初代、2nd、3rdの立海ナンバーを聞く。
どうしても、苦い思い出がよみがえるので、
初代の全国(キャストが半分入れ替わっている)は見れないし、聞けない。
こんなに時間が経っても、ダメなもんはダメだな。
私はきっと彼を好きになれないのだと思っていたけれど
キンプリでカヅキ先輩を演じた増田くんを好きになれたので
増田俊樹そのものではなく、あの中の幸村くんが、受け入れられなかっただけなのだ。
人そのものの問題ではない。
当時は辛かったなあ。
八神が最推しだったから、というのもあるけれど
他者とのズレを感じていて
平然と受け入れられる他の人との温度差に、ずっとモヤモヤしていた。
なんだよ、それ。なんなんだよ。それは。
そうやってずっと不満を抱いていたのだ。
不満を持つ自分に対しても、きっと後ろめたさや罪悪感
自分が間違っているのではないか?という疑問が、更に自分を苦しめていたのだ。
だから1stの全国立海は片手くらいしか見ていない。あんなに楽しみにしていたのに。幸村くんの試合だというのに。最終回だっていうのに。
数年前に、初代のメンバ―が集まって写真を撮っていたのが、本当に嬉しかった。
特別な、何かがある。絆というものだろうか。思い出というものだろうか。
全国の立海キャストは、そういう意味でも、なんだか不憫なのだ。
チームとはチームとして、メンバーが固まっていてほしい。
それぞれの固定のメンバーとして、新しい仲間として、始めから終わりまでそうしていてほしい。残ったメンバーも、新しいメンバーも、何だか応援しづらいものだからだ。
これから四天宝寺、全国氷帝があり
その次に全国立海だ。早くても2019年に公演があるだろう。
もう来年のことを考えている。
その頃は、どうなっているだろう。関東のキャストなんだろうか。それとも新しいキャストなんだろうか。青学は誰だろう。
楽しみでもあり、悲しさもある。
物語の結末は決まっていて、幸村くんの負けも決定している。それでも応援するし、行く末を知らぬ者のように見守るのだ。
この気持ちは何故だろうか。
何度味わっても苦い思いがある。
テニフェスや他のイベントのように、お祭りの気持ちとは違う。物語のシリアスさが、ある。
テニスそのもの自体は、世間的にも、読者的にも、ネタのような、笑いのような、そんなような扱いになっているのかもしれないけど
でも、やっぱり、物語としては真剣なものだと思うんだよね…。
テニプリ、というより、テニミュは、別のもの。
演じる若い俳優たちの青春でもあるな、と思うものです。ドラマがあります。人間の光と闇があって、夢と泥がある。
実際の人間がそこにいるから、汚さもあれば、見苦しさもある。だから人間臭くていいんだ。
トラブルもあり、その分楽しさや喜びもある。
ミュージカル テニスの王子様 で、人生を考えさせられる、というのは
初代、越前リョーマを演じた、柳浩太郎くんが最たる人物かもしれない。
彼が舞台に立っていた時期を知っていて、見ていて、当時を体験しているから、より強くそう思うのかもしれないが
彼の半生は、とにかく衝撃的だ。
wikiで読むだけでは伝わらないかもしれないし、彼の強さも、彼の辛さも、文章では表せられないだろうけど
もし、このブログを読んで気になった人は
検索してみてほしい。
テニミュという舞台がどうしてここまで大きくなって、ファンに支えられて15年も続いているのか。この作品が愛されているのか。
魅力を知れるかもしれないから。
柳ひとりの話でもなくなっちゃうけどね。
沢山演じる人がいて、中には犯罪を犯してしまった人もいるし、この世界から去ってしまった人もいるし
有名になった人もいるし、
とても大きなカンパニーになったもんです。関わった人、携わった人、いっぱいいます。
よくわかんない内容の記事になってもうたな。
読む側への配慮はまるでなし。
いやもうブログ読んでる人いねーから!でえじょうぶだぁ!