フローズンデイズ3

2.

剛三郎がこの世を去って二年が経った。
海馬コーポレーションの実権が瀬人の手に渡り、全てが順風満帆に思えていた頃だった。
自分を阻む者はいない。力に拘束されることも、表情筋を不自然に持ち上げることも、汚れた社会の俗に巻き込まれることも、もう無いのだ。全ては己の手で勝ち取ってきた立場と力だった。今までの年月、耐え抜いてきた結果だ。
過去は要らない。輝かしい未来が約束された瀬人には、立ち止まる隙も、休む間も無い。
人生の歴史が明るい船出を迎えた頃に、瀬人の前にある少年は現れた。
武藤遊戯は、一見するとごく普通の高校生だった。同級生の友に囲まれ、年相応に女性に興味を持ち、何の特徴も無い、瀬人には取るに足りない人物だった。
「海馬くんも、カードゲーム、興味あるんだね?」
人の好さそうな笑顔を向けて、瀬人の前に立った背の低い少年。それが初めての接触だった。
海馬家の人間が何故、童実野町の高校に入学したのかと、親族、会社関係者、あらゆる人間に口々に尋ねられた。
童実野高校は、偏差値もさほど高くない、どちらかと言えば、成績のよくない生徒が選ぶ学校だった。世間的に呼ばれる「不良」の在校生が多い。
制服のデザインを一新してからは女生徒が増え、中の下、あたりにまでレベルを上げた程度だった。それでも生まれた時から童実野町に住まう子供たちは、半数ほどが進学するのだという。
だからか、やけに成績のいい生徒もいれば、極端に悪い生徒もいる。傍からみればおかしな学校であった。
瀬人は、そんな童実野高校の成績平均を上げる生徒の一人であった。
「も……? 武藤君も、ってことかい?」
瀬人は、よそ行きの顔を作って、わざとらしく尋ねた。
「うん! ボクん家、ゲーム屋なんだ。ゲームって、コンピュータゲームじゃないよ。こういうカードとか、ボードゲームを扱ってるんだ」
「へえ、それはいいね。じゃあ、このM&Wもあるのかい」
「もっちろん! ボクもやってるんだ! だから声かけたんだよ!」
遊戯は少し声高になっていた。普段と目の色も違うようだ。活き活きとして光っている。
瀬人は、こんな出会いを求めていた。何故、この高校を選んだのか。それは直感とも言えた。心のざわめきがあったからだ。
「じゃあ早速、腕試しといこうか」
瀬人がデッキの入ったケースを鞄から取り出すと、遊戯は手を横に振った。
「あ、ゴメン! えーとボクじゃなくてさ、もう一人のボクが」
いきなり理解しがたいことを口走り始めた遊戯に、瀬人は眉根を寄せて睨んだ。
「ボクもM&Wやるんだけど、もっとこのゲームが好きな子がいるからさ」
「子……?」
「うん。別のクラスにいるんだ。ボクの……双子の弟!」
遊戯はそう言うと、瀬人の席を離れ教室を出て行った。途中で廊下から城之内の声が聞こえた。
「遊戯、どこ行くんだ?」
「北校舎!」
元気よく駆けていく足音が遠ざかっていくのが瀬人にも分かった。入れ違いざまに教室に入ってきた城之内と本田の会話が耳に入った。
「北校舎って、弟がいるクラスの方だろ」
「珍しいな。わざわざ中休みの今に行くなんてな」
「よっぽど急ぎの用なんじゃねえの」
双子の弟が居るとは、瀬人は初耳だった。双子が同じ学校に居ればそれなりに目立つだろう。それでも瀬人が今まで知らなかったということは、よほど武藤遊戯に興味が無かったからなのだろう。
だが、今は違う。M&Wの話題を口にしたのは、遊戯が初めてだった。世界的にはメジャーなゲームだったが、日本ではまだマイナーなものだ。
瀬人はチェスも好きなゲームのひとつであり、この学校でも、数人と対戦した経験がある。それでも、相手になるような力の持ち主は見つけられなかった。
けれど、瀬人は知ったのだった。どこにでもいるような人間だからこそ、意外な才能を持っている可能性を秘めている。だから、このような混沌とした場所は面白い、と。
選ばれた人間とは、案外凝り固まった頭の持ち主ばかりであった。それをつまらないと感じたのは、会社での出来事が最初だった。確かに優秀な人間や、人材を集めるのが会社にとっては重要ではある。
けれども、それだけでは変化がない。進歩には爆発力が必要だった。何かを壊す勇気、常識を覆す考え、それらは時に幼い子供たちから得られるとも海馬コーポレーションで学んだ。
故に瀬人は、この学校に身を置く。
大企業の社長としての自分、それから刺激を求めるひとりのゲームマスターとしての自分に必要不可欠なのだと思っている。

