面従腹背 1
「嘘だ……!」
ジョナサンはチェス盤を目の前にして愕然としていた。
「何がだ、よく見てみろ」
ディオは、指先でトントンと盤を軽く指し、人を小馬鹿にした笑みで言う。
ジョナサンの黒のキングは身動きひとつ出来ない見事なまでのチェックメイトで、誰がどう見てもジョナサンの惨敗であった。
「いや、待って。もう一回だ。」
「何度やっても同じだね」
いい加減飽き飽きしていると言わんばかりに、ディオは大きなあくびをしてみせる。いくら暇だと言っても、張り合いのない相手と何度も対戦してもつまらないのだ。
ジョナサンはなんとかしてひとつ白星を立てたいと思う、このままではまたディオに勝ち逃げされてしまうからだ。
「じゃあ、カードゲームにしよう。ああでも、ふたりだからブリッジは出来ないし……。」
引き出しから取り出したトランプを手にうんうん唸っていると。
「……ピケット」ディオはぽつりと呟いた。
「それだ!」
さっさとチェス盤をテーブルの端に寄せると、ジョナサンは必要なカードだけをより分けて配った。二人でやるゲームには、ピケットは最適だった。いや、ベストと言っていいだろう。どうして今まで思いつかなかったんだろう。カードと言えば、ラウンドゲームのイメージが強かったからだろうか。
大体において大人数で卓を囲んですることが多く、あまりふたりで遊ぶ印象がない。ここ最近はやる機会に恵まれていなかったが、以前はよく仲間内で遊んだものだった。なのでジョナサンはカードゲームには自信があった。
「なぁ、ジョジョ」
「なに?」
ディオはテーブルに頬杖をついて、ジョナサンを見て言う。
「ぼくは不毛なゲームにはやりがいを感じないんだ。チェスにしろ、カードゲームにしろ。」
大袈裟な手振りで話し始める様子に、思わずジョナサンの手は止まった。
「何が、言いたいんだい」
じっと見つめ返すと、ディオはにっこり笑うのだった。それはジョナサンにとってあまり「よろしくない」笑みのひとつであった。
「賭けだよ、賭け」
「い、家の中での賭博行為は禁止!!」
ジョナサンの記憶の中では、例のボクシング事件が蘇る。怪我したこともそうだが、一ヶ月の小遣いまるごと賭けるなんてのはもう二度と御免である。考えただけで寒気がした。
あれからいくつか年を重ねたとは言えど、未だ親元に身を置く子どもなのだ。立場はディオとて同じだ。
「なぁに、賭けるって言っても金じゃあない」
「物もダメ。」
ディオのことだ、うまく言いくるめてあれもこれもと奪い取られたら……たまったものではない。
「最後まで聞けよ。つまり、……賭けるのは自分自身さ」
「え? じぶん?」
それはなんだと、まんまるい目をぱちくりさせてジョナサンは想像した。労働という行為に無縁なジョナサンは、腕を切り取ったり、足をもぎ取ったりするのかしらと恐ろしい考えを勝手に抱いて顔を蒼くさせる。
「お前……なにか勘違いしてるな。」
「え、だって、自分自身って肉体のことだろ。……ちょっとそれはいくらなんでも。」
「これだから、働いたことのないやつは」
ディオはやれやれとため息をついた。
「働く……ああ、そうか!」
「そうだ、一日下僕になれってことだ」
「げ、げぼく……」
その言葉の響きにジョナサンは苦笑いを浮かべた。おおよそ日常の中で使われないような言葉を、当たり前にディオは口にする。一体どんな環境に身を置いていれば、そんな科白が自然と出るのか。そこは触れないでおこうとジョナサンは決めた。
「ふふ、いい考えだろ。それくらい賭けなくっちゃあ『やりがい』がない。」
「よおし。なら君が負けたら、ぼくの言うことなんでも聞いてくれるんだね?」
「負けたら、な。まあ、負ける気なんてさらさら無いけどなァ」
「ぼくだって!」
そうして、意気揚々とジョナサンはその勝負を受けて立ったのだった。
――それから数十分もたたない頃。
「さて、何か言いたいことはあるか、ジョナサン・ジョースター。」
テーブルに広げられたカードは、無情にも明白な結果を示している。
「う、嘘だッ!!」
12回ワンセットのうち、まさか10回も負けてしまうとは思いもしなかった。5回目に負けたあたりから雲行きが怪しいとは思っていたのだが、そのまさかであった。
