何回殺しても死なない男 1

 頬は腫れて、切れた目尻の傷が、とても痛みました。
 ディオは父親に、物心つく以前から殴られ、蹴られて育ってきましたが、ぶたれた顔の痛みよりも何よりも、こんなにも、他人に怒りを覚えるのは初めてのことでした。父親の拳はこの痛みよりもっと重かった筈でしたのに、感じる怒りは更にずっと深いものでした。その腹立たしさで、ディオはちっとも眠りにつけませんでした、
「クソ! クソッ! ジョジョのくそったれ!」
 枕に口をあてて、思い切り叫んでみます。夜、こらえきれない気持ちになると、こうして、枕に向かって思いのたけをぶちまけて、苛立ちをごまかしていました。
 目を閉じても、蘇ってくる悔しさと、まっすぐに自分だけを睨んできた青い目が、闇に輝いて浮かんでは、ディオの眠りを妨げるのでした。
「甘ったれのくせして、一丁前にこのディオを睨みやがって! ああ! 忌々しいッ!!」
 シーツの隠れる部分を引き裂いて、体の中で燻り続ける怒りの炎をディオは持て余していました。
 大人のずる賢さと、子どもの残酷さが、同時にふたつ持ち合わせる時期であった少年のディオは、そのどちらの特性も自分では上手に操作出来ず、感情の赴くままに行動せんと、怒りに振り回されていました。大人の知識にはまだ遠く及ばず、子どもの無邪気さを纏うには、もう大きくなりすぎていたのです。
 夜半過ぎに、とうとうディオは、ジョナサンに対して制裁を決行すべく、部屋を出てしまいました。

 彼の身勝手極まりない独自の法は、弱きものを力でねじ伏せる、見せしめを選びました。

 ――ですが、彼の計画は失敗に終わったのです。

 ジョナサンにとって無二の親友である名犬ダニーは、闇に伸びる少年の手の悪意の匂いをきちんと嗅ぎとって、唸り声を大きくあげて牽制いたしました。ひるんだディオに吠えたてて、その鳴き声で召使いたちを起こし、ダニーは自らの危機を脱せたのでした。

 ジョナサン少年は、昨晩そのような危機一髪の事件が、よもや邸で行われていたとは露知らず、傷だらけの面でも、明るく笑って庭を親友と駆け回っているのでした。
 父の手前、ジョナサンは精一杯明るく、そして義兄弟に対しても、朗らかな態度をとってみせたのでした。とても健気で、そして、優しい心の少年でありました。

 その寛大な様子は、ディオ少年にとっては、ますます腹の立つ事柄のひとつでありました。
 愛犬抹殺の計画にしくじり、ディオの胸の中の暗雲は、さらに広がるばかりです。
 ディオは、自分の家から持ち出した数少ない荷物の中から、ある本を一冊手に取り、心を鎮めたのでした。
 本は厚く、数百ページはあり、十五、六の少年が理解出来るにはまだ早いような難しげな題名が、堅苦しい書体で書かれています。
 しかし内容など、ディオにとってはどうでもよいのです。大事なのは中身でありました。
 本は最初の数ページは普通にめくれるようになっていましたが、中盤から糊で固められて、真ん中の部分は抉り取られており、小さな物入れになっていました。その中には、茶色に染まったくしゃくしゃの、まるまった紙きれが数個あります。紙切れに包まれているのは、奇妙な白い粉でありました。粉が確かに、ここにあると、ディオが認めると、恋人の手を触るように愛おしげに、本を手の中に収めて、ディオはにんまり笑ったのでした。
「これは、ぼくの切り札さ……。」


