七つの罪、その罰について 1

序章・・・予感



 安寧の眠りから覚めたとしても、目の前はほの暗い。DIOは、かいなに抱いていたぬくもりを探してあたりをまさぐった。
 ややあって思考が鮮明になり、ぬくもり自身がこの体なのだと思い出す。愛しき血がこの身を巡っている。それだけで満ち足りた。――筈だった。
 DIOは過去を顧みない主義だ。ただただ前進し、過ぎ行く時の先を見据える。
 流れていった時間の残骸など、気にかける価値がDIOには微塵も、これっぽっちも無かった。
「DIOさま」
 老婆は嗄れた声で主を呼んだ。
「何だ」
 寝台にかけられていた薄布の隙間から、照明代わりの炎が揺れているのがわかる。老婆の影はゆうらりと近づいた。
「以前探されていた、眠りの力を司るスタンド使いが見つかりました」
「ほう」
 視界を遮っていた天蓋をまくりあげ、DIOは闇間に妖しげに光る老婆の目を捕らえた。
「眠りか……、夢のスタンドとは何が違う?」
 既に、死神13を見つけ出しているDIOにとって夢と眠りの能力がどう異なるのか興味があった。
「実際にDIOさま自身が体験してみるのがよろしいかと……」
 老婆は部屋の外にいる者に合図をしている。
「成る程。それもまた一興だな。そいつをここへ連れてこい」
 DIOの許可を得た眠りのスタンド使いは、半分ほど開いていた戸から身を滑らせるように室内へと入り込んできた。随分と小柄な人物だった。
「おまえが、そうか」
 やせ細った肌の浅黒い子どもだった。茶色の瞳が怯えて震え、骨ばった肩を自らの細腕で守るように抱きしめている。
「さあ、良い子だ。こちらへおいで」
 DIOは長い指をゆったりと動かしながら子どもに手招きをする。指の動きは魚の鰭のごとく、子どもを誘った。
「おまえの力を、このDIOに捧げるんだ……」
 子どもの顔をつかむと、DIOは凍る視線を注いだ。その瞳に貫かれれば、心身ともにDIOのために尽くさねばならないと細胞が命じてしまう。弱い気を持った人間であれば、肉の芽を植える必要はなかった。DIOのもつ圧倒的捕食者のオーラによって、普通の人間であればものの数秒で陥落するからだ。
 子どもはDIOの誘導のままに己の力を惜しげもなく披露した。光の砂のようなものが子どもの手のひらから生まれ、そして煙になる。砂は対象者の目に入る。それから煙は、鼻や口から吸い込まれる。
 そして、やがてゆっくりと眠りの気配がDIOに訪れていく……。






一章・・・出会い

 次に目を開けたとき、見覚えのあるような懐かしい景色が広がっていた。ディオは、自らの手を開いたり閉じたりして、自身の肉体を確かめた。
「……これはおれの手なのか」
 短く切り揃えられた爪を見て、違和感を覚えた。そして発した声にも驚く。
「あ、」
 そして自分の置かれているところが、馬車の中であると知った。窓硝子に映り込む姿は、幼さと野心を恥ずかしげもなく残しているのだった。
「……ただの昔の記憶じゃあないか」
 何かもっと素晴らしい力であるのだろうと期待していた分、拍子抜けだった。背もたれに身を預けて座りなおし、ディオは目を閉じた。また眠りに落ちれば、やがてこのつまらない世界から抜け出せると思っていた。
 だが一向に睡魔はやってこない。目を閉じていれば、代わりに耳につくのが砂利道を行く不快な車輪の音ばかりだった。
「さあ、もうジョースター邸に着きますよ」
 御者がディオに声をかける。どうせ夢だ、とディオは無視することにした。降りなくたって構うものか。
 不安定なでこぼこ道を走っていた馬車はやがて止まり、御者が降りる。馬が鼻息を鳴らしているのが聞こえた。それでもディオは椅子に座り込んで目を閉じていた。
「やあ、誰かきたのかい?」
 声変わりもまだしていないハイトーンな少年の声がした。ディオは思わず瞳を開けていた。
「ああ、ジョジョぼっちゃん」
