現パロ?
行儀がいいと言えば聞こえがいい。
けれど、ジョナサンからすればその様子はとても不幸に見えた。
「嫌いなの?」
先に食べ終わっていたジョナサンは、コーヒーカップを手にしながら訊いた。
「どれが」
「そのトレイに乗ってるの全部」
問われてディオは視線を落とした。至って普通の学生食堂のランチだった。コーンスープ、グリーンサラダ、チキンソテー、野菜と豆の炒め物、パン、それと紅茶。
「いや」
「そう?」
「食事が終わったのなら、どこかに行けばいいだろう」
「君を待ってるんじゃあないか」
「…………そうかい」
ヒューハドソンには、”ペア制度”というおかしな伝統がある。寄宿学校にあるファグ制度とは違い、同学年の生徒同士が組むものだった。
入学時に自動的に組まされるもので、その相手がどのようにして決まるかは、学年毎に様々な方法で決められる。学年主任の気まぐれであったり、またはその年の生徒代表が好きに取り決めたり、または相性占いであった年も、あるとかないとか、噂されている。
ジョナサンとディオが入った年は、「生徒の自主性と自立心を重んじる」という何とも適当な決め方になった。最良の自分の相方をつけないと、大変な学生生活になる……とは上級生が新入生たちにしたアドバイスだった。
たまたまジョナサンとディオは、偶然にも兄弟だったので、よく見知った相手のほうが何かとやりやすいという意見が珍しく一致したので、めでたく二人はペアとなった。
ペアの制約の中にはこう書かれている。
・一年の間は、校内での行動は必ずペア同士ですること。
「休みになっても、おまえの顔を見なくちゃならないなんてな」
「まあ仕様がないよ。でも気楽だろう? ぼくは君で良かったと思ってるよ」
ディオは口を閉じたままで鼻から息を漏らした。
鶏の皮をナイフで切る。ぶよぶよとしか感触が刃先から伝わる。もう少しカリカリに焼いてくれないだろうか。ディオはいらつきながらナイフを動かした。
「友人はたくさん出来たけど、一日中一緒にいるんだったら、君のほうがましさ。ぼくって、どうやらいい人だと思われてるみたいだからね。そう思われてる内は気を遣うだろ。君ならぼくの家での姿も中身も知ってるから、本当楽だよ」
「そういうの何て言うか知ってるか」
小さく切り分けたチキンのカケラを口に運びながらディオは言う。
「偽善者」
「いいじゃあないか。何も悪いことはしていないよ。むしろ良いことしかしてないよ」
「おまえのファンが泣くな」
味付けの濃い野菜と豆の炒め物を、片付けるようにしてディオは次々に口に入れていった。火を通しすぎている野菜たちはぐにゃぐにゃとした食感がして、ディオはますます眉間の皺が深くなった。
「ファンって、何だい」
ジョナサンはぷっと吹き出して笑った。ディオの冗談だと思ったようだ。
しかし真面目な口調のままで続けられる。
「おれだって信じられんが現実にいるんだから、認めざるを得ないな。おまえに夢を抱くやつは、そこそこ居るんだよ」
「そんなこと言ったら、ディオのほうがよっぽどだろう」
「おれはルックスが九割だな」
「うわあ。すごい自信」
ジョナサンが茶化して大きく体を揺さぶると、ディオはテーブルに肘をつきながら手にしたフォークを噛んだ。
「あのなあ、これでも苦労してるんだぞ。ブロンドにブルーアイ、しかもこの美貌。得する分、損だってしてきてるんだ。ブルネットのおまえには分からんだろうがな」
「確かに。ハーレクインやメロドラマはヒロインがブロンドで、ヒーローは大体ブルネットだね」
「……それだ。その馬鹿みたいなイメージが悪い。この高身長と、鍛え上げられた肉体の男だっていうのに、おまえとペアになんてなるから、王子と姫みたいな扱いをされるんだ」