 あくる日、ディオはジョナサンを川へ誘いました。当たり前にジョナサンは断りました。
 ディオが何をしたいのかは、ジョナサンには分かり兼ねましたが、とても一緒に遊ぶ気分にはなれません。
 ですが、ディオは根気強くジョナサンを連れ出そうとしました。言葉巧みに、仲直りがしたいだの、本当はエリナとも一緒にあそびたかっただの、年不相応に、ディオは駄々をこねたのでした。年は同じだった筈だと、彼がこの邸に来る前に聞かされていたことをジョナサンは思い出していました。
ディオは、年の離れた兄に甘える末の弟みたく、鼻にかかる声を出して、ジョナサンに我が儘を言い続けました。しつこく付きまとわれ、とうとう、ジョナサンは、頑なだった決意を曲げて、ディオと共に、川へ出かけて行ってしまいました。
 以前ジョナサンがエリナと川遊びをした季節とは違って、水は冷たくなっていました。
 先週の大雨の影響もあったのでしょう、川は荒れている様子でした。これでは、釣りも出来ないし、中に入るのも危ないと、ジョナサンでもそう思いました。辺りに住む子どもなら皆そう思うでしょう。
「ディオ、ごらんよ、誰も遊びに来ていない。今日は川で遊ぶにはよくない日だ。」
 ジョナサンは小さな橋の真ん中に立って、周りを指し、流れていく川の速さを指差しました。
 ディオは、そう言うジョナサンの真後ろに立って、
「そうさ、だから都合がいいんじゃあないか。」
 言って、ジョナサンの背を両手で押しました。
 ジョナサンは、足を滑らせたときには、声ももう上げられず、頭まで水に浸かっていました。
 手の先だけが空気にふれて、その手が自由に動かせられたのも、多分数秒のことだったでしょう。
「グッバイ、ジョジョ。」
 ジョナサンの被っていた帽子だけが、ディオの足元に残されていました。

 出来るだけディオは時間を潰して帰ろうとしました。ジョナサンがディオと出かけた、と知っているのは、彼ら本人たちだけでしたので、ディオが黙っていれば、もうその事実は誰も知れません。街で友人と会ったりして、ディオは何ら変わりない日常を過ごしていきました。
 そして、頭の中で、想像しました。
 ――蒼い顔をしたお義父さんが、「ディオ、……実に言いにくいことなのだが、今日ジョナサンが……」そして、ディオは、こう言う。「そんな! ぼくたちまだちゃんと仲直りだってしていないのに! そんなことってあるんですか! ああ、神さま!」……
「ふふ、我ながら名演技だな。」
 映画監督の気分で、ディオはこれからジョースター家に起こる悲劇を、どう演出してやろうかと、腹のそこで笑ったのでした。


 夕刻、ディオは薄暗い邸の玄関に立って、自分の帰宅を告げました。
「ただいま戻りました。」
 あたりには、召使いの姿が見えませんでした。執事もおりませんでした。
 おや、とディオは唇が歪むのを、自分の手で隠しました。これはやはり大事になっているのではないかと、ディオの描いた台本通りにことが進んでいる予感がしました。
「ああ、ディオ、遅かったね。……ところで……」
 ジョースター卿が、階段の上から出迎えてくれました。ディオの顔を見てから、卿が表情にすこし影を落としたのを、ディオは見逃しませんでした。
「ジョジョは一緒じゃあ、ないのかな……?」
「いいえ、ぼくは知りませんけど……」
「そうか……」
 卿は落ち着き無く、階段を下りていきます。どうやら、ディオの思っていたスケジュールより幾分か早く到着してしまったようでした。だけれども、このまま時が進めば、ディオの予定通りの未来がやってくる、――はずでありました。

「ただいまァ!」
 ジョナサンのあっけらかんとした、大きな声が玄関のホールに響き渡りました。
 誰よりも驚いたのは、ディオでありました。
 首が引き抜けてしまうのではないかというくらいの勢いで振り向き、ディオはジョナサンの姿をまじまじと目にしていました。
「ジョジョ! 遅かったじゃあないか! 私は心配で……、いや、遅くなるなら、出かける前にちゃんと伝えなさいといつも言っているだろう! それに何だね、びしょぬれじゃあないか!」
「ヘヘっ、ごめんなさい。」
「もう水遊びには寒い時期だろう。全く……食事より先に風呂に入ってきなさい!」
「はーい!」
 ディオは身をかたくして、棒立ちになっていました。
 ――なぜ、あいつはピンピンしてやがる……ッ!? あの激流の中でどうやって生還しやがったんだ……!?
 俯いたディオにジョナサンは濡れた髪をかきあげて、
「ひとりでさっさと帰っちゃうなんて、君ってつれないなぁ、ディオ。」
 と、耳元で囁いたのでした。
 ディオが白い頬をして、目線をあげると、ジョナサンは青紫色をした唇で、にっこり笑いかけていたのでした。

