解放区 2
「それで、貴様はこの後どうするのか、その低俗な本で何を学んだ?」「続き、するのかよ……」
逃げられないように、しっかと遊戯の腰を持った海馬の手は緩む気配は微塵もない。
「貴様から始めた事だろうが。最後までしてみせろ」
「いや、でもオレは」
「何だ。何を躊躇ってる」
もじもじと自らの胸のあたりで遊戯の手指が頼りなさげに動く。海馬はじっとその動きを見つめた。
「無い、から」
「……? 何がだ」
「だから、その……」
「フン、貴様らしくもない。ハッキリと言え」
「む、胸……」
すとんとした平らな胸板を摩りながら、遊戯は小声で言った。海馬は、ならこの目の前にあるのは何だ? と言いたげな視線を送り、その後遊戯に訴えかける視線をやった。
「そうじゃない……だから、その……お……」
「お?」
唇を読もうとしたのだが、遊戯が口元を覆ってしまったので海馬には分からなかった。
「お……っ……い……が」
「よく聞こえん。もっと明瞭に話せ」
責めるつもりでは無かったが、自然と口調が荒くなる。毅然とした態度の遊戯が好ましいのだ。このようにして語気を弱め、臆病な振る舞いの彼は気に入らない。
「だ、だから! おっぱいが無いんだって!」
途端に声を大きくし、遊戯は理不尽に激昂してみせていた。あまりに海馬が追い詰めてしまったからだろう。言い放った後の遊戯には多少の後悔の念が見られた。
「ああ、成程な。……貴様がどんな知識を得たのかが、容易に想像がついた」
海馬とて、十八歳の健康優良少年だ。その程度の情報はすでに得ている。しかしそれらは所詮、男の幻想であるものだと思っていた。それらは、男性の夢の一部でしかないのだと。
「貴様はおっぱいが何なのか理解していないようだ」
「……へ?」
海馬は遊戯の腰を引き寄せ、眼前に胸が来るようにした。再び鼻先が当たるまでの近さとなる。ほんのりとかいた汗のおかげで、より濃厚に香る体臭が感じられた。それを逃さぬように一気に吸い込む。やはり甘い香りだ。
「たとえ、男であろうと違いは無い……」
服の上から海馬は遊戯の胸を食んだ。片方の胸の、胸と腹の境目のあたりに歯を当てる。ほんの少しのささやかな盛り上がりがある。
「え……ッ、海馬……っ」
「捲ってみせろ。遊戯、貴様の手で、だ」
「う……」
海馬は遊戯の胸に顔をつけながら、視線を上向ける。鋭い眼光は、闘いの場で見せるものと変わらぬ強さを持っているのだが、傍から見ればとても滑稽な体勢に違いない。
「く……っ」
遊戯は眼力に押し負け、のろのろとタンクトップの裾を持ち上げていく。身体のラインが分かるような服装を好むので、腹のあたりまでは簡単に捲れ上がるが、肋骨のあたりからは力が要った。
遊戯のタンクトップは体にぴったりとしたサイズである。身を動かしながら、ゆっくりと肌が出されていく。見えない部分も、それなりに鍛えられているらしい。少年らしいしなやかな筋肉が腹や胸に乗っている。
海馬は待った。ひたすらに我慢し、遊戯の動作を見守った。手を出してやりたくなるのを耐え、代わりに腰や腿を意味ありげに撫でた。そうすると、遊戯の足はぴくりと反応をしてみせるのだった。それが少し楽しかった。
盛りあがった胸の際から、色味が変わる箇所が覗いた。薄い桃色をした乳輪が僅かに確認出来た。
「ん……ッ、う……ッ」
「どうした。手を止めるな」
紅潮しきった顔は、頬だけでなく耳や首筋まで赤くさせていた。今まで以上の恥じらいに襲われ、泣きそうにすらなっている。このままにしておけば、いずれ降参するだろうと踏んだ。
「オレに見せられないのか?」
「海馬だから……だッ」
止まった手の上に、海馬は自らの手を乗せる。タンクトップを握りしめた手は固くなっていた。
「嫌なら止めてもいいぞ」
「え……?」
期待を裏切られたかのように、遊戯は目の色を変えた。そんな言葉が返ってくるとは思いもしなかったのだった。
「辛いのだろう? オレは無理強いをさせるつもりはない」
「……ッ!」