結局、またもやジョナサンの惨敗であったのだ。
「も、もう一回」
「見苦しいな、そろそろ素直に負けを認めたらどうなんだ?」
こればかりはディオが正しかった。ぐうの音も出ないほどである。
「いや、う……でも……これは」
ディオはまるで容赦無かった。特別、手加減をしてほしいとは思わなかったが、ここまで本気で挑まれるともジョナサンは思わなかった。勝敗を分けたのは、勝負に対する二人の覚悟の違いなのだろう。ディオにとっての賭けと、ジョナサンにとっての賭け。それは命(生活)か、ゲーム(遊び)か。
「ジョジョ、紳士とは?」
「……ッ、常に己に対し、人に対し信実であれ」
唐突に出されたのは、日頃父から聞かされる言わば家訓だった。幼少から言われてきたものだからか、すっと答えは自動的に出てしまうのだ。
紳士とは正直であれ、紳士とは謙虚であれ、――そして人の理想であれと口酸っぱく何度も聞かされてきたことだった。
「よろしい、なら認めるんだな。」
「……分かったよ」
がっくりと肩を落として、項垂れたジョナサンのつむじを目にしたディオはからからと声高に笑っていた。その勝ち誇った妙に下品な笑い声がジョナサンの耳にきんきんと鳴っては頭を痛くさせていたのだった。
普段、日中主らを世話するのはメイドの仕事である。
身支度に、食事や茶の用意、部屋の掃除に片付けに、たまに話し相手になることも仕事の内だった。それらは苦でもあったし、時には楽なこともある。ジョースター家に雇われている彼らは、労働者階級の中でも割合幸運な者だろう。
そして、そのジョースター家の中でも一際美女である彼女は、『パーラーメイド』として自信と誇りを持っていた。血色のよいの唇と腰に届くまでの長い栗毛が特に自慢だった。
容姿を人から認められているから、この役職につけたのだし、もしかしたら、もしかするのかと、彼女は少しだけ夢を見ていた。
この若い息子たちのどちらかでも、振り向いてはくれないかしら、と……。いつかミューディーズで聞いた流行りの小説みたいなラブロマンスに豊かな胸を躍らせていた。
「ジョジョォ、早く茶だ、茶」
「はいはい、分かったってば」
「返事は一度だ。チンタラするな、この間抜けがッ!」
それなのに、今彼女はその恵まれた容姿を発揮出来ずに立ち尽くしているばかりだった。普段、自分がしている筈の仕事を何故か長男がしていて、次男はふんぞり返って命を下している。
確かにティーセットを運んできたのは彼女であった。用意をしようと茶器を持った途端、「君じゃあない。」と次男、ディオに言われてしまったからメイドは動けなくなった。
「あの、ぼっちゃま……。」メイドは思わず声をかけた。
「ああ、君、もう下がっていいよ。今日はこのジョジョがぼくの面倒を見てくれるからね」
次男はひらひらと手で払う仕草をして、メイドに目もくれずに言い放った。あまりのぞんざいな扱いに彼女の美貌も引き攣る。
「ごめんよ、今日だけだから。」長男はばつが悪そうに返すと、慣れない手つきでカップに茶を注いだ。
「かしこまりました……」
メイドは丁寧におじぎをして、そっと部屋を出ることにした。
金髪の次男は美しい男であるし、後継ではないが将来はなかなかに有望そうである人物だ。時折出る粗野な振る舞いさえ気にしなければよい男だ。
長男は優しい性格な上、歴とした後継者だし体格もよく男としての魅力もある。ただ優しすぎるというか、世間知らずな面を気にしなければよい男だ。
だけど、残念だ。
とってもとっても残念だった。
メイドの彼女には分かってしまったのだった。
(お互いしか見えてないじゃないの、あの子達)
扉がしまると同時に彼女はあまりのくだらなさに立ちくらみがした。
(まぁ、いいわ。息子たちが駄目なら、旦那さまにすればいいんだもの。それにこの家にはいくらでも貴族が出入りするんだし、中には私を目にとめる殿方はいるはずよ)
野心家である彼女はめげなかった。いつの世も女性という生き物はたくましく生きているのでした。
そんなことは恐らく彼らにとって知るべきではないのだろう。