「……で、強そうなのか、そいつ」
「多分ね。あのレアカードも持ってたよ」
「あのカード……って、あれか?」
「そう! じーちゃんが持ってるあれ!」
「へえ、そいつはなかなか面白そうだぜ!」
ふたりの少年は早歩きで並んで廊下を進む。後ろ姿だけでは見分けがつかないほどに似た背格好に、髪型。
しかし正面から見れば、一目瞭然だった。二卵性の彼らは、顔だけは似なかったのだ。
優しげで柔和な印象のある遊戯と、目鼻立ちがはっきりとして釣り目がちなアテム。
声色も本質的には変わらないのだが、口調や話し方がまるきり違うので、聞き分けは簡単だった。
「海馬くん!」
遊戯が教室に戻ってくると、真っ先に瀬人の席へ向かった。
「連れてきたよ。もう一人のボク」
すぐ後ろに立っていた少年は、遊戯の影のようにゆらりと姿を現した。
「よお」
軽く手を差し出され、瀬人は応えて右手を重ねた。
「海馬瀬人だ」
「オレは武藤アテム。そうだな、自己紹介がてら、まずはデュエルしようぜ」
握った手から、お互い熱意のようなものを感じた。すぐに眼前には火花が散る。それは遊戯にも伝わった。
「ふふ、凄いや。もうお互いを意識しまくってるね」
机を挟んで向かい合ってアテムが座り、腰につけたベルトからデッキケースを取り出した。

同じ決闘者であるならば、言葉なんて要らなかった。
会話を交わすよりも、カードで戦えば相手を知ることが出来るからだ。ターン毎に、相手の目を見て、手の内を、心の中を読み合う。
それはどんなコミュニケーションよりも、人と人とが分かり合える方法なのだと、瀬人もアテムもそう信じていた。

「オレはこれでターンエンドだ!」
二人のライフポイントはどちらも300を切った。ギリギリの攻防が続いていた。
瀬人は拳を強く握り込んでいた。あまりにも白熱した決闘は、やがてギャラリーを生み出し、彼らの席を囲うようにして人だかりが出来ていた。
M&Wのルールを知らないもの達をも、魅了している。瀬人とアテムのデュエルはそれほどに、熱く激しかった。
「ドロー! ……クク、海馬! これで貴様も終わりだぜ!」
アテムが最後に引いたカードが決まり手になった。瀬人のライフポイントはゼロになり、初対戦の勝利はアテムに渡った。
「……グ……ッ、もう一度だ、アテム!」
瀬人が負けを認めずに再戦を望んだ瞬間、タイミングよくチャイムが鳴った。休み時間の終わりを知らせる鐘だ。
「悪いな、海馬。オレはクラスに帰るぜ。じゃあ、また後でな、相棒」
「うん。じゃあね」
アテムが席を立つと周囲の人々も散り散りになって、自分の席や教室に帰って行った。
遊戯もまた、教師がやってくる前に自分の席へと戻ろうとした。その肩を瀬人は掴んだ。
「おい! あいつはどこのクラスなんだ!?」
「あいつって、もうひとりのボクのこと……?」
「他に誰がいる!」
瀬人は形振り構わず遊戯に掴みかかっていた。
「おい、海馬! その手ェ、離せよ」
見かねた城之内が瀬人の腕を取り、遊戯の襟元を握っている手を外そうとする。
「煩い、貴様には関係なかろう」
「大ありだよ! 遊戯もアテムもオレの大事なダチなんだからよ」
「大丈夫だよ、城之内くん」
まさに一触即発、という雰囲気の二人の間に遊戯は立って宥めた。
「海馬くん、アテムのクラスはね……」
瀬人の意識が城之内から遊戯へと移る。次の発言を待つのだが……。
「やっぱり、教えなーい!」
遊戯は悪戯っぽく言い終えると、さっさと自分の席へと戻っていった。
「き、きさまァ……!」
瀬人が拳を震わせるが、本鈴が鳴ってしまい、教師がクラスへと入ってきた。
「席つけー、出席とるぞー」
城之内は、思わず吹き出して笑っていた。それに気づいていた瀬人は、ますます腹を立てていた。

