↓続いています
- 2017/10/18 00:50
- カテゴリー:海アテ(YGO)
息を引き取った老人の身体は、見る間に冷たくなっていき、固まっていく。
目を閉じた顔は、眠ったままと変わらぬ表情をしていて、瀬人はそれが救いだと思った。
弔いの詩を捧げ、その体を清め、決まりの場所へと穴を掘った。
守り人の一族は墓を持たない。
命の玉が無くなった体は容れ物に過ぎず、その肉体は地へ還すのだ。血肉が腐り、栄養として土に戻される。
そして骨は、風に乗り、海へと流される。
そうして、肉体は地、天、水となり、龍と共に生きると言われ続けている。
今まで亡くなってきた一族すべての者はそのように葬られてきた。
三月ばかり埋めておけば、肉は落ちて骨だけになる。
骨を取り出し、粉にする。その粉を風の通り道にまいて、天へ還す。風に乗り、その粉は海へと向かうのだ。
良い風が吹くのを願い、祈り詩を読む。
長い年月、続けられてきたこの祈りも、瀬人で最後になってしまった。
悲しみは遅れてやってくる気がした。
「神は去ってしまったのか。オレたちを捨てて……」
空は暗雲を纏っていた。遠くの小島に雷鳴がとどろいているのがはっきりと見える。そのうちに、嵐は里へとやってくるだろう。瀬人は道具を片づけると、荷を背負い、帰路を歩き出した。
「――空はクレナイ、海はハク、土はルリ……」
季節外れの弔花が小屋の前に並んでいた。詩は、守り人たちが継いできたものと同じであった。澄んだ声は、幼く、しかし子どもとは思えぬ声色をしていた。
「花は紅、血は地へ、身は海へ、御霊は風へ……」
花弁は意思のままに飛ばされるようであった。風がその童の手から生み出されたように吹いたのだ。
「童子、そこで何をしている」
「とうとう居なくなってしまった」
「……おい」
「最後の一人だったのに」
「聞いているのか?」
童はしゃがみこんだままで、瀬人の問いかけに応じなかった。
瀬人は童の肩に手をかけた。びくん、と反応する。
「……なんだ、お前は……」
童の眼は赤紫色をしていて、うすく水膜が張っていた。涙であった。
「せ、と……」
「何……?」
童は瞬きを数度すると、手にした弔花を放った。
「懐かしい」
童は手を伸ばし、やわらかく微笑み瀬人へ手を伸ばした。
全く覚えのない者だった。このあたりでは見かけない陽に焼けた肌の色、黒に黄金色の髪、衣は純白で、透き通る薄さであった。
「そうか。お前が、いたのか……」
「何を言っている? ……おい?」
童は瞳に湛えていた涙をひとしずく零すと、瀬人の胸へ倒れ込んできた。
体躯は数えて十二、三のものに近い。痩せた手足が力なく凭れかかる。
「何なんだ、こいつは」
童が手にしていた弔花は、里の短い春、ほんの数日しか咲かない花だった。紅い色の花は死者を送り出すために使われる。
これから冬を迎える季節に、咲くはずは無いものだったのだ。
しかし瀬人の一番の疑問は、守り人の一族しか知らぬ祈り詩を詠んでいたことだった。
――
カップリングっぽくなっていくと思われる
一年弱海アテ(海闇)を書いてきてこれが一番ねんころの作風っぽい話なんじゃねーの?って思うのでした。
海アテっぽさはあんまり無いけどな。パラレルでファンタジーだし。