 ディオは奥歯を噛み締めていた。その名を覚えている。忘れるものか。この戸を開ければ、少年のときのあの男がいるのだ。ディオは久方ぶりに自分の心音の高まりを感じていた。
「そうか、あの子が来たんだね」
 現実はどうだったろうか。ディオはこの瞬間の出来事を思い返そうとしていた。
「……ディオ」
 ふいに馬車の扉は開かれて、ジョナサンは目の前に立っていた。
「……ジョナサン・ジョースター……!」
 恐れているわけではないのに、ディオは後ろに下がった。得体の知れない不気味さがあった。ここは、本当の世界ではない。ならこのジョナサンも、本物ではないのだから。
「待っていたよ、ディオ」
「来るな……ッ」
 ジョナサンは両手を広げてディオを迎えている。こんな態度ではなかったはずだ。ディオの頭の中で警戒音が鳴り響いている。近づいてはならない。正体が分かるまで、触れてはならない。先ほどからスタンドを出そうとしていたが、どうやら不可能らしい。肉体が違うからか、それともこの世界だからか。
「どうしたの? 早く降りておいでよ。邸で父さんが待ってるよ」
 無遠慮な手が、ディオの手首を掴んで引っ張りあげた。軽い体は容易く持たれてディオはジョナサンによって無理やりに馬車から降ろされた。
「……痛い! 離せ」
「ごめんね。そんなに強くしたつもりはなかったんだけど」
 ディオの左腕を掴んで手を離したジョナサンが、謝罪と同時に持っていたほうの手の甲に口付けを落とした。
「……ッ!?」
「よろしくね、ディオ」
 こんなことを、あのジョナサンがするわけがない。ディオは人知れず背筋に鳥肌を立てていた。

 邸内に入れば、ジョースター卿とダニーという犬がいた。現実の記憶とは、大分違っている。ダニーとかいう犬は、本来なら外にいたはずで、初対面のディオが蹴り飛ばしたからだ。それを見たジョナサンは激昂して憤り、ディオへ不信感を募らせたのだから。
 同じことを繰り返したところで、DIOに変化があるわけではない。そんなつまらないことをしても無意味だと悟り、ディオは大人しく良い子のふりを続けた。
 問題はあのジョナサンだ。ほかの人間には一切おかしな点が無いのに、あのジョナサンだけ、異質だった。
 夕食を済ませると、自室へと案内された。ディオはやっと一人になれたことに、わずかに安心していた。
 体や顔が元に戻っただけで、思考まで以前と同じになるだろうか。まだ自分を保てているだろうか。ディオはクローゼットを開き、扉についている鏡に自分自身の顔を映し出した。
「この目つきも、忘れたと思っていたのにな」
 ぎらぎらとしていて誰にも隙を見せようとはしない、鋭く光る瞳だった。余裕もなく、野望の炎だけがある。
「ディオ?」
 部屋のドアが軽く二、三度叩かれた。ディオは扉の向こうにいる人物に、ため息をついた。
 鍵はかけてあるから、急に押し入られることもない。扉の前に立ってディオは尋ねた。
「ジョジョ、何か用でも?」
「ちょっと君と話がしたくて。少しでいいんだ、部屋に入ってもいいかな?」
「いいや、だめだ。ここで話してくれ」
 毅然とした態度でディオは断った。ジョナサンは元々甘えた性格をしているから、こちらが突っぱねれば諦めるだろうとディオは踏んでいた。
「そっか。それじゃあ仕方ない」
 ディオは張っていた肩から気を抜いて、踵を返した。ところが、しっかりと施錠していた扉は開かれてしまっていた。
「……な、何を」
「へへ、合鍵さ。父さんの書斎から、持ち出してきておいて良かった」
 悪戯っぽく歯を見せて笑んでいるジョナサンに、ディオは混乱していた。
 ――こいつは何を考えている? そもそもこいつはあのジョナサンなのか? いいや、違う。ここはスタンドが作り出した世界に過ぎない。スタンドの持ち主である子どもはこのディオに敵意など抱いていない……。なら、これは攻撃ではない。なら、一体、なんだ?