何故、この男はこちらが怯むと優しくするのだろうか。狡いやり口だった。遊戯の性分を分かっていて、そういう事を言うのだ。
「嫌……だ」
「そうか。嫌か。なら、そうすればいい」
「ここで、こんな、中途半端なのは、嫌だ」
「ほう……?」
目を細め、企みを含ませた笑みで海馬は再び遊戯を抱き寄せた。海馬の手のひらの熱が上がったような気がした。触れられている腰と背の肌が熱い。
「ン……ッ」
硬くなってしまった尖りが、服に引っかかった。無理に取ろうとすると腰に響くような痺れが伝わり、遊戯は悲鳴じみた声を上げてしまう。
「ひ……ぅ」
ツンと立った乳首がついに露出し、タンクトップから手を放しても裾は勃ち上がりきった先に引っかかり、そのまま胸を曝け出していた。
「クク……見事だ」
淡い色づきは、幼さの表れのようだった。しかし、硬くなった形そのものはとても淫猥でいて、少年には似つかわしくない。その差異が遊戯に色気を授けていた。
「あ!」
胸の真ん中に鼻先を擦りつけていた海馬は、舌を出してそのまま片胸へ吸い付いた。丸みを帯びた形の尖りは、啄むのに丁度良かったのだ。
「う……ううっ!」
声を漏らすまいと、遊戯は手首を口に押し付け、やがて噛んだ。痛みは快感を紛らわしてくれる。
唇だけで食み、そして口内に含むと海馬は舌先で乳頭をざらざらと舐める。見えていない筈なのに、遊戯にはその舌の動きが分かってしまう。器用な舌先は、遊戯の想像力まで犯す。
「や……や……ッ! 舐める、なァ……ッ!」
「舐めるのはダメか? なら」
一旦唇を離すと、海馬は今度は思い切り吸った。乳輪ごと口に入れ込み、ちゅう、と音を立てながら吸引する。皮膚ごと持っていかれそうなほど、強く吸われている。
「あッ! ううぅ……ッン! やだ! 嫌だァ!」
慣れない快楽の波に抗って、遊戯は首を振り、手足をばたつかせた。海馬の後ろ髪を引いて拒む。すると海馬はすんなり身体を放してくれる。
「舐めるのも吸うのもいけないのか?」
「うぐ……ッ」
悪戯っぽく微笑んでみせる海馬は、指の腹で遊戯の乳頭を摩る。大したことがない筈の刺激なのだが、遊戯は必死に逃れようとしていた。今なら海馬の吐息ですら拷問になる。
「痛い方が良いのか」
「……ッあ!」
海馬はまたも咥内に乳首を入れると、今度は前歯で敏感な箇所を齧った。じいん、と痛みと痺れが広がって遊戯は目を瞑ってしまった。視覚を手放せば、余計に感じやすくなってしまうのは今の遊戯には分からない。
「う……くゥ……ッ!!」
胸を反ると全身がひりついた。海馬は果実でも食すかのように、遊戯の乳首を歯で虐める。その度に、心地いい疼痛に見舞われ言葉を失う。腕や足は脱力しているのに、指先がびくびくと痙攣する。
「ぅア……ッ!」
片乳ばかりが責められていたが、放置されていたもう片方の胸についに海馬の指が伸びた。海馬は無遠慮に、色づき始めたばかりの乳首を抓り上げた。
「あっ! くぅ……ッ!」
ぎゅうっと抓られ、摘まみあげられる。咥えられている乳首も同様に引かれて、胸の皮膚が不自然に伸びるのを遊戯は目撃してしまう。
「や……ッやあ……や、らぁ……ッ!」
とっくに力を失くした手で、海馬の髪や服を引いて訴えるものの、全く聞いて貰えない。遊戯は殆ど回らなくなってしまった舌で必死に海馬を呼んだ。
「かいば……、かいばぁ……ッ!」
ひとまず納得がいったのか、海馬は口と指の動きを止めると、涼しげな表情で訊いた。
「どうした、遊戯?」
「……ふっ……ぅ……うう……ううう……ッ」
文句の前に先に手が出た。遊戯は拳で海馬の額や頭を叩き、自身の赤らむ頬を擦ったのだった。
「これで分かっただろう。貴様の胸はおっぱいとしての意義があるのだと」
「別に嬉しくないぜ」
遊戯は捲れたタンクトップを直そうとしたが、海馬が絶対にそれを許してくれなかったので、胸を曝け出したままだった。不恰好すぎて本当は嫌なのだが、裾に手をやるだけでやんわりと海馬に邪魔をされて、仕舞いには両手を握られる。仕方なく遊戯は諦めていた。