ジョナサンは慣れないながらも、懸命に尽くしていた。基本的には努力家であるので、「やろう」と思えばなんだってこなせる性格なのである。
きっとジョナサン自身も、そしてディオも気付きはしていないが、ふたりはお互いがお互いの存在を意識することによって自身らが備え持つ能力以上を発揮出来ているのだ。
互いを高めあうとは良い言い方かもしれないが、単に負けたくないという各々のプライドがそうさせているのだろう。
もし、ディオが居なければジョナサンは今でも甘ったれたおぼっちゃまのままだったかもしれない。それに関してはディオに感謝してもいいくらいだ。感謝した所で、あのディオが喜ぶとはとても思えないが。
「ジョジョぼっちゃま、あのう……それは」
晩餐の準備をしながら、執事は疑問を抱かずにはいられなかった。それもそうだ、ジョナサンはディオの椅子を引いていて、さも当然だとディオは受け入れている。
「気にするな、ただの遊びさ」ディオは答えた。
「ああ、えっと、そうなんだ……。はは」ジョナサンは短く乾いた笑いで続けた。
「遊び、ですか……?」
一体なんの、と執事の顔に出ていたので、ディオは楽しそうに教えてやることにした。
「ちょっとしたゲームでね、ジョジョが今日一日なんでもぼくの言うことを聞いてくれるっていうんだ」
「はぁ……。左様で」執事はちらとジョナサンを見る。
その視線に応えて、ジョナサンは微かに笑んでうんと相槌をうった。
「だから、ジョジョは今日はぼくのメ・シ・ツ・カ・イってわけさ。ああ、ジョジョ、クラレットだ」
「ああ、そういうわけだから、今晩はぼくがディオの食事の用意をするからね」
「はぁ、まぁ……ぼっちゃま達がそうおっしゃるなら……」
ジョナサンが甲斐甲斐しくあれやこれやと世話を焼く姿に、執事はなんとも言えない気持ちになっていた。
幼い頃からジョナサンには何不自由ない生活をさせてきたと言うのに……それなのに……、執事は「なんだかなぁ」とも言いたくもなった。
(どうしてああも楽しそうに尽くしておられるのか、ジョジョぼっちゃま……。こんな姿、旦那さまには見せられない。ああ、おいたわしや……。)
そんな執事の悲しみをよそにジョナサンは赤ワインをディオのグラスに注いでいた。
「ああ、つまらない!」
ディオは大きく伸びをすると、腹の底から吐き出すように言った。あれから晩餐は何事もなく済んだのだが、それがディオにとってすこぶるつまらなかった。
何か失敗でもしたならば、盛大に笑ってやろうと思っていたのに、結局ジョナサンはそつなくこなしてしまったから、ディオは特に文句も出なかったし、嘲笑うことも無かった。
ほっと胸を撫で下ろしたジョナサンは、それじゃあ自室に戻ろうかと、一日の終わりを告げようとした。が、ディオは「まだ今日は終わってない」と言って、何故かジョナサンの部屋について来ていた。
別に部屋に来るのは構わないのだが、不機嫌を全面に出したディオを自室に招き入れるのは少々躊躇いがあった。その一瞬の戸惑いを見抜いたディオは、噛み付く勢いでジョナサンを責めたので、やはりディオに弱いジョナサンは、言う事を聞くはめになってしまう。
好き勝手にあちこちに投げ出され荒らされた本を、棚にしまいながらジョナサンは振り返って尋ねる。
「聞きたくはないけど、……どうして?」
この場合、無視を決め込むと怒られるということは分かりきっているので、渋りながらも聞いてみる。
「見て分からないのか、退屈なんだよ」
首元を締め付けていたタイを緩めながらディオは、ソファに深く座った。柔らかいクッションが彼の体を沈めていく。
「退屈って……」
本当につい先ほどまで読書に勤しんでいて、声をかければ「静かにしろ、集中できない。」と怒られたばかりだった。
実に気まぐれだった。
だがそれに振り回されるのも、ジョナサンはどこかで悪くないとも思っている。自覚はまだ無いのだが、『惚れたものの何とやら』、だった。
「何してるんだ、ジョジョ。こっちに来い」
「あのねぇ君が散らかすから、片付けてるんだろ。……全く」
来いと言われたので、大人しく従い、ジョナサンは隣に座ろうとした。
「待て、誰が座れと言った」
ディオはブーツの尖った爪先で座りかけていたジョナサンの腿を刺す。