「父さんには告げ口しないでおくれよ。こんなこと知ったら、きっと怒るだろうし」
 そう言いながらジョナサンは後ろ手で扉を閉めて器用に鍵もかけた。そしてズボンのポケットに合鍵を仕舞う。
「な、なんだい、ジョジョ……そうまでして、ぼくに急ぎの用でもあるのかい」
 声が上擦ってしまっていた。ディオはジョナサンが近付くごとに、一歩下がる。そして、ズボンの尻ポケットにあるナイフに手を触れた。
「うん。いつまでもここに君がいられるか分からないからね」
 何を言っているんだ、とまず始めに疑問が生まれた。深く考えるより早く、ジョナサンはディオを捕まえていた。
「ッ! な、クソッ!」
「静かに。誰か来ちゃうよ」
 腰の括れた部分を持たれて、引き寄せられた。そして腕ごと腰に回されて胸や腹がくっつく。抱きしめられていた。
「や、やめろ! 気色悪い、放せよ!」
 顔を背けてディオはジョナサンの肩を押したが、びくともしなかった。強い意志がジョナサンの力を急増させている。
「気色悪い……? つまり君はぼくを嫌だって言うのかい?」
 腰に置かれていた手がそろりと昇っていく。背骨の線を指がなぞるように動いていて、ディオは肌を粟立てていた。
「嫌だって、言ってごらんよ。ぼくが、嫌いだと、嫌だって……」
「う……ッ、くうっ」
 顔のそばでジョナサンは囁く。その声の暗さや、匂い立つ色気にディオは逃れようと腕を暴れさせた。
「簡単だろ。ね、言ってみて」
 ディオの頬に寄せられていた乾いた唇が、少しずつ移動して到頭耳へと辿り着いた。
「あ、……ッ!」
 ジョナサンは舌を出して、ディオの耳の中を舐めた。直接的に舌の動きの水音が入れられて、ディオは唇を戦慄かせた。
「や、め……ッ!」
「ディオ、違うよ。ぼくが嫌だってことを言わなきゃ。じゃなきゃ、やめられない」
 耳の穴を舐っていた舌が、耳殻の溝をなぞり、それから耳朶のほくろを丁寧に舐めとった。
「あ、……う」
 突き飛ばそうとして暴れていたディオの手は、いつの間にかジョナサンのシャツを握り締めていた。まるで縋っているようだった。
「そうだ。君には言えない。ぼくを拒めない。ましてや、ぼくを嫌いだなんて言えやしないんだから」
 散々に耳を甚振っていたジョナサンの唇は、あっさりと離れた。そして力を失っているディオの顔をジョナサンは両手で持って、正面を向かせた。
 紅潮したディオの頬は、どこか痛々しい。子ども特有の瑞々しい色が、やけに毒っぽく赤い。
「図に乗るな。おまえなど……取るに足らん、どうでもいい存在だ!」
「ぼくは、君を泣かせたくてこんなことしてるんじゃあないよ……。ディオには、分かるはずだよ」
 ジョナサンの手はふっくらとしたディオの両頬を持ったままで、困ったように笑った。眉が垂れ下がって、ジョナサンのほうこそ泣きそうな目をしていた。
「一体、何なんだ! きさまは何がしたい!?」
「わからない?」
 ジョナサンは、ぐっと腰をディオに押し当ててそのまま床に倒した。力任せにされていたら、お互い怪我をしてもおかしくなかった。だが、背や後頭部にジョナサンの手が回されていたおかげで、ディオ自身の痛みは差ほどなかった。きっとジョナサンの手がすべての衝撃を受けただろう。ディオは「ざまあみろ」、と思った。
 しかし、床に寝かされてはますます逃げ場を失ってしまった。ディオは噛み付いてでも腕から抜け出るべきだと答えを導き出していた。
「ここまでしても? 君には分からないのかい?」
「ふん、きさまのような低脳サルの愚考なんか知りたくもないね!」
 ディオの口調は、いつしか少年時代と同じようなコックニー訛りの強いものに戻る。本人の自覚はなく、ほとんど意識も向けられていなかった。姿形が時を遡れば、後を追うように精神もその身に見合うものに変わってしまっていた。
「そうだね……君はいつだって、そうやって意地を張ってばかりで、ちっともぼくに素直になってくれなかった。だから、ぼくは、君のことを……」
 ジョナサンがすらすらと言葉を並べていく。その唇の動きがあまりにもなめらかで、ディオはすっかり見入ってしまっていた。
 ――ちがう、これは、ちがう。ジョナサンじゃあない。出会ったころのあいつなんかじゃあない。これは、このジョナサンは……ッ!
