境界線上の不夜城で待ち合わせ 2
一ここの所、アテムを呼び出しても断られることが少なくなった。どうやら奴の相棒……遊戯の助言らしい。アテムの生活基準は、武藤遊戯が中心であり、口癖は「学生の本分が優先!」だ。
だからこそ、週末を選んでやっているのだから、オレはつくづく奴に生温くなったものだ。
「さあ、行くぞ……デュエルだ!」
「着いて早々、とんだ出迎えだな、海馬!」
デュエルディスクを装着したままのアテムは鞄を捨て、上着を靡かせた。どこからかの風が吹きすさび、奴の前髪が揺らぐ。
「貴様は何の為に闘う!? 何の為にその手に剣を携える!? 答えは明解だ! オレが貴様の前に立ちはだかる限り、その命を燃やし続けなければならないからだ!」
「オレの答えが貴様の言う通りだというなら、海馬! 貴様とて同じこと。その宿命、運命は……ここにあるぜ!」
闘いの火蓋は切って落とされた。
目に宿る炎が、相手だけを互いに捕えて離さない。一挙手一投足に集中する。そして、一手、一手に物語があった。
よく飽きないものだ。何度闘い、何度勝ち、何度負けても、一瞬先には常に希望の曙光がある。いつだって熱量は同じだ。どちらが勝っても負けても、また次の闘いへと意識が向けられる。いつか完全なる勝利を手にするまで、己の剣を磨き続け、闘志を絶やさずにいることが、暗黙の誓いだった。
対峙する度に変わるデッキ、カード、戦略は、いつもオレに新鮮な感動を与える。ターン毎に考えを読み合い、腹を探り合う。ふとした仕草、些細な視線の変化、開かれる唇。ひとつ残さず見逃さないようにオレは奴に集中し続ける。
「フフ……その闘い方なら読んでいたぜ……トラップカード発動!」
アテムが通る声で宣言すると、オレは待ち構えた。魅せてみるがいい。このオレに勝てるのは、この世で貴様だけだ。そして、このオレが貴様を倒すのだ!
「来いッ! アテム!」
オレの場には、対応する為の伏せカードは存在していない。次のターンで勝負が決まる。
「貴様の全力に応えてやる!」
「クク、いい面構えだぜ、海馬!」
その顔だ。貴様が生きる場所はここだ。敵を前にして爛々と光る目、憎らしい笑み、王たる堂々とした立ち居振る舞い。オレの敵は、お前だ。お前の敵もまた、オレなんだ。
アテムの従えたモンスターが真っ直ぐに向かってくる。ダイレクトアタックを防ぐ法は無く、オレは口を閉じた。
「いい負けっぷりだったぜ」
「フン、褒め言葉として取っておこう」
肩からかけた上着に袖を通しながら、アテムは言って笑う。細めた目が数回瞬きをして、オレを見据えていた。
「最後のターン、もしお前がモンスターカードを引いていたなら、逆転していたかもしれないな」
「決闘に、もしもは存在しない。結果が全てだ。今回は貴様が勝った。オレの敗因は貴様の悪運の良さ。それだけだ」
ディスクを外すと、アテムはカードプレートを収納した。現行型は、プレート部が本体自体に仕舞えるようになっているのでより軽量化している。
「どんな時も手は抜かないぜ。油断もしない。それがオレ達のルールだろう」
「ああ」
勝敗がつけば闘気の炎は燻り、日常へ紛れていく。しかし、一度点いた火はそう簡単には消えやしない。
「いつもなら、このまま二回戦目、となる所だが」
アテムはディスクを専用のケースに入れると、持ってきた鞄を背負い直して、振り返った。
「何だ。急ぎの用でもあるのか」
ケースにディスクを仕舞うという行為は、剣を鞘に戻すことと同意義だ。闘いの意志が無いとみなす。
「いいや。今日は一日、空いてるぜ」
「だったら!」
「海馬、たまにはオレと話をしようぜ?」
歩幅を広め、アテムは近づいてくる。側へ寄られると、奴はオレを見上げてにんまりと唇で曲線を描く。企みを含んだ、不愉快なものだった。
「改まって話すことなんぞ、オレには無い」
「……そう言われると確かに、そうかもな」
邸の廊下を奴と並んで歩くのは、違和感でしかない。和やかに談笑する気も起きないし、奴がそんな腹積もりなわけもない。