 かくして、水難事故に見せかけたジョナサン・ジョースター殺害計画の第一は、ディオの詰めの甘さが仇となりまして、これも失敗に終わりました。

 ――あの流れなら、確実に死んでくれると思っていたが、死体の確認を怠ったのがいけないな……。今度はぼくなりの正攻法でいけばいいんだ……そのほうが間違いはしない……。

 ディオは、聖書のかわりに、あの本を大切に枕元に置きました。
 本の中身を手に取って見て、ディオはようやく眠りにつけるのでした。それは就寝前の祈りと同じ意味を持っている儀式でありました。



 第一計画から数週間、ディオの殺意は募るばかりです。
 焦りが禁物だと分かっていても、早く終わらせてしまいたいとディオは思っていました。ですが、ディオは、用心深く月日がたつのを待ちました。
 ある日の朝、ディオは、邸中の誰よりも早く起きていました。
 キッチンが邸の中で、どこよりも早く活動される場でしたが、それらよりもディオは早く起きねばなりませんでした。
 磨かれた食器が並ぶ中、ジョナサンのカップと、シュガーポットがトレイ乗せられて棚に置かれていました。
 それは、朝食の前の一杯の紅茶のために用意されているティーセットでありました。ジョナサンは、朝の紅茶には砂糖をふたつ入れることをディオはよく知っていました。ポットには新しい砂糖が山盛り入っています。
 その中の一番上のひとつの砂糖を、ディオはハンカチに包んでいた、まったく同じ見た目の角砂糖とすり替えました。どこからどう見ても角砂糖にしか見えないそれは、まわりを砂糖でコーティングした、毒薬でありました。
 あやしげな異国の薬屋から購入していた、ディオの切り札でした。
本来なら、少量を長い月日をかけて盛り、徐々に体を弱らせていくために使う毒でしたが、一度に飲ませれば、まず喉がつまり、呼吸が出来なくなり、毒が全身に回ると、手や足の先が痺れて、言葉も発せられなくなって、もがき苦しんで死ぬのだそうです。
「そして……毒は体に残らない……」
 ――ジョナサンは、紅茶を飲み、原因不明のまま死ぬ。もし、調べたとしても、このディオに疑いはかけられない。紅茶の湯を入れるのは、キッチンで働く誰かであり、そして茶を運ぶのはメイドであるからだ。
 今度こそうまくいくと、ディオは自信たっぷりでした。何せ、成功例がありましたから、ディオの中では間違いがないと踏んでいたのです。
 そしてそっと、足音を立てずに自室に戻り、また浅い眠りにつくのでした。これで、あ明日からディオはゆっくり眠れる日々が送れるのです。次に目を開けたらさぞ清々しい朝がやってくるのでしょうと、ディオは胸をときめかせておりました。

