内容はいいけど
数少ない自作の小説を読み
過ごしているよ
書くこと自体が幸せなのか?
作品が完成するから満足なのか?
やっぱ、読みてぇよ
読みてぇな、読みてぇよ
想像し、創作するのも楽しいことだけど
完成したものを一読者として読みたい気持ちが強い
キンプリの昔のグッズや雑誌が見たり読みたくて
部屋の掃除や片づけをしていた
よく断捨離とか
整理整頓で
1年使ってないもの、読んでいない、見ないものは
何年たっても要らないもの!みたいな説あるじゃん……
オタクには……関係ないね
10年後の自分に必要だったりするもん……
逆に10年後に新鮮な気持ちで得られてるもん
あとオタク、TwitterやSNSばっかりやってないで
ブログとかnoteとか、感想や気持ちや当時の写真を見返しやすい形で残しておく方がいいよ
私は自分のこのブログと、HPに感想をページで残しておいたから
10年後の自分が助かっているよ
22世紀でハグしよう!どころか
10年後に読み返そう!というリアルな状況があるよ
ふと思い出したペンラ話
2016年にあったキンプリ感謝祭で購入したペンライト、色んな現場で使ってきたけど(ほぼ8割テニス)今も現役なのよね……
ふとこの前のブタキンで2本持ちした時持ち込んだ1本を見て
「そういやこれ何のロゴもデザインも入ってないけどキンプリのだったよな」
(今現在出ているグッズのペンラのように豪華ではなく、シンプル規定デザインで、中のシートにキンプリ感謝祭ってロゴが入ってるだけだった)
と懐かしんだりした
――
2年ぐらい小説らしい小説を書いていないので
(徳リョに至っては3年書いてない……)
当たり前のように文章力が落ちてる
と思う
書きたい気持ちはあるけど
行動になってない
自分にとってエネルギーになるのって
シンプルに「好き」のテンションが上がった時なんだなって思った
燃料、供給、情報、色々あれど
感情が上向く時、自分のやる気が出てくる
アラフォーにもなると何でもかんでも年齢の所為にしがちだ
「想像力が出ないのも年とったからだな」
「20代の時みたいに原稿に夢中になれないな」
「体力がないから集中できないや」
「仕事しながら同人活動なんて無理や」
今思うのは好きの感情のテンションが低かっただけ
だと感じる
やらない理由や言い訳、原因だと思っていたことが
全部些末なことだと思えるくらいには
自分にとって行動する力になるのは「好き」というポジティブな感情だった
笑えるくらいシンプルですね
面白いか面白くないかはさておき
自分の書くものが好きな人間にとって
肝心な「今読みたい自分の作品」が少ないのはしんどいのである
面白いとか文章が上手いとかはこの際本当にどうでもよくて
自分の作品は自分が読みたいものであるし
自分の読みたくないものは絶対に書かれていないという安心感がある
(今のねんころの名義になる前の活動時は、現在のスタンスと大きく異なっているので15年以上昔の作品だと解釈違いや地雷の場合も大いにある)
そんなわけでリハビリをかねてアレカヅの原稿の手直しをしている
細かい誤字脱字はともかくとして
地の分ではアレクサンダーと書いてるのに、突然大和呼びしているのを見つけたり
一部タイプミスとも思えない、一体何を書きたかったのか全く読み取れない文章自体をカットしたり
妙なセンスの一文は読んでて胸焼けしそうになるのでバッサリ切ったりしている
10年前だと、個性を出そうとしているのか、何かの影響を受けているのか
たまに変な表現しているので、そういう部分はノイズだなあと思ってしまう
あとは急いで書いてるとやりがちな、句読点多すぎ問題も読んでてしんどい
――
まだまだ再勉強し直し始めたばかりだし
アニメ本編だけじゃなくて
ソシャゲもチェックしたいし
雑誌も調べたいし
コラボも多いから
やること多いなあ……

