Surreal Marginal 1
At dawn, if I can talk to you about the future at least
From tomorrow I will draw love and dreams more freely.
You are the one.
Places I can not find anywhere.
I stand like me.
You are as you are.
I want you to leave it.
第一章 密夜 〜マイディア・ヒーロー〜
好意は明らかだったろう。
瞳や手、指先や視線は互いの唇よりもよく語ってくれたものだ。
ただ口にするのは、あまりに軽薄過ぎると思っていて、言葉には成らなかった。つまり、そのたったの一言が告げられないまま、数千年も想いは彷徨ってしまったというわけである。
なんて馬鹿な男だ、と多くの他人や女たちは罵り、彼らを哀れむだろう。
しかし、そのような生き方しか出来ない男だから良かった。そして、相手もそれがいいと思ってくれていると信じていた。
けれど、そろそろいい加減にしないといけない。覚悟を決めるには、まさに打って付けの機会だったのだ。
「え……?」
何度も想像してシミュレートしてきた筈でも、現実はなかなか上手くいかないものだ。先ほどまで、爛々としていた瞳がくるりと変わって一気に怪訝な顔つきになり、アテムに聞き返してくる。
「ああ。ええと……要は、オレ達はもう次の段階へ行くべきだと言って」
「次の段階だと? 貴様、何の話をしている?」
疎いのはそれとなく察していた。『その類い』の事柄に関して、瀬人は興味が薄いだろうとは感じ取ってはいたが、ここまで来ると、絶滅危惧種の貴重さすらある。
「海馬、もっとオレと遊ぼうぜ」
「あ、……おい……っ」
楽しいゲームをしていたい。心がふるえるような、体がときめくような、汗をかいて、血を巡らせて、痛みや苦しみさえも快感に変わる、そんな遊びが出来るなら。その方法をする準備は二人の身体には整っていて、求めているのだろう。
「ゆう……アテム……ッ!」
驚きで開いた眼の黒目が大きくなる。今まで見たことのない表情をしている海馬はすこし怯えたようで、アテムにはとても可愛く映った。
普段の彼とは、かけ離れすぎている顔つきは初心な少年のままだ。
潤んで水膜を纏って光る眼球ごと、舐めとってやりたくなる。どんな風に泣いてくれるのか。きっと、もっとこれ以上に可愛くなってしまうのだろう。胸が逸る。
「海馬は何にもしなくていいぜ、じっとして……」
唇を重ねようとして、アテムはそろそろと頭を落としていく。あと少しで触れる所、途端に喉元がきつくなった。
「ン……っ?」
気が付くと、瀬人の手がアテムの動きを止めていた。細く開けた瞼の合間から覗くのは、冷静さを取り戻した海馬瀬人の仮面だった。面は何故か怒りに満ちていて、アテムへ闘志を燃やしている。
「貴様、ふざけた真似をっ!」
喉元をきつく絞る手に躊躇いがない。力加減からして本気なのだと知り、アテムは身を引いた。
「……ッ!」
両手を瀬人の手首にかけ、外そうと試みるものの、力は一向に緩む気配がない。
「あろうことか、このオレを手籠めようとしていたな!」
首の骨ごと片手に閉じ込められ、そのまま押しやられる。上半身が浮き、後ろへ倒された。勢いづいてアテムの身が跳ねると、瀬人の手は首元から外れた。
「……っか、……は……っ」
すぐに横を向き、アテムは咳き込みながら体を縮めた。
「この力量の差、体格の違い。今まで手加減をしてやっていたのだとよく分かったか」
「……クッ……フフ……」
「何が可笑しい」
背を丸め、肩を震わせて笑うアテムが無性に気に食わなくて、瀬人は無理に自らへと顔を向かせる。
「海馬。お前、勘違いしてるぜ」
寝転んだアテムの前髪が両に別れて、敷布へとつく。肩に置いたままの瀬人の手の甲に、アテムは左手を乗せた。
「まさか、オレが貴様の命を奪うとでも?」
「……な……」
瀬人がはじめて触れたアテムの手は存外柔らかく、見た目通りの小ささであった。この手が剣を握り、争いの場へと投じてきたかと思うと、瀬人はやけに苛立った。