「ウ……ッ」
 ディオの顎先がジョナサンの指先によって上向かせられると、まっさらな唇が押し当てられていた。ディオは息を詰めていた。懐かしい香りを感じる。偽者でも作り物でもない、あのときのままのジョナサンの匂いがした。そして、唇の味だけが口の中にしていた。香水も、化粧品の味もしていない。人間の味だった。
 噛み付いてやる、噛み千切ってやる。ディオは繰り返し己に命じていた。なのに、実行できなかった。そして、瞼は自然と閉じられた。
 ぼんやりとする頭の中に、ジョナサンの声だけが響く。
「好きだよ」
 体の中心にジョナサンの言った告白が染みた。その意味が胸に突き刺さってしまって、ディオは床に磔られたように、指すらも動かせなくなってしまった。瞼も同様にぴくりともしない。
「まだ、分からない? ディオ、これが君の望んでいることなんだって」
「おれが……? おまえにこうされるのを? 馬鹿馬鹿しい!」
 口だけが動いていた。いや、喋っているかどうかは定かではない。肉体の感覚が失われつつあった。
「馬鹿馬鹿しくても、うそだって言っても、これが君の願いなんだ。それを君は受け取るだけさ」
 真っ暗闇のディオの深層心理世界に、ジョナサンは意識体として現れていた。少年の姿にも見え、青年の姿にも見える。ゴーストみたいに半透明でいて、発光している。
「おしえてあげるよ」
 差し出されたジョナサンの手を、ディオはじっと見つめていた。






二章・・・十五歳


 手を取った途端、半透明だったジョナサンの体は眩い光を放ち、ディオの闇を吹き飛ばした。つまり意識を失わされていたのだった。
 今日、何度目かになる目覚めをディオは体感して、起き上がった。体はいくらか重さを増しているが、まだ腕は細かった。
 喉が少し痛んだ。試しに声を出してみる。
「あ、あ……、あー」
 先ほどより声は低くなっている。しかしそれでも、子どもには違いない。
「いつまでこんなことが続くんだ……」
 あのスタンドの能力の正体がはっきりしない。何の目的があってDIOにこのような『夢』を見させるのだろう。
「夢、じゃあないよ」
 向かいに座っていたジョナサンはカップに入っていた紅茶を啜った。
「……またおまえか」
 ディオは臆することなく舌打ちした。勝手にディオ自身の考えを読み取ったということは、やはりこのジョナサンは現実のものではない。ならば取り繕う必要も無いからだ。
「失敬だな。君がいるから、ぼくはここにいるのに」
 相変わらず謎めいたことばかり言っている。意味不明なことを言えば、惑わせられるとでも思っているのだろうか。ディオはその手には乗らない。
 あたりは日差しがきつかった。太陽の光にディオの肌をあてても、問題はない。薄く日焼けした白い肌は健康そのものだった。こんなときが自分にもあったのだと、ディオは感慨深く陽の光に自らの手を透かした。
 ここは、ジョースター邸の二階にあるバルコニーだった。目の前のラウンジテーブルには二人分のティーセットが並んでいる。豪勢な三段のティースタンドには、サンドイッチやスコーンが乗せられている。
 ディオのカップと皿は手付かずのままであった。自分がいつからこうしてジョナサンと二人でお茶をしているのか、覚えがない。そもそも現実の時間でこうして仲良く茶など飲み交わした記憶が無い。やはり夢だ。そうとしかディオには思えない。
「飲まないのかい?」
 カップを指差したジョナサンが言った。
 こんなところにいても意味がない。ディオは無言で席を立とうとした。
「君が飲まないなら、飲ませてあげるよ」
 ジョナサンは腕を伸ばしてディオのカップを取ると、それを一口、二口と口に入れた。そして、ディオの肩を押し込んで、再び椅子に座らせた。
「む……ッぐ」
 先ほどと全く同じ方法で唇を塞がれていた。ジョナサンの腕力はあの時よりも上がっている。椅子の背に当てられた肩はがっちりと固定されている。