「いたッ」
流行りのデザインのそれは、特に爪先が細く尖っていて男性用にはあまり使われない茶の革で出来ている。
服飾に関して割かしミーハーなディオは若者らしく、プリンス・オブ・ウェールズに倣って新しいデザインや周りが着ないようなものを手に取ることが多かった。ここの所気に入っている茶のブーツもそうだった。なかなか男性靴で茶色の革を取り入れる者は少ない。
そんなところがたまに女性的趣味だと、ジョナサンは決して口には出さないがそう思っていた。
「座れとは言ってない、後ろに回れ」
やれやれと心の中で独りごちると、落としかけた腰を上げてジョナサンは素直に言うことを聞いた。ディオは満足げに腕を組んでいた。
「で、何がお望みなんだい?」
「ンー、そうだな、……肩でも揉んで貰おうか。」
先日、フランスに旅行していた先輩が得意げに『マッサージ』を披露していたのを二人は覚えていた。
筋肉の疲労を和らげるだけではなく、今後は医療法としても広まっていくだろう、スポーツをするものならやるに越したことはない。
そう自慢しながら、彼は同級生の腕やら足をごつごつした大きな手でわしわしと揉んでいたのだった。それが正しいやり方かどうかは知る由もない。
そしてジョナサンはその時、例の先輩からこっそり聞かされていた。
『なぁ、ジョジョ。それにな、これを理由にすれば好きな相手の体を触る免罪符にもなるんだ。健康のためとでも言えば淑女(レディ)も体を差し出すってわけさ』
――このことを、先輩はディオにも言っただろうか……。もしそうだとしたら、いや、まさかな。そんなわけあるか。
「何ぼーっとしてるんだ、さっさとしろよ」
「あ、うん、何でもないよ」
肩とは……と、ジョナサンはしばし悩んだ。
何せその「マッサージ」とやらをしたことがない。見様見真似で出来るものだろうかと考えあぐねる。
そもそも、服の上から行っていいものだろうか。先輩がしていた時は、部活後でラグビーウエアの状態だった。だから露出していた腕と脚の素肌を直接触れて行っていたのだ。つまり、この場合肌が見えている所と言えば……。
ジョナサンは、とりあえず試しに両の手の指先をそっとディオの首筋に這わせた。
「ヒ……ぁッ!!」
「えっ!?」
予想外の高い声にジョナサンは驚いて手を引っ込めた。
「き、きさまぁ……首には触るな……ッ!」
「いや、だって」
「ぼくは肩って言ったんだ! 首だなんて言ってない!」
心なしか赤くなった首元を押さえつつ、ディオはぎらっと強い眼光でジョナサンを責めた。相変わらずその鋭いその目つきに弱いジョナサンは、反抗もせずにyesと頷くしかなかった。
そして改めて、肩に触れる。力が入っているか、いないかそのくらいにやんわりとした加減で。
「……ン……ッ」
「あ、すまない……」
鼻にかかったような、少し色を感じさせる声にジョナサンは気後れする。
――いや、そんなまさか。
またさっきと同じ考えが巡っていた。
「ジョジョ……もっと普通にっ、しろよ……。」
顔は見せまいとしているディオだったが、明らかに上がった息にジョナサンはときめきを感じずにはいられなかった。
「普通にって。し、してるよ。」
「ふぅ、……くっ」
ひたりと指が、自然にディオの肌を滑る。その指先ひとつひとつの動きがディオに耐え難い刺激を齎しているのだとジョナサンは未だ理解していない。
「ディオ。何、痛いの?」
「ちが、う……それ……やめろよッ」
ディオは思わずシャツのあわせの部分を握りしめていた。ジョナサンの指先や手のひらが肌に触れる度に、得体の知れない感覚がじわじわと背筋から上ってきて、過敏に反応する。
今まで、こうしてお互いが触れ合った記憶はない。ラグビーの練習ですら、ディオは出来るだけ他人との接触を避けてきたのだ。ましてやジョナサンと、だなんて以ての外だ。
(そもそも体が触れ合うのが嫌ならその種目を選ばなければ良かったのだ。ここだけの話しではあるが、ジョナサンがさっさとラグビーに決めてしまったのだから仕方なかったのだろう。)
一番お互いの肌を触れ合ったのは15の時の大喧嘩くらいだ。あれは、触れただの、さわっただのといった可愛いものでは無かったのが……。