「やっぱり、何にも知らないんだな」
手を退けて身を離すと、アテムは起き上がって瀬人に申し訳なさそうな瞳をしてみせた。瀬人は奥歯を噛みしめた。一番苦手な表情だ。その目を見たくなかった。
「それとも、そういう振りをしているだけか」
アテムは瀬人の開いている膝に片手を乗せて、顔を近づけた。身を固くさせた瀬人の緊張がアテムには肌を通して感じられた。体温が高くなっていくのが分かる。
「おい、貴様……!」
「黙れ」
余計なことを喋らせない為には、無暗に動く唇を塞げばいいだけ。男も同じだ。
大きく開く瀬人の口は、アテムの唇には広すぎる。戸惑っている上唇を一度掠め取ると、瀬人は硬直し、身体は停止した。
「ん……」
それから下唇を舌先で舐め、閉じた唇に唇を押し付けて、アテムは目を瞑った。視界が塞がると、急に温度や匂いに敏感になる。唇が合わさる微かな音さえも聞き逃さなくなった。
「あ……」
塞いだ唇の中で瀬人はアテムの名を二三度呼んだようだった。震える舌は、細かく動き続けている。瀬人の舌をアテムは捕えて、自分の口内へと誘う。
流れ込んできた唾を飲み込むと、瀬人は歯を閉じてしまった。すると舌は自らの牢に隠れてしまう。それでもアテムは歯列をなぞってやり、ふっくらした唇を何度も何度も重ね合わせるようにして口づけていく。
わざと水音をたてると、瀬人は驚愕したらしく、アテムの腰を掴んだ。引きはがそうとしている。
「ん……んう……っ」
ここでやめるわけにはいかず、アテムは瀬人の後頭部を抱きかかえるようにして両腕を回した。
「だめ……だ」
擦れた口の端でアテムは言い、開いた眼で瀬人を見つめる。近すぎて相手の顔はぼやけていたが、瀬人も目を開いていたのが分かった。
「あ、……あ……」
何度も瀬人はアテムを呼ぼうとしている。声を許そうをしないのは、他でもないアテム自身だった。
頭を強く抱き寄せると、瀬人の髪は乱れた。何時如何なる時も整えられている髪型は、決して変化しない。その頑なな精神を表したかのような瀬人の髪を崩しているのは、自分なのだと実感すると、アテムの腰がわずかに揺らいだ。
「ん……ん……ぅっ!」
瀬人の膝に乗りかかり、両足で腹回りを挟み込むようにして、体と体を密着させていた。
下衣の中では、既に昂ぶり始めている。これだけ体を合わせているのなら、瀬人にも熱が伝わっているだろう。
早く早くと、急かす気持ちが先走りすぎてアテムは、はしたないと知りつつも下腹を擦り付けていた。下着は湿り気を帯びている。
「ぁ……っ、はぁ……」
互いに息継ぎもろくに行えず、無我夢中になって唇を交じらせていた。
途中から瀬人は、諦めたかのように唇をほんの少し開いて、アテムの我儘な舌を迎えてくれていた。それが嬉しくてたまらなかったアテムは、更に淫らな音を立てて、瀬人の唇を味わい尽くしていく。
ようやく唇が離れると、どちらともつかない涎れの糸が垂れて、離れた後もふたりの唇を結び繋いでいた。やがて糸は細くなり、ただの水滴となり落ちて行った。
「海馬……?」
「同じだろうが」
手の甲で口元を拭いながら、瀬人は苦々しそうに吐き捨てる。アテムは自分よりも瀬人の口周りを気にかけて、濡れている顎先を拭いてやった。
「貴様はオレを殺す気だ」
「そうかもな」
紅潮した肌は艶めかしく色づいており、瀬人の生白い皮膚は、すっかり赤くなってしまっている。アテムは両手で相手の頬を包み込み、汗でしっとりとしている肌を舐めるように触れていた。
「殺す、か。死ぬ気でここへ来たんだったら、海馬の命、オレのものだと言っても構わないだろ?」
「フン、なら貴様にくれてやってもいい」
濡れて光るアテムの唇を、瀬人は親指の腹で乱暴に拭った。意味を含んだ動きをする唇は、瀬人の爪を噛み、指の先をくわえた。
「オレは人から貰ったものは、大事にする性分なんだ」
「どんな風に?」
「知りたいか? フフ、教えてやるぜ……じっくり、な」
贈り物の包み紙を剥がしていくような高揚感を持ち、アテムは瀬人が纏っている装備を取り払っていく。腕のベルトを外し、上着のファスナーを下ろそうとした時、手首を掴まれた。
「しなくていい」
「汚れるぜ?」
「替えならある」
「ふうん……」
