Surreal Marginal 4
尻朶を包んでいる下着の布に瀬人は手をかけた。片側のみをめくり、尻の谷間に引っかける。きゅっと力が込められると、丸みのある形が角張った。
「ん……う……嫌だ」
「怖気づいたか? やめるなら今の内だぞ」
「ちが……っ」
飛び上がったアテムは、汗だくになった顔を瀬人から隠すようにして片手で覆う。
「するなら……、オレ、海馬のどこか、掴まっていたい」
抱いていた枕を手放し、アテムは心細げに敷布に指を這わせた。
「そうだな。ならば」
腕を引いてやり、瀬人はアテムの胸を膝の上に乗せる。腹這いになる形で体を抱え持ち、腰を突き上げさせた。
「いくらでもオレの足に掴まっていていいぞ」
瀬人は自然に開いた太ももをアテムに抱かせ、背中を見下ろした。
「あ……っ、海馬」
「頃合いだな」
手のひらを露わになった尻朶につけると、まずは肉の質感を確かめた。
腹や胸とは違い、独特の冷たさがある。ほどよい脂肪がついている証だ。力が入っていなければつるりとした丸みを帯びていて、とても形がいい。
体に見合った小ささであり、瀬人のひろい手で双臀が片手に収まってしまう。
「い……ぁ……っ」
肌の表面を触れるか触れないかの加減で移行させると、細やかな産毛の存在を知った。
触れられなくとも感じてしまうのか、アテムは肌を粟立ててしまう。
「力を抜け。無駄に疲れるだけだぞ」
瀬人の腿の外側には、エレクトしたアテムの膨らみがこりこりと当たっている。あれから未だに勃ち続けているようだ。
「まずは、手慣らしだ」
肌と肌がぶつかりあう水気を帯びた音が、パチンと鳴った。
瞬間、瀬人の掌にぴりぴりとした痛みが広がる。
「……っふ……んぅ……」
瀬人の腿を強く抱いたアテムは、鼻から息を洩らしている。ボトムに湿った感触があった。アテムの熱い吐息がかかっているからだろう。
「これは耐えられるな? 次は少し強くしてやろう」
臀部の柔らかな肉に目がけて手が一気に振り下ろされると、先ほどより高い音が響いた。
「んう……ッ!」
びくんとアテムは背を反らし、腰を掲げた。二度目の打擲に、肌は赤くなり始める。
「クク。痛いのなら、正直に吐け」
「はぁ……まだ、平気……だぜ」
自然と笑みが零れ、瀬人は
「いいぞ、貴様はそうでなくてはな!」
続けざまに二度、打ち鳴らされた。柔い肉は打たれると、瑞々しくふるふると揺れる。タイミングを掴んだアテムは叩かれる直前に、腹に力を込めるようになった。打擲されると息を止めて、できるだけ痛みに堪えようとしている。健気な努力であった。
「オレの痛みを、知るがいい!」
「あぅッ! ……ぐっ」
休む間もなく打ち続けていけば、瀬人の手が腫れ出してくる。素手でのスパンキングは、力加減をコントロールできる代わりに打つ側にも痛みが伴う。それを承知の上で、あえて瀬人は道具として己の手を選んだ。
一番初めにするのなら、痛みを分かち合うべきであると考えていたからだ。
叩いた分だけ、与えた分だけ、同じ苦痛が返ってくる。
手のひらに残る痛覚の熱に、瀬人は感動を覚えていた。
この感覚を、相手と共有している。そして、この感覚は他の誰にも得られないのだ。
「あっ……ッ! ぅ!」
「どうだ、痛いか?」
「ふあ……あ……ん……っ、まだ、全然……っ、こんな、もんじゃ……っ」
「クク、強情だな。だが無駄口を叩くのは終わりだ。歯を食いしばれよ」
アテムの肩口を押さえ付けていた左手が、下着の片側を捲り上げて、両方の臀部を晒した。ひとまとめにされた下着は腰へ引かれて、無理やりに尻の谷へ食い込ませられる。
「あっ! かい……ヒっあ!!」