「貴様が、自分におっぱいが無いのだと言ったからだろうが。だからそれをオレが証明してやったまでだ」
「何か……いまいち腑に落ちないぜ」
「フン、喜べ。このオレには価値があると言っているんだ」
そう言うと、海馬は散々に甚振った遊戯の乳を軽く吸った。
「んッ……! それ……止め……!」
胸での快感に未だ慣れない遊戯は、肌が感受する刺激を認められずにいる。海馬はどれほどに遊戯が拒もうともしつこく愛撫を繰り返している。
「貴様が痛みが好ましいというのは分かっているが、生憎オレはサディストではない。諦めるんだな」
舌を大きく出した海馬は遊戯に見せつけるようにして、べろりと乳首を舐めとった。飴玉を転がすように、或いは傷口を癒すかのように。
あまりにも何度も何度も舐められるので、遊戯は自分の胸が抉られてしまうのではないかと錯覚する。けれど、視線を落とせば、そこにはきちんと肌が存在しており、主張している乳首は目を覆いたくなる程にピンと勃っている。
「ふぅ……ぅ……ン……ゥ」
息を殺しても、甘えたような声が鼻から抜け出て、遊戯はそれにすら恥じ入った。自分が発しているとは到底思えないような高さと情けなさがある。
まだ頭の奥は冷えているだろうか。遊戯は目を閉じて、自分に問いかけ続けている。
「遊戯……」
海馬に呼ばれると、遊戯はつま先に力が入った。薄く目を開ければ、同じように熱に浮かされた顔色をした海馬が切なげに自分を見上げているのだ。
「な、何……だ」
「手を」
海馬に言われるがまま遊戯は手を出した。ずっと拳を作ったままだった。少し手のひらに汗をかいている。
「あ」
熱くなった手のひらに海馬は唇を落とす。こんな戯れは幾度となくしてきた。海馬は、遊戯の手や指が好きなのだ。カードを操る手、カードを持つ手、道を示す指、遊戯の手から生み出される全てが海馬には光だと思えるからだった。
「海馬……」
そして海馬は指をしゃぶった。涎れ多くを含んだ咥内に入れられる。ぬるりとした感触に、遊戯は身がぞくりとした。腰の奥がずきずきと痛む。得体の知れない感覚だった。自分でも把握しきれていない身体の内部が疼く。
「ん、あ……ッ」
人差し指と中指を一気に舐められ、そして舌が手の甲に流れる。濡らされた指が照明にあたり、ぬらぬらと光った。いやらしい、と心の中でだけ呟いた。
「遊戯、この手で……」
手首をそっと掴まれ、持たれる。海馬はいつの間にか緩めたベルトのその下へ、遊戯の手を運んだ。
「……か、海馬……ッ」
指先に当たる硬質な肉身は、男なら覚えがある感触だった。膨らみは遊戯の手に反応して、ビクリと脈打つ。
「ここを鎮める方法なら、貴様とて分かるだろう……?」
自身を慰める法なら、いくら何でも心得ている。この身体に生まれ変わってからも。その前の人生でだって、本能でしてきた行いだ。けれど、人の性器は触れた記憶はない。熱い……そして湿っている。
「貴様の所為でこうなったんだ……。責任を取って、貴様がオレに止めを刺せ」
限界が近いのか、一段と低くなった声色で海馬は吐息混じりに告げる。胸元にかかる息も湿っぽい。
「オレ……上手く、出来ないかも、しれないぜ……?」
海馬の熱にあてられた遊戯は浅い息を繰り返して、途切れ途切れに答えた。声が掠れてしまう。
「いい。貴様の手を、オレはずっと望んでいたんだ……」
そっと下方から握り込めると、悦ぶように海馬のモノが膨れる。手指を少し動かしてみると、血管の太さが皮膚の上からでも分かった。そして、どくどくと血が流れるのを感じる。海馬がどれほどに興奮しているのかが直接的に伝わってきて、遊戯は益々汗を流してしまう。
「フ……自分でするのにも、そんな優しく触るのか?」
やわやわと恐る恐る擦っていると、海馬は呻くように笑った。遊戯は答えるのが億劫で、軽く横に首を振る。
「だって、ヘンだ……」
「同じようなものだろう」
「あっ……、うっ……」
「貴様が喘いでどうする」