首元まで開けた上着のファスナーを元に戻し、瀬人は半身を起こして、向かい合ったアテムを正面に置いた。視線が搗ち合う。
「こうして」
アテムは熱を上げている手のひらを瀬人の胸板につけてみた。布一枚を隔てた体が遠く感じる。こんなにも近くにいて、心細く思うのは服の所為かもしれない。
「触れ合うのは嫌なのか?」
「他人と接触するのは、不得意だ」
「ク……他人?」
アテムは瀬人の言葉を拾い上げ、皮肉っぽく口角の端を上げて嗤った。
「何が言いたい?」
「オレとお前が友達だと言ったら、海馬は怒るだろう? なら、何と言い表せば気に入るんだ?」
瀬人は押し黙ってしまった。あらゆる間柄の呼称が頭の中を巡っているに違いない。しかし、世界中のどんな表現を拾い上げても、今ここでの自分たちのものに相応しい言葉は、見つからないのだった。
「オレ、海馬を困らせたいんじゃないぜ」
もう一度手を伸ばし、アテムは瀬人の頬を撫でた。数分の間に汗はひいてしまったらしい。乾いた肌の上を、手のひらがするすると滑る。
「喜ばせたいんだ」
触れていた頬に親愛の情を示すように唇をつける。場所を少しずつずらしていきながら、アテムは頬に何度もキスをしていった。全ての肌の領域を侵略していくかのように、触れていく。
「ん……」
瀬人が小さく吐息と声を洩らした。耳元をかすめる息が、あたたかく感じる。アテムは心音を速まらせながら、両腕を瀬人の肩に回す。
「海馬……っ」
抱きしめて名を呼ぶと、瀬人の身体は分かりやすいほどに反応した。触れ合いに慣れていない腕は、抱き返す度量もなく、アテムの背の上で迷わせいた。
「海馬から、オレに」
合わせていた体をわずかに離し、目の前で強請ってみせると、瀬人は不服そうに目を伏せる。
アテムが肩を抱く力を強めると、瀬人は恐る恐るといった様子で顔を近づけてきた。
緊張で硬くなっている唇は、真っ直ぐに一文字に閉じられている。それでもアテムには良かった。はじめての相手が自分なのだと知れる度に嬉しくなる。
「……ふ」
肩から腕へ、アテムの熱を帯びた手が降りていく。腰回りを撫ぜて、腿の付け根をさすった。
「そんな……ことまで」
「海馬、口に集中しろよ」
意識を散らせる瀬人の唇を叱るように甘く噛み、アテムは口づけを再開させる。
右手はベルトの金具を取り、左手は下腹を捏ね繰るように撫でまわしていく。しかし、想像よりも鈍い手ごたえしか感じられなかった。ボトムの素材が厚いのだろうか、とアテムは手の力を強めてみる。
「おい……」
金具が外れ、ボタンも取り、ジッパーを下ろす。中はぬくもっている。
「いい」
下腹へ突っ込んだ手を、瀬人は抜き出して止めてしまう。アテムは口づけを中断して、視線を下から上へと泳がせていた。
「貴様は、そんなことをしなくていい」
「オレがしたくてやってるんだぜ」
「いいと言ってる」
触れてみたアテムには分かってしまっていた。
瀬人の身体は、一切興奮していない。それどころか、萎縮しきっているような気配すらあった。
「海馬。男が無理なら、はっきり言ってくれ。取り返しのつかないことになる前に」
「いや、オレが言いたいのは」
「口づけても嫌がらなかったから、海馬も、オレと同じ気持ちでいてくれているんだと思ったんだ」
勘違いをしていた自分が恥ずかしくなった。アテムは瀬人の膝から降りようとして、身を下げていく。
「アテム、オレの話を聞け」
「体のいい断りの文句なら、嫌だぜ。そんなのは子供の頃から聞き飽きてる。だったら、はっきり本音で言ってくれたほうがマシだ」
「オレが貴様に今更そんな取り繕ったことを言うと思うか?」
「気を遣ってる顔をしてるぜ」
瀬人の膝から降りたアテムは既に傷心といった風な目をして、瀬人を指し示す。
瀬人は首を横に振った。
「オレ自身の感情と肉体は切り離されている。貴様を拒んでいるんじゃない。ただ、オレの体はそういう作りなんだ」
「そんなの……オレ、よく分かんないぜ。じゃあ、海馬の感情って何だよ」
好いた相手にいくら求められようとも、瀬人の体は素直に言う事を聞き入れはしないだろう。その自覚はあった。どうすれば解決するのかは、これからの課題だった。