ぴしゃん、とそれまで以上に強く打たれ、アテムは瀬人の膝の上で飛び跳ねた。
打ち上げられた魚のごとく、哀れにその身をひくひくとさせて、口を開け閉めしている。
「片側だけでは不恰好だな。両方に等しく与えてやる」
「あっ! い……ッ!」
ばちん、ばちん、ばちん、と連続して晒されたばかりの尻朶は打たれた。その度にアテムは、必死に瀬人の太ももにしがみついて、喘ぎ声を甲高く上げる。
「ひぅ……ン……ッ! ううっ!」
尻はもじもじと上下し、その柔肉を見事に揺らしている。叩かれると、尻肉にきゅっと力が込められて、谷間に食い込んだ下着の紐を両側から挟む。
しっかりと閉じられた奥に隠されている徒花は、一体どのような夢を男に抱かせるだろうか。瀬人はまだそこへと踏み入れる様子はなかった。
肉欲の即物的な悦びより、飢えた心への潤いを求めるのだった。
「そろそろ音を上げてもいいぞ。顔を見せてみろ」
それぞれの尻朶は痛ましく腫れ、均等に赤々とした色味を見せつけている。
下着を押さえていた手を外すと、アテムの筋肉は緩み、皺くちゃになった布地は元の形には戻らなかった。
紐状になって下着の尻部分は、谷間に挟まったままになっている。
「は……ぁ」
腿の上でぐったりとしているアテムの上半身をひっくり返す。汗だくになっている顔は上気し、目は虚ろで焦点が合わない。
「失心したか」
瀬人は目覚めさせるように頬を軽く叩いてみた。瞬きが数度行われると、アテムはぼんやりと瀬人を瞳に映しこんだ。
「……と」
「何だ?」
アテムは瀬人へ縋りつく手を彷徨わせて、声を搾り出している。首の後ろへ手をかけて、瀬人は聞き返した。
唇はゆっくりと動き、同じ単語をもう一度口にする。
「……もっと」
その願いを耳にした瞬間から、瀬人の全身の血液が煮え立った。首を持つ手は、制御するので精一杯だった。
――そうだ。
――それでこそ、このオレにとっての最上の相手。
――貴様が、この運命を暗示する男なんだ。
歓喜。その二文字が突如として瀬人の脳内を占めた。
倒すべき相手として
自分が望んだ思いを幾度となく超えてくる。だからこそ、いつまでも瀬人はアテムを追い求めてしまうのだろう。
全ての次元中の誰よりも、自分にふさわしいのはこの男なのだと、身体や血、魂や心が悟るのだった。
「海馬……」
「いいだろう。その代わり泣き言は聞かんからな。腹を括れよ」
「ふ……、我慢、できなくなってるのは……貴様の方だろ」
陶然としてアテムは頬を瀬人の下腹部へすり寄せる。瀬人は触れられて初めて、身が昂奮していると分かった。
打たれたアテムの姿態を眺めている内に、瀬人は自らも知らぬ間に昂ぶりきっていた。
頬の柔らかな部分があたると、余計に身の硬さを実感するのだった。
「ン……」
アテムは身をずらして、本格的に瀬人の下腹へ顔を埋め始めた。
鼻先で縁取りをなぞっていく様は、幼い行いのように見えるのに酷く扇情的で、瀬人はその部分に怒りが蓄積されていく思いがした。
「誰がそんなことをしていいと許した? 貴様の自由は無いと思え」
額を手の平で押さえ込み、動きを封じる。それから瀬人はアテムの目元を覆い隠してしまった。
「海馬……っ」
視界が塞がれると、アテムは身を捩らせて形ばかりの嫌がる素振りをみせた。
「オレの許可なく勝手な振る舞いをするのなら、その手足も縛ってやらなくちゃならないな……」
縛る、という言葉を聞いた途端にアテムはびくんと体を震わせ、大人しくなった。唇の中では期待するかのように、合わせの奥で舌を蠢かしている。
「残念だが、今は貴様を拘束するための道具を持ち合わせていない。今日のところは、良い子でいてくれよ……」