「なら、何故だ。時間は有効的に使いたい。一秒たりとも無駄には出来ん」
「焦るなよ、海馬」
「何……ッ!?」
「一日付き合ってやるって、オレが言ってるんだ。な?」
隣立つと自然に上目遣いになっていた。その目玉が無性に苛立たしい。普段、距離を取って会話をしていると気づきにくいが、こいつは平均よりかなり小さい体型をしている。オレの前では常に居丈高な態度と朗々とした口調で、自信に満ちている顔つきだ。それらが奴の存在自体を大きく見せている。
デュエルの合間に使用する部屋がある。そこには各国のあらゆるボードゲームやテーブルゲームが揃っている。そしてビリヤード台が、部屋の真ん中に置かれている。
本来、この部屋は撞球室として設けられていたからだ。先々代の当主がヴィクトリアンハウスを模して造らせたと聞いている。
「それで、貴様がしたい話とは何だ?」
向かい合ってゲームをする為だけのテーブルと椅子が窓際にある。オレは椅子に腰を掛け、問いかけた。背負っていた鞄を手にぶらさげて、アテムはビリヤード台に手をつく。そして台の縁に凭れた。
「これだぜ」
鞄の中から取り出された一冊の雑誌には、口にするのも不快極まりない下卑た単語が並んでいる。
「こういうのを見て、……ええと、……ワイダンってやつをするのが普通の友達の」
「ふざけるな!!」
卓を叩きつけながら立ちあがると、アテムは無表情となった。
「わざわざ決闘を取りやめてまで貴様がしたかった話が、普通の友達の会話だと言うのか!?」
「……そうだぜ。悪いかよ」
雑誌を台の上に乗せると、奴は両手を後ろについた。
「このオレを貴様は何と心得ているんだ!?」
「何……? 海馬はオレの……」
次に言う台詞が腑抜けた間柄を称するものであったなら、その口が二度と莫迦な発言をしないように教え込んでやる。
「オレの……」
アテムは言い辛そうに口元に指先を運び、悩ましげに眉根を寄せていた。早く言ってしまえばいい。オレは反論の準備をしていた。
「よく分からないぜ」
「……何だと?」
「ライバル……友、……仲間、敵……海馬はそのどれでもであり、どれにも当てはまらない。オレは、今はそう思っている。だから、よく分からない」
「友……仲間? まだそんな甘っちょろいことを抜かすのか!」
声を荒げると、アテムは眼光を強める。そうだ、それでいい。瞳に敵意を宿らせられるのはこのオレだけなのだと、思い知ればいい。
「だから、確かめたかった。オレは知りたいと思ってるぜ」
「それが会話をする理由だと? それもこんな低俗誌を使って? くだらん! 捨てろ!」
ビリヤード台に置かれた雑誌をはたき落とすと、奴は咎めるような視線をオレに送りつける。しかし言葉は発さずに、沈黙のままで台からアテムは離れた。
「借り物なんだ。丁重に扱えよ」
開いた形で落とされていた雑誌を拾い上げると、その場にしゃがみ込んだままで低く言い捨てた。
「大方、凡骨あたりだろうが」
「ああ。相棒がそんなこと言ってたっけ」
紙が捲られる音が微かに聞こえていた。立っているオレから奴が何をしているかは窺い知ることはない。
「海馬」
振り向いたアテムが、雑誌を開いて大判の印刷ページを広げて見せる。
「どれが好みだ?」
「……あ……ああ?」
ざっと見ただけで三十人近くは居るだろう女の大群が、肌を露わにした格好で様々なポージングをしている。目は良いはずなのだが、どれもが同じ顔に見え、区別がつかない。
「相棒曰く、こういうのを眺めて、どれが好きだとか、そうじゃないとか、そんなことを語るのがワイダンなんだと聞いたぜ」
「馬鹿げてる……」
「相棒はどうしてかオレにはワイダンをしてくれなかったんだ。何が何でもオレとは出来ないんだと。でも、相棒はオレが海馬となら出来るって言うから」
「全く馬鹿げている!!」
天井の高い部屋にオレの怒声がびりびりと響いた。アテムは通常時から大きな目を、更に見開いてオレを見つめていた。