 ――目覚ましは、メイドの甲高い悲鳴でありますように……。

「おはよう、お寝坊だね、ディオ。」
 ベッドが軋んでいました。ディオは眩しさに目を細めながら、覚醒してゆきます。
 ぼやけた視界の中に、ジョナサンの青くて鬱陶しい眼差しが入り込み、ディオは息を飲みました。
「……お、おはよう、ジョジョ」
 まだ夢でも見ているのかと、ディオは、布団の中で自分の手の甲をつねりました。
「今日はうんと天気がいいね、せっかくの晴れなのに、何だか咳が出るんだ、風邪ひいてしまったみたいだなぁ。」
 ジョナサンは勝手にぺらぺらと聞きもしていない自らの話を繰り出していきました。ディオは、何度も布団の中で手をつねったり、叩いたりしていました。
 カーテンをあけて、ジョナサンは陽の光を部屋いっぱいにそそぎました。
「ほら、すごくいい天気だよ、はやくディオも起きて、朝ごはんを食べよう。」
 ディオはゆっくり顔をあげて、ジョナサンを窺いました。
 歯並びのいい前歯が、朝日に光をうけていました。ジョナサンは、ディオに笑いかけているのです。
「ディオ……、今日の紅茶はすこし変な味がしたよ」
「……ッ!!!」
 ディオはこれ以上首を持ち上げられなくなりました。ジョナサンの目が見られないのでした。

 咳き込むジョナサンに、卿は抱えの医師に診させようとしましたが、ジョナサンは元気よく外に遊びに出かけていったので、医者も余計な心配は無用だと卿に言い聞かせておりました。
 その一日、ディオはどこか暗く、考え事をして、部屋にこもったのでした。


 ジョナサン・ジョースター殺害計画の第二は、またも失敗でありました。
 ディオは、使用後のシュガーポットを見て思いました。
 ――ジョナサンが、砂糖の一番上を使うとは限らなかっただけだ。味がおかしかったというなら、わずかに毒を口にしていたのだろう。咳もその証拠だ。やり方がぬるかったな、どうせならカップにそのまま入れておけばよかった。どちらにせよ、このやり方はまだるっこしい……もっと、きちんと殺さなければいけない。

 大切にとっておいた毒薬は、また数年の後に、活躍の場があると聞かせて、ディオは本棚の二段目にその本を仕舞いました。


 冬の寒風が、吹く頃でした。
 ディオが殺意をジョナサンに抱いてから、数ヶ月が過ぎておりました。激しかった感情の炎が、今はロウソクの小さな灯火に変わっていたのでした。それは、決して思いの大きさではありませんでした。その小さな火に、ディオは手をかざして、大事大事に消えないように心に灯し続けているのです。
 黒い闇の心にある、野望の小さなあかりでありました。思いがある限り、ディオはそこに向かって前進していくのです。

 この頃ディオはやっと、ジョナサンの目を見られるようになっていました。
 そして、彼に対して微笑みかけることだって出来るようにもなっていました。
 ジョナサンは、すっかりディオと仲直り出来たのだと信じきっていると、ディオには確信がありました。
 そして、ディオはジョナサンの一番の立場をあらゆるものから、奪い取っていきました。ダニーが言う事を聞かないときには、彼を慰め、卿が彼を叱りつけたときには、彼の味方をし、街の友人らが悪口を言ったときには、皆の前で彼の名誉を挽回させました。
 そうして、ディオはこのように小さな積み重ねをしていき、ジョナサンの方から心を近づけさせていったのでした。
 そして、ジョナサンがディオに油断をする機会を、待っていたのでした。
 月日流れていき、ジョナサンはディオとふたりでいることを自ら望むことが多くなりました。
 双子のように、離れずにそばにいて、半身のように、ジョナサンはディオと共に過ごしていったのです。
 思いがけず、自分にのめり込んだジョナサンにディオは、おかしくてたまりませんでした。
 ――一番の友だちだと思い込んでいたものが、ずっとずっとおまえを殺したいと思っていたと知ったとき、どんなに辛くて悲しいだろうなぁ? 死にたいって思うよなぁ? そのときは、ちゃんと一番の友だちのおれが、息の根を止めてやるよ……。それがおれの最後の友情ってやつなのさ!

