詩人に血は要らぬのか
- 2016/08/21 01:32
- カテゴリー:雑記
映画を見ている。映画のターンである。
私は幼い頃、「何故、映画は世界にあるんだろうか」と考える偏屈な子供だった。
私が生まれた時には、すでにテレビはカラーで、ひと家庭にひとつあるのが当たり前で、ビデオだって溢れていたから、そんな疑問を持ったのだろう。
映画なんてなくたって、テレビでやればいいじゃないか。そんなVシネ推奨な思考を持っていた。(恐らくVシネマそのものを知らなかっただろう)
それから10年が経ち、高校生になった頃。私は映画館通いをするようになっていた。週に二、三は映画館に行き、興味があるなしに限らず、映画を見ていた。好きな作品は何度でも観た。飽きるまで観た。その頃は、今ほどに映画館が多くあったわけじゃなかったので、いつも同じ映画館に居た。映画館にあるカフェでは顔を覚えられるほどになっていた。
レンタルビデオ屋にも散々通った。名作から駄作、様々な作品を観た。
テレビで放映される作品も、録画しては観ていた。
20代になり、私は映画館に就職した。数年の間だけしか働かなかったけれど、とても充実した日々だった。毎週の変わっていく予告、入れ替わるポスター、チラシ、入ってくる情報。映画館に居られるだけで楽しかった。
もう子供のころの疑問なんて、どこかにいっていた。映画が世界に必要な理由はあるのが分かったからだった。映画が好きなのだ。
日本の映画館の制度、サービス、料金を叩く人々は一定数いる。
私も、実際映画鑑賞料金は高いと思うし、デメリットも沢山あるのも承知だ。
十数年前、私が働いていた頃から「映画業界」そのものの衰退傾向にあるのは散々耳にしてきた。
客席がガラガラの日、一人も入らない作品、それも見てきた。現場で実感するのだ。今現在の実態はどうなんだろうか。少しでも元気でいてくれたら嬉しい。
作品そのものを楽しむというのは、映像作品がソフト化されれば、いくらでも家で楽しむことが出来る。
映画が映画館でしか楽しむことが出来ないことはなんだろう。
公開されてからすぐに見ることが出来る? 大きなスクリーン、迫力のある音響…
音や映像だけじゃない筈だ。
映画館が持っている、そこだけでしか味わえない何か。
閉鎖空間、劇場の空気、人々の共有…
映画館が作るのは何なのだろう。劇場という場所が生み出す感動とは、人に何を与えてくれているのだろう。
私はそんな何か全てが好きだと思う。
何度もこのブログやサイトで繰り返し書いているけれど
「劇場」が好きなのだ。
その場所が、感動を作り出す空間が、様々な物語が生まれては、終わる。暗く、冷たく、優しい場所が、たまらなく好きなのだ。
映画や芝居において、私が一番求めているのは「爽快感」だ。
悪い敵をバッサバッサと斬り倒す? スーパーヒーローが活躍する?
テンポよく繰り広げられる展開? 軽快コミカルなアクション?
それらもまた爽快と呼ばれるものに違いない。
そういう作品だって大好きだ。でも、そうじゃない。
私の求める爽快感とは、見終わった後に感じる気持ちのことだ。
胸の中をかけぬける風のように、鑑賞後に「ああ、良かった」と感じ入ることが出来る作品が好きだ。
たとえばバッドエンドだったとしても、何か疑問を残す終わり方だったとしても、
爽快感があるのなら、それが正解だ。
見て良かった、それが最優先だ。
悲しい気持ちでも悔しい気持ちでも、何か自分に残るものがあったなら、それが良かったと思えるならいいのだ。
ひとつの映画を見て、エンディングを迎えた。流れるスタッフロールを眺めている最中、幸福感に包まれる。
大体が黒い背景に白い文字が下から上へと流れる。
満ちた気持ちになるのだ。この幸せや満足感は、一体なんだろうと思う。
劇場版遊戯王は、私はある意味、エンディングのためだけに見ていると言っても過言ではない。
あの終わりを何度も味わい、私自身が迎えるために、私は何度も何度もあの映画を見ているのだ。
終わりだけを繰り返してみるのはきっと間違っているだろう。
本編の126分があるから、最後の最後の30秒のラストシーンが胸に刺さるのだ。
こうして書いていると、まるで本編がおまけのような扱いをしているが、そんなことはない。本編が熱くて濃いから、ラストがああして存在しているのだ。
あの最後の音を聞いてから、エンドロールを迎えるのを、待ち遠しく思う。
映画館だからいいのだ。
一番最初に観た時の感動をいつまでも覚えている。
すべてが新鮮で、すべてが眩しかった。どんな言葉も、どんなカットも、必死に追っていた。
あんな風に夢中になれた時間を、本当に幸せだと思う。
あの気持ちを抱けたことに感謝したい。
年を重ねる度に、擦り切れていく心が悲しいのに、どうしようもない。
そうやって生きている中で見つけられ、出会える感動は、何にも変えがたいものだ。そんなものに会いたいと願いながら生きている。
映画は、人生において、必要ではない。
だけど、人生の中で、私たちを間違いなく豊かにしてくれるものは、映画だ。