「何だよ、良い子って……」
手の覆いを取ろうともせず、視力を奪われたことすら愉しんでいるかのように、アテムは瀬人の意に沿った。
「そうだな。オレの命令に従う、
「馬鹿馬鹿しい」
言いながら瀬人は利き手でボトムの前を広げていく。ジッパーを下ろすと、熱気を纏った猛りが現れた。
「……ッう」
アテムは、気配と匂いで察知したらしく、瀬人の下腹の方へ顔を向けようとしている。唇が落ち着きなく、むずむずと動き出していた。
「まだだ……待て」
飼い犬に命じるかのように低い声色で言い、瀬人は目元を覆う手の力を込めた。
「口を大きく開け」
言われるがままにアテムは、躊躇いなく唇の合わせを開いた。中の粘膜は濡れ光って、舌が下唇よりはみ出る。
「そうだ。いいぞ」
瀬人はひとつの動作毎に、返事をして褒めてやる。しかしアテムには焦燥感を煽られるばかりだった。
「閉じるな……開けたままで、じっとしていろ」
アテムからは何一つとして見えない。瀬人が何をしているかも、何をしようとしているかも、分からない。見えないからこそ、空気の変化や衣擦れの音に意識が集まる。
「……っふ……く」
瀬人の荒くなる呼吸と、熱っぽさの感じる声がしている。
アテムは口元から涎れが垂れるのも気にせず、黙って待っていた。
独特の雄臭さが強まる気がした。鼻をつく臭いに、動悸がしてくる。アテムの身に緊張感が走る。
瀬人は半ば強引に自らを扱き、急いていた。思いついた悪戯を早く実行したくて堪らなかった。
自身の快感よりも、その悪戯によってアテムがどんな反応を示すのかが気になって、関心が優先されていた。
「アテム、開けたままだ。そのまま大きく、いいな?」
目元を覆われた手で顔ごと掴まれ、ぐいと腹側に近づけられる。
「……っく……」
「んっ、ぐ……ッ!」
アテムの咥内目がけて、瀬人は一滴残らず射精してやった。
はじめに射出された原液は喉奥まで入り込んでいく勢いであった。
「飲むな」
片手で残滓を搾り上げながら、口の中へと飛ばしている瀬人はアテムへ非情な命を口にしていた。
「口の中に溜め込め。分かったか?」
命じられたアテムは零さないように小さく頭を振って頷いた。
射精が終わると、瀬人は性器から手を外し、その手でアテムの顎を閉じさせた。喉は動かない。じっと耐えて、アテムは口の中に瀬人の精子を入れ込んでいた。
「……ん……ふ」
目元を覆っていた手を取り、瀬人はアテムを見下ろした。
まだ閉じた瞼は、細かく睫の先を震わせて眦に涙滴をにじませている。
膨らむ頬を潰してやりたくなる。瀬人は定期的に訪れる凶暴さを持て余しながら、いとしげに顔を撫でてやった。
「よく味わえよ。口の中で混ぜて、舌の全面で感じろ……貴様が口にしているそれこそがオレだ」
「んう……」
ようやく目を開けたアテムは、潤んだ瞳で瀬人を見上げて、睨むような、訴えるような、どちらともつかない複雑な色を見せていた。
「ん……っ、ん、」
唇は閉じたまま、咀嚼の動きをしてみせ、アテムは瀬人に言われた通りに精液を味わっていた。
はじめは不快げに眉根を寄せていたが、次第次第に変化していく。鼻から息をふうふうと洩らしながら、口をもごもごと動かし、肩や膝も同様に動かし始めていた。
「顔が赤くなってきたな。熱いのか?」
随分と前からアテムは身を火照らせたままだった。尻を打擲されている間中も、萎える様子はなかった。
いつ達してもおかしくない状態が続いているのにも関わらず、触れられることはおろか、下着を取られることも叶わない。
瀬人はアテムの体の移り変わりを全て認めた上で的外れな訊き方をしていた。肉体を虐めるのも、精神を苛めてやるのも、どちらも好ましい行いなのだった。
