微笑みのみどり 5
初めて告白したときも、ディオはこんな風に真っ赤になっていたのを思い出す。十五才のぼくも、こうして君に告白しておけば良かったな。
ディオ、君はずっとひとりで生きてきたんだろう。
そして十五才の君はこれまでのように、これからもこの先もひとりで生き抜いてやると決めていたんだ。
今のぼくだから分かることもある。
本当は、寂しくて、悲しくて、誰よりも愛に飢えていたんだろうってこと。誰かに求められたい、愛されたいと思っていても、素直に愛情を信じられなかったのかもしれない。君の生きてきた環境が、君をそうさせてしまったのだろう。
君は強く、真っ直ぐに、誰かに「愛してる」って、言われたかったんだ。
今のディオに言っても、認めて貰えないかもしれない。
だからこそ、ぼくは十五才のディオを愛してると言えて良かった。
もしもあの時に戻れたら、とぼくは何度となく願っていた。切ない横顔をした君をこうして抱きしめてあげたかった。君の痛みも苦しみも、ぼくが全部抱きしめたかったから。
ぼくは君を助けたかった。
「んう」
ディオは薄く目を開けて、ぼくの瞳を見ていた。
唇が重なっても、動く睫の先が触れるので、ディオが瞬きをしているのが分かった。
「ふ、あ……」
キスの仕方を知らないディオは、大人しくされるがままになって、口を小さく開けていた。
「ディオ、ほら、もうちょっと口開けてごらん」
「あ……」
顔の横をぼくが両手で支えてやると、赤い舌を少し出して、強請るように唇を開く。
「んむ……っ」
ゆっくり顔を近づけて、ディオの唇を食む。見た目よりも厚い唇は、ふにふにとして柔らかく、素直にぼくを受け入れてくれている。未成熟な少年のディオには、大胆さも色気もかけらも無い。だけどそれこそがぼくの希望通りの姿だった。清らかで、誰のものでもない。純真で真っ白なディオ。ぼくの胸はときめいていた。
大人のする荒々しい口付けなんてしたら、ディオの唇は壊れてしまいそうなほど繊細だった。彼の体も心も大事にしてやらなくてはいけない。
そういった守りたいという庇護欲と、反対に侵略したいという征服欲が、同時にぼくの中で芽生えている。
静かに、ぼくは唇の隙間から舌を伸ばしていく。蛇が這い上がるようなスピードで、じわじわと。
「んっ、……!? うっ」
ディオの小さな口内には収まりきらないぼくの大きく厚ぼったい舌が、ディオの歯列をなぞり、奥へ進んでいく。
「んっ、……ふ……っ」
ディオはぼくの胸においた拳を強く握って、耐えるように眉間に皺を寄せている。目尻からは生理的な涙が一筋流れていた。
怯えていた舌が絡まると、ディオの腰がびくんと跳ねた。
舌で舌を舐め、顔の角度を変えてより深く唇同士を交わらせていく。唇の合わせからは、粘膜が擦れあうときに生じる、くちゅ、とした音が聞こえてきていた。
「はあ……、あっ……、はっ……」
うまく呼吸が出来ないのか、ディオは唇の間から時々荒い息を出した。
口が開けば、自然と甘い声も聞こえる。
「ディオ……、ディオ?」
腕がくったりとしてぼくの胸に倒れてくる。ディオは目をとろんとさせていた。
少し飛ばし過ぎたかと反省して、ぼくは名残惜しみながらも顔を離した。つやつやと濡れたディオの唇はぼくが吸ったり噛んだりしたから、すっかり赤く腫れぼったくなっていた。
「ん……っ、う……、な、なんで……」
「ん? ああ……」
ぼくはディオの「なんで」の意味を、何故キスをしたのか、という問いだと思った。
それは、と続けて答えようとしたとき。
「ん……ッ!?」
「んう、んっ、んっ……」
覆いかぶさるようにディオが唇を押し付けてきて、再びぼく達は唇を交わらせた。押し当てるだけの、拙い口付けだった。ディオは本当に何も知らないのだな、とぼくは幼いキスを受けながら少し胸の中で笑った。
「なんで……、やめるんだよ……ッ!」
涙目でどれだけ凄んでも、ただただひたすらに可愛いだけだ。
これは、ぼくの恋人の方のディオにも言えるけれど、多分生まれ持った性分なのだろう。追い詰められていようが、立場が弱かろうが、ディオは強気な態度と発言しかとれないんだろうな。そこが良いのだけれど。
そして、ディオの予想外の反応にぼくの心は震えた。
「もっと……、まだ足りない……」
