微笑みのみどり 7
青い大空と緑の大地がぼくの視界に広がっている。太陽の光を背に受けて、ぼくは自分がどこにいるのかを改めて知る。陽光が強ければ強いほど、背徳感が増した。誰かに見られる恐れはないけど、とてつもなく悪いことをしている気分だ。こんな日に限って、空は青いし、太陽は眩しい。
「んっ、ん、ふぅ……っ」
鼻息を洩らして、ディオは口を結んでいた。ぼくは、ディオの体の至る所に唇を寄せて、所々に痕を残した。襟で隠れるあたり、わき腹の柔らかく美味しい肉、足の付け根の目立たない場所。白く滑らかな肌に軽く吸い付いて、ごく小さなマークをつけていく。
「んっ……、ううっ!」
肝心な性感帯には一切触れずに、ぼくは幼い裸身を味わっていた。首、胸、腹、そして脚へと隅々まで手が伸びる。
膝上まである靴下は、細いリボンのついたガーターリングで留められている。きつめに留められているのか、太ももの肉がリングの上に僅かに乗っている。
ガーターの端を噛み、ぼくはそれを少し引く。歯を離すと、ぱちんと音を立てて、リングは再びディオの太ももに食い込んだ。
「くっ……!」
ふくらはぎの裏には靴下の布地が余っていて、そこを引くと靴下だけがずり落ちた。すると少年らしい生傷のある脛が現れる。
「痣だ。どこかでぶつけたのかな?」
舌で青紫になっている箇所を押してやると、ディオは嫌そうにして足を動かした。
「そんなところ、しないで……いいっ」
「かわいい膝」
「んう」
かさぶたのある左膝にキスをして、もう片方の靴下も取り払った。そのまま靴も脱がせて、ディオの両脚を揃えて持った。
足首でひとまとめにして、ぼくは見下ろす形で、ディオの総身の全体を眺めた。
今ディオが身につけているのは、ごく普通の形のガーターリングだけだ。
リボンがついているのは、やや時代遅れかとぼくは思った。しかしこの華美なデザインはディオが好みそうなタイプだ。むしろ、これならまだ地味な方かもしれないな。年を重ねる毎に、ディオは派手で装飾過多な服装ばかりになるし……。服の下に隠れるガーターにリボンがついているくらいなど、慎ましげなものだ。
何の変哲もない見慣れた服飾品も、「全裸にそれだけ」となると、妙に扇情的だった。片手でガーターのリボンをいじくる。
もう片方の手では擽るように、ディオの足の指を一本ずつ撫でる。そして足の甲にも痕をつける。
「ふ、……んんっ……はぁ」
「足の爪の先まで、全部感じるんだね……?」
「ちが……っ! んっ!」
ぼくの手の中に収まっているディオの足は、ぼくの息遣いにすらぴくりぴくりと反応を示す。
「触れているぼくの方が怖いくらいだよ、ディオ」
ちゅっと、リップ音をさせて小指を吸う。五本の足の指をぎゅっと握って、ディオは目をつぶった。
こんな前戯にもならない、ぼくにとっては触れ合いの段階でも、ディオは全身を脱力しきっていた。
「はぁ……」
切なく洩れる吐息が、ぼくの男心を煽った。
両膝を立てて、それとなくディオは下腹部に手をやる。ぼくはディオのその一連の行動を観察する。
直に触れるのを躊躇っているのか、ディオは下腹のあたりを掌で擦ったり、膝を合わせてきゅっと股を閉じたりしている。
「見せてご覧」
ぼくは、思っていたよりも自制出来ずに、ディオの両脚を抱えて広げさせた。
「アッ!」
「わあ…………っ」
ぼくは、喉元まで出掛かった「綺麗だ」の一言を飲み込んだ。きっとディオを怒らせると思ったからだ。言葉と共に、生唾も飲んだ。
恋人のディオにも言えることだけど、ディオの身体はどこもかしこも綺麗なんだ。白い肌はすべすべしていて、つるりとしている。シミもひとつも見当たらない、まるでアンティークドールのように無機質なほど美しい。性器も男臭いグロテスクさとは程遠く、思わず触れたくなるような色と形をしている。