教師が名を呼んでいる最中、遊戯と席の近い城之内は、こっそりと声をかけた。
「遊戯、何でアテムのクラス、教えなかったんだ?」
「んーとね。だってさ、あの様子じゃ、海馬くん、あの勢いのままアテムのクラスに乗り込んで行きそうでしょ」
「確かにな……あんなキレるやつとは思わなかったからな」
「でも、どうせ名簿見ればクラスなんてすぐに分かっちゃうけどね」
「ハハ、まあな」
二人は教科書を立てて持ち、なるべく口元が見えないように喋った。
「それに……、きっと海馬くんが行かなくても、もう一人のボクのほうから来てくれるんじゃないかなぁ」
「あいつが、海馬を気に入ったっていうのかよ?」
「うーん、そうかな……そうかも」
「何だよそれ、双子のカンってやつか?」
「ううん。デュエリストのカン、かな?」
「何じゃそら」
城之内は呆れた風に笑ったが、遊戯は自分の勘は当たっていると思っていた。
同じ体、同じ命、同じ魂を共有していたアテム。もう一人の自分だから分かる、という点もある。
けれども、それよりも二人のデュエルを間近で見て、彼らの顔や目つきから、心の底から楽しんでいるという気持ちを感じ取ったからだ。
きっと初めて出会った好敵手だったに違いない。
アテムにとっての遊戯は、同じゲームのプレイヤーとして、仲間としての目線を持ってしまう。
ずっと側にいて、同じように遊んできたからだ。力の差も殆ど無いけれど、それでも性格に違いがあるから、組むデッキも戦法も異なってくる。
だが、あくまでそれは家族としてのデュエルで、ひとりの決闘者として、向き合うことは、なかなか機会に恵まれないだろう。
生来、闘いに全力を注ぎたいと願う気持ちが強いアテムと、楽しむ為にゲームをしたい、そして作り出したいという気持ちの遊戯とは、どこかズレがあったのだ。
だからこそ、遊戯は瀬人とアテムと会わせたのは正解だったと思う。
「これからが楽しみだな……」
遊戯はまるで自分のことのように、二人の出会いを嬉しく思い、行く末に希望を見出していた。


二人の決闘は場所を選ばずに行われた。時間があれば、二人が出くわせば、すぐに闘いは始まった。
いつしか二人は、童実野高校の名物、とまで呼ばれるようになっていた。
「アテム! オレたちのデュエルをするぞ!」
「来な、海馬! 貴様の全力、蹴散らしてやるぜ!」