「嫌じゃあないのかい……? ぼくは男で、君はぼくを知らないんだろう?」
焦らすつもりは無い。けれど、ぼくは自分を認識していないディオが、見ず知らずの男とキスをしているという事実に、怒りを覚えていた。だから強請ってくるディオの身をそっと抑えてキスを中断させていた。
「ぼくが好きなんだろ、……おまえは……」
「おまえじゃあないよ、ジョジョって呼んでほしいな。」
「な、……っ!?」
「ぼくは、ジョナサンだよ。君のよく知ってるジョジョだ。本当さ。」
ディオは、信じられないという顔をしている。唇を噛んで、ぼくの胸においた拳を握る。
「馬鹿言うな、ぼくの知ってるジョナサンは阿呆面した、ぼくと同い年で、おまえとは全然違う」
「……阿呆面ね、君らしいよ。」
くく、とぼくは笑った。ぼくが笑うと、ぼくの腹の上にあるディオの体も同じように揺れた。
「証明する方法なんていくらでもあるけど……、君はきっと信じないだろうな。ぼくも同じ目にあったら、きっと信じられないと思う。」
「意味が分からない……そうやって、ぼくのことからかってるのか!」
ディオは、苛立って口元を袖で拭った。切り替えが早い。ほんのついさっきまで、くたくたになってぼくにキスを強請っていたのに、今はぼくを殴りかからんとしようとしている。ぼくはまた笑ってしまう。
「そうだな……ディオ、ならこれは夢だ。ジョナサン・ジョースターの願望なんだ。十五のぼくは、はやく大人になりたかった、大きくなりたかった。それが今のぼくの姿になっている。……それでどうかな?」
我ながら苦しい言い訳だと思った。こんなことで騙されてくれるほど、ディオは甘くは無い。
「だから何だって言うんだ!……クソッ、ぼくはもう帰るぞッ!」
ディオは、もう冷たい目をしていた。あきれ返っているとも言える。
「ふふ、だめだよ。離さない。」
「うぐっ、……畜生! 離しやがれ! このっ! 変質者めっ! 大声を出すぞ!」
ディオの腰まわりは、内臓が入っているのか心配になるくらい平たくて細い。ぼくは力をセーブしたつもりだったけれど、ディオは苦しさで、ぐえっと声を漏らした。
「人なんて来ないよ。君だって知っててこんな所に一人で居たんじゃあないのかい?」
ディオは少し目を見開いた。日中、ここのあたりには殆ど人は居ない。家族はおろか、使用人もこんな敷地内のはずれまで来たりしない。
ディオ以外の人がこのあたりに用があるとしたら、少年であったぼくが領地内で行方不明になった場合に捜索されるときぐらいだろう。
「…………じゃあ、なんでおまえはここに居るんだ」
「……君に会いたかったから。」
ぼくはディオの金髪をひと房手に取って、そっと口付けた。ぼくの恋人のディオは、こういった気障ったらしい行動を好いている。だけど、十五才のディオは口元をもごもごさせて、複雑な表情を浮かべていた。
「やめろっ、そうやっていい加減なことばかり言いやがって。」
「全部、本当だよ。嘘も偽りもない。」
ぼくは、ぎゅっとディオの身体を抱きしめて言った。ディオの体からは、まだ少しだけ拒絶を感じる。またキスをすれば良かったのかもしれないけど、それは快楽に弱い体を騙すようで気乗りしなかった。
「ぼくが、ジョナサンだってことも、これがジョナサン・ジョースターの願望だってことも……ぼくが君を好きな人間だってことも、」
「……ッ!」
「君が好きなことも、大好きだってことも、愛してることも、全て真実だ。」
「……う……っ、やめろ……ってば……!!」
ディオが自身の耳を塞ごうとした手を、ぼくは掴んで握った。
「やめないよ。ディオ、好きだ。」
「いや、だ……」
ディオは逃れようと身を起こそうとしているけれど、手の自由を奪われているので、ただぼくの胸の上でもぞもぞと動くばかりだった。
「ディオ、大好き。ディオ……ぼくは君のことが大好きだよ。」
「やっ、うう……それっ、やめ、ろ」
「どうして? 嬉しいって、ディオは思っているんだろう?」
「思ってないっ」
「顔が真っ赤だ。」
「なってない!」
「それに泣いてる。」
「違うッ!」
ぼくに責め立てられると、ディオの頬はますます赤みを増し、涙はぽろぽろと零れていく。
「どうして? 恥ずかしいかい?」
「う、……もう、いいっ、もういい、帰るっ!」
「だめだ。まだ帰さない……。」