「急に大声出すなよ、海馬」
「捨てろと言っているのが聞こえなかったのか!? オレはそんなものを目にするのも不愉快だと言っているんだ。それに! 貴様が手にしているだけでも無性に腹が立つ!」
この底から湧き上がってくる怒りは、奴があのような下品な雑誌を手にしていることに所以する。はしゃいで下らない質問を尋ねてくる様子も、一般庶民のような会話をしてみたいという、このオレの好敵手が抱くにそぐわない願望も、全てが気に食わなかった。
「変だぜ」
未だに開いた雑誌を手にして固まっているアテムは不機嫌そうに目を釣り上げている。雑誌を顔の前に出しているので、目を合わせると嫌でも視界にページが入ってしまう。
「普通なら、普通の男なら、こういうのに興味持つのが健康だと言う。それなのに、海馬は生理的嫌悪感を丸出しにして、拒絶している。変だ」
「何をほざくか……」
「普通の健康的な感覚を持ち合わせていると自負しているなら! オレの前で選んでみな! さあ、海馬! 貴様も男として覚悟を決めろ!」
「……ッ!? アテム、貴様……ッ!」
腕を伸ばして、奴はオレの眼前に雑誌を出してくる。すぐにでも引き裂いて、奴の手からこんなものを外してやりたかった。しかし、そんな幼稚な行動を取れば、奴が落胆するのは容易に想像がつく。感情に任せた行動は己自身の首を絞めるだけだ。
「普通の男子高校生なら、難なく出来る遊びなんだぜ……? 海馬、それをどうして貴様は恐れている? それとも……逃げるのか?」
アテムは煽り、饒舌になった。反対にオレは追い詰められたように押し黙り、動けずにいる。
「考え込む必要なんてないぜ。直感のままに答えな。時間をかければかけるほど、意味に重みが増すぜ?」
「ぐ……」
目だけを出した状態でも奴が笑みを浮かべているのが分かる。奴は人を甚振り、責める最善の法を本能的に得ている。愉しげな声のトーンが証拠だ。
「オレが……選ぶのは……」
戦慄く人差し指を立て、オレはゆっくりと腕を持ち上げる。アテムから笑みは消え、そこには真剣な表情があるだけだった。部屋がしん、と静まり返った。
指先はページを通り過ぎ、その上にある顔を指した。一瞬、あたりの空気すらも時を止めたかのように、アテムは停止したが、すぐに瞬きが再開された。
「どこを指している」
「間違っていない」
アテムは開いたページを確かめたが、無意味な行動だった。その女たちはオレには一切の価値がないからだ。
「オレが選んだのは貴様だ、アテム」
「海馬……オレの質問、ちゃんと聞いていたのか?」
「ああ」
即答すると、アテムは訝しげな目をしつつ口元を歪め、指先を自らへと二、三度振り、こちらへ来いと合図をする。何事かと側へ寄ると、手を伸ばしてオレの額に触った。
「どうやら熱は無いようだな……」
「人を病気扱いするな」
その手を振りほどくと、アテムは自分の額に手をやり、体温を比べていた。それから片手に下げていた雑誌を確認するように眺め始めた。
「人には散々尋ねておいて、自分はどうなんだ。貴様はどの女を選ぶ?」
「えっ……ああ、そうだな」
本心では聞きたくも無く、知りたくも無かった。ただ、オレばかりが答えるのも癪に障ったので、仕返しに訊いたまでだった。どんな容姿であっても、徹底的に扱き下ろしてやるつもりだ。
「オレは……」
三十幾数人の女体、その倍数の乳房……普通の男なら垂涎ものの光景だろうか。オレには何の魅力を感じない。
見下ろしていたアテムの後頭部が揺れ、ふいに視線がかち合った。横顔の瞳がオレの姿を天辺から足先まで凝視して行く。
人差し指を立てた手が真っ直ぐに伸びて、選択した。
オレは奴の指し示す方向に立っていたのだった。
「貴様こそ質問の意図をよく理解していないのではないか?」
腕を組み鼻で笑ってやると、アテムは腕を下ろして、またビリヤード台へと腰かけた。
「単純な好みの問題だぜ。ここの人達と海馬と見比べたら、……貴様が一番綺麗だと思ったんだ。ただそれだけだ」