その下にあるいじらしげな窄まりは、女性であってもこんな綺麗な色味はないだろうと、ぼくは率直な感想を抱くのだ。
ここも変わらない……、ぼくは嬉しくなって、じっとそこを見つめ続けた。
「やっ! やめろぉっ!!」
ディオは膝から下をばたつかせて、ぼくの腕から逃げる。
「……ごめん、ディオ。悪かったよ……恥ずかしかったね?」
手を離すと、ディオは足を揃えて横に倒した。顔だけじゃなく、首から胸元まで真っ赤になっていた。
「君が嫌なことは、ぼくは絶対にしないから……、約束。」
小指を絡めて、ぼくはディオに誓った。ディオは赤い顔のまま、ぼくの言葉にコクリと頷いた。そんな可憐な仕草をするディオの鼻先に、ぼくは軽くキスを落とした。
もう一度始めに戻って、ぼくらは唇同士のキスからやり直した。
「ふっ……ん、ん、んんっ、んんぅっ」
口の中で、ディオがぼくの名前を呼んでいる。求めてくれている。
必死なディオの手は、もがくようにぼくの体を抱き寄せて、背をかきむしる。
助けて欲しい、と縋るような。もっとして欲しい、と強請るような、どちらとも取れる手つきだった。
「ふあっ…………はあ、はあ…………っ」
鼻で呼吸が出来ないディオは唇が離れると、水中から上がったばかりのように肩で息をする。
「ディオ……好きだよ……」
頭皮に鼻先を宛てるときも、耳たぶに口づけるときも、ぼくはディオに呆れる程愛を囁いた。
「く……っ、やめ……」
「やめて、いい?」
確信があっても、ぼくはディオに必ず尋ねる。すると、ディオは泣き出しそうになって、嫌々と首を振る。それが可愛くて、ぼくはいつまでも同じ意地悪をしたくなる。
もっと素直になってもいい。ぼくを求めて欲しがっていい……そんなディオも見てみたい。
でも、こんな風に困った顔をして、涙目になるディオもいいな。
ぼくのディオは、いつだって余裕たっぷりで上から目線で、ぼくを翻弄するばかりだから。(そんな彼を、追い詰めるのも好きなんだけど。)
「好きだよ……、ディオ。ね、君も言って?」
「なっ……!?」
「ぼくを好きだって、言葉にしてみて」
顔を背けられないように、ぼくはディオの両頬をふんわりと包んだ。
「そんなの、言えるかっ……!」
「お願い、ディオ……ぼくを好きなら……、」
言葉の間に、ディオの唇を啄ばむ。触れるだけでは物足りないのか、ディオは赤い唇をむっと尖らせる。
「す……っ」
伏し目がちになったディオは、長い睫を揺らして瞬きを繰り返す。
「ジョジョ……」
「うん……」
色づいた唇は、形を変えてぼくの名前を呼ぶ。ふっくらとした谷の奥には、未熟な舌がちらっと覗く。
「す………………、…………き…………、ジョジョ…………」
小さな唇が、特別な言葉をつむぐ動きをした。ぼくはそれだけで果てそうになった。
勢いよく飛びつきたい自身の獣を押さえ込んで、あくまで紳士的にぼくはディオに向けて笑顔をこぼした。
「ありがとう、ディオ。……すごく、嬉しいよ」
「んっ、むぅ……っ」
そうして返事と共に、ディオの唇をくわえ込んだ。
体をくっつけると、ディオの両胸の頂きが硬くなっているのに気がついた。ぼくは、自分の胸板でグニグニと押し潰す様に意識して抱き寄せた。
「く……っ!」
相変わらず、ディオは声を洩らすまいとして、肉体に降りかかる快楽を拒んだ。
もっと自由になれば、君はどこまでも飛んでいけるのに……。途端、ディオを不憫に思った。
身体の中に眠る本能を引き出してあげたい。ぼくがディオを目覚めさせてやりたい……!