「ふ……ッう!」
折り曲げた膝の頂点から、瀬人は太ももへと手を潜り込ませ、偶然を装って刺激を求める牡茎に手の甲をあててやった。
「ンン……ッ!」
下着の内部で激しく震えあがったのを確かめると、瀬人は口の端を歪めて笑った。
喉が二三、上下したのも見逃さなかった。
「どれ、口を開けてみろ」
まだ体がいう事を聞かないらしいアテムに、無情に語り掛け瀬人は顎を持ち上げた。
「ふうん……」
唇が開かされると、半透明になった濁汁がどろりと垂れてきた。
「気をやった時に、少し飲んだようだな。言いつけを守れなかった貴様には」
アテムの咥内にはまだ瀬人の残りがたっぷりと入っている。濁りのある汁はぬっとりとアテムの口の粘膜にまとわりついていて、淫靡にぎらぎらと光っている。
「罰をやらなくてはいけないな」
小休止を経て、さらに大きさを増した瀬人の屹立が、アテムの顔面に出された。
アテムの目の色が変わった。半開きになっている口の中で、舌がひくついているのが分かる。
――これでは罰ではなく、奴には褒美に違いない。
瀬人は根元を持ち、先端部をアテムの鼻先へと運んでいく。
「舌を使ってはいけない。口を動かしてもいけない。さあ、してみせろ」
咥内の残滓はとろみを帯びていて、アテムの体温であたためられていた。
シャフトの半ばほどがアテムの口へ飲まれていくと、瀬人は深く息を吐き出した。そして片手でアテムの頬にかかる前髪を退かしてやる。
瀬人の膝の上で横臥し、寝転んだ格好でアテムは口戯を任されていた。
先端部は上向きの角度であり、うまく口に収められなかった。
口を動かしてはいけないとなると、簡単に抜け出てしまう。手を出そうとすれば、瀬人に阻まれてしまうのだ。
アテムは薄く開く唇で吸い付くようにして咥え込み、ちゅっと音を立ててみる。
「違う」
「……うく」
耳殻を引っ張られて唇を剥がされると、粘ついた汁が滴った。口の周りはすっかりべとついてしまっている。
「オレは動かすな、と言った筈だ。意味が分かっていないようだな」
「そ、んなの……どうやってやれって言うんだよ」
「ふん、まだ減らず口が利けるのか。だが、あまりしおらしい態度を取られても、興がそがれるばかりだからな」
瀬人は聳立の根元を持ち直すと、自身を指で軽く弾いた。切っ先がアテムの頬に当たると、ぺちんと肌を打つ音が立った。
面白がった瀬人は同様にアテムの鼻や顎、額に打ち鳴らしていく。
「ん……っ、や……」
男の象徴たる部位で顔面をはたかれるのは、同性であれば侮辱行為と取れるだろう。
痛みは大したものではないだろうが、確実に屈辱は与えられるに違いない。ただ、両者間に何の感情も持たなかった場合である。
「……ふっ、……か、いばっ……」
身体を反転させると、正面に顔が向き直る。瀬人は黙って、開かれた肌に向けて男根を打ち落とした。
「んん……っ!」
前触れが出始めると、アテムの顔面が汚れてくる。ぬるついた汁の助けを借りて、瀬人はすべらかな頬を蹂躙していく。
「口は開けるだけだ。舌も唇も、人形になったつもりで動かしてはならない」
「……ん、ふ、あ……」
籠った息が瀬人の下腹に吐き出された。残滓と唾液の混じった汁が、アテムの唇の合間に糸を作っていた。
「クク……そうだ。滑稽な姿だな」
ぽっかりと無様に開いた口の中に、瀬人はゆっくりと肉欲の部分を差し入れていく。
内側の粘膜は息遣いと共に収縮しているようで、きゅうきゅうと表面を締め付けてくる。
口蓋のざらついた感触を鈴口が撫でると、瀬人は腰を引き抜いていく。
「ん……っ」