「今……、自分が何を口走ったのか、分かっているのか?」
「ああ、ちゃんと意味は分かって言ってる」
オレは言葉に詰まっていた。一体、何のつもりだと言うんだ。まさか、このオレをからかっているのか? 後で笑いの種にするつもりでオレを動揺でもさせようとしているのだろうか。
「海馬だって、そう思ったからじゃないのか」
「美醜で貴様の価値を計れるものか! 見た目で選んだと勘違いされては、このオレの品位が下がるわ!」
「じゃあ、別にオレの顔や姿は好みとは無関係だってことか?」
「そうとは言っていないだろう!」
話に熱が入ると自然と互いの距離が近づいてしまう。奴は微塵も怯まずにいるので、オレは台の上に手をつき睨みをきかせた。
「……どっちなんだよ」
「貴様の見目も様相も、性分も心根も、魂そのものも、好ましいと言っているんだ!!」
「……か、海馬……」
襟首を掴み上げ、その小さな脳に刻みつけてやろうと声を大にして伝えてやった。言い終えてから、息が荒くなっているのに気づいて、思わず舌打ちをしてしまった。
「そうでなければ、このオレが側に置くわけが無い! 貴様はこのオレに選ばれたことを光栄に思え!」
手を放し、肩を押すとアテムはビリヤード台に肘をついた。傾いた体をそのままにしている。
「側に置くだと……? それは違うぜ。オレは、自分で自分の居場所を選んでいるんだ。貴様に選ばれたから此処に居るんじゃないぜ! 思い違いも甚だしいぜ!」
「この……ッ、あくまでオレに刃向うつもりか!」
「素直に海馬に従うオレを……お前はちっとも望んでいないくせに」
優位にいるつもりらしいアテムを、どうにか崩してやりたくて、オレは細い肩を力任せに押した。すると、ビリヤード台の上に、奴の身体は簡単に倒れ込んだ。しかし、余裕に満ちたアテムは唇の端を上げていた。
「その小喧しい口を、塞いでやる」
「やれるもんなら、やってみな」
奴はビリヤード台の上に寝転び、顎を僅かに上げた。見下ろしているのはこちらなのに、見下すような仕草をしている。左右に散らばった金色の前髪が耳を隠している。
細い作りの輪郭は、優に片手で取れる。逃げられないようにして力を込めると、唇がわずかに開いた。その中に見える白い前歯がやけに目についた。オレは知らない。誘ったのは、貴様だ。
「……う……っ」
開いた口で、相手の唇ごと包み込むようにして吸い付いた。間近で見た唇はやはり小さく、触れれば更に実感した。顔のパーツのひとつひとつ、どれもが手に、指に余る。顎を掴んでいた手がやがて頬をすべり、耳元へ辿り着く。耳朶を抓ると、アテムは息を漏らした。
「……は……っあ!」
台の上で遊ばせていた奴の腕はいつの間にかオレの胸元にあり、拳が胸板を叩く。顔を離すと、二人分の吐息が眼前を曇らせていた。
「何だよ、今のは」
「もしかしなくても、口づけ、なのだろうな」
「フフ……海馬の口からそんな単語が聞けるとは思いもしなかったぜ」
オレがつけた唾液でアテムの唇の周囲が濡れ光っていた。アテムが無意識に手の甲で拭おうとするのを、オレは止めていた。
「ん……?」
「どうして、貴様は平然としている」
驚愕も動揺も見られない態度に、オレは苛立っていた。オレは男で、貴様も男だろう。この行いがどれほど自然の摂理に反しているのか、分かっていないのか。
「何を慣れた対応している……!」
「海馬こそ、し慣れているんじゃないのか」
手首を握り込んでいる指に力が入った。骨ごと軋む音がする。理性が感情の制御をしようと何度も試みているのに、上手くいかなかった。
「オレはしたことない。天地神明に誓って言うぜ、今のが初めてだった」
アテムはオレが握っている手に、空いた手を重ねて告白した。眼差しはあまりにも真摯であり、言葉に偽りは感じられない。
「ならば、何故!」
「意外と悪くはなかったぜ……不思議なもんだけどな」