 邸の屋根裏で少年たちは、ときどき悪戯にふけりました。
 誰の目にも届かない場所で、日常のスリルを味わって、共有し、彼らはますます親密になっていきました。
 ディオは、この場所が計画を遂行するに最もふさわしいと思いました。
 誰にも邪魔されず、気づかれず、多少暴れたとしても、困らないからです。
 真夜中に、ランプといくつかの本と、そしてキッチンからお茶と菓子を持ち出して、朝日が出るまで起きていようと、ジョナサンを誘いました。今度は、当たり前にジョナサンはディオの誘いに乗りました。
 ミルクのたっぷり入った紅茶には、よく眠れる薬が混ぜられていました。大人たちが、不眠の際に使う、誰にでも手に入れられる薬でしたので、ディオが持っていても、何も疑われません。
 そして、ディオの手から受け取る紅茶にも、ジョナサンは疑ったりしませんでした。
 ひとくち、ふたくち、飲む姿を、ディオは横目で見ました。
 やがて、ジョナサンの頭がふらつきはじめると、屋根裏におかれている毛布を渡しました。
「すこし眠ったらいい、朝がきたら絶対起こしてやるからさ」
「なら、そうしようかな……。じゃあ少しだけ……おやすみ、ディオ」
「ああ、おやすみ、ジョジョ……」
 ――永遠におやすみ、ジョジョ。
 ディオは胸のなかで、そう繰り返しました。
 シャツのリボンタイを外して、ディオはタイを細くねじっていきました。
 ねじったタイの両端を持ち、ぴんと張らせて引いて、強度を手で感じました。
 思いきり引っ張っても、千切れそうにはないと分かると、躊躇いなくジョナサンの首にかけてやりました。
 首のまんなかに、しこりのようなものがあります。少年の声は、低くなりはじめていました。ディオはそこを中心として、タイを交差させて、ゆっくりと引きました。
 このまま、成長していけば、ジョナサンは大きくたくましい立派な男になることでしょう。
 ――それが見られないのは残念だなぁ、ジョジョ。君は永遠に少年のまま時を止めるんだ。このディオの手によってな……。
 タイの両端を持ち直し、ディオはひと思いに引きました。
 ジョナサンの体は抵抗もなく、ひくひくと痙攣しました。のちに、力が抜けていくのをディオは感じたのでした。
ジョナサンの口から、泡が出ていきます。ディオはまだタイを緩めずに、引っ張り続けました。
どれくらいの時が流れていったでしょうか、ディオの額には汗が滲んでおりました。
指先は真っ赤になり、握り締めた手の中では、爪が手の平に食い込んで血が出ていました。
「はぁ、はぁ……やったぞ、とうとう……やってやったぞ……ッ!」
 手首を触れば、脈動はありませんし、鼻や口からは、体液や血がながれるだけで、呼吸の音は一切ありませんでした。
 ジョナサンであった少年の体を、毛布にくるみ、キャンディラッピングのようにロープで頭と足の部分をかたく結びました。
 それから、屋根裏に唯一ある窓を開いて、ディオは遺体を外へ投げ捨ててしまいました。
 窓の下には、焼却する予定である庭の落ち葉が大量に積まれており、それらがクッションとなって、人一人くらいの重さなら、落とされたときの音も静かであったのです。
 ディオは邸の裏口から出ると、シャベルを持ち、荷車にジョナサンを乗せて、ジョースター家の土地のひとつである森へ向かいました。


 森は人の手がいっさい入っておらず、自然のままに木々が生い茂っておりました。
 ここなら、他人は立ち入らないから、きっと見つからないだろう、とディオは考えたのでした。

 墓穴は、随分と前に目星をつけておいたところでありました。薄暗くて、大きな木がいくつもあり、さみしく暗い場所でした。
準備は万全に整っておりました。
少年ひとりが入りきる大きさの穴がすでに掘られており、木の葉を除けば、すぐにジョナサンを放りこめました。
土を毛布の上からシャベルでかぶせていけば、ディオはうっとりとその穴に見入りました。
そして、心にともったロウソクの火を、軽い息でふっと消し去ったのでありました。



 荷車にシャベルだけを乗せて、ディオは邸へと戻りました。夜明けまでまだまだ時間があります。
 白い息を弾ませて、ディオは外にある水道で手を洗いました。手の平の細かい傷に冷水はしみましたが、世界の全てがこれで思い通りになったと、ディオはその喜びを噛み締めていましたから、気にならなかったのです。