自身の持てる限りの能力を、ぼくは今ここで発揮すべきだと思った。肉体を解放してやりたい。
「ディオ……、何にも心配しなくていいからね」
「……ジョジョ……?」
「痛くしない。不快になんてさせない……、君を……必ず天国に連れて行ってあげる」
ディオは言葉の意を汲めず、ぽかんとしてぼくを見上げていた。
いきなり性感帯に愛撫を施すのは緊張させてしまうと思って、ぼくは出来るだけゆっくり事を進めようとした。
ディオが怖がらないように、嫌がらないように、何よりもディオが気持ちよくなければ意味が無い。
純潔を奪うだけなら簡単だ。ものの五分で終わらせられるだろう。
でもぼくは、そんなことがしたいんじゃあなかった。
ずっと夢を見てた。真っ新な君。何も知らない君。誰のものでもない君を、まるごと全部、ぼくのものにしたい。
ディオを一から作り変えていきたいという、そんな欲望だった。
「……っ!」
口は鎖骨に触れながら、ぼくはディオの胸を両手で寄せた。
鍛えられている割には、意外にも胸はふんわり柔らかく、肉はむっちりと弾力があった。
淡く色づいているささやかな膨らみは、つんと起ち上がっている。
乳輪の縁取りを摘むと、乳首はぷにっと丸い形になった。
「……ぅっ!」
ディオは先ほどから目を閉じたままだ。視覚を閉ざすことで、余計に触覚が鋭さを増すのを知らないのか。または本能的にそうなることを悟っていて、しているのかは分からない。
「……んう〜〜〜〜〜っっ!」
ぼくは、悪戯に乳輪をきりきりと摘み上げた。硬くなった乳首自体には一切触れていない。
額に汗を滲ませて、ディオは唇を噛み締めた。
まだだ。ディオはまだ我慢が出来るみたいだ。これじゃあいけない。
つまり、それはディオの理性が残っていることを知らせていた。
触れるか触れないかの、寸での所で唇を止めた。口を開けると、ぼくの熱くなった息がディオの胸にかかった。
「は……っ、う……っ」
腹の筋肉が収縮して、ぐっと力が込められるのが見てとれる。
何をされるのかという未知への緊張と、想像の中に育まれている性感への期待で、ディオの息をつまらせた。
ぼくは、手を止めた。
「………………え?」
額に張り付いた前髪を払い、軽く口付けた。ディオは、そろそろと瞼を持ち上げた。
「怖い?」
「く……っない!」
ぼくの問いかけを遮るようにディオは否定した。
噛み締めていた下唇は、真っ赤に腫れている。
「力を抜いて、……そんなに体を固めていたらすぐに疲れてしまうよ」
二の腕を擦り、ぼくはディオに言い聞かせる。それでも、ディオの肩は張っていた。
「息を大きく吸って、」
ぼくの言う通りに、ディオは口から空気を吸い込んだ。
「大きく吐いて……」
はあ、とディオは肺に入れた空気を出す。
「そう、もう一回」
深呼吸をさせるだけでも少しは違ってくるみたいだ。ディオの中で張り詰めていた何かが、ほんのちょっぴりだけ解れたようだった。
「大丈夫……ぼくを信頼して」
ぼくが何度もディオに好きだと繰り返して言うのは、単に自分の気持ちを素直に伝えているだけではない。
元々、ディオは人に心を許せるような性格をしていない。彼を取り巻く環境や関係した人々が、ディオの信じる気持ちを無くさせてきた。
誰かを愛したい。好きになりたい。人間なら持って当たり前の思いも、ディオは自分自身で否定しなくてはいけなかった。そうしなければ生きられなかったからだ。
だから、ぼくは何度も何度もディオを好きだと言う。少しでもディオが不安がったり、怖がったりするなら、その度に大丈夫だと手を握る。
「ディオ……」
キスは、もう何回目か分からない。この短い時間で、ディオはぼくのやり方を覚えていってくれる。
口から舌を出させて、それをぼくは舌先で細かく舐め取る。粘膜の擦れ合ういやらしい音がして、ディオは呼吸を荒くさせた。
「ん、んん、……ふ」
鼻にかかった息遣いだ。怯えた気持ちが薄らいできて、ディオは快楽へと意識がむき始めている。
ぼくは、深く唇を貪りながら、右手で胸の肉を弄り、左手でディオの背を抱いた。
「はぁっ、……ふっ、んぅ」
ディオの足の間にぼくは自分の太ももを滑り込ませた。直にあたる感触で、ディオの性器はきちんとエレクトしているのが分かった。
ぼくの筋肉質な腿を両足で挟みこんで、ディオは自然と股を当てている。
少年の無意識の媚態に、ぼくも興奮せざるを得なかった。
「ディオ……、気持ちいいかい……?」
キスの間に、ぼくはディオに確かめる。ぼくの涎にまみれたディオの唇は、てらてらと濡れて光っていた。
胸に置いた手からは、ディオの心音が響いていた。心臓が飛び出てしまいそうなほど、鼓動は強く激しく脈打っている。
ぼくを急かすように、ディオは自らの唇をぼくの唇に押し当ててくる。
聞くまでもなかった。
ディオの肉体は焦らされて、熱を発散させたいとぼくに強請っているのだった。