 何とか歯だけは食いしばって、ディオは堪えた。しかし、厚みのあるジョナサンの舌と唇が、無理やりディオの唇の合わせに割り込んでくる。
「ん……ッく」
 薄く開いた唇の間に、香りのいい冷めた紅茶が注がれていった。喉にまで達してしまった茶を、ディオは飲み込む。喉が小さく上下して、ジョナサンはディオが紅茶を飲んだことを知った。
「おいしい?」
「……まずいっ!」
 吐き出してしまおうとしたのにも関わらず、ディオは口に運ばれた紅茶を残らず飲み干してしまった。考えと肉体の自由が一致していなかった。
 唯一、放たれる言葉だけがディオの意思にあっている。まだ、自分自身でいられると思えた。
 唇を何度も袖口でぬぐった。何故こんなことをするんだ。何故こんな目に遭う。膨らんでいく疑問はディオの中に不安を生む。
「そんなことしたら、切れてしまう。切れたら血が出る……まだ君の体は、普通の人間なんだから、無茶はしちゃだめだ」
 ジョナサンは首を振ってディオの手を止めた。
「……な、にを、言ってる。おまえ……さっきから、何なんだ! 誰なんだ!?」
「誰って、ぼくはジョジョだよ。君の知っているジョナサンだよ」
「違う、違う! きさまは違う。ジョジョじゃあない!」
 腕を振り払ってディオは立ち上がった。
 ジョナサンは蒼い目を丸くさせていた。むしろディオのほうがおかしいと言わんばかりの表情をしている。
「そうか……。君は、ぼくが誰なのか分からないから怖いのか」
「……ッ! 恐れてなどいない!」
 否定しようとして大きく動かした手が椅子にぶつかった。その衝撃で椅子は横に倒れ床に叩きつけられていた。
 息が上がれば肩が上下に動く。心臓の音が早くなって、胸が苦しくなった。ディオは抑えられない感情を操作するのに躍起になっていた。
「そんなに“ぼく”が好きなのか……」
 ディオの両手を持ったジョナサンはそっと指先に口付けする。いくらでも殴りかかれる。攻撃ができる力がある、などとディオは自分の肉体に命じていたが、うまくいかなかった。ジョナサンが齎す優しさにディオは身動きがとれなくなってしまう。
「ほら、ね。君は、拒めない」
「ちがう、ちがう、こんなこと……ッ、こんな」
「だめだよ……否定しないで、しちゃだめだ。それだけはだめなんだ。君がぼくの存在を消すってことは、君自身もまた消えることになるんだ」
 ジョナサンはしゃがみこんでしまったディオの目線に合わせて、床に膝をついた。
 へたりこんでしまっているディオは、虚ろにジョナサンを見上げた。
「君の心が壊れてしまう」
 ジョナサンは手のひらをディオの胸の真ん中に触れさせた。温かいぬくもりが伝わってくる。紛れも無く、ひとの体温がする。
「おれは、そんなヤワじゃあないぜ」
「そうだね……君は強いよ。けど、ぼくには痛いくらいに聞こえてるから」
 ジョナサンの目のふちに溜め込んでいた涙が太陽の光にあてられていて、ディオの視界を眩しくさせた。
「何が、聞こえる?」
 ディオは掠れた声で言った。ジョナサンがディオの頭を撫でるたびに、心音と呼吸が穏やかになるのを感じる。同時に、泣き出してしまいそうにもなった。
「ぼくを呼んでるんだ。ずっと、ずっと、昔から。何年も前から、暗い箱の中で、君がずっとぼくの名前を呼んでいるから。だから、ぼくは……君の願いを叶えたい」
「おれが、おまえを……?」
 出会う前から呼んでいたとでも言うのか。ディオには分からなかった。けれど、ジョナサンは真っ直ぐだった。淀みのない口調で、きらきらした瞳の輝きを持ってディオの前にいる。
 いつか求めていたジョナサンの姿に違いないのだった。未来を知った風に語る所以外は、同じであったのだ。

「ちょっと……おい、何して……ッ」
 ディオの胸のあたりにあったジョナサンの手は、さわさわと表面を撫でていたかと思うと、釦を片手で外していた。