「あー、また始まった……」
「アハハ、サッカーしてる連中、固まっちまったな」
「ほんっと、デュエルバカ!」
遊戯、城之内、杏子の三人は、自分たちの教室の窓から、校庭を見下ろしていた。
時間は昼休みを半分を過ぎた頃。腹ごなしの運動をするのに、校庭には生徒たちが好き好きにサッカーやバレーボールにと、駆け回っている時だった。
二人の決闘者が出会ってしまえば、そこは決闘場となる。
海馬コーポレーションが開発したデュエルディスクを身に着けた瀬人とアテムが向かい合い、カードをディスクにセットすると、ソリッドビジョンから生み出されたモンスターが出現する。
祭ごとが好きな生徒の多くは、瀬人とアテムがデュエルしていると聞きつければ、すぐに人が群れをなす。
人が集まれば、彼らの勝敗で賭博をするものや、彼らのグッズを売りつけようとするもの、彼らの精神を分析するもの、デュエル実況をするもの、など様々だった。
アテムはそれを大層面白がった。瀬人もまた、それらを楽しんでいたのだった。
「ここの連中は面白いよな、海馬!」
「フ……それだけオレ達の影響力が強いということだ」
「周りのヤツらだけじゃなく……それよりも、もっとオレを楽しませてくれよ、海馬!!」
「それはオレとて同じこと! アテム! 全力でかかってこい!!」
風塵が立ち上り、二人の周りに砂が飛んだ。
「うわっ! 本当、あのふたりって嵐を呼ぶよね……」
「おいおい、気象現象すらも操るってのかよ」
「……馬鹿みたい、だけど。いつも、すっごい楽しそうだから、憎めないのよね」
呆れていた筈の杏子が、窓枠に肘をついて二人を眺めていた。
「そうだね。あんなに夢中になれることがあるって、凄く幸せだよね」
遊戯も隣に並んで頬杖をつきながら、満面の笑みで答えた。
「あんたもよ、遊戯」
「……えっ?」
「もう、自覚ないんだもん! これだからデュエリストってさ、デュエルバカって言われるのよ!」
杏子は、遊戯の丸い頬をつつくと、少しふてくされたようにして言い責めた。
「デュエルバカだってよ、遊戯」
城之内が杏子の仕草を真似て、遊戯の頬を指先でつつく。
「城之内くんまで、なんだよ〜!」
三人がじゃれあっている間にも、瀬人とアテムのデュエルは進む。
攻防は一進一退。どちらかが優勢に見えていても、次のターンで逆転するのは、二人のデュエルではごく当たり前のパターンだった。
勝率としては、ややアテムが上回っているが、必ずしも勝つとは限らないから、観戦している者も手に汗を握った。
応援する者は校内でも、綺麗に半々に分かれている。初心者の女生徒は瀬人のファンにつきやすいのだが、ルールを理解してくるにつれて、アテムのファンに乗り換えるものも少なくはない。
男子生徒は、圧倒的パワープレイを好む瀬人派であったり、多彩なカードを操るトリックプレイを楽しむアテム派であったり、それぞれの応援するポイントも十人十色だった。
一口には語れないのが、魅力のひとつでもあっただろう。海馬瀬人、武藤アテム、彼らの色はハッキリと分かれていたが、角度によっては色彩を変え、それぞれ異なる魅力を人々に教えた。
「昼休みも残り一分……ライフポイントは両者100……!」
メガホンを持った生徒が煽るように実況アナウンスを告げる。生徒だけでなく、教師までも勝負の行方を見守っている。カウントダウンは始まっている。

「ふふ、いつも通りのギリギリの闘いだね」
「いつもこうって事は、あの二人の実力って、同じくらいってことなのよね?」
「……そう、なのかな?」
杏子の問いかけに、遊戯は思わず城之内に訊いた。
「オレはさ、実力ってだけならアテムの方があると思うぜ!」
「実力だけ……?」
「あとは相性とかもあるんだろ。カード、デッキ、それに本人同士の」
城之内は、深く考察しているつもりは無いだろう。本能的に感じたままを話している。しかし、その野生の直観力とは侮れないものだ。
「じゃあ、アテムにとって、海馬くんって、苦手ってことなの?」
杏子は身を乗り出して城之内に訊く。
「ええ? そんなことオレが知るかよー!」
「その反対じゃないかなあ」
考え込んでいた遊戯が、ぽつりと呟く。二人は遊戯の発言に集中した。
「苦手じゃないんだよ。多分ね。それに相性も悪くないよ。……むしろ良いんだ」
「……? 相性がいい対戦相手って、どういうことだ?」
「それってどっちかにとって、有利になるって意味じゃなくて?」
城之内と杏子は、矢継早に質問を投げてくる。遊戯はひとつひとつを噛み砕きながら、答えていく。
「有利とか不利とかの意味じゃないよ。カードの一枚、一枚と、揃ったデッキを見比べたら、優劣はあるかもしれないけど。あの二人の場合、本当によく相手の心を読んでるんだ」
遊戯は校庭の真ん中に立つ二人を見ながら話していく。恐らく最後のターンになるだろう。緊迫したムードがこちらにも伝わってくる。
「向こうが何を考え、どう行動するか。自分だったら、どうするか。自分が相手だったら、どう選ぶか。心の深い部分を互いに見ていて、それはデュエルを重ねる度に、もっと知ることになるんだ」
アテムがカードをドローする宣言が聞こえてくる。遊戯はアテムの横顔を見ながら語り続ける。
「相手の裏の裏を読むことが勝利のカギだから、きっと本人以上に、心を考えているんだよ。お互いに、お互いが」
瀬人がカードをドローする。新たなしもべが出現するも、アテムはトラップを発動させた。
「ただデュエルに勝つためだけに、そこまで人の気持ちや心を考えて、読もうとすることなんて、普通だったら無いんだよ」
余裕の笑みは、瀬人の仕掛けていた罠によって崩される。アテムが選ぶであろうカードを読み、その為の対策を仕組んでいたのだ。
「それも同じ相手と、何度も、何度も。誰だって同じ相手が続いたら、飽きちゃうよね。つまらなくなっちゃう。でも、あの二人はそうじゃないんだ」
瀬人の高笑いが校庭に響き渡った。瀬人にとっての最高最強のモンスター『青眼の白龍』を従え、アテムにダイレクトアタックを命じた。
「繰り返しても、繰り返しても、同じデュエルは二度とない。同じカード、デッキでは挑まないから。それにいつだって二人は進歩していて、目には見えない成長をしているからなんだろうね。きっと二人とも凄く楽しくて仕方ないんだ。だから見ているボク達も、こんなにも楽しくなるんじゃないかな」