 翌朝、ディオはベッドの中で紅茶を飲んでおりました。
 不機嫌そうに眉をひそめて、黙っておりました。本当なら歌でもうたいたいくらいに、気分は晴れやかでありましたが、いつも通りの低血圧そうな顔をして、ディオはのんびりと紅茶をすすったのでした。

着替えをすませると、ディオは食堂へ向かおうと部屋を出ました。
そして、ある不自然に気がついたのでした。
まったく清潔なジョースター邸の廊下に、泥が点々として落ちており、壁には人の手の形をした汚れがあちらこちらにあるのでした。
「おかしなこともあるものだ……新しいハウスメイドでも雇ったのかな。」
 それならとても掃除の下手なやつなのだろうと、ディオは溜息をつきながら、階段をおりていきました。
「おはようございます。」
 ディオは、特にいつも通りに笑って、食堂の扉を開いて挨拶をしました。
「ディオ、おはよう! さあ、朝食にしよう。」
 卿は、手元のベルを鳴らして、召使いたちに合図しました。
 席についたとき、ディオは、向かいの空席を見ました。
「お義父さん、ジョジョがまだ来ていませんよ。」
 白々しくディオは、ジョナサンを気遣った風に声をかけました。
「おや、そうだったな……」
 ――可哀想なジョースター卿、あなたの愛する息子は、もうここには帰ってきやしないのに……、今だけはまだ幸福に浸かっていればいい……。
 卿は、わざとらしくコホンと咳をして、テーブルを二三度叩きました。
 何かと思って、不思議そうにディオはその動作を見たのでありました。
ごとん、とテーブルの下で硬いものがぶつかる音がして、ディオは目をまるくしました。
「わっ!」
 テーブルの下から顔を出したのは、昨晩ディオの手で絞めたジョナサンでありました。
「…………ッ!!」
「ははははははっ!」
「やあ、驚いたかい?」
 ジョースター卿は、声を上げて笑い、ジョナサンは大きな口をあけて、腕を拡げてその身をディオに見せました。
 口をぱくぱくさせてディオは言葉を出せずに、ジョナサンとジョースター卿の顔を交互に見たのでした。
「まさかそんなにディオがびっくりするとは思わなかったよ。ジョジョの思いつきで付き合ってみたが、いやいや、珍しいものが見られた気分だ。」
「フフ、父さんは役者にはなれないね、ぼく、いつディオにばれてしまうかドキドキしたよ!」
 笑いあうふたりの親子に唖然としながら、ディオは開いてしまった口を手で塞ぎました。
 ジョナサンの服の襟はきちんと閉められておりました。ディオは、その首元をじっと瞳を凝らして見ました。
 首には、鮮やかな赤い痣が、くっきりと残っていました。
 そして、ジョナサンの服の袖や、足元には、土や泥の汚れがあったのでした。
「絶対、起こしてくれるって、約束したのにね、ディオ……?」
 ジョナサンは、向かいの椅子に座り、ディオに笑顔でそう言いました。



 第三の殺害計画は、失敗であったのでしょうか?
 ディオは、自分の部屋で震える膝を抱えて、考え込みました。
 そして、手の平にある傷を見つめては、現実にあったことなのだと、自分を信じました。
 ――この手でやったんだ。絶対に死んだ、息もしていなかった、心臓だって止まっていた。この手で確かめた、この目で見たし、この耳で聞いたから間違いないんだ。おかしい、おかしい、あんなに深くに埋めたっていうのに、生きていられるわけがない。死んだんだ、ジョナサン・ジョースターはこのディオが殺したんだ!
 では、あれは一体誰だったのでしょうか?
 ジョナサンに瓜二つの男の子であったのでしょうか? 声も、姿形も、瞳の色も、髪の色も、まったく同じ人間がいるとして、たとえそうだったとしても、何故、ジョナサンだけが知っている約束の話をディオに出来たのでしょうか?
 どんなもしもを並び立てても、ディオのたどり着く答えは、あれがジョナサンだということだけでありました。