遊戯はもう、海馬の熱に浸食されきっていた。冷静を手放せば肉体は本能に従うだけで、頭の中はくらくらして、身体ごと浮遊している気になった。
「だらしのない顔をして……」
海馬は遊戯の手をそのままにさせて、赤みの強くなった乳首に吸い付く。すっかり丸みを帯びて男の舌を待つようになった淫らな器官を、赤子のように無邪気に、そして無心に海馬は吸う。
「あうっ、……んっ、ンッ……アっ……」
遊戯は開いた口から自然と声を出していた。もう塞ぐ必要がない。羞恥心を超えた先には、その感情は何の意味を成さないからだ。
「ん……ンッう……!」
背を丸めて、海馬を抱きかかえるようにして遊戯は身を縮めた。濡れた手の中では、海馬自身が頂点を極めようと昂ぶり続けている。それを手伝う遊戯の手がくちゅくちゅと水音を立てて、上下に揺さぶっている。
「遊戯……ッ」
海馬は両腕で遊戯の背を抱いた。己よりも小さく細い身体であるとその腕は知るのだが、包み込まれるような温かさがあった。海馬は更に頬を遊戯の肌に寄せる。そしてもう片側の乳首に吸い付いた。
「海馬……ッ、海馬……、大丈夫だぜ……ンッ、ん……」
海馬の内の恐れを察した遊戯は、更にしっかりと片腕で頭を抱え、あやすようにして肉棒を扱いた。始めより激しさを増した動きは、海馬の快感を追い詰めていく。
ふと、朧げな安心感に海馬は抱きしめられていると、理解した。人々が神に祈りを捧げ、心の拠り所にするあの思いを、一瞬だけ分かった気がした。
「……う……ッく……はぁ……ッ」
昇りつめ、極まった時を迎え、海馬は息を止めた。遊戯の手は上手く鈴口に当てられ、その熱射をちゃんと受け止めていた。どくり、どくりと溜まった精液が吐き出される。海馬はその間も遊戯の乳を吸い、その小さな手の愛撫に身を任せていた。これ以上ない男の贅沢であった。性行為において雄の立場は常に“動”である。
行為そのものとは、また違う行いだと分かってはいる。だが、このように身を任せ、甘え尽くせるのは、それを許してくれる相手がいるからだ。心身が満ちていくのを海馬は感じる。
「ああ……いっぱい出たな……」
遊戯は空いた手で海馬の残滓を搾り出してやるようにして、仕上げて扱いた。すると、押し出された精子が受け止めていた手に、数滴落ちる。終わりの印しだった。
零さないように遊戯は手の平を上向かせたままにしていた。海馬は息を落ち着かせると、ぼんやりと顔を上げた。
粘り気のある精液は、収まりきらずに遊戯の手首に垂れた。粘液は重みがあり、とろりとしてゆっくりと垂れる。遊戯は左手の指で掬い取るようにして手の平へ戻す。
「洗ってこい」
遊ぶように精液を手の平に乗せたままの遊戯に、海馬は手洗い場へ行くよう示した。所が、立ちあがる素振りも見せずに遊戯は黙って海馬を見ていた。
「……分かった。貴様が言わんとしていることは」
海馬は遊戯を膝に乗せたままで、目の前のローテーブルにあるティッシュを取り、指の間も手首も丁寧に拭き取ってやった。そして左手の指も、一滴残らず綺麗にしてやった。
「それくらいして貰わないと割に合わないからな」
どうやら海馬の後処理は正解だったらしく、拭かれた両手を確かめると、遊戯は頷いた。
そして遊戯は海馬の首に手を回し、無防備になっている額に唇をつけた。普段はどんな事があっても乱れない海馬の前髪が、汗をかいた為に肌に張り付いて隙間が出来ていたのだ。海馬は、一瞬たじろいだが、すぐにいつもの不適な笑みを浮かべる。
「フン、可愛げのないヤツだ」
「貴様にはそれくらいが丁度いい」
「ほざけ」
海馬は憎まれ口を叩きながら、ジッパーを上げて、ベルトを締める。そして、跨っている遊戯のタンクトップを元に戻してやった。
「まあ、いいさ」
遊戯は海馬の膝から降りると、横に座り直して足を組んだ。そして続けて言う。
「たまには社長サマだって、甘えたいもんな?」
何もかもを見越したような目つきをして、遊戯は余裕のある微笑みを向けている。何故か海馬は悔しくなった。その思いこそが、敗北を認めるものだと気付けば、余計に腹立たしくなったのだった。
終