アテムは観念したように目を閉じ、ライフポイントのカウンターがゼロを迎えるのを待った。
「フン、今日の所は、貴様に白星を預けておくぜ!」
「ハッ、負け惜しみか、アテム!! 見苦しいぞ!」
仁王立ちのままのアテムは王者の風格を崩すことなく、瀬人に言い渡した。瀬人は相変わらずの態度で、一時的な勝利の余韻に浸っている。けれど、二人は満足していない。ここで別れ、再び対峙する時、新たな野望に胸を躍らせるのだ。


「遊戯、二人のこと、とってもよく見てるのね……」
「相性が良い、か。成程な。確かにそう言われたら、そうかもしれねえな」
アテムが遊戯たちに気が付くと、大きく手を振った。三人も、アテムに向かって手を振りかえした。
「相棒ー! あとでデッキ調整するからー、見てくれよなー!」
アテムは遊戯に声を上げて伝える。
「いーよー!」
腕で大きく丸を作って、遊戯は答えた。その時に見せるアテムの屈託のない笑顔は、他の女生徒たちが遊戯に嫉妬してしまうほどの、可愛らしい一番の表情だった。悔しいけれど、それは遊戯だけに向けられた顔だった。

「でもね、ボク、ちょっとフクザツなんだよね」
アテムが三階の教室に昇ってくるまで、数分と数十秒かかるだろう。その間に、遊戯は二人に真情を吐露する。
「今までずっと、アテムの一番はボクだったし……海馬くんと一番仲良くなれるのかもしれないっていう希望もボクにはあったんだ」
「何言ってんだよ、遊戯! 今でもアテムは、遊戯のこと一番に思ってるだろ?」
城之内は慰めでもなく、本心からそう言った。杏子も頷く。
「うん。それは、きっとアテムもそうだって言ってくれると思うんだ。でも、もっと別の……なんだろう。やっぱり決闘してる最中の顔とか、考えてることとか、ボクには二人の気持ちが分かるから」
「遊戯……」
杏子は、寂しげになった遊戯の横顔に胸を切なくさせた。
「でも、嬉しくもあるんだ。二人が出会えて、本当に良かったって思ってるのも、ボクの本心!」
「そうだね。あたしも、そう思う!」
杏子も遊戯と同じくらいアテムのことが好きだ。好きな人が楽しそうにしているのは、自分のことのように嬉しいのは、遊戯と同じ気持ちだ。
「オレは、ちょっとビミョーだぜー」
「ええ? 城之内くん、ほんと?」
城之内は同意せず、苦虫を潰したような顔をしてみせる。
「だあってよ、あの海馬だぜ! 根暗ヤローかと思ったら、実はすっげー高圧的なヤツだろ! オレはどっちのあいつも好きじゃないぜ!」
「あ、アハハ……」
遊戯は笑うしかなかった。とりあえずこの場に瀬人が居なくてよかったと思うことにした。

「相棒!」
息を急き切らしてやってきたアテムを三人は迎えた。負けたことを悔しがるよりも、次の対戦に向けての戦略を練るほうが大事らしく、アテムは遊戯に相談する。
杏子は二人を見守り、城之内は少し的外れなアドバイスをしてみたりする。そこに本田や獏良が加わり、彼らは楽しそうにカードを囲んだ。
「ねえ、アテム」
「うん?」
「楽しい?」
「……ああ!」
力強い返事に、遊戯は大きく頷いた。今のアテムの一番の笑顔を作り出してるのは瀬人のおかげなのだと、遊戯は認めていた。


top text off-line blog playroom