ディオはすっかり冷め切ってしまった紅茶を喉を鳴らして飲んだ。男らしい飲みっぷりだ。
「はははは、そんなの気にしてるんだ」
ジョナサンは明るくからからと笑い飛ばした。
その大らかな笑い方がとても似合う白い歯をしている。ジョナサンは生まれつき歯並びがいい。幼少期もそうであったし、成長してからもきれいに生え揃った。
ディオは小さな頃も、成長した今も、犬歯が人より尖っていて「吸血鬼のようだ」と揶揄されるのがコンプレックスだった。そのため、食事の際も最小限にしか口を開かない。
「そうさ。おまえと並ぶと、おれは自分の欠点が目につくようになる。……だから嫌いさ」
「ぼくが?」
「ああ」
「そういう大事なことは、ちゃんと目を見て、ぼくの名前を言ってくれなきゃ駄目だな」
ジョナサンはコーヒーカップを両手に持って、少し声を低くさせる。覗き込むように視線が送られる。
冷めたスープが薄く膜を作っている。ディオはわざと焦点をずらして顔を上げた。
「ジョジョ、おまえが嫌いさ。前から。いいや、出逢った時から。生まれる前から」
「……やれやれ」
ジョナサンはぼんやりとした目つきのディオの頭を軽く撫でた。
たまに、ジョナサンはディオを年の離れた弟のように扱った。
ディオのどんな発言も、度を過ぎた暴力でさえも、ジョナサンは年の離れた兄のように対応することがあった。
「紅茶のおかわり貰ってくるよ」
自分のカップとディオのカップを器用に片手で持つと、ジョナサンは食堂のカウンターへ向かっていった。
ディオは、少し脱力して皿に残っている料理を眺めた。
チキンがあと一口半、スープは三分の一ほど。
ぬるいスープを流し込むように喉に入れ、チキンも無理矢理にねじこんだ。
頬がわずかに膨らむ。咀嚼しながら、ディオはジョナサンの遠い背中を探し出した。
校内でも一等、背の高いジョナサンは人混みにいても、目立ってしまう。
派手な様相もしていないし、顔つきも、ディオからすれば普通だった。
これといって変わった特徴のある人間ではなくて、面白みの欠けるやつだという評価をつけてやりたいくらいだった。
つまり、ディオはジョナサンが好きじゃ無かった。
嫌いでよかったのだった。
平気で本人の目の前でそう言える。
「お待たせ。あ、食べ終わった? ならグッドタイミングだね」
屈託無くジョナサンは笑うのだった。
するとごく自然にジョナサンはディオのトレイを返却口へと持って行ってしまった。ディオは口の中に残った鶏肉を飲み込むのに忙しかった。
端から見れば、このようなやりとりがよからぬ噂の元なのだろうな、とディオは考えた。甲斐甲斐しく世話をやくジョナサンは阿呆だ。
「どこが王子なんだ。あんなやつは、馬番が似合いだろ」
王子様は、他人の面倒はみない。
王子様は、泥にまみれない。
王子様は、善人なのだ。
「……もしかして……」
ジョナサンはゆっくりと歩いてくる。いつもディオへ近づくときは、本当に真っ直ぐに見つめたまま歩みを進めるのだ。少し不気味なほどに。
「おれは……ジョジョに」
「はい、お砂糖と、ミルク。入れちゃおうか」
慣れた手つきでジョナサンはカップに砂糖とミルクを多目に注いだ。スプーンで混ぜれば茶色が薄まって乳白色の飲み物へと変化する。
「甘やかされているのか?」
「今頃気づいたのかい」
ジョナサンは出来あがった食後のミルクティーを差し出しながら、呆れた風に笑っていた。
習慣となってしまってからは、ほとんど反射的にディオはそのカップを受け取っていた。ジョナサンの愛情が溶け込まされているような舌が痺れるほどの甘い飲み物を口にした。
――
わりと友情
ポッキーの日らしい話を書きたかったのに全く関係なくなった