オレはゆるゆると握っていた手から力を抜いていた。自らの意志と言うより、抜けてしまった、と言う表現が正しいだろう。
奴の意見に同意するのは遺憾だが、確かにオレもそう思えたのだ。――存外悪くは無い。
「いつまでこうしてるつもりなんだ」
オレがアテムの半身を両腕で囲っているので、起き上がれないらしい。袖を引いて、腕を退けろと命じてくる。
「貴様の考えは、読もうとしても読めるものでは無いな」
「決闘の? それとも」
「全てだ。オレの想像をいつも超える。それは貴様だけだ。今も、この先もな」
「だからこそ、面白いんだろう?」
小首を傾げながら柔和に笑んでみせる奴の思考は、やはり理解不能であった。何を企んでいる。何を仕掛けている。オレは、奴の罠を恐れているのかもしれない。踏み込んだ先に、どんな罰が待っているか知れない。
「ああ、そうだ」
片腕を外し、オレは奴の背に手を回した。起き上がるのを助けてやれば、アテムはすんなりと半身を持ち上げた。
横並びになり、台の縁に座らせる。背に回っていた手が下りていき、腰につく。ぐっと引き寄せると、容易くオレの胸の中に奴は収まった。
「海馬……?」
身を固くしたアテムにようやく緊張がみられた。口づけに抵抗はしなかったのに、体を寄せ合うと驚いている。その判断基準が謎だった。
「どこまで、許せるんだ」
「え……」
「オレは貴様のどこまで侵入(はい)れる?」
「海馬……ッ!?」
両の手で奴の背を抱き、身体全体を捕えると、開かれた眼がしっかとオレを瞳に映し出していた。それまでの余裕は消え去り、代わりに戸惑いが奴の全身から伝わってきた。何を今更惑う。こうなることも見越していたのではないのか、と問い質してやりたいくらいだった。
「抱いてやる」
「……し、してるじゃないか……今、まさに……ッ」
腹の筋肉が強張っている。身体のどこもかしこも固くさせて、オレに身を委ねまいとしている様子は健気に思えた。
腕力ならば、オレが奴に負けるはずが無く、離れようとするアテムの身を思い切り抱きしめて、顔を頬に擦り寄せた。
「意味をはき違えるな、アテム。オレが貴様を抱く……その真意は分かるだろう」
耳の奥へと直接注ぎ込むようにして喋ると、奴の肩が微かに震えた。すると、肌に感じていた抵抗が薄れていき、奴は大人しくなってしまった。
「抱いて“やる”だって? いい気になるなよ……海馬」
「それとも、貴様がするとでも言うのか?」
このオレを組み敷けるものなら、挑戦してみればいいだろう。オレは全力で貴様を倒す。
胸の中にいる奴の顔を確かめるべく、オレは少しだけ腕を緩めた。
「どちらかが、一方的にする、されるもんじゃないんだぜ。それを分かってないようだな、海馬」
「また得意の結束とでも言うわけか。その台詞は聞き飽きたぞ」
アテムはオレの顔の下で首を横に振った。違う、と続ける。
「貴様は何事も劫奪という名の力技ばかりだ。互いの協力があって初めて成り立つ行為だってこと、オレが教えてやるぜ」
「……言ったな」
「ああ」
「オレに教えるだと……? ならそれなりの経験があるんだな!?」
「未経験だぜ!」
即座にアテムは答えた。口づけもしたことがないと言っていたのだ。それも当たり前だろう。しかし、オレは密かに歓喜していたのだ。
「……な……っ!?」
「だがな、少なくともオレは貴様より、セックスの本質は分かっているつもりだぜ」
「貴様、このオレを愚弄するか!」
「いいや。……オレ達はこうして意見を違えてしまう。だから、オレは貴様とすると決めた。言葉で通じ合えなくても、オレは別の方法で海馬と分かり合えると信じている」
決闘の時にする表情が蘇ってくる。互いの中に燃える魂の火が、風に煽られてその勢いを増してくる。オレは体温が上がってくるのを覚えていた。
「解り合う? ……そんな生易しいものではないと、すぐにでも後悔させてやる!」
「いいぜ、来な!」
あたかも今からデュエルが始まろうとしているような空気感に包まれながら、オレたちは二度目の口づけを交わした。