自らの前を隠すようにして、手指が恥じらいの仕草を見せている。そんなアテムの泣き出しそうになっている瞳には、瀬人はいくらかそそられるものがあった。後になってから、欲望の正体を知る事になるのだが、今はまだその前触れの尾を掴みかけているだけだ。
「オレの答えは」
言いながら瀬人はアテムの腰を引き寄せて、やっとの思いで抱きしめた。そして、護るような口づけをしてやった。真摯な口づけは誓い立てに似ていて、神聖な行いのようだった。
「これだ」
広がる視界の先には、不安定な心はどこに着地すればよいのかと惑っているアテムの表情があった。
「足りないぜ」
言葉を補う為にこそ、肉体の交流があるのではないかとアテムは考える。しかし、一方的に押し付けられるものではなく、互いの協力で成立して初めて、出来る行為と知っている。
ひとりでは行えないものなのだと分かりきっているから、途轍もなく寂しかった。
「やっ……嫌だ……オレだけ、脱ぐなんて」
熱を治めるために、瀬人はアテムの下衣を取ってやろうとしていた。最初の口づけの時点で、瀬人の腹に主張するようにつけられていたのを知っている。完全に昂ぶっているのだ。さぞ苦しかろうと、瀬人は不憫だと思っていた。
応えられる体を持ち得ていない瀬人は、どう言い訳をしてもアテムを悲しませるだけだ。してやれることは限られている。
「捲るだけだ。脱がないでいい」
「あ……」
向かい合っていた身体を逆に向かせて、瀬人はアテムを後ろから抱え込むようにした。幼子が親に抱きかかえられているような姿になり、アテムは嫌がった。
「海馬……ッ! オレ、自分で……」
「じっとしていろ」
耳の裏で囁かれると、ずきずきと腰元に響いて身体が啼いた。下衣の裾から瀬人の手が潜り込み、薄く濡れている下着の隙間に指が入ってきた。冷たい指先が、発熱している先端に触れる。
「う……っ」
指先で肉身ごと捕らえられると、アテムは大人しくなって身を縮めた。局部自体は瀬人からは視認できないが、芯を持ち、熱くなっているのは指で確かめられた。露がたらたらと零れ始め、瀬人の人差し指と親指をぬるつかせ始める。
「あ……っ、や……、手が……っ! 海馬……っ!」
自分以外の誰かのペニスを手にする機会など早々訪れないだろう。力加減が難しく、瀬人は自慰の時よりも弱く握っていた。形や大きさは、思ったほど小さくはない。手の中に収まるが、それなりに大人に近い成長をしている。
「ん……っん……!」
後ろから窺えるのは、耳元くらいだった。アテムが首を振ると、しゃらしゃらと耳飾りが音を奏でる。
厚みのある小さな耳朶は赤く熟していて、舐めたら甘そうだった。耳の裏に目がけて息をかけてやると、アテムは半身をびくびくとさせて震えあがった。
「う……っ、ううっ」
両手で口を塞ぎ、声と息を詰めているアテムは、瀬人の腕の中では一層小さく見えた。実際に体を丸めて、縮こまらせている所為でもあった。
脱力しかけるアテムの身がふらりと前に倒れ込みそうになる。瀬人は胸を抱いている手で支えると、そのまま抱きしめながら共に横臥した。
「か、海馬……っ、海馬……」
「すぐ楽にしてやる」
規則的な律動で摩ってやると、アテムは瀬人の指に手を重ねてきた。
「これ……っ、ん、んっ……。こうするの、海馬の、やり方っ、なのか?」
「オレの、やり方?」
先端部を親指の腹で刺激してやりながら、絶妙な力加減で扱いている。アテムは瀬人の手を上から握った。
「いつも……、あっ、こうしてるのか?」
「そうだ」
「ん……っ、ん……ああ」
アテムは反対の手を背後の瀬人へ伸ばして、服の袖を掴んだ。どこかにしがみついていたいのだろう。後頭部が瀬人の胸にこすりつけられる。
「なに、何を……考えてる……? 誰……?」
「オレのことはいい」
訊かれても返答は浮かばなかった。返事の代わりに手を速めてやると、アテムは息を荒げていった。自然と足が開き、つま先の指が開いたり閉じたりを繰り返しているのが瀬人の目の前にあった。
「あ、あ……ッ! 嫌だ……! うっ、く……ぅう」
「貴様は、どうなんだ」
限界は近そうだった。性器はふるふると身悶えて、アテムは上半身を反らしている。仕上げとばかりに、根元から激しく扱いてやると、アテムの腹筋がきゅうと硬くなった。
「海馬! 海馬だけ……海馬を……っ! んっ、んんうっ!」