ちゅる、と可愛らしげなリップ音を立てて抜け出るのを、アテムの舌が追い縋った。瀬人は叱りつける代わりに、鼻をつまんでやった。
「男を咥えるのが初めてとは思えないな。味を占めているから、オレを欲しがっているんじゃないのか?」
瀬人の意地悪い投げ掛けに、アテムはすぐさま首を横に振る。
他人に性器を触らせることは勿論、口にさせたのも瀬人は初体験であった。何を以てして手練れとするか知ったことではないが、うっとりとして舐める様子に猜疑心は生まれてしまう。
しかし、心の底から疑いを持っているわけではないのだ。そう責めてやれば、アテムは必死に弁明するだろうと踏んだ上で故意に言っている。
相手の心身に痛苦と羞恥を与えれば与える程に、瀬人の欠けた欲望が満ちていくのだ。
そして、反論の言質を取れば、アテムの純潔が本人によって証明される。激しい否定は瀬人にとっての快美感となるのだった。
「オレ……、知らない、知る訳ない……! こんな、こと……したこと」
口元を拭って悔しげに下唇を噛むアテムに、瀬人はさらなる情が噴き溢れてくるのを感じた。
愛か欲かは区別のつかない、悶々とした手応えの無い情感。
思いの行く末を知りたくて、瀬人はアテムを甚振っているのかもしれない。
そして、相手からの解答も欲しているのだ。
「オレが、したいのは、海馬だから……で」
伏せた睫がいじらしく震え、視線は瀬人の下腹を彷徨わせている。
「海馬の……、だから……、オレは……ん、」
口吻の時と同じ顔をして、アテムは慈しむような仕草で雄猛りに触れる。そっと片手がそえられ、小さく覗かせた舌先が控えめに幹を舐める。
「んう……嬉しい」
「そこまでだ」
瀬人はアテムの首根を掴み上げると、後ろへやった。
肉体は若さ故に刺激に順応過ぎる。ましてや、アテムは瀬人にとっての唯一無二で、至高の存在だ。その男が、自分の股座に頭を埋めていて、妖しく淫れている。この上ない陶酔感である光景であるのだ。
体が本能に従うのなら、アテムのいとけない唇に無理にでもねじ込んでしまうだろう。或いは、細い総身を押し倒して、一思いに貫いてしまってもいい。
何故そうしないのかと、瀬人の内なる男は嘆いている。
瀬人自身は、腹内で舌を舐めずり、捕えた獲物をじわじわと嬲りたいと願っている。男の望みを、一度に最後まで叶えてしまうのはつまらない。相手の焦りや欲を引き摺りだしてやりながらも、出方を窺っている。
そうして、瀬人は計っているのだ。許される境界線を、気取られぬようにして、冷静に見極めていた。
「貴様には、この場に置ける立場を理解してもらおうか」
膝から下ろされたアテムは寝台に横たえられた。尻を下にすると、ひりひりとした痛みが刺して、直接敷布にあてられなかった。
「貴様は強者で勝者であり、そして最強。頂点に君臨すべき力を持ち、力そのものに相応しい男だ。このオレにとって、そうであるべき理想とも呼べる者だろう……」
瀬人は立ちあがると、アテムの体を跨ぎ、足を上げる。
「……く」
「穢れない崇高なる魂と肉体は、何者にも屈してはならない」
瀬人は片足をアテムの肩に乗せ、体重をかけた。敷布が沈み込み、アテムの骨が軋む音が瀬人の足裏から伝わってくる。
「何を、する……っ」
「悲鳴ひとつでも上げてみろ。寝室の外を守る兵士どもが王を侵略するこのオレを殺すだろう」
アテムは乗せられた足と瀬人を交互に見返した。肩口に乗った足が徐々に移動し、胸元の上につく。
「いくらこの世界を総べる王とて、狭い寝屋においては無力」
「く……っ」
瀬人は足の指先で、胸元を擦るようにして探った。爪先が抉ったのは、円らな尖りであった。
「手も出せず、逃げられず……抵抗は何の意味も成さない。だが体がいくら侵されようとも、お前は自身の精神を濁らせてはならない。オレの為に」