ただこうして、優しく触られるという行為自体にディオは極端に慣れていなかった。故に体は素直にその刺激を受け止めて、肌は敏感に跳ねてしまっているのだった。
「それって……。こう?」
「ん、ぅっ!」
ジョナサンは余程痛いのかと思って、殊更丁寧に優しく手を肩に置いた。つもりだった。過敏な肌に手の平がするりと滑り込まされて、ディオは全身から力が抜けそうになる。
「ふぁ……、やめ、それ……ッ」
「マッサージって気持ちがいいものだって、言ってたよね。じゃあ……」
手は鎖骨に伸び、くっきり浮かび上がっている骨のラインにそって指は流れる動きで肌を撫でた。
「ン、んうぅ……ッ!」
「ぼくってもしかして上手いのかな?」
身を屈めてジョナサンは、低く響く声でディオの耳元で囁いた。吐息混じりに色っぽく、ベッドの中の睦言を思わせる調子だった。
「あっ! う……ぅ」
ふいをつかれてしまったディオは、腰がビクリと浮いてしまう。ビリビリとした電流みたいなものが耳から腰に伝わって、四肢は今にも溶けてしまいそうだ。
声を聞きたくなくて咄嗟に耳を手で塞ぐと、無防備になった胸元にジョナサンの腕はいとも簡単に忍び込んでしまった。
「な、なにッ?」
「シャツ、脱がないとね」
ジョナサンは開いた襟のボタンを片手で簡単に外した、実に器用な手つきだったのでディオは少しだけ硬直してしまう。妙に慣れた手つきだったのだ。
「いい、するなッ!」
「どうして? マッサージするためには、服脱がないと出来ないよ。」
「肩だって言ってるんだ、別に脱がなくてもいいだろ!」
ジョナサンとディオは互いに譲らずにシャツの肩口を引っ張っていた。押し問答である。
「分かった、じゃあ、シャツのボタン外して肩出して。」
「……、う……」
別に脱がなくもよいのだと思えば、なんてことはなかった。だけど、ディオはもたもたとして、一向にことが進まなかった。恥ずかしくて出来ないのではない、指がうまく動かせなかった。
それは緊張と言うものだったが、ディオ自身は頑なに認めまいとしていたので、ジョナサンにはちっとも伝わらなかった。痺れを切らしたジョナサンは、ディオの手に自分の手を重ねて、ふたつみっつとするするとボタンを外していってしまった。
そして胸のあたりまでシャツを開き、左右に割って肩が露出するようにずり下げた。
鎖骨から下を見せまいと、ディオは胸の上あたりでシャツを押さえ持っていた。まるで恥じらう乙女のような仕草に、今更ながらジョナサンはディオに対して倒錯的な感情を抱いていた。
「んン……」
陽の当たらない箇所の肌は白かった。首筋のあたり、うなじから襟元にかけて色の変化が見られた。同じ人種だというのに、こんなにも違いがあるのかとジョナサンは自分のよく日焼けした手とディオの肩を比べて思った。
ディオは必要以上に肌を露出させない。日焼けもあまり好きではないのだろうし、きちんと焼けない性質なのだろう。黒くならずに、赤く焼けているのがその証拠だ。
赤くと言っても火傷みたいに痛ましいのでなく、血色がよすぎるくらいの色があるだけだ。その白と赤の境目に指が触れる。熱を持っている様に見えたが、想像よりもその肌は冷たかった。
「ふ、く……ッ、ン……」
声を上げまいとして、ディオは自分の右手の人差し指のつけ根あたりを噛んだ。ただ息まではどうすることも出来ず、浅い呼吸が漏れていた。必死で荒くなる息を整えようとディオは深呼吸を意識したが、はぁはぁと篭った息を繰り返すばかりであった。
「ディオ……」
耳から遠くもない位置に顔をそっと近づけてジョナサンは、名前を呼んだ。
「痛かったり、嫌だったりしたら、やめてもいいんだよ」
ディオが晒しているこの醜態のどこが「痛く」て「嫌」なのか、ジョナサンは分かりきっている癖にそう尋ねた。負けず嫌いで、自尊心の高い性格のディオがそれらに対して頷く訳もなく、必ず背くと知っていてそんな風に聞いたのだった。
「何を……言ってる、ぼくがお前に命じてるんだ……さっさと続けろよ……ッ」
思ったとおりの答えを出したディオにジョナサンは隠れて笑んだ。
その瞳には恐ろしく熱い欲望が映っているのだった。