 ぷちん、と小気味いい音がして釦がひとつ外れた。すると、流れる手つきは次々と釦を取っていく。
「何って、……愛し合うのさ」
「はあ!?」
 やめさせようとしてディオはジョナサンの胸板を押し返したが、不思議と力が入らなかった。自分の手を見返しておろおろと戸惑うディオの姿に、ジョナサンはくすくすと笑った。
「できないだろ?」
「くそぉ……ッ、おれに何をしたッ!?」
「ぼくは何も。ただ、君が心から拒否したいと思っているのなら、ぼくを突き飛ばすことだって、ぼくの唇を噛み千切ることだって出来るだろうね」
 ジョナサンの胸を押しているディオの両手に、ジョナサンは軽くキスをして言った。右の手の甲、左の手の甲、交互に唇は触れた。
「こんなこと、ジョジョがするわけない……ッ」
 開いたシャツの前にジョナサンは顔を埋めた。はじめは唇の表面だけが肌の上をなぞっていく。そして、鎖骨のくぼみにジョナサンは吸い付いた。
「君の知っているジョジョならそうだったかもしれない」
 胸の真ん中に薄らと線が出来ている。少年らしい華奢な体格に、ほどよく鍛えられた筋肉がついている。その肉の盛り上がりをジョナサンは舌先で辿った。
「でも、それはジョナサンの全てでは無かっただけだよ」
「うっ、く……やめろ、そこ、はぁ!」
 ディオにはジョナサンの髪の毛を握るだけの力はあるようだった。蒼緑がかった暗い色調の癖毛が、もぞもぞとディオの胸の周りをくすぐった。
 寒気で硬くなった乳首のまわり、他の肌と乳首の境界線をジョナサンは舌でさすった。すると、性的な快感からくるざわめきがディオの腹の奥に芽生えていく。
「ヒッ……く!」
 甘ったるい声が上がりそうになってディオは上を向いた。顎をそらして快感を肉体から逃がそうと手足もぴんと張らせた。空が目の前に広がっている。まだ午後のあかるい時間だった。ここからなら、下の階にいる使用人たちの話し声も聞こえてきそうだ。
「いやぁ、だ。誰か、くる……う」
「来やしないよ」
 言って、ジョナサンはディオの胸部を頬張った。そして、木の実を齧るような仕草で、膨らんだ箇所に歯を立てた。
「アッ! ン!」
 抑えきれなかった嬌声が漏れて、ディオは自分の手で口元を塞いだ。童貞であるはずの少年の手が迷いなく動く。こうすれば違いないという的確さでディオの身体で遊ぶ。
 指と口は、時に繊細に、時に乱暴に蠢いてディオを翻弄した。
「んっ、ふ……ぅっ」
 息すらも洩らすまいとディオはきつく両手で押さえ込んでいた。それでも熱い吐息と共に高いあえぎが零れてしまう。
 倒れた椅子の肘掛の部分にディオは背を任せた。木製の装飾された肘掛が背骨にあたって痛んだが、そんなことをディオは気にしていられない。
「声、我慢しなくてもいいよ。息が苦しそうだ」
 ジョナサンは一度顔を上げ、ディオが覆っている口元の手を外させた。顔と首筋にうっすらと汗をかいて、ディオは露出した肌を赤くしていた。
「う……ぐ、ん……ッく、うぅ」
 睨み付けたつもりが、涙を蓄えていた瞳はいびつに歪んでしまう。仕舞いには、ジョナサンの眼前で涙腺はその機能を存分に発揮してしまう。
「うっく、ひっ」
 泣き顔を隠そうにも手首は変わらずジョナサンに捕まっていて、ディオはぐしゃぐしゃに濡れつつある面を晒していた。
「みっ、見る、なぁっ」
 吸い上げた息が喉を通るとき奇怪な音を立てる。鼻をすする格好悪い音が、ディオの内にある尊厳を叩き壊していくようだった。
「泣いてもいいよ」
 するとジョナサンは流れ続けている涙を唇で拭っていく。頬の一番高いところから目元、目尻、と唇は移動していった。
「君ってさ、よく泣くよね」
「うる……、さいっ」
「でもいいんだ。泣いたって」
 ディオの睫の先にジョナサンは唇をつける。生まれたての涙はジョナサンによって救われていった。



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