「かい……ば……」
アテムの半身を足蹴にし無体にすると、瀬人は自身の手で肉竿を支えた。
見下ろした先には、影の暗がりの中に戸惑いを見せる双眸が忙しなく瞬いている。恐れ、怒り、憐み、羞恥が綯い交ぜになり、アテムに深く濃い
「海、馬……ッ!」
胸部の中心にある瀬人の足は、さらにぐっと押しこめられ、アテムはついに足首に掴みかかった。
「……ああ」
訴えかける叫びに己の名前があるとなれば、瀬人は目を細めて、長く息を吐き出した。
瀬人は手を動かし続け、間もなくして熱い迸りがアテムの胸元と首筋に散った。
白濁はアテムの長衣の衿に染みを作り、瀬人はその場に立ち尽くしたままで広がりゆく汚れに見入っていた。
清らな乙女の侍女が
その中で、最も幼い娘が瀬人の用件を利いてくれていた。他の娘たちは王を慕うあまり、瀬人に対して敵意を持つ者が多いのだ。
口数の少ない幼娘は、どのような頼みごとに対しても何の勘ぐりもせずに聞き入れてくれる。瀬人にとって非常に都合のよい人物であった。
王の為なのだと付け加えれば、娘はよく働いた。仕える行為そのものが生きる術なのだという認識の娘には、働くという概念すら存在しないのだろう。瀬人のような現代人には――彼らにとっては未来人とも言えるだろう――到底理解しがたい考えであった。
娘は他の侍女から疎まれようが、まったく気に留めず王の召し物を用意してきた。
「すまないな」
娘から着替えを受け取ると、瀬人は優しく労いの言葉をかけてやる。しかし、娘はその言葉の意味を汲めないらしく、曖昧な笑みを返して、寝所の入り口から下がるのだった。
乱れたままの長衣を手際よく脱がせ、瀬人は甲斐甲斐しく始末をしていく。
下着を取り払おうとすると、咄嗟にアテムは両足を閉じて体を起こした。
「自分でやる!」
「なら下を脱いで、うつ伏せになれ」
「替えは?」
「その前に手当てをしてやる」
「手当て、だって?」
瀬人は桶に入った冷水に一枚布を浸し、軽く絞った。アテムは衾を裸体にかけて、その中で下着を脱ぎ捨て、手に持ったままで待った。
「脱いだものを寄越せ」
「いい」
「どうせ侍女に渡すんだ。構うな」
下着どころか、尻や性器すらも瀬人には曝け出してしまっている。行為に酔いしれている間は平気でも、事が済んでしまえば嫌になる。ごく普通の少年の感覚であった。
「無駄に時間を取らせるな、剥ぐぞ」
アテムを寝台へ倒し、作業的に寝かせる。淡々と行われていく一連の流れに、アテムの思考がついていかない。
「……ひ、……っく!」
臀部の上に冷たい布がかけられ、極端な温度の差にアテムは思わず身震いした。
「熱が取れるまで、しばらくこのまま我慢していろ」
瀬人はアテムの脱いだ衣を籠へ放り、寝台の端に腰かけていた。
嘘のような、夢のような時間だった。
部屋の中に残り香が薄く漂っている。香り以外の現実がアテムには持てずにいて、ただ体の芯にある痛みだけが教えてくれている。
痛みもいずれ消え去ってしまうもの。そう思うと、瀬人が行う手当てはアテムには残酷な仕打ちに思えてならなかった。
いつまでも、瀬人から与えられた痛みの熱に溶けていたかった。
「初めてにしては上出来か……」
布が熱を吸い取ると、いつの間にか冷たさは無くなっていた。アテムの微かに腫れあがっている尻朶を観察しながら、瀬人は呟く。
「貴様は実に痛めつけ甲斐のある体だな」
触れる手は慈愛を表すかのように優しくアテムの背を撫でる。しかし、囁かれた言葉には、次の段階へ進む期待が見え隠れしていて、アテムは胸に詰まっている息を静かに吐き出していた。