いっ……つぅ……っ」
 腫れる秘穴は赤く充血し、今にも引き裂かれそうだ。ジョナサンは、片手で尻の肉を無理やり割開いて、間近で見つめ続けた。
「くっ、う……っ」
 鼻や口から漏れるジョナサンの息が、ディオの腿や尻のあたりにかかり、顔との距離をディオに教える。
 恥ずかしい所を見られている、と意識すれば、ディオは身悶え震えた。
 恥じらいなど、人であった時代のディオにも要らない感情であった。吸血鬼になったディオにとって、「恥かしい」と感じるのは、おそらくこのジョナサンという男に対してだけ生まれる思いなのだと、自覚している。(自身が認めようとしていないだけで、人間のディオにとっても、「恥」はジョナサンだけに発生していたのだろう。)
「あっ、やぁ……ッ」
 むず痒い快感と、羞恥がディオの中で入り混じり、気分を高まらせていく。
 何故だか、ディオは嫌だと思う気になれなかった。それどころか、ただの性交以上の心地よさが、この悪意のあるジョナサンによって新たに開かれるのではないかと心待ちにしていた。
 痛みや、苦痛や、恐怖が、体に吸い込まれていくと快楽に変化する。
 嫌だと強く思う程、それらを受け入れた時、激しい悦びが全身を突き抜ける。痺れる甘さだった。ディオをこんなにまで狂わせられる男は、ジョナサン以外いないだろう。
「あっ、あうっ、あっ、ふあっ……」
 尻たぶを舐め、ジョナサンは鞘を抜き差しし、ディオを喘がせていた。
 深く差し込むと、穴はぎゅっと縮こまり、玉の柄頭が抜けそうになるギリギリまで引き向けば、肉襞がめくれ上がった。
 単調な同じ動きを繰り返し、ディオの片方の尻たぶがジョナサンの涎まみれになるまで、抽送は延々と続いた。
「あくっ、ああっ、もう……ッやめ、ううっ」
 剣の柄では最奥には届かないのだ。奥を突かれたがるディオは、これではなかなか極められない。
 ジョナサンは、短い時間の中で冷静にディオの体の癖を見抜いていた。
「んんぅぅッ……、ジョ、ジョジョォ……っ!」
 名を呼ばれ、ジョナサンは返事の代わりに尻の肉に歯を立てた。
「くっ……! やう……ぅ、もう……嫌だぁ、これ、……イヤ、抜けぇ……ッ!」
 言われて、ジョナサンは柄を鍔が引っ掛かるところまで入れ込む。
「んっ! うっ!」
「奥に来てるだろ?」
 体内が見えなくても、届いていないのはディオの様子で分かっていた。物足りなさそうな声がしているからだ。
「うう、いやだと……ッ! うぐっ、うう、やめ、ろぉ……っ!!」
 また抽送が再開され、ディオは息を荒げた。
 自尊心は、小さな砂の粒ひとつひとつが積み重なり、山を作っている。自信、実力、慢心、驕り、様々な要因によってディオの山は聳えている。
 ジョナサンは、その山を削り取っていく。初めは小さな傷でしかなかったのに、砂は抉られ、頂きはこの行為で侵略されていく。
「いやっ! ほしいぃぃっ! あっ、ひあ……っ」
 甲高い哀願にジョナサンの動きは止まった。
「欲しいって、なに?」
 ディオの金眼には涙がいつの間にか溢れていた。
「オチ×ポ、欲しいぃっ!」
 腹の内から溶かされると、性感は脳内まで侵食していく。理性などディオには不必要なのだった。
「ここに立派なのが、あるじゃあないかッ」
「あ゛あ゛ッ!!」
 剣から手を離したジョナサンは、ディオの股の間で淫ら汁を流していたディオ自身を握り込み、手淫を施した。
 硬く勃ち上がっていた欲棒は、急な刺激に耐えられずに白蜜の飛沫を数回に分けて放った。
「やっ、ひあ……ッ、あひ……ッ、ちが、ちがうッ……ジョジョのぉ……ッ」
 既に喘ぎではなくなっていた。泣き声に近い、もの哀しさがあった。
 それでも、ジョナサンは引き下がれない。起き上がれずにいる背中に口付けて、肌に吸い付く。背筋を唇でなぞって、首にたどり着き、花の香りの髪を食べる。
 震える金の頭に口づけながら、ジョナサンは優しげな声でディオに強請った。
「ディオ、なら自分でコレを出してみてよ……」
 これ、と繋がったままの剣の鍔と秘穴の境目を指先でつついた。
 ディオは押し黙った。
「手は使わないで」
 ぴくん、とディオの総身が小さく震える。触れている肌から、汗が滲み出てきていた。
「うっ、……手を外せ……っ!」
「それじゃあ何のために縛っているのか分からないよね、ディオが自分で抜かないように縛ったのに」
「外せっ……うくっ」
「排泄するのと同じさ、難しくなんてないんだから」
 ジョナサンは耳元で囁き、ディオの下腹を撫でる。
 ディオの頭に恥じらいと理性が呼び戻されていく。快感の中で不必要である情が、ある一線の位置で現実に帰ってきてしまう。
 ――嫌だ、恥ずかしい、見られたくない、したくない。
 感情の底を、ジョナサンはこじ開けようとしている。
「してよ、手伝ってあげるから」
 うつ伏せの上体を持ち上げられ、ディオはジョナサンの身に抱き上げられた。ベッドの端に座ったジョナサンの膝に、足を開かされた状態で抱えられる。
「あっ、アアッ!」
 剣先が床に着き、響きが直接ディオの中に伝わった。
「ああ、もっと高くないと下に着いちゃうのか」
 開かれた両足の膕に腕を入れ、ジョナサンはディオの体を反らさせた。ジョナサンの肩にディオの頭が乗せられ、互いの顔が見える体勢となる。
「こんなに顔ぐしゃぐしゃにして泣いて……」
 ディオの流した涙をジョナサンは舌で舐めとり、そのまま頬にキスをした。
 涙を拭ってやっても、ディオの頬は濡れ続けていた。
 顔も体も赤く染め上げ、ディオは息ごと唾を飲み込んだ。

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