 しかし、ここで諦めるわけにはいきませんでした。
 ディオは、さらに殺意をふくらませたのでした。
 こうなっては、何が何でも、自分の手で殺してやろうと決心しました。
 ――溺死も、毒殺も、絞殺も、血が出ないやり方を選んだのが悪かったんだ。血を流させてやる、たっぷりと……そして、この世にジョジョの血は一滴も残さない。
 いつも肌身離さずにズボンやシャツのポケットに忍ばせている、小さな武器であるナイフを使おうとディオは決めたのでした。

 相手を欺くのをディオはやめました。
 これで最後にするつもりでしたので、もうジョナサンに取り入る必要はないのでした。

 その日の晩に、ディオはジョナサンの部屋に忍び込みました。もう、待つのはあきあきでした。
 手袋をした手にナイフを持ち、すっかり寝入っているジョナサンの顔面に枕を押し当てて、心臓の上に刃を突きたてました。
「…………ッ!!!」
 もがき苦しむジョナサンの体に跨って、ディオは一層ナイフを奥深くまで突き刺しました。
 血がべったりとついたナイフを抜き、傷口にもう一度刺しました。繰り返し、繰り返し、ディオは何度もナイフでジョナサンの胸にいくつもの傷を作りました。
 寝巻きは血だらけになって、ディオの手も、服も、ジョナサンの流した血に染まっていきました。
 枕を外すと、ジョナサンの顔は綺麗な寝顔で固まっていました。
 悶え苦しみながら死んでいった人間は、凄まじい形相であると聞いていたのに、ディオは拍子抜けでありました。さぞ見苦しい顔をして、死んでくれるだろうと期待しておりましたから、その気持ちは裏切られてしまったのでした。
「フン! 最後の最後まで、このディオをおちょくってくれやがる。」
 ディオは、死体をどうしてやろうか、と考えました。
 土に埋めるのは、釈然としませんでしたので、いっそ何もかも無くしてしまえばいいと願いました。
 そして、ディオは、再び森に行きました。
 昨日と同じ荷車にジョナサンを乗せて、森の奥深くまで進みました。誰にも分からない場所へと歩き続けて、さらに鬱蒼と草木が生い茂る中へと行きました。
 ジョナサンの体をよく乾いた枯れ葉の上に横たえて、その上にディオは油をまきました。
 そして、古新聞や、枯れ木を乗せて、マッチで火をつけました。
 紙切れに火は燃え移っていき、小さかった火はあっという間に大きな炎に変化していきました。
 草の燃えるいい匂いがしたと思うと、肉の焼け焦げる嫌な臭いが、ディオの鼻に届きました。
「さようなら、ジョジョ、これで今度こそ、本当のお別れさ。」
 煙がもくもくと上がり、夜空にあがっていきます。ディオはその黒い煙のなかにジョナサンの笑顔を見たような気がしました。



 疲れた体を引き摺って、ディオは空の荷車と共に帰りました。
 炎は何時間と燃え続けていましたが、最後の炭が尽きるまで、ディオはその場から離れられなかったのでした。
 そして、やっと全てが終わりました。
 この二日ほど、ずっと夜通し起きていましたから、ディオは体も頭もくたくたでした。
 血だらけの服や手袋も、そして、ナイフも、何もかも燃やしてきました。
 燃え終わった骨はよく砕いて、粉にして、風に飛ばしてきました。
 証拠と呼ばれるものは、ひとつとして、この世界には残っておりませんでした。

 寒空の下、ディオは頭から水をかぶって、煙の臭いを消そうとしました。
 いくら水をかぶっても、なかなかその臭いが消えず、ディオはその場で裸になり、桶に水をためて、頭から爪の先まで洗い流しました。全身が真っ赤になる頃、ようやくその臭いを感じることがなくなりました。



正統派ホラーエンド

病んでるジョナサンエンド

ウルトラハッピーエンド

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