どんな想像をしてこの身を慰めていたのか、瀬人に関心があった。所詮、甘い幻想に過ぎないだろう。そんな行為は、夢の中だけにあるのだ。現実にはありえない。
やさしく抱いてやれる男は、決して瀬人ではないと、瀬人自身が強く思っている。
「はあ……はあ…………」
手のひらに放たれた精液を手拭で清めていると、アテムは恨めしい目つきで瀬人を見つめていた。脱力した手足は、寝台の上でばらばらに置かれている。
「文句でも言いたげだな」
「オレにだけ言わせて、狡いぜ」
「貴様の望むような答えは、生憎持ち合わせていない」
一度射精してしまえば、いくらか気分も晴れるのだろう。アテムは暗い表情を見せることはなく、ゆっくりと起き上がり、淡々と着衣の乱れを直していた。
「嘘をついてほしいんじゃないぜ。そうやって誤魔化されるほうが、オレは嫌だ」
「嘘も何も。答えようがないものは、無い」
「言い辛い相手だっていうのかよ」
「違う」
「じゃあ」
しつこく食い下がるアテムを退けるように、瀬人は声を強めて言う。
「特定の相手など、想像していない。処理はあくまで処理なだけだ」
「そうかよ……」
言われると、瀬人らしいとも思えたが、やはりアテムには一抹の寂しさが残った。確かに、ふたりの思いは通じ合っているかもしれない。だが、セックスへの意識に差がありすぎる。
どちらも経験値は、初心者の域を脱しない段階で、この先、どう振る舞えばいいのか正解が見つけられない。
「オレは、色んな……想像してたぜ。海馬で」
「例えば?」
瀬人は、アテムの想像世界ではどんな振る舞いをしていただろう。胸焼けしそうな口説き文句を囁いて、理想的な紳士として描かれていただろうか。
「は、裸になったら、とか……」
「貴様はオレの裸体が見たいのか」
「……う、うん」
瀬人は自らの服の前を握った。まだ覚悟が出来ていない。アテムの願望は叶わないだろう。
「それで?」
「卑怯だぜ。オレばっかりに喋らせて……海馬は答えないくせに」
「言っただろう。オレには答えが無いのだと。だが、貴様は、答えを持っているから、話せる。さあ、続けろ」
褐色の肌は、色合いの変化が分かりづらいと瀬人は思っていたが、間違いだったようだ。
赤みがさせば、きちんと色がつく。特に唇や目尻は顕著だった。
口を噤んで、視線を彷徨わせている。滅多に見られない焦燥と困辱の表情だった。
じっと眺めていると、瀬人の胸奥に得体の知れない情欲が湧いてくる。
頭の中は、アテムらしくないと否定気味であるのに対し、身体は、むず痒さを覚える。
「だんまりか……? それとも、そこで終いなのか?」
半身ほどの距離を保って座っている互いの間を、瀬人は詰めていく。敷布についているアテムの手を引くと、簡単に倒れ込んできた。
「オレは、貴様に何をした?」
「な、何って……」
「続きがあるんだろう。話せ」
「それは……」
そばで見る羞恥の色に、瀬人は夢中になった。自分の言葉や態度、行動で、鮮やかに色づく肌は、目を見張るものがある。朱がよく似合うと、密やかに褒め称えたのだった。
「やっぱり、本物が一番いいぜ……」
瀬人の胸板に頬を擦りよせて、アテムは目を閉じた。薄く汗をかいている額の生え際が目立った。拳をつくった両手が、瀬人の胸元に揃って置かれている。
「想像と比べているのか」
「ふふ……オレが考える海馬は、あくまでオレの頭の中で生きていて、望み通りにしか動かないし、言って欲しいことしか言わない」
「それをオレに望んでいるんだろう」
少々理解不能な言動をしている。その理想と幻想の相手の話をしろと、瀬人は命じているのだが、アテムはすでに放棄していて、とろけた目つきで腕の中に潜っている。
「だから、本物が一番良いって思うんだぜ」
「何を言ってるんだ」
「ほら」
瀬人の手を自らの胸元へ持っていき、鼓動を聞かせる。どくん、どくんと心音は鳴っていて、胸は呼吸と共に上下している。
「オレをこんな風にさせるのは、海馬だけなんだぜ……」
腕の中で、柔らかく微笑み、身体を預けてくる。
瀬人は抱きしめたくなる衝動と同時に、ふたたびアテムの首を絞めたくなった。
愛憎は、表裏一体と言う。しかし、瀬人の凶暴さは憎悪ではない。
紛れもなく、どちらの思いも、愛情